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日常
第四百七十一話 カレーライス
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日が当たる美術室の窓辺は暖かい。今日もいい天気だなあ。椅子の背もたれに身を預け、空を見上げていたら、後ろから咲良がのしかかってきた。
「ぐえ」
「なに、なんかいいもんでもあった?」
「なんも」
「あ、そう」
咲良はますますこちらに体重をかけてくる。重い。
「お前ら、お菓子食わねえの?」
百瀬がそう声をかけてきたところで解放された。朝比奈と百瀬がいる机には、パーティ開けされたお菓子があった。
「食う~」
咲良が真っ先に走っていき、その後を、椅子を引っ張りながら追う。
「なんだこれ」
「クッキー。プレーンとココアとチョコチップ。好きなのとっていいよ」
「おー、じゃあ、いただきます」
ココアを食べよう。個包装なのがありがたい。
この会社のやつ、甘さ控えめでうまいんだよな。サクサクで、でもちゃんと甘さもあって。ついついココアばっかり食べてしまいそうになるんだ。プレーンもチョコチップもうまいんだけどな。
そしてこのココアクッキーには、牛乳がよく合う。
「こないだお菓子いっぱい買い込んじゃってさあ。さすがにうちだけじゃ消費しきれないんだよねえ」
どんどん食べてねー、と百瀬が言う。
「このクッキー、初めて食ったけど、うまいな」
朝比奈が感心したように呟く。
「普段どんなん食ってんのか、聞くのも怖いな」
咲良が小声で言うので、無言で同意を示し、話題を買えるように百瀬に聞いてみた。
「買い過ぎたって、安かったのか」
「うーん、それもあるんだけどさ」
百瀬はスケッチブックから顔を上げ、苦笑した。
「ポイントがたまってたから、つい使っちゃったんだよね。キャンペーンで溜まってたの、キャッシュレス決済のやつなんだけど」
「あー、あれな」
つい最近使ったばかりなのでよく分かる。現金と同じように使えるのに、ポイントだっていうだけでなんかお得な感じがするのは何なんだろう。不思議だよなあ。
「あ、一条もやってんの?」
「こないだ始めた」
「あれ、なんかうれしいよな、ポイント溜まるの」
お、朝比奈もやってんのか。朝比奈はチョコチップのクッキーを取りながら言った。
「あと支払いが楽。小銭探さなくていいから」
「分かるわー。行列で来てるときとか、大荷物の時って焦るもんなー」
そういやさっきから咲良が話に入ってこないな。どうしたんだ。こいつ、いっつも真っ先に首突っ込んでくるのに。
「咲良はやってないのか」
黙々とクッキーを食べていた咲良は「あー、うん」といつもの調子で笑って言った。
「うちの周り、現金か地域振興券しか使えない店多くてさあ。アプリ入れてもなあ、使いどころがねえんだわ」
「あ、そうなん」
「何なら、物々交換が成り立つような場所もあるぐらいだからなあ」
「お前の町はいったい何なんだ」
「え、夜になると明かり一つなくなるド田舎だけど」
そんなはつらつとした笑顔で言われても、どう返すのが一体正解なのだろうか。うーん、分からん。
こちらの思っていることなどつゆ知らず、咲良は続けた。
「朝とか今の時季怖いぜー? まあ、新聞屋が近くにあるからまだいいんだけど。ちょっと人の気配があるだけでもいいもんよ」
「ああ、それは分からなくもない」
それはじいちゃんばあちゃんちに行ったときに感じることだ。あの辺も交通量の多い道路が近いとはいえ、人通りが多くないし、朝とか怖いんだよなあ。近くの新聞屋さんが休みになると、途端に暗闇の中に沈むような場所なのだ。
「へー、いろいろあるんだね」
百瀬が面白そうに相槌を打った。朝比奈も同意を示す。
「俺らの町は、割と夜中も明るいんだよな。都会ってわけでもないけど、コンビニ乱立してるし、近くに飲み屋街あるし」
「ねー、たまにうるさいくらいだよね」
「色々あるもんだなあ」
咲良が興味深そうに頷いて言う。と、その時チャイムが鳴った。
「戻らねえと、次、移動だったわ。百瀬、ごちそうさん」
