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日常
第四百六十七話 からあげ
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朝晩の冷え込みと昼間の温度差が、あいかわらず激しい最近である。
「あー、あー……うん、声、出るな」
「よかったなー、部活前に何とか調子が戻って」
図書館に向かう道すがら、隣を行く咲良が笑って言った。今日は部活に顔を出そうと思っていたので、せめて、今日までには声が戻るといいなあと思っていたのだ。
「国語の授業の時、かすれ声聞いた矢口先生の視線が怖かった……」
思い出すだけで、風邪は治ったというのに悪寒がするようである。
「あはは、聞かれたかぁ。でも、治ったから良しだな」
「まあな」
外は日が照って暖かいとはいえ、校舎内は結構ひんやりとしている。体育館もずいぶん冷えるようになった。冷たい床に座ると、一気に体温を奪われるんだ。
「こんにちは、お二人さん」
階段を降りたところで声をかけてきたのは羽室先生だ。
「あ、こんにちはー」
「一条君、体調はどう?」
「よくなりました」
そう答えれば、先生はにこにこ笑って頷いた。この先生、体調不良だった生徒のことはちゃんと覚えているんだからすごい。体育祭の時も、ちょっとだけ救護テントに来ていた生徒に、後で声かけてたもんなあ。
「そう、よかった。あんまり無理しちゃだめよ?」
「肝に銘じます」
「井上君も、体調には気を付けてね」
「はい! バカは風邪をひかないっていうんで、大丈夫です!」
胸を張ってそう言う咲良だが、それは誇るべきことなのだろうか。よく分からない。先生はバカにするでもなんでもなく「あら」と面白そうに言った。
「バカかどうかは知らないけれど、その元気なら、大丈夫そうね」
そして俺の方に視線を向けて付け加える。
「本当に風邪をひかないってわけじゃないのよ、ってこと、あとで教えてあげてね」
「あっ、はい」
「え、そうなの?」
本気でキョトンとする咲良を見て先生はくすくす笑うと、保健室へと戻って言った。
「どういうことなん」
咲良に聞かれ、なんとなく記憶に残っている意味を説明してやる。
「バカは風邪をひいても、その調子の悪さに気付かない、って意味もあるらしいぞ。皮肉みたいなもんだろ」
「へーそうなんだ」
「まあ、いろんな使われ方してるから、一概にそうとは言えないけどな」
「日本語って難しいな」
図書館は適温だ。ああ、やっぱりあの時は体調が悪かったんだなあ、と今更ながらに思う。
「おっ、来たな。二人とも」
カウンターに座っていた漆原先生がこちらを振り返って微笑む。
「一条君、体調はどうだい?」
「ずいぶんよくなりました」
「そうか、それはよかった。かなり高熱だったからなあ、心配だったんだ」
「俺、頑張ったよ、留守番」
と、咲良が自分の手柄を主張してくる。
「お世話をおかけしました」
そう言って頭を下げれば、咲良と先生はそろって笑った。
「いーえー」
「お互い様さ」
返却処理済みの本棚を見れば、結構大量に本が溜まっていた。当番の日に働けなかった分、今日、なんかしよう。
「無理はしないでくれよ」
「大丈夫です。動いた方が、気がまぎれます」
「そうか」
きついからとジッとしていたら、それでまた体調がいまいちになって、また動かなくなって……というのは、よくある負のループである。まあ、しっかり休むことも大事なんだけど、今の俺の場合は、動いた方がよさそうだ。
部活の分までは、体力残しとかないとだけどな。
部活では軽く矢口先生に問い詰められたが、声が戻っていたのでおとがめなしとなった。危ない危ない。
部活で体調不良の人はいなかったが、大事をとってということで、いつもより早く解散となった。ちょっとありがたい。いまいち本調子ではなかったので、早めに休みたかったのだ。
「ただいまー」
「あら、おかえり。早かったね」
台所にはばあちゃんが立っていた。
「部活だったんじゃないの?」
「あー、なんか風邪はやってるし、早めに帰って休めって」
「温度差が激しいもんねえ」
