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日常
第四百八十三話 肉うどん
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心なしか学校に向かう生徒たちの足取りが急いているような、あるいは、重いような朝である。テストの日の朝って、何ともいえない空気感があるよなあ。
「あっ、一条~。おっはよー」
そんな空気を意に介さず、跳ねるような足取りで百瀬がやってくる。
「おはよう。朝から元気だな」
「それは、いつもよりしっかり寝てるからかな! 一時間違うだけで、ずいぶんいいもんだよ~」
テスト期間中は、似たような会話を色んなやつから聞く。
やっぱり、遠くから来るやつはそうなんだなあ。
「いやー、このテストも終われば、あとは冬休みを待つばかりだねぇ」
気の早いことを言いながら、百瀬はうきうきした様子で笑う。
「まだいろいろあるだろ」
「そうだけどー、なんか一山超えたっていうか?」
「まあ……そうとも言えるのか」
まだ超えてないけどな。
昇降口は寒いとも暑いともいえないが、居心地がいいともいえないような温度の空気である。生ぬるい、とでもいうべきか。
「一条はテスト終わってから予定ある?」
上靴をはき替え、百瀬が聞いてくる。この様子じゃ、自分には予定があって、それを誰かに話したくてしょうがない、といったところか。
「父さんと母さんが帰ってくるくらい」
「あっ、そうなんだ」
俺の話はそこそこに、百瀬は楽しそうに話しだした。
「俺はねー、製菓材料買いに行くんだー」
「ほう?」
「妹たちがどっかのイベントに行きたいみたいでねぇ、その送迎頼まれてて。まあ、送迎っていっても付き添いみたいなもんなんだけど」
百瀬は制服のポケットに手を突っ込み、何かを探すようにして、ハッとし、手を再び外に出した。
「でね」
「さっきの動きは何だったんだ」
「あーいや」
百瀬は少し照れ臭そうに笑った。
「無意識のうちにスマホ探してた」
「あっ、なるほど」
よくやるやつだ。
百瀬は話を戻した。
「イベント終わるまで結構待ち時間があるんだけど、一旦家に帰るほどでもなくてね。どうやって時間つぶそうかなって思ったら、近くにそういう専門店があるみたいで」
どうやら百瀬は、その店のサイトと地図を見せるつもりで、スマホを探したらしい。
「そこでいろいろ買おうと思ってるんだ」
「そうか」
それにしたって、お菓子を作れるっていうのはいいよなあ。飯は必要に駆られて、作れるようになったけど、お菓子方面はなかなか上達しない。クッキーとアップルパイはギリギリ作れるけど、ケーキとかは難易度高いなあ。
「百瀬さ」
「うん?」
「どうやってそんな、お菓子作りうまくなったんだ?」
聞けば百瀬は「ええー? そうだなあ……」と少し考えてから答えた。
「……数こなすこと、かなあ?」
「なるほど」
「そりゃ、分量正確に測るとか、調理器具はきれいにしておくこととか、いろいろあるけど、実際にやってみないと分かんないこともあるからねえ」
考えてみれば、当然の答えかもしれない。何事もやってみないと分からないし、繰り返しやることで、手際よくできるようになっていくというものか。
……その理論なら、俺はもうちょい、運動神経よくなっていてもいいと思うのだがなあ。こればっかりは、同列に語れないのだろうか。
「一条はさ、お菓子作んないの?」
百瀬が楽し気に聞いてくる。
「んー、あんま作んねえなあ」
「楽しいのに」
「そうだなあ……」
週末には父さんと母さんもいることだし、なんか作ってみるか。特別、作る理由もないのだが、作らない理由もない。テストも終わるし、そこら辺のスーパーで揃う材料で作れる何かを作ってみようか。
いろいろ考えていたら、百瀬が話し始めた。