「いいえー」
えーっと、確か会議室だっけ。まあ急いだところで、座る場所は決まってるから意味ないんだけど。
はあ、冬の移動教室は、より一層億劫だなあ。
今日は、ばあちゃんが来てくれたので、晩飯は任せっきりだ。いやあ、嬉しいなあ。
風呂から上がると、ふわりと鼻をかすめるスパイシーな気配。おっ、この匂いはカレーか。ばあちゃん、カレー作ってくれたんだな。
「ちょうどいいところで来たね。できてるよ」
「ありがとう。いただきます」
ジャガイモ多めのカレーが、ばあちゃんのカレーだ。ごろっとしたニンジンのオレンジ色も華やかで好きなんだよなあ。
ルーはピリッとしつつも、食べづらくない程度の香辛料と辛さだ。うま味があるんだよなあ、白米によく合う。
ジャガイモはほくほくのとろとろだ。二日目になるとすっかり溶けるほどに煮込まれたジャガイモは、カレーの味をまといながらも本来の味を失っていない。いや、むしろ際立っているともいえる。スパイスの香りに、ジャガイモの甘味がよく映える。
ニンジンは甘い。ジュワッと甘い汁が染み出して、カレーのルーまで甘くするようだ。うまいなあ。程よく、ほくトロッとしたような、シャキッとしたような食感が残る大ぶりに切られた玉ねぎもまたうまい。
肉は牛肉だ。まず自分じゃ使わないよなあ。薄切りでもなおその存在感とうま味はしっかりとしていて、ルーにもうま味が溶けだしている。
「醤油はいらない?」
「いるいる」
醤油かけると和風になるんだよな。コクとうま味が増して、さらにうまくなる。香ばしさも加わるようだ。
このカレー、ご飯に合うのはもちろんなんだけど、うどんにかけてもうまいんだよなあ。うどんにするなら二日目の、ジャガイモがトロトロに溶けてルーのとろみも増したカレーがいい。食べやすいし、コクも増す。
そして一日目、二日目、どちらのカレーにもいえることだが、ばあちゃん特製のらっきょうがよく合う。酸味とほのかな辛味のある、みずみずしいらっきょうをカレーと一緒に食うと、くどくなくてうまいんだなあ。らっきょう酢をかけてもいい。
ちゃんと保存して、明日も食べられるようにしよう。うどん麺、まだ余ってたかなあ。
「ごちそうさまでした」
「ぐえ」
「なに、なんかいいもんでもあった?」
「なんも」
「あ、そう」
咲良はますますこちらに体重をかけてくる。重い。
「お前ら、お菓子食わねえの?」
百瀬がそう声をかけてきたところで解放された。朝比奈と百瀬がいる机には、パーティ開けされたお菓子があった。
「食う~」
咲良が真っ先に走っていき、その後を、椅子を引っ張りながら追う。
「なんだこれ」
「クッキー。プレーンとココアとチョコチップ。好きなのとっていいよ」
「おー、じゃあ、いただきます」
ココアを食べよう。個包装なのがありがたい。
この会社のやつ、甘さ控えめでうまいんだよな。サクサクで、でもちゃんと甘さもあって。ついついココアばっかり食べてしまいそうになるんだ。プレーンもチョコチップもうまいんだけどな。
そしてこのココアクッキーには、牛乳がよく合う。
「こないだお菓子いっぱい買い込んじゃってさあ。さすがにうちだけじゃ消費しきれないんだよねえ」
どんどん食べてねー、と百瀬が言う。
「このクッキー、初めて食ったけど、うまいな」
朝比奈が感心したように呟く。
「普段どんなん食ってんのか、聞くのも怖いな」
咲良が小声で言うので、無言で同意を示し、話題を買えるように百瀬に聞いてみた。
「買い過ぎたって、安かったのか」
「うーん、それもあるんだけどさ」
百瀬はスケッチブックから顔を上げ、苦笑した。
「ポイントがたまってたから、つい使っちゃったんだよね。キャンペーンで溜まってたの、キャッシュレス決済のやつなんだけど」
「あー、あれな」
つい最近使ったばかりなのでよく分かる。現金と同じように使えるのに、ポイントだっていうだけでなんかお得な感じがするのは何なんだろう。不思議だよなあ。
「あ、一条もやってんの?」
「こないだ始めた」
「あれ、なんかうれしいよな、ポイント溜まるの」
お、朝比奈もやってんのか。朝比奈はチョコチップのクッキーを取りながら言った。
