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日常
第四百六十四話 卵とじうどん
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なんか今日は朝から変な感じがする。夢見心地というか、ふわふわした感じがするというか、気分がいいような、悪いような、よく分からない感じだ。ああ、これはあれだ、すげー眠いってやつだ。
「あー、眠い」
昼飯もそこそこに図書館に向かう。
「大丈夫か、春都。なんか今日変だぞ」
どういうわけか、心配だから、とついてきた咲良がそう言う。変? 俺が?
「変ってなんだよ」
「いや、変っつーか、なんかふらふらしてんじゃん」
「眠いだけだよ」
そう言えば咲良はそれ以上何も言ってこなかった。
今日はやけに空気の温度が変だ。生ぬるいような、冷たいような、ひりひりするような。図書館に入ってもそれは同じだった。
「なーんか、今日は変な気温ですねえ、先生」
カウンター内に入りながら言えば、漆原先生はじっとこちらを見、とりあえず椅子に座るよう言ってきた。おお、なんだこの椅子、なんかネジ緩んでる感じする。
「ん~? なんかこれグラグラしますね」
「そうか、それより一条君。なんだか顔が赤い気がするのだが」
「ああ、寒い風にあたったせいですよ。換気のために窓が開けっぱなしで、寒いんですよねえ。廊下とか」
「……ちょっと失礼」
そう言うと先生は俺の額にそっと手を当ててきた。あー、冷たい。先生冷え性なのかなあ。
「……井上君、しばらくここを任せても?」
「いっすよ」
「一条君、立てるか。保健室へ行こう」
「へ? 何でですか。俺元気ですって」
突然先生が真剣にいうものだから訳が分からず反論すると、呆れたように言われた。
「その熱で何が元気だ」
「どーりでフラフラしてんなあと思ったら、熱出てたのかよ」
二人の声が聞こえにくい。耳に幕が張ったようだ。二人がどんな顔をしていたのかは、よく分からない。
その後保健室で熱を測ったら、久しぶりに見る数値がたたき出され、それからやっと自分の体調不良を自覚した。体調不良というのは、自覚すると悪化する気分がするのは何だろうか。ああ、頭痛い。グラグラする。
それからの記憶はあいまいだったが、光の速さでじいちゃんが迎えに来たことは確かに覚えている。
うつろなまま病院へ向かい、風邪だと診断され、薬をもらって帰った先は店だ。その頃にはうめずも来ていて、裏の部屋には布団が敷かれていた。さっと体を拭いて、着替える。ああ、インフルエンザの検査、痛かったなあ。
「はい、お茶。少しずつ飲みなさい」
「ん」
ばあちゃんに渡された生ぬるい麦茶が、今はのどに心地いい。あー、ひりひりする。でも体拭いたからちょっと気分がよくなった。
「何か食べたいものはあるか? 買ってこようか」
じいちゃんが言うが、これといって思いつかない。
「……冷たいもの」
「分かった」
「お昼は食べたんでしょ。夜まで寝てなさい」
「ん」
予習ぐらい出来るだろうと思っていたが、どうにも頭が回らない。これは大人しく休むしかないなあ。
「ごめんねぇ……」
誰にともなくつぶやけば、じいちゃんもばあちゃんも言った。
「なにが」
「何にも気にしなくていいから、休みなさい」
「んー……ありがとう」
調子が悪いのは嫌いだ。苦しいし、きついし。できれば健康でいたいし、健康でいられることはとてもありがたいことなのだと痛感する。
でも、こうやって遠慮なく甘えられるのは、風邪ひきの特権ともいえなくもない。
温かい部屋で、暖かい布団にもぐりこんで、ぼんやりしていられる。すべてのことを誰かに任せていられる。
ああ、幸せだ。そう思ってしまうのだ。
次に目が覚めた時には、日が暮れ始めていた。じっとりと汗をかいて気持ち悪い。なんか肌はひりひりするし、鼻は詰まるし、のどはまだ痛い。
「んん~……」
着替えたいけど、起き上がる気力がない。そう思っていると、枕元にいたらしいうめずがのそりと起き上がり、静かに居間へと向かって行った。
間もなくして、ばあちゃんがうめずと一緒に来る。うめずが連れてきてくれたんかな。
「起きたの?」
「んー……」
「着替えようか。おなかは空いてる?」
新しい寝巻に着替えながら、自分のお腹に意識をやる。
「空いてる」
「うどん、食べられそう?」
「食べる」
もう出汁も作ってくれていたみたいで、うどんはすぐに運ばれてきた。卵とじうどんだ。風邪ひくといっつもこれだ。うまいんだよなあ。
「ゆっくりでいいからね」
「うん。いただきます」
いつもならまとめてすするところだが、今日は少しずつちまちまと食べ進める。
鼻が詰まってあまり分からないけど、下に広がる出汁のうま味と胃に落ちていく穏やかで優しい温かさはよく分かる。トロトロくたくたのネギ、ふわふわの卵、やわらかいうどんの麺、そのどれもが、体に染みわたっていくようだ。
いつもより麺が少なめというのもありがたい。食いたいけど、入らないんだよな、風邪の時って。鼻詰まってて、食べてる途中に窒息しそうになるし。
あ、かまぼこだ。なんかうれしい。
温まったかまぼこは冷たいままのかまぼことちょっと食感が違うようにも思う。プリッとした食感がいいんだなあ。
「お、春都起きたか」
店の片付けを終えたらしいじいちゃんがやってくる。
「ゼリーとアイス、冷蔵庫に入れてるから、好きな時に食べてな」
「ありがとう」
今日は腹いっぱいだし、明日にしよう。
明日はもうちょっと元気になってるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
「あー、眠い」
昼飯もそこそこに図書館に向かう。
「大丈夫か、春都。なんか今日変だぞ」
どういうわけか、心配だから、とついてきた咲良がそう言う。変? 俺が?