「型抜きクッキーとか面白いよー。アイシングとか。一条、絵、うまいからできるよ」
「アイシングか……」
「俺は今度、ブラックココアクッキーってのを作って、アイシングしてみようと思ってんだよね」
百瀬はまた、制服のポケットに手を突っ込む。
「真っ黒なクッキーだから、アイシングが映えると思う……あっ、またスマホ探してた」
そう言って百瀬は笑った。
「ま、出来上がりを楽しみにしててよ」
「ああ、そうする」
実物が楽しみだ。
まあ、お菓子作りはいったん置いておくとして。テスト終わってそそくさと帰ってきた今、重要なのは昼飯だ。メニューはもう決めてある。こないだの牛丼の具をうどんにのっけて肉うどんだ。
「いただきます」
おお、肉の脂が出汁に溶け出してうまそうだ。まずは麺から。
冷凍麺で、お店で食べる麺より少しもちもちしている。こういう食感のうどんもありだよなあ。なんか、うちで食ってるって感じする。柔いんだけど、もちっとしてて、小麦の香りが薄い。
牛丼で食ってもうまかったけど、出汁にくぐらせるとまた違った感じだ。牛肉そのもののうま味と、甘辛い味付け、そして出汁、それぞれがうまいことバランスをとって、うま味がジュワッと口に広がる。あっ、これ、絶対一味が合う。
適量振りかけて……ほら、やっぱり。ピリッとした口当たりと刺激が、いい感じに味を引き締める。散らしたネギのさわやかさも相まって最高だ。
出汁も濃くなって、いつになくしみじみする。
麺を完全に食ったら、白米を投入する。炊き込みご飯でもいいのだが、今日は肉の脂もあることだし、白米がちょうどいいだろう。
さらさらとお茶漬けのようにして食べる。出汁が程よい温かさで食べやすい。肉のうま味、牛肉の破片、ネギ。うどんの満足感をそのままに、ご飯で追いかけるおいしさよ。うどん食ってるから、こんだけご飯もうまく感じられるんだなあ。
出汁まですっかり飲み干せば、完璧だ。
ああ、うまかった。こりゃ、紅しょうが買ってきて牛丼作る前に、肉がなくなってしまいそうだなあ。
「ごちそうさまでした」
「あっ、一条~。おっはよー」
そんな空気を意に介さず、跳ねるような足取りで百瀬がやってくる。
「おはよう。朝から元気だな」
「それは、いつもよりしっかり寝てるからかな! 一時間違うだけで、ずいぶんいいもんだよ~」
テスト期間中は、似たような会話を色んなやつから聞く。
やっぱり、遠くから来るやつはそうなんだなあ。
「いやー、このテストも終われば、あとは冬休みを待つばかりだねぇ」
気の早いことを言いながら、百瀬はうきうきした様子で笑う。
「まだいろいろあるだろ」
「そうだけどー、なんか一山超えたっていうか?」
「まあ……そうとも言えるのか」
まだ超えてないけどな。
昇降口は寒いとも暑いともいえないが、居心地がいいともいえないような温度の空気である。生ぬるい、とでもいうべきか。
「一条はテスト終わってから予定ある?」
上靴をはき替え、百瀬が聞いてくる。この様子じゃ、自分には予定があって、それを誰かに話したくてしょうがない、といったところか。
「父さんと母さんが帰ってくるくらい」
「あっ、そうなんだ」
俺の話はそこそこに、百瀬は楽しそうに話しだした。
「俺はねー、製菓材料買いに行くんだー」
「ほう?」
「妹たちがどっかのイベントに行きたいみたいでねぇ、その送迎頼まれてて。まあ、送迎っていっても付き添いみたいなもんなんだけど」
百瀬は制服のポケットに手を突っ込み、何かを探すようにして、ハッとし、手を再び外に出した。
「でね」
「さっきの動きは何だったんだ」
「あーいや」
百瀬は少し照れ臭そうに笑った。
「無意識のうちにスマホ探してた」
「あっ、なるほど」
よくやるやつだ。
百瀬は話を戻した。