ばあちゃんが来てくれると、部屋が暖かくていい。風呂入って出てきても、廊下も程よい温度だし、部屋も心地いい。温かいってだけで人はどうして落ち着くんだろう。
もうすぐ晩ご飯ができると言われ、椅子に座ってのんびりとしておく。
ここ数日、何かとさっぱりしたものを食べ続けてきたのでそろそろがっつりしたものが食べたい。それだけ元気が出てきたってことでいいのかな。
「はい、どうぞ」
「待ってました」
来た来た、今日の晩飯はなんと、からあげだ。
昔から、風邪ひいて体調が回復すると、母さんかばあちゃんがからあげを揚げてくれるんだよな。からあげじゃなくても、好物を作ってくれるんだ。
「いただきます」
こんがりと揚がったからあげは見た目だけでご飯が進みそうだ。香りもいい。しかし、食べてこそ、からあげだろう。
カリサクッとした衣、ジュワッと染み出す鶏のうま味、濃い目の醤油味に、にんにくの芳香。かーっ、これこれ、これが食いたかった。肉の天ぷらもうまいのだが、からあげにはからあげにしかない、おいしさというものがある。
マヨネーズをつけるともっと食べ応えが増す。あ、皮の部分だったか。ジューシーでうまい。熱々、揚げたてのからあげは最高にうまい。
マヨネーズには柚子胡椒を混ぜてもうまい。まったりとしたまろやかな口当たりに、ピリリと刺激的な辛さ、柚子の風味に、塩気。これが香ばしいからあげによく合うんだ。そもそも、柚子胡椒と鶏の相性がいいんだな、これが。
「おいしい?」
「おいしい」
ご飯をおかわりし、今度はレモンをかけて食べる。
程よい酸味がさっぱりとして、ますますからあげが進むようだ。よそで食べるからあげもうまいし、それぞれに良さがあるのだが、いくらでも食べられるってのは、うちのからあげにしかない魅力なんだなあ。
そんでまた、普通に何もかけずに。うまいなあ。少し冷めてもうまさが変わらない。いや、むしろ違った味わいがにじみだしてくるようでいい。
「まだまだあるからねー。全部食べようとしなくてもいいからね?」
ばあちゃんが次々とからあげを揚げていく。
さすがの俺も、この量は……いや、食えなくもないが、あれだ。明日の楽しみも取っておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
「あー、あー……うん、声、出るな」
「よかったなー、部活前に何とか調子が戻って」
図書館に向かう道すがら、隣を行く咲良が笑って言った。今日は部活に顔を出そうと思っていたので、せめて、今日までには声が戻るといいなあと思っていたのだ。
「国語の授業の時、かすれ声聞いた矢口先生の視線が怖かった……」
思い出すだけで、風邪は治ったというのに悪寒がするようである。
「あはは、聞かれたかぁ。でも、治ったから良しだな」
「まあな」
外は日が照って暖かいとはいえ、校舎内は結構ひんやりとしている。体育館もずいぶん冷えるようになった。冷たい床に座ると、一気に体温を奪われるんだ。
「こんにちは、お二人さん」
階段を降りたところで声をかけてきたのは羽室先生だ。
「あ、こんにちはー」
「一条君、体調はどう?」
「よくなりました」
そう答えれば、先生はにこにこ笑って頷いた。この先生、体調不良だった生徒のことはちゃんと覚えているんだからすごい。体育祭の時も、ちょっとだけ救護テントに来ていた生徒に、後で声かけてたもんなあ。
「そう、よかった。あんまり無理しちゃだめよ?」
「肝に銘じます」
「井上君も、体調には気を付けてね」
「はい! バカは風邪をひかないっていうんで、大丈夫です!」
胸を張ってそう言う咲良だが、それは誇るべきことなのだろうか。よく分からない。先生はバカにするでもなんでもなく「あら」と面白そうに言った。
「バカかどうかは知らないけれど、その元気なら、大丈夫そうね」
そして俺の方に視線を向けて付け加える。
「本当に風邪をひかないってわけじゃないのよ、ってこと、あとで教えてあげてね」
「あっ、はい」
「え、そうなの?」
本気でキョトンとする咲良を見て先生はくすくす笑うと、保健室へと戻って言った。
「どういうことなん」
咲良に聞かれ、なんとなく記憶に残っている意味を説明してやる。
