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日常
第四百八十六話 豚バラ大根
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今日、父さんと母さんが帰ってくるらしい。目覚ましより早く届いた通知で知った。それに返信しようともぞもぞしていたら目覚ましが鳴って、だいぶびっくりした。
「んんー……」
ひんやりとした空気で体が冷え切る前に、とっとと着替えを済ませよう。晩飯何にしようかなあ。なんか作ってくれるかなあ。それとも、俺が作るのかなあ。ま、どっちでもいいや。家にあるものでどうにかできるだろ。
みんなでつつけるものか……作るとするなら、何にしようかなあ。できれば作ってくれると嬉しいなあ……なんて。
テストも終わり、いつも通りの日々が戻ってきた。気だるげで、冷たく、無機質な朝である。校門をくぐるときは少し背筋を伸ばして、聞こえる声であいさつをし、保険に会釈まで付け加える。生徒会も毎朝よくやるもんだ。めんどくさいとか思わないのだろうか。
そういや、観月も生徒会だったよなあ。あいつの場合、めんどくさいという思考回路がそもそも備わっていない気もするが……まあ、深くは考えてないんだろうなあ。
文化祭の時のアイドルは今も人気らしく、たびたび話を蒸し返されるんだと言っていた。思いもよらない反響に、センターを務めた生徒会長も困惑しているのだとか。ちなみに、イメージカラーは赤だったらしい。ほんと、学校によって生徒会の雰囲気って違うもんだよなあ。
靴を脱ぎ、上靴に履き替える。なんとなく上靴もしなしなしているように見えるのは気のせいだろうか。
階段の踊り場の窓から見える空は薄暗く、晴れているのか曇っているのか見当もつかない。今日の体育、どうなるだろう。運動場でサッカーか、体育館でサッカーか。まあ、どちらにしてもサッカーなわけだ。考えるだけ無駄ってやつか。隅の方で邪魔にならないよう、気配を消しておくことに変わりはないのだから。
教室にはすでに何人も人がいた。皆早いなあ。
「おはよう、一条」
教室の出入り口付近の席に座る宮野が本から顔をあげて言った。
「おはよう、早いな」
「朝練あるからね」
「なるほど」
大変だなあ、部活入ってるやつらは。……あ、俺も入ってたわ。朝練はないけど。
「ふぁ……」
ずっと目元辺りに鎮座している睡魔があくびとなって現れる。これは疲れなんだか眠気なんだかよくわからん。えーっと、朝課外は何だったっけ。数学かあ。しょっぱなからしんどいなあ。
「あー、おはよー。ねー、昨日さー」
教室に、明るい声が通る。山崎だ。いつも話している友人たちの輪の中に入り、片付けも準備もしないまま会話を始める。山崎の隣にいた中村はそそくさと自分の席に来た。
「よぉ、一条」
中村は机に荷物を置きながら、一言声をかけてきた。
「おう」
「古文、今日から新しいとこだったよな。予習した?」
「したした。単語調べんの疲れた」
「えっ、うそ。今日から新しいとこやんの?」
そう驚愕する声が聞こえ、振り返って見れば、勇樹がいた。どうやら話に加わろうとやってきていたらしいのだが、その言葉を聞いて硬直していた。
「先生言ってたぞ。テスト明けにすぐ入るぞーって」
言えば勇樹は「はぁ~」と体の中の空気がすべて出ていくようなため息をついた。
「テスト返却されないのか?」
「どうだろうな」
「返却されたとしても、解説ばっかりって訳にもいかんだろ。絶対入るぞ」
中村の言葉に、勇樹はとうとう、うなだれた。
「……古文って何時間目だっけ」
「五時間目」
それを聞くと、勇樹はがぜん、輝きを取り戻す。百面相だなあ。
「昼休み挟むなら、いける! おーい、健太ぁ!」
名前を呼ばれた宮野は、面倒ごとの気配を察して顔をしかめていた。
古文の予習は結構時間かかるからなあ。頑張れ、頑張れ。
すべての授業をつつがなく終えて帰路に着く。ふとマンションを見上げると、最上階の角部屋に明かりが灯っているのが見えた。あ、帰って来てる。
「ただいま」
あ、いい匂い。晩飯、作ってくれたんだな。嬉しい。
「おかえりー、寒かったでしょー」
「おかえり」
母さんが台所から出てきて、父さんはソファに座ってうめずの世話をしている。
「うん。二人もおかえり」
「ただいま」
家にいるのにおかえり、っておかしい感じがするけど、まあ、いいや。
「今日の晩飯、何」
「豚バラ大根。大きい大根、ばあちゃんからもらったのよ」
「あ、いいね」
「春都には、休みの日にご飯を作ってもらおうかな」
それは任せていただこう。テストも終わってるし、予習もあらかた終わってるし。
風呂に入って、飯を食う。いつも通りの行動だけど、今日は二人がいる。それだけでなんか、うん、いい感じだ。
「いただきます」
豚バラ大根のほかにも、厚揚げがある。厚揚げって、何かと炒めてもいいし、それだけでもおかずになるし、いいよな。
まずは豚バラ大根から。豚バラは薄切りで、大根はいちょう切りだ。一度テレビで見たことがあるのは、豚バラはかたまりで、大根は輪切りだったなあ。いろんな作り方があるっていうのは、いろんな楽しみ方があるってことで、いいことだよな。
大根は程よく食感が残り、ほくほくしている。噛めばトロッとして、豚肉のうま味と大根の風味があふれ出す。醤油と砂糖の風味がいい。汁まで飲み干したくなるような味わいだ。でもなんかいつもと違う気がする。コクがある感じ。出汁なのか?
