一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百八十七話 ドライカレー

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 父さんも母さんも家に帰ってきたとはいえ、休みではないので朝から忙しい。朝食は弁当の残りとみそ汁、ご飯だ。
「春都が味噌玉作ってくれてるから助かる~」
 と、言いながら母さんは味噌玉を入れたお椀にお湯を注ぐ。
「味噌汁作るの、何気に大変だから。これは便利よ」
「そうそう。面倒だけど、温かいもの飲みたい時とかに」
「インスタントもいいんだけどね~」
 そう、インスタントもいいのだが、いつも買い置きがあるわけでもないしなあ。一人分の味噌汁作るっていうのも難しいし、そういう時、味噌玉は便利だ。いざとなれば、味噌と具材とだしとお椀に入れて、お湯入れりゃ何とかなる。
 まあ、そう考えると、素材さえあればどうにでもできる、って感じだよな。味噌とかだしとか、あると便利だ。
「いただきます」
 炊き立てご飯にみそ汁、ってだけでもう幸せだ。具はわかめと巻き麩。巻き麩は、つるんとしたような食感が好きだ。わかめはわずかばかりの歯ごたえがいい。
 具無しのケチャップスパゲティは程よくカリッと焦げているところが好きだ。ピーマンはシンプルに塩こしょうで炒めてある。これとあわせて食うのもいい。
 卵焼きはしみじみと甘く、豚肉を甘辛く炒めたやつはご飯が進む。
「ごちそうさまでした」
 さて、俺ものんびりはしていられない。朝課外がある。
 台所に食器を持って行き、弁当を受け取る。
「あれ、三つあるんだ、今日」
 いつもは自分のだけだが、今日は、大小さまざまな弁当箱が三つある。母さんが答える前に、父さんがやってきて、大きな弁当の一つを手に取った。
「これは、父さんのだ。昼間帰ってこられそうにないからなあ」
「なるほど」
「もう一つのは母さんのよ。私は家にいるけど、どうせなら詰めちゃえと思ってね」
「あー、そういう」
 弁当って、作るの大変だけど、一食考えなくていいのは楽だよなあ。洗い物はまあ、そこそこ手間かかるけど。
「ほら、のんびりしてる暇ないでしょ。行ってらっしゃい」
「あっ。そうだ」
 母さんに急かされ、父さんと二人、玄関に向かった。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

 途中までは父さんと同じ道のりだったので、連れ立って歩く。
「今日は、部活あるのか?」
 鞄を抱えなおしながら父さんが聞いてくる。
「あー、どうしようかなーって感じ」
「どうしようかな……って何?」
「大会終わったし、どっちでもいいよーって感じだから。できれば早く帰りたい」
「はは、そうか」
 歩みを進めていくうちに、冷たく静かな空気に徐々に人のざわめきが紛れ込み始める。学校が近づくと、誰かが騒いでいるわけではないのに、賑やかになるのはなんだろう。
「それじゃあ、父さんはこっちだから」
「うん。気を付けてね」
「春都も」
 父さんは今から電車かあ。……ちょっといいなあ。平日の、通勤通学の時間帯を超えた電車って、空いてて居心地がいいんだ。空は明るくなっていき、活気も出てくる時間である。そのまま図書館に向かいたい。
 まあ、そういうわけにもいかない。今日も頑張るとしますかね。

 登校時と下校時の空の色が似るようになった。薄暗く、太陽を見つけるのに苦労する。どちらかといえば夕暮れ時の方が、オレンジ色が濃いようにも思える。そして、暗くなっていく一方である夕方は、どこか物悲しい。早く、行きも帰りも明るい時期になってほしいものだ。
 学校から家に帰るまでの間にも、みるみる空は暗くなっていく。
「うー、寒い」
 ぴゅう、と音を立てて風が吹く。そろそろ防寒具出した方がいいかなあ。コート……はまだ早いか。せめてネックウォーマーか、パーカーってところかな。今度の休みにでも出そうかな。
「ただいまー」
 あっ、カレーの匂いがする。
「おかえり」
「今日はカレー?」
「正解。いい匂いでしょー」
 台所に立つ母さんが笑って言った。その隣で父さんはらっきょうを瓶から出している。
「野菜たっぷりのドライカレーよ。春都、好きでしょ」
「うん、好き」
 普通のカレーも好きだが、ドライカレーの方がどっちかといえば好きなんだよな。野菜って感じがして。
 さっと風呂に入り、うめずのご飯の準備をする。うめずは俺がご飯の棚に近づいただけで、尻尾をぶん回しながら器の前にそそくさと座った。こういう時だけ、素早いんだよなあ、こいつ。……俺も同じようなものか。
 さあ、俺も晩飯だ。
「いただきます」
 ご飯にたっぷりとのったカレー。細かく刻まれている野菜は、にんじん、ピーマン、玉ねぎか。それと、きのこ。今日はえのきだな。
 ご飯とすくって、豪快に一口。ああ、野菜の甘味とスパイスの香りが素晴らしい。口いっぱいに、いい香りが充満している。ニンジンの食感にピーマンのほのかな苦み、玉ねぎの甘さがたまらない。
 トマト缶も入ってるんだよなあ。だから、カレールーがいつもより少なくても十分食べ応えがあるのだろう。スパイスの香りを邪魔しないが、すっきりとさわやかに味をまとめ上げる。たまにごろっとした果肉にあたると嬉しい。ジュワッと甘みとトマトの味があふれてうまいんだ。
 えのきがいい味出してる。きのこって、ほんと、うま味の塊だよなあ。あるだけで料理のコクが桁違いだ。
 そこにらっきょう。この酸味と、トマトとはまた違った爽やかさが、より一層カレーをうまくする。
「明日の朝まであまりそうなのよねえ。朝もカレーでいい?」
 母さんがらっきょうを取りながら聞いてくる。
「うん、喜んで」
「パンと一緒に食べてもいいかもなあ」
 俺と父さんがそう答えると、母さんは笑って「よかった」と頷いた。
 うまい飯を晩だけじゃなく、朝も食えるなんて、すごくうれしいことじゃないか。ああ、明日の朝も楽しみだ。いい感じになじんで、またうまいんだよなあ。

「ごちそうさまでした」
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