一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百六十五話 焼鮭とみそ汁

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 布団の上に座り、ソファにもたれかかりながらバニラアイスを食べる。火照った体と痛むのどに気持ちのいい温度だ。風邪ひいた時って、いつもは何でもないものが、無性においしく感じるんだよなあ。
 そして、微妙に体調が回復してくると、暇を持て余す。まさしく今の状態である。
「わう」
「んー? うめず、来たのか」
 ぼんやりと庭を眺めていたら、居間からやってきたうめずがすり寄ってきた。そしてのんびりと傍らに伏せをする。
「暇だなあ……」
 ずっとスマホを見ていたらまた熱をぶり返しそうだし、散歩に行くほどの元気はないし、ゲームしてもアニメぶっ通しで見ても時間はあるけど絶対体調崩すし……そうなると、予習するしかないか。でも結構先までやってんだよなあ……
「まあ、いいか」
 えーっと、明日の時間割りは何だったかな……
「何やってるの」
 ばあちゃんがやってきたところで、うめずはスッと立ち上がってソファに飛び乗った。
「いやー、暇だし、明日の勉強でも……」
「やめなさい」
「うえ?」
 ばあちゃんは空になったアイスのカップと、それに入れていたスプーンを左手に、右手でポイッと俺を布団に突き飛ばす。
「うわー」
「まだ治ってないでしょうが。寝なさい」
「えー」
「えーじゃないの」
 バサッと毛布を掛けられ、身動きが取れないように巻かれる。
「いい? 寝てるのよ?」
「はーい」
 ばあちゃんに逆らってよかった試しはないので、大人しく従うほかない。それにしたって暇だなあ。ばあちゃんは傍らで洗濯物を片付けている。
「暇ぁ~」
「いいじゃないのたまには。最近、忙しかったんでしょ」
「んー、でもいざやることがないと落ち着かない」
「まあ分からなくもないけどね」
 面白がるように、うめずが簀巻きにされた俺の周りを一周する。スンスンと匂いを嗅ぎ、尻尾を振り、顔をのぞき込む。
「なんだよー、見せもんじゃねえぞー」
「わうっ」
「何言ってるのよ」
 洗濯物を片付け終えたばあちゃんが体温計を差し出してくる。
「計ってごらん」
「うん。その前に、布団、ほどいて……」
 布団から解放されたところで熱を測る。なんとなくもう大丈夫な気がするんだけどなあ。
「……お、下がったね。今日までしっかり休んだら、明日は学校に行けるでしょ」
「だるいから、行きたくない」
「退屈はしないでしょ」
「んー……」
 なんかもう、今週一週間休みたい。さっきまで、学校に行ってもいいからゲームもしたいしテレビも見たいと思っていたが、いざ回復してくると億劫になるのだから、厄介なものである。
「晩ご飯は普通に食べられそう?」
「うん、食べられる」
 そうか、元気にならないといろいろ食えないのか。それは困る。
 やっぱ元気が一番だな。

 よしよし、夕方まで寝たらすっかり元気になったぞ。まだちょっと声は枯れてるし地味にのどは痛いけど、最初に比べたらなんてことない。これから徐々に治っていくんだろうなというのが分かる。
「おっ、春都。調子はどうだ?」
 居間に向かえば、座椅子に座ってテレビを見ていたじいちゃんに声をかけられる。
「だいぶ良くなった」
「そうかそうか、一安心だな」
「ありがとう」
 ご飯の手伝いでもしようかと思ったら、ばあちゃんにすごい力で座らされたので大人しくしとく。
 よく考えると、この時期ってしょっちゅう体調崩してたなあ、昔から。最初に鼻詰まりがあって、口呼吸になるからのどが痛くなって、それで熱が出る。季節の変わり目でもあるしな。
 まあ、今回は調子に乗り過ぎたところがある。慣れない外出をし、人ごみに行き、疲れがたまったんだろう。のんびりしようと思いながら、なんだかんだ遊んだもんなあ。
「あー……お腹空いた」
「食欲があるなら、もう大丈夫だな」
 じいちゃんに笑ってそう言われ、頷くほかない。
 俺の元気のバロメーターは、何よりも食欲に比例する。まあ、調子が悪かろうとなんだろうと、ご飯を食べないという選択肢は、俺にはない。
「はい、お待たせね」
 今日の晩飯は白米とみそ汁、それに鮭の塩焼きだ。朝ごはんっぽい見た目だなあ。
「いただきます」
 まずはみそ汁から。これは昼間、ご飯にかけてもらったやつだ。
 大根と揚げのみそ汁。しんどい時は、大根が妙に染みる。薄く透き通った大根は、ほくほくの熱々で、じんわりと味噌の味も染み出してきてうまい。揚げもジュワッとしていていい。合わせ味噌の温かくて優しい風味が落ち着く。
 鮭。この塩味が食べたかった。塩気が特に濃いわけではないのだが、何食かシンプルな食事をしているとこういうおかずが恋しくなるものだ。もちろん、シンプルな食事も好きだけどな。
 皮もパリッパリだ。身はほくっとしていてご飯に合う。じわーっと広がる魚のうま味が愛おしい。ああ、これを味わえるまでに回復しておいてよかった。骨を外し、白米に身をのせ、かきこむ。いつもやっていることなのに、今はやけに嬉しい。
「明日は学校行くのか?」
 じいちゃんに聞かれ、頷く。
「そろそろ行かないと、成績が……」
「大変だなあ」
「きつかったら、すぐ連絡していいからね」
 そう言ってもらえるだけで、気が楽になるものである。
「お弁当は、私が作ろうね」
 あっ、やった。ばあちゃんの弁当が食えるのか。
 こういうのを怪我の功名というのだろうか。風邪ひいてなかったら、食えなかったんだもんな。
 ま、そう思えるのも、元気になったからか。
 とにかく、体調には気を付けるとしよう。

「ごちそうさまでした」
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