「今日はね、オイスターソースを入れてみたの。どう?」
聞く前に、母さんが教えてくれた。
「ああ、オイスターソース。どうりでなんかうま味というか、コクというか」
「でしょ。今度はおでんも作ろうと思ってるのよ」
「ああ、おでんいいねえ」
そう父さんが相槌を打つ。
おでんは最近食べたばかりだけど……うちで作るとまた違う感じがしていいんだなあ、これが。
さて、厚揚げも食べよう。ネギの緑がまぶしい。
プルップルしているのを細かく箸で分けて、醤油をしみこませて食べるのが好きだ。豆腐の味わいと表面の香ばしさ、醤油のうま味、そしてネギのさわやかさをよく味わえるから。あと、やけどしない。レンチンして熱々なので、がっつり食うとやけどしがちなんだ。
でも、がぶっと食うのもうまいんだよな。豆腐の味がよく分かって。うま味のある水分もジュワッと出てきて、おいしい。
豚バラ大根をご飯にのせ、汁もかける。ご飯の甘さとやわらかい食感、大根、豚バラ、甘い味付けがたまらなくうまい。
明日になると、もっと染みてうまいのかなあ。楽しみだ。
「ごちそうさまでした」
「んんー……」
ひんやりとした空気で体が冷え切る前に、とっとと着替えを済ませよう。晩飯何にしようかなあ。なんか作ってくれるかなあ。それとも、俺が作るのかなあ。ま、どっちでもいいや。家にあるものでどうにかできるだろ。
みんなでつつけるものか……作るとするなら、何にしようかなあ。できれば作ってくれると嬉しいなあ……なんて。
テストも終わり、いつも通りの日々が戻ってきた。気だるげで、冷たく、無機質な朝である。校門をくぐるときは少し背筋を伸ばして、聞こえる声であいさつをし、保険に会釈まで付け加える。生徒会も毎朝よくやるもんだ。めんどくさいとか思わないのだろうか。
そういや、観月も生徒会だったよなあ。あいつの場合、めんどくさいという思考回路がそもそも備わっていない気もするが……まあ、深くは考えてないんだろうなあ。
文化祭の時のアイドルは今も人気らしく、たびたび話を蒸し返されるんだと言っていた。思いもよらない反響に、センターを務めた生徒会長も困惑しているのだとか。ちなみに、イメージカラーは赤だったらしい。ほんと、学校によって生徒会の雰囲気って違うもんだよなあ。
靴を脱ぎ、上靴に履き替える。なんとなく上靴もしなしなしているように見えるのは気のせいだろうか。
階段の踊り場の窓から見える空は薄暗く、晴れているのか曇っているのか見当もつかない。今日の体育、どうなるだろう。運動場でサッカーか、体育館でサッカーか。まあ、どちらにしてもサッカーなわけだ。考えるだけ無駄ってやつか。隅の方で邪魔にならないよう、気配を消しておくことに変わりはないのだから。
教室にはすでに何人も人がいた。皆早いなあ。
「おはよう、一条」
教室の出入り口付近の席に座る宮野が本から顔をあげて言った。
「おはよう、早いな」
「朝練あるからね」
「なるほど」
大変だなあ、部活入ってるやつらは。……あ、俺も入ってたわ。朝練はないけど。
「ふぁ……」
ずっと目元辺りに鎮座している睡魔があくびとなって現れる。これは疲れなんだか眠気なんだかよくわからん。えーっと、朝課外は何だったっけ。数学かあ。しょっぱなからしんどいなあ。
「あー、おはよー。ねー、昨日さー」
教室に、明るい声が通る。山崎だ。いつも話している友人たちの輪の中に入り、片付けも準備もしないまま会話を始める。山崎の隣にいた中村はそそくさと自分の席に来た。
「よぉ、一条」
中村は机に荷物を置きながら、一言声をかけてきた。
「おう」
「古文、今日から新しいとこだったよな。予習した?」
「したした。単語調べんの疲れた」
「えっ、うそ。今日から新しいとこやんの?」