「イベント終わるまで結構待ち時間があるんだけど、一旦家に帰るほどでもなくてね。どうやって時間つぶそうかなって思ったら、近くにそういう専門店があるみたいで」
どうやら百瀬は、その店のサイトと地図を見せるつもりで、スマホを探したらしい。
「そこでいろいろ買おうと思ってるんだ」
「そうか」
それにしたって、お菓子を作れるっていうのはいいよなあ。飯は必要に駆られて、作れるようになったけど、お菓子方面はなかなか上達しない。クッキーとアップルパイはギリギリ作れるけど、ケーキとかは難易度高いなあ。
「百瀬さ」
「うん?」
「どうやってそんな、お菓子作りうまくなったんだ?」
聞けば百瀬は「ええー? そうだなあ……」と少し考えてから答えた。
「……数こなすこと、かなあ?」
「なるほど」
「そりゃ、分量正確に測るとか、調理器具はきれいにしておくこととか、いろいろあるけど、実際にやってみないと分かんないこともあるからねえ」
考えてみれば、当然の答えかもしれない。何事もやってみないと分からないし、繰り返しやることで、手際よくできるようになっていくというものか。
……その理論なら、俺はもうちょい、運動神経よくなっていてもいいと思うのだがなあ。こればっかりは、同列に語れないのだろうか。
「一条はさ、お菓子作んないの?」
百瀬が楽し気に聞いてくる。
「んー、あんま作んねえなあ」
「楽しいのに」
「そうだなあ……」
週末には父さんと母さんもいることだし、なんか作ってみるか。特別、作る理由もないのだが、作らない理由もない。テストも終わるし、そこら辺のスーパーで揃う材料で作れる何かを作ってみようか。
いろいろ考えていたら、百瀬が話し始めた。
「型抜きクッキーとか面白いよー。アイシングとか。一条、絵、うまいからできるよ」
「アイシングか……」
「俺は今度、ブラックココアクッキーってのを作って、アイシングしてみようと思ってんだよね」
百瀬はまた、制服のポケットに手を突っ込む。
「真っ黒なクッキーだから、アイシングが映えると思う……あっ、またスマホ探してた」
そう言って百瀬は笑った。
「ま、出来上がりを楽しみにしててよ」
「ああ、そうする」
実物が楽しみだ。
まあ、お菓子作りはいったん置いておくとして。テスト終わってそそくさと帰ってきた今、重要なのは昼飯だ。メニューはもう決めてある。こないだの牛丼の具をうどんにのっけて肉うどんだ。
「いただきます」
おお、肉の脂が出汁に溶け出してうまそうだ。まずは麺から。
冷凍麺で、お店で食べる麺より少しもちもちしている。こういう食感のうどんもありだよなあ。なんか、うちで食ってるって感じする。柔いんだけど、もちっとしてて、小麦の香りが薄い。
牛丼で食ってもうまかったけど、出汁にくぐらせるとまた違った感じだ。牛肉そのもののうま味と、甘辛い味付け、そして出汁、それぞれがうまいことバランスをとって、うま味がジュワッと口に広がる。あっ、これ、絶対一味が合う。
適量振りかけて……ほら、やっぱり。ピリッとした口当たりと刺激が、いい感じに味を引き締める。散らしたネギのさわやかさも相まって最高だ。
出汁も濃くなって、いつになくしみじみする。
麺を完全に食ったら、白米を投入する。炊き込みご飯でもいいのだが、今日は肉の脂もあることだし、白米がちょうどいいだろう。
さらさらとお茶漬けのようにして食べる。出汁が程よい温かさで食べやすい。肉のうま味、牛肉の破片、ネギ。うどんの満足感をそのままに、ご飯で追いかけるおいしさよ。うどん食ってるから、こんだけご飯もうまく感じられるんだなあ。
出汁まですっかり飲み干せば、完璧だ。
ああ、うまかった。こりゃ、紅しょうが買ってきて牛丼作る前に、肉がなくなってしまいそうだなあ。
「ごちそうさまでした」
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