一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
515 / 854
日常

第四百八十七話 ドライカレー

しおりを挟む
 父さんも母さんも家に帰ってきたとはいえ、休みではないので朝から忙しい。朝食は弁当の残りとみそ汁、ご飯だ。
「春都が味噌玉作ってくれてるから助かる~」
 と、言いながら母さんは味噌玉を入れたお椀にお湯を注ぐ。
「味噌汁作るの、何気に大変だから。これは便利よ」
「そうそう。面倒だけど、温かいもの飲みたい時とかに」
「インスタントもいいんだけどね~」
 そう、インスタントもいいのだが、いつも買い置きがあるわけでもないしなあ。一人分の味噌汁作るっていうのも難しいし、そういう時、味噌玉は便利だ。いざとなれば、味噌と具材とだしとお椀に入れて、お湯入れりゃ何とかなる。
 まあ、そう考えると、素材さえあればどうにでもできる、って感じだよな。味噌とかだしとか、あると便利だ。
「いただきます」
 炊き立てご飯にみそ汁、ってだけでもう幸せだ。具はわかめと巻き麩。巻き麩は、つるんとしたような食感が好きだ。わかめはわずかばかりの歯ごたえがいい。
 具無しのケチャップスパゲティは程よくカリッと焦げているところが好きだ。ピーマンはシンプルに塩こしょうで炒めてある。これとあわせて食うのもいい。
 卵焼きはしみじみと甘く、豚肉を甘辛く炒めたやつはご飯が進む。
「ごちそうさまでした」
 さて、俺ものんびりはしていられない。朝課外がある。
 台所に食器を持って行き、弁当を受け取る。
「あれ、三つあるんだ、今日」
 いつもは自分のだけだが、今日は、大小さまざまな弁当箱が三つある。母さんが答える前に、父さんがやってきて、大きな弁当の一つを手に取った。
「これは、父さんのだ。昼間帰ってこられそうにないからなあ」
「なるほど」
「もう一つのは母さんのよ。私は家にいるけど、どうせなら詰めちゃえと思ってね」
「あー、そういう」
 弁当って、作るの大変だけど、一食考えなくていいのは楽だよなあ。洗い物はまあ、そこそこ手間かかるけど。
「ほら、のんびりしてる暇ないでしょ。行ってらっしゃい」
「あっ。そうだ」
 母さんに急かされ、父さんと二人、玄関に向かった。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

 途中までは父さんと同じ道のりだったので、連れ立って歩く。
「今日は、部活あるのか?」
 鞄を抱えなおしながら父さんが聞いてくる。
「あー、どうしようかなーって感じ」
「どうしようかな……って何?」
「大会終わったし、どっちでもいいよーって感じだから。できれば早く帰りたい」
「はは、そうか」
 歩みを進めていくうちに、冷たく静かな空気に徐々に人のざわめきが紛れ込み始める。学校が近づくと、誰かが騒いでいるわけではないのに、賑やかになるのはなんだろう。
「それじゃあ、父さんはこっちだから」
「うん。気を付けてね」
「春都も」
 父さんは今から電車かあ。……ちょっといいなあ。平日の、通勤通学の時間帯を超えた電車って、空いてて居心地がいいんだ。空は明るくなっていき、活気も出てくる時間である。そのまま図書館に向かいたい。
 まあ、そういうわけにもいかない。今日も頑張るとしますかね。

 登校時と下校時の空の色が似るようになった。薄暗く、太陽を見つけるのに苦労する。どちらかといえば夕暮れ時の方が、オレンジ色が濃いようにも思える。そして、暗くなっていく一方である夕方は、どこか物悲しい。早く、行きも帰りも明るい時期になってほしいものだ。
 学校から家に帰るまでの間にも、みるみる空は暗くなっていく。
「うー、寒い」
 ぴゅう、と音を立てて風が吹く。そろそろ防寒具出した方がいいかなあ。コート……はまだ早いか。せめてネックウォーマーか、パーカーってところかな。今度の休みにでも出そうかな。
「ただいまー」
 あっ、カレーの匂いがする。
「おかえり」
「今日はカレー?」
「正解。いい匂いでしょー」
 台所に立つ母さんが笑って言った。その隣で父さんはらっきょうを瓶から出している。
「野菜たっぷりのドライカレーよ。春都、好きでしょ」
「うん、好き」
 普通のカレーも好きだが、ドライカレーの方がどっちかといえば好きなんだよな。野菜って感じがして。
 さっと風呂に入り、うめずのご飯の準備をする。うめずは俺がご飯の棚に近づいただけで、尻尾をぶん回しながら器の前にそそくさと座った。こういう時だけ、素早いんだよなあ、こいつ。……俺も同じようなものか。
 さあ、俺も晩飯だ。
「いただきます」
 ご飯にたっぷりとのったカレー。細かく刻まれている野菜は、にんじん、ピーマン、玉ねぎか。それと、きのこ。今日はえのきだな。
 ご飯とすくって、豪快に一口。ああ、野菜の甘味とスパイスの香りが素晴らしい。口いっぱいに、いい香りが充満している。ニンジンの食感にピーマンのほのかな苦み、玉ねぎの甘さがたまらない。
 トマト缶も入ってるんだよなあ。だから、カレールーがいつもより少なくても十分食べ応えがあるのだろう。スパイスの香りを邪魔しないが、すっきりとさわやかに味をまとめ上げる。たまにごろっとした果肉にあたると嬉しい。ジュワッと甘みとトマトの味があふれてうまいんだ。
 えのきがいい味出してる。きのこって、ほんと、うま味の塊だよなあ。あるだけで料理のコクが桁違いだ。
 そこにらっきょう。この酸味と、トマトとはまた違った爽やかさが、より一層カレーをうまくする。
「明日の朝まであまりそうなのよねえ。朝もカレーでいい?」
 母さんがらっきょうを取りながら聞いてくる。
「うん、喜んで」
「パンと一緒に食べてもいいかもなあ」
 俺と父さんがそう答えると、母さんは笑って「よかった」と頷いた。
 うまい飯を晩だけじゃなく、朝も食えるなんて、すごくうれしいことじゃないか。ああ、明日の朝も楽しみだ。いい感じになじんで、またうまいんだよなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...