そう驚愕する声が聞こえ、振り返って見れば、勇樹がいた。どうやら話に加わろうとやってきていたらしいのだが、その言葉を聞いて硬直していた。
「先生言ってたぞ。テスト明けにすぐ入るぞーって」
言えば勇樹は「はぁ~」と体の中の空気がすべて出ていくようなため息をついた。
「テスト返却されないのか?」
「どうだろうな」
「返却されたとしても、解説ばっかりって訳にもいかんだろ。絶対入るぞ」
中村の言葉に、勇樹はとうとう、うなだれた。
「……古文って何時間目だっけ」
「五時間目」
それを聞くと、勇樹はがぜん、輝きを取り戻す。百面相だなあ。
「昼休み挟むなら、いける! おーい、健太ぁ!」
名前を呼ばれた宮野は、面倒ごとの気配を察して顔をしかめていた。
古文の予習は結構時間かかるからなあ。頑張れ、頑張れ。
すべての授業をつつがなく終えて帰路に着く。ふとマンションを見上げると、最上階の角部屋に明かりが灯っているのが見えた。あ、帰って来てる。
「ただいま」
あ、いい匂い。晩飯、作ってくれたんだな。嬉しい。
「おかえりー、寒かったでしょー」
「おかえり」
母さんが台所から出てきて、父さんはソファに座ってうめずの世話をしている。
「うん。二人もおかえり」
「ただいま」
家にいるのにおかえり、っておかしい感じがするけど、まあ、いいや。
「今日の晩飯、何」
「豚バラ大根。大きい大根、ばあちゃんからもらったのよ」
「あ、いいね」
「春都には、休みの日にご飯を作ってもらおうかな」
それは任せていただこう。テストも終わってるし、予習もあらかた終わってるし。
風呂に入って、飯を食う。いつも通りの行動だけど、今日は二人がいる。それだけでなんか、うん、いい感じだ。
「いただきます」
豚バラ大根のほかにも、厚揚げがある。厚揚げって、何かと炒めてもいいし、それだけでもおかずになるし、いいよな。
まずは豚バラ大根から。豚バラは薄切りで、大根はいちょう切りだ。一度テレビで見たことがあるのは、豚バラはかたまりで、大根は輪切りだったなあ。いろんな作り方があるっていうのは、いろんな楽しみ方があるってことで、いいことだよな。
大根は程よく食感が残り、ほくほくしている。噛めばトロッとして、豚肉のうま味と大根の風味があふれ出す。醤油と砂糖の風味がいい。汁まで飲み干したくなるような味わいだ。でもなんかいつもと違う気がする。コクがある感じ。出汁なのか?
「今日はね、オイスターソースを入れてみたの。どう?」
聞く前に、母さんが教えてくれた。
「ああ、オイスターソース。どうりでなんかうま味というか、コクというか」
「でしょ。今度はおでんも作ろうと思ってるのよ」
「ああ、おでんいいねえ」
そう父さんが相槌を打つ。
おでんは最近食べたばかりだけど……うちで作るとまた違う感じがしていいんだなあ、これが。
さて、厚揚げも食べよう。ネギの緑がまぶしい。
プルップルしているのを細かく箸で分けて、醤油をしみこませて食べるのが好きだ。豆腐の味わいと表面の香ばしさ、醤油のうま味、そしてネギのさわやかさをよく味わえるから。あと、やけどしない。レンチンして熱々なので、がっつり食うとやけどしがちなんだ。
でも、がぶっと食うのもうまいんだよな。豆腐の味がよく分かって。うま味のある水分もジュワッと出てきて、おいしい。
豚バラ大根をご飯にのせ、汁もかける。ご飯の甘さとやわらかい食感、大根、豚バラ、甘い味付けがたまらなくうまい。
明日になると、もっと染みてうまいのかなあ。楽しみだ。
「ごちそうさまでした」
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他サイトでも掲載中。

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