一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百七十八話 ハンバーガー

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 今日は午後から職員会議があるとか何とかで、三時間目までで下校だ。
「はーい、それじゃ、ホームルーム。簡単に済ませるよ」
 帰り支度もそこそこに、帰りのホームルームが始まる。先生は少し急ぐ様子で、手にはバインダーとプリントを抱えていた。
「今日はね、職員会議とか諸々あるので、最終下校は十二時です。それ以降、校舎内には入れないので、忘れ物とかしないように。先生たちも何もできないからね、気を付けてください」
「はーい」
「あとね、早く帰れるからといって遊び歩かないように。期末テストもう来週だから、しっかり、勉強するように」
「……はぁーい」
 はは、なんか間があったな。そりゃまあ、早く帰れるなら、勉強ばっかりしたくないよなあ。かといってゲーム三昧ってわけにもいかない。テスト前ってのはいつも、誘惑と疲労との戦いだ。
 まあ、今日は予定が入ってることだし、戦うことはないか。いや、別の何かと戦わなくてはいけないかもしれないが。
「それじゃ、終わろうか」
 号令を済ませ、にわかに色めき立つ教室の空気。さあ、俺も帰るとしよう。あ、そうだ。忘れ物取りに来られないなら、ロッカーも一度見とかないと。
「えーっと……辞書はいらないからー……」
「はーるとぉ、迎えに来たぜー」
「おー、ちょっと待て」
 のらりくらりとやってきた咲良は教室に入り、俺の席に座った。なんと勝手でマイペースなやつなんだ。
 今日の予定だって、こいつが無理やりねじ込んできたものだ。いろいろと教えてほしいことがあるから、と、この後、図書館で勉強することになっている。つまり、今日俺が戦う相手は、咲良の勉強にまつわるあれこれである。
「おう、待たせたな。行くぞ」
「うぃ~」
 下校のピークは過ぎたのか、思ったよりも昇降口は混んでいなかった。春先に似た空気はすがすがしく、眠気を誘うような木漏れ日と小鳥のさえずりが心地いい。これから本格的に寒くなるんだなあ、と思うと不思議な気がする。むしろ温かくなっていく一方のような気さえしてくる天気だ。
「いやあ、それにしても……」
 図書館に向かいながら、咲良が遠い目をして空を見上げる。
「実にいい天気だ。こんな日に遠出するのは、気持ちがいいだろうなあ」
「俺としては、家でのんびりやりたいものだが」
「行くならどこがいいだろう。サイクリングも捨てがたいねえ」
「おーい、戻って来い」
 心が遠出してしまった咲良を急かすようにして、混みあうバス停を横目に歩みを進める。
 こういうすがすがしい日に勉強するってのも、悪くないと思うのだがなあ。

 平日の図書館は昼でも空いている。というか、ここの図書館はそもそも利用者が少ないから、休日でも同じようなものだ。
「んぁー? これどうなってんの? 春都ぉ」
「どれ」
「これさあ、なんでここからこう変形するわけ? 意味わからんし」
「キレんなよ」
 自分の勉強しながら人に教えるってのは、なかなかに骨が折れる。まあ、提出物もあらかた片付けて、教科書読む程度までやっててよかった。テストギリギリまで行われる授業の予習もしなきゃだから、大変なことに変わりはないのだが。
「あーもー、俺なんで理系進んじゃったかなあ~。文系科目ならフィーリングで何とかなんのになあ!」
「ならねーよ」
 そりゃ、多少の感覚は必要だろうけど、感覚だけで済めば世話ない。まあ、学校でもなんか、理系は難しくて文系はそうでもない、みたいな空気あるなあ、そういや。誰に何と思われようと知ったことではないのだが、ムッとしないわけではない。
「まあ、確かに、フィーリングだけに頼ってなけりゃ、俺ももうちょい、文系科目優秀なんだろうけど」
 そう言って咲良は姿勢を正し、教科書と向き合った。こいつ、自分で言って自分で答えだしやがった。
「なんだよお前」
「はー、終わんねえなあ、課題」
「おい」
 なんとなく集中力が切れてきたので、本棚を見て回ろうと立ち上がる。と、咲良が制服のすそをつかんできた。
「どこ行くんだよ」
「あ? 本棚見て回ろうかなーと」
「じゃあ、俺も行く」
「なんでだよ。今日中にそれ終わらせないとだめなんだろ。さっさとやれ」
「教えてくれる奴がいないとできないだろぉ」
 まったく、手のかかるやつだ。
 仕方がないので、もう一度席に着く。さて、次は何をすればいいんだろうな。

 昼過ぎになって図書館を出る。
「腹減ったなー」
 咲良が、グーッと伸びをしながら言う。
「そうだな」
「近くになんか飯屋あったっけ?」
「ハンバーガー」
「ああ、それでいいや。安いし」
 今日は何にすっかなあ。いつものやつにするか。野菜たっぷりのでっかいやつ。
 車は多かったがほとんどがドライブスルーの客のようで、店内は思いのほか空いていた。
「いただきます」
 店内で食うってのも、なかなかないから楽しいものだ。
 おっ、うちで持って帰って食う時よりも温かい気がする。パンもつぶれていなくてフワッフワで、肉も香ばしい。野菜は冷えてみずみずしい。レタスたっぷりで、肉のこってりな味わいとよく合うのだ。
 ソースも心なしか、爽やかな気がする。何だろう。やっぱ食う場所の雰囲気って味にも関わってくるんかな。いろいろな味わい方があるもんだ。
「はー、テストだりぃなあ」
 咲良がジュース片手に、盛大なため息をついた。
「そうか?」
 確かにテスト中は息がつまるようで、いつまでも続くには少々好ましくないが、その後の解放感を考えると、割と悪いものでもないような気がする。
 おっ、ポテト揚げたてだ。熱々のサクサクで、中はほろっとトロッとしている。塩気もちょうどいい。
 ジュースはオレンジ。うーん、何とも、甘く爽やかだ。
「お前はそりゃ、頭いいし、勉強好きだろうからそうでもないかも知んねーけどさあ」
 咲良は文句を垂れながら、ハンバーガーにかぶりつく。
「たいていのやつは、嫌なんだよ」
「そういうもんかねえ」
 ピクルス、うまい。それこそピクルスは人によって好き嫌いが分かれるよなあ。俺はめっちゃ好き。この酸味と食感、独特の風味が癖になる。
 テスト明けには、何食おうかなあ。今から楽しみだ。

「ごちそうさまでした」
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