「あと支払いが楽。小銭探さなくていいから」
「分かるわー。行列で来てるときとか、大荷物の時って焦るもんなー」
そういやさっきから咲良が話に入ってこないな。どうしたんだ。こいつ、いっつも真っ先に首突っ込んでくるのに。
「咲良はやってないのか」
黙々とクッキーを食べていた咲良は「あー、うん」といつもの調子で笑って言った。
「うちの周り、現金か地域振興券しか使えない店多くてさあ。アプリ入れてもなあ、使いどころがねえんだわ」
「あ、そうなん」
「何なら、物々交換が成り立つような場所もあるぐらいだからなあ」
「お前の町はいったい何なんだ」
「え、夜になると明かり一つなくなるド田舎だけど」
そんなはつらつとした笑顔で言われても、どう返すのが一体正解なのだろうか。うーん、分からん。
こちらの思っていることなどつゆ知らず、咲良は続けた。
「朝とか今の時季怖いぜー? まあ、新聞屋が近くにあるからまだいいんだけど。ちょっと人の気配があるだけでもいいもんよ」
「ああ、それは分からなくもない」
それはじいちゃんばあちゃんちに行ったときに感じることだ。あの辺も交通量の多い道路が近いとはいえ、人通りが多くないし、朝とか怖いんだよなあ。近くの新聞屋さんが休みになると、途端に暗闇の中に沈むような場所なのだ。
「へー、いろいろあるんだね」
百瀬が面白そうに相槌を打った。朝比奈も同意を示す。
「俺らの町は、割と夜中も明るいんだよな。都会ってわけでもないけど、コンビニ乱立してるし、近くに飲み屋街あるし」
「ねー、たまにうるさいくらいだよね」
「色々あるもんだなあ」
咲良が興味深そうに頷いて言う。と、その時チャイムが鳴った。
「戻らねえと、次、移動だったわ。百瀬、ごちそうさん」
「いいえー」
えーっと、確か会議室だっけ。まあ急いだところで、座る場所は決まってるから意味ないんだけど。
はあ、冬の移動教室は、より一層億劫だなあ。
今日は、ばあちゃんが来てくれたので、晩飯は任せっきりだ。いやあ、嬉しいなあ。
風呂から上がると、ふわりと鼻をかすめるスパイシーな気配。おっ、この匂いはカレーか。ばあちゃん、カレー作ってくれたんだな。
「ちょうどいいところで来たね。できてるよ」
「ありがとう。いただきます」
ジャガイモ多めのカレーが、ばあちゃんのカレーだ。ごろっとしたニンジンのオレンジ色も華やかで好きなんだよなあ。
ルーはピリッとしつつも、食べづらくない程度の香辛料と辛さだ。うま味があるんだよなあ、白米によく合う。
ジャガイモはほくほくのとろとろだ。二日目になるとすっかり溶けるほどに煮込まれたジャガイモは、カレーの味をまといながらも本来の味を失っていない。いや、むしろ際立っているともいえる。スパイスの香りに、ジャガイモの甘味がよく映える。
ニンジンは甘い。ジュワッと甘い汁が染み出して、カレーのルーまで甘くするようだ。うまいなあ。程よく、ほくトロッとしたような、シャキッとしたような食感が残る大ぶりに切られた玉ねぎもまたうまい。
肉は牛肉だ。まず自分じゃ使わないよなあ。薄切りでもなおその存在感とうま味はしっかりとしていて、ルーにもうま味が溶けだしている。
「醤油はいらない?」
「いるいる」
醤油かけると和風になるんだよな。コクとうま味が増して、さらにうまくなる。香ばしさも加わるようだ。
このカレー、ご飯に合うのはもちろんなんだけど、うどんにかけてもうまいんだよなあ。うどんにするなら二日目の、ジャガイモがトロトロに溶けてルーのとろみも増したカレーがいい。食べやすいし、コクも増す。
そして一日目、二日目、どちらのカレーにもいえることだが、ばあちゃん特製のらっきょうがよく合う。酸味とほのかな辛味のある、みずみずしいらっきょうをカレーと一緒に食うと、くどくなくてうまいんだなあ。らっきょう酢をかけてもいい。
ちゃんと保存して、明日も食べられるようにしよう。うどん麺、まだ余ってたかなあ。
「ごちそうさまでした」
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