一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百七十七話 ハンバーグ

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 なんか、最近また朝が寒くなくなった。いや、冷えるには冷えるのだが、布団から出るのが億劫なほどではない。むしろすがすがしいとすら思うほどだ。
 これぐらいの気候だと、学校に行くのも気分がいい。しかも朝課外がないとなれば、日も高く、賑わいもそれなりにあって、車の通りは多くてまあちょっと危ないが、さみしくないのが何よりだ。
「おーっす、一条」
「早瀬。おう、おはよう」
「いやー、朝が遅いといいなあ!」
 校門近くで、早瀬が声をかけてくる。今日は生活指導の先生も立っていないことだし、気を張らなくていいのが楽だ。
「家出る時間っつーか、起きる時間が一時間違うだけで楽だよなー」
「ああ、確かに。俺は油断して遅刻しそうになるけど」
「あはは、それも考えものだなあ」
「学校の外で予鈴聞いた時はさすがに焦った」
 登校時間に余裕があるおかげか、昇降口もあまり込み合っていない。靴箱が込み合ってると、それだけで気分が落ち込むんだよなあ。下校の時だとそうでもないけど、何なんだろう、あれ。
 上靴に履き替え、階段を上る。
「そういや今日、七時間目集会だな。表彰されるんだろ、お前」
 ふと思い出して聞けば、早瀬は「まあなあ」と笑った。
「あれさー、名前呼ばれて返事しなきゃいけないってのは分かるんだけど、いざその時になると、不安になるよなあ」
「あー……分かる気がする。点呼のときみたいな?」
「そーそー! 聞き間違いじゃないよな、とか、ほんとに呼ばれたんだよな、とか、いろいろ考えちゃうんだよ」
 入学式とか卒業式がそんな感じだ。名前呼ばれて、返事して立たなきゃいけないんだけど、本当に呼ばれたのか一瞬分かんなくなる感じ。流れ的にそうだよな、間違ってないよな、俺だよな、って、立ち上がった後も考えてしまう。
「おっ、お二人さん、おそろいで。おはよー」
 理系の教室の方から、咲良がやってくる。ヒラヒラと手を振り、いつものようにのんきな笑みを浮かべているが、少々疲労の色が見える。
「おう、井上。おっす」
「おはよう。早いな、咲良」
 聞けば、咲良は「そーれがさあ」とロッカーにもたれかかった。話が長くなりそうな気配を察知したのか、早瀬は「先生に呼ばれてるから」と行ってしまった。
「補講の対象になっちゃってな~、こないだの中間で、少々点数が悪かったもんだから」
「少々ねえ……」
 それにしたって、やっぱり補講とかやってんだな。咲良は諦めたようにため息をついた。
「俺は今日の放課後までで終わりだからいいんだけど。他のやつらは、土日も呼ばれてんだってさ」
「へえ……」
「ま、春都には無縁の話だよなあ」
 そういうことを嫌味なく言えるあたり、咲良はすごいなあと思う。それなりに自分の状況を受け入れている証拠なのだろうが、それなら、もうちょっと苦労しないように頑張ったらどうなんだとも思わなくもない。こいつなりに頑張ってるだろうから、口に出しては言えないが。
「早瀬、先生に呼ばれてるって、何だろうな」
 咲良が伸びをしながら聞いてくる。
「さあ……今日の集会で表彰されるからなんじゃね。よく分からんけど」
「分からんのかい」
 あはは、と咲良は屈託なく笑った。

 集会って、疲れるなあ。案外前からはこちらが見えているらしく、居眠り一つもできやしない。いっそ保健室に行ってやろうかとも思うが、欠席扱いになっては困る。この学校は普段の授業もそうだが、集会とか行事とかを欠席すると、結構な痛手になると風のうわさで聞いたことがある。
『続いて、表彰式に移ります。表彰される生徒は……』
 大きなあくびを噛み殺したところで、そうアナウンスが入る。集会の進行は放送部ではなく生徒会なんだっけ。マイクの準備は、放送部がやってるらしいけどな。
 表彰式は進行次第でだらっともなるし、すっきりともする。今日はどっちだろう。まあ、早瀬がいることだし、まともに拍手くらいはしよう。それにしたって、この生ぬるい気温、眠くなるな。
 眠い時って、何するでも億劫なんだよなあ。集会終わりに体育館から出ていくのも面倒だと思うくらいだ。いっそ放送で集会してくれればいいのにとすら思う。インフルが流行ったときと、めちゃくちゃに暑いときは、放送だったかなあ。めっちゃ楽なんだよなあ、放送での集会って。
 これ終わったら下校かあ。晩飯何にしよう。腹減ってるし、しっかり食べたいけど手の込んだものはしんどいなあ。スーパーでなんか買って帰ってもいいけど、それすら面倒なんだよなあ。
 あっ、そうだ、あれにしよう。ハンバーグ。材料少なくてできるやつ。
 そうひらめいたタイミングで、一斉に拍手の音が広がってびっくりする。あっ、表彰式終わったのか。
 ああ、ちゃんと早瀬いる。うんうん、おめでとう。

 具材は牛ひき肉ともやし、そして卵と味付けに塩コショウ。これを全部しっかり混ぜて、形をちょっと整えて、焼けばいい。今日はまとめて、フライパンで焼こう。
 ひっくり返すのに少々手間取ったが、うまくいった。うまそうな匂いだ。それと今日は、大根おろしも準備しよう。
「いただきます」
 でかいハンバーグを切り分けるのは夢がある。大根おろしたっぷりのっけて、ポン酢をかけて……あー、見た目がいい。
 牛ひき肉の香ばしさには、他の肉では味わえないうま味がある。塩こしょうもいい塩梅で、もやしのジャキジャキも残っていて、ジューシーで……あー、これ、うまい。すっげーうまい。思ってたよりうまいぞ、これ。
 ポン酢がまたうまい。さっぱりとすっきりとしていて、大根のさわやかなみずみずしさがまた、ただでさえうまいハンバーグに味わいを加える。
 ご飯に合うなあ。がつがつ食べてしまいそうだ。おかわりしよう。
 せっかくでかいハンバーグなんだし、味変してみるか。柚子胡椒と醤油を少し、ってのはどうだろう。
 おお、またこれは違っていい。ピリッとした辛さが味を引き締め、醤油の香ばしさも加わり、柚子の香り爽やかで、実にご飯に合う。玉ねぎのハンバーグもいいものだが、もやしはいい味出しながらも癖はそんなにないし、何より安いし、ジューシーだし、いいかもしれない。
 フワフワ、ほわほわとした食感は、冷めても変わらない。こりゃとんでもなくうまいぞ。
 あー、結局、ご飯三杯もおかわりしてしまった。腹パンパン。満足しかない。
 おいしかったなあ……また作ろう。

「ごちそうさまでした」
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