「バカは風邪をひいても、その調子の悪さに気付かない、って意味もあるらしいぞ。皮肉みたいなもんだろ」
「へーそうなんだ」
「まあ、いろんな使われ方してるから、一概にそうとは言えないけどな」
「日本語って難しいな」
図書館は適温だ。ああ、やっぱりあの時は体調が悪かったんだなあ、と今更ながらに思う。
「おっ、来たな。二人とも」
カウンターに座っていた漆原先生がこちらを振り返って微笑む。
「一条君、体調はどうだい?」
「ずいぶんよくなりました」
「そうか、それはよかった。かなり高熱だったからなあ、心配だったんだ」
「俺、頑張ったよ、留守番」
と、咲良が自分の手柄を主張してくる。
「お世話をおかけしました」
そう言って頭を下げれば、咲良と先生はそろって笑った。
「いーえー」
「お互い様さ」
返却処理済みの本棚を見れば、結構大量に本が溜まっていた。当番の日に働けなかった分、今日、なんかしよう。
「無理はしないでくれよ」
「大丈夫です。動いた方が、気がまぎれます」
「そうか」
きついからとジッとしていたら、それでまた体調がいまいちになって、また動かなくなって……というのは、よくある負のループである。まあ、しっかり休むことも大事なんだけど、今の俺の場合は、動いた方がよさそうだ。
部活の分までは、体力残しとかないとだけどな。
部活では軽く矢口先生に問い詰められたが、声が戻っていたのでおとがめなしとなった。危ない危ない。
部活で体調不良の人はいなかったが、大事をとってということで、いつもより早く解散となった。ちょっとありがたい。いまいち本調子ではなかったので、早めに休みたかったのだ。
「ただいまー」
「あら、おかえり。早かったね」
台所にはばあちゃんが立っていた。
「部活だったんじゃないの?」
「あー、なんか風邪はやってるし、早めに帰って休めって」
「温度差が激しいもんねえ」
ばあちゃんが来てくれると、部屋が暖かくていい。風呂入って出てきても、廊下も程よい温度だし、部屋も心地いい。温かいってだけで人はどうして落ち着くんだろう。
もうすぐ晩ご飯ができると言われ、椅子に座ってのんびりとしておく。
ここ数日、何かとさっぱりしたものを食べ続けてきたのでそろそろがっつりしたものが食べたい。それだけ元気が出てきたってことでいいのかな。
「はい、どうぞ」
「待ってました」
来た来た、今日の晩飯はなんと、からあげだ。
昔から、風邪ひいて体調が回復すると、母さんかばあちゃんがからあげを揚げてくれるんだよな。からあげじゃなくても、好物を作ってくれるんだ。
「いただきます」
こんがりと揚がったからあげは見た目だけでご飯が進みそうだ。香りもいい。しかし、食べてこそ、からあげだろう。
カリサクッとした衣、ジュワッと染み出す鶏のうま味、濃い目の醤油味に、にんにくの芳香。かーっ、これこれ、これが食いたかった。肉の天ぷらもうまいのだが、からあげにはからあげにしかない、おいしさというものがある。
マヨネーズをつけるともっと食べ応えが増す。あ、皮の部分だったか。ジューシーでうまい。熱々、揚げたてのからあげは最高にうまい。
マヨネーズには柚子胡椒を混ぜてもうまい。まったりとしたまろやかな口当たりに、ピリリと刺激的な辛さ、柚子の風味に、塩気。これが香ばしいからあげによく合うんだ。そもそも、柚子胡椒と鶏の相性がいいんだな、これが。
「おいしい?」
「おいしい」
ご飯をおかわりし、今度はレモンをかけて食べる。
程よい酸味がさっぱりとして、ますますからあげが進むようだ。よそで食べるからあげもうまいし、それぞれに良さがあるのだが、いくらでも食べられるってのは、うちのからあげにしかない魅力なんだなあ。
そんでまた、普通に何もかけずに。うまいなあ。少し冷めてもうまさが変わらない。いや、むしろ違った味わいがにじみだしてくるようでいい。
「まだまだあるからねー。全部食べようとしなくてもいいからね?」
ばあちゃんが次々とからあげを揚げていく。
さすがの俺も、この量は……いや、食えなくもないが、あれだ。明日の楽しみも取っておくとしよう。
「ごちそうさまでした」
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