「変ってなんだよ」
「いや、変っつーか、なんかふらふらしてんじゃん」
「眠いだけだよ」
そう言えば咲良はそれ以上何も言ってこなかった。
今日はやけに空気の温度が変だ。生ぬるいような、冷たいような、ひりひりするような。図書館に入ってもそれは同じだった。
「なーんか、今日は変な気温ですねえ、先生」
カウンター内に入りながら言えば、漆原先生はじっとこちらを見、とりあえず椅子に座るよう言ってきた。おお、なんだこの椅子、なんかネジ緩んでる感じする。
「ん~? なんかこれグラグラしますね」
「そうか、それより一条君。なんだか顔が赤い気がするのだが」
「ああ、寒い風にあたったせいですよ。換気のために窓が開けっぱなしで、寒いんですよねえ。廊下とか」
「……ちょっと失礼」
そう言うと先生は俺の額にそっと手を当ててきた。あー、冷たい。先生冷え性なのかなあ。
「……井上君、しばらくここを任せても?」
「いっすよ」
「一条君、立てるか。保健室へ行こう」
「へ? 何でですか。俺元気ですって」
突然先生が真剣にいうものだから訳が分からず反論すると、呆れたように言われた。
「その熱で何が元気だ」
「どーりでフラフラしてんなあと思ったら、熱出てたのかよ」
二人の声が聞こえにくい。耳に幕が張ったようだ。二人がどんな顔をしていたのかは、よく分からない。
その後保健室で熱を測ったら、久しぶりに見る数値がたたき出され、それからやっと自分の体調不良を自覚した。体調不良というのは、自覚すると悪化する気分がするのは何だろうか。ああ、頭痛い。グラグラする。
それからの記憶はあいまいだったが、光の速さでじいちゃんが迎えに来たことは確かに覚えている。
うつろなまま病院へ向かい、風邪だと診断され、薬をもらって帰った先は店だ。その頃にはうめずも来ていて、裏の部屋には布団が敷かれていた。さっと体を拭いて、着替える。ああ、インフルエンザの検査、痛かったなあ。
「はい、お茶。少しずつ飲みなさい」
「ん」
ばあちゃんに渡された生ぬるい麦茶が、今はのどに心地いい。あー、ひりひりする。でも体拭いたからちょっと気分がよくなった。
「何か食べたいものはあるか? 買ってこようか」
じいちゃんが言うが、これといって思いつかない。
「……冷たいもの」
「分かった」
「お昼は食べたんでしょ。夜まで寝てなさい」
「ん」
予習ぐらい出来るだろうと思っていたが、どうにも頭が回らない。これは大人しく休むしかないなあ。
「ごめんねぇ……」
誰にともなくつぶやけば、じいちゃんもばあちゃんも言った。
「なにが」
「何にも気にしなくていいから、休みなさい」
「んー……ありがとう」
調子が悪いのは嫌いだ。苦しいし、きついし。できれば健康でいたいし、健康でいられることはとてもありがたいことなのだと痛感する。
でも、こうやって遠慮なく甘えられるのは、風邪ひきの特権ともいえなくもない。
温かい部屋で、暖かい布団にもぐりこんで、ぼんやりしていられる。すべてのことを誰かに任せていられる。
ああ、幸せだ。そう思ってしまうのだ。
次に目が覚めた時には、日が暮れ始めていた。じっとりと汗をかいて気持ち悪い。なんか肌はひりひりするし、鼻は詰まるし、のどはまだ痛い。
「んん~……」
着替えたいけど、起き上がる気力がない。そう思っていると、枕元にいたらしいうめずがのそりと起き上がり、静かに居間へと向かって行った。
間もなくして、ばあちゃんがうめずと一緒に来る。うめずが連れてきてくれたんかな。
「起きたの?」
「んー……」
「着替えようか。おなかは空いてる?」
新しい寝巻に着替えながら、自分のお腹に意識をやる。
「空いてる」
「うどん、食べられそう?」
「食べる」
もう出汁も作ってくれていたみたいで、うどんはすぐに運ばれてきた。卵とじうどんだ。風邪ひくといっつもこれだ。うまいんだよなあ。
「ゆっくりでいいからね」
「うん。いただきます」
いつもならまとめてすするところだが、今日は少しずつちまちまと食べ進める。
鼻が詰まってあまり分からないけど、下に広がる出汁のうま味と胃に落ちていく穏やかで優しい温かさはよく分かる。トロトロくたくたのネギ、ふわふわの卵、やわらかいうどんの麺、そのどれもが、体に染みわたっていくようだ。
いつもより麺が少なめというのもありがたい。食いたいけど、入らないんだよな、風邪の時って。鼻詰まってて、食べてる途中に窒息しそうになるし。
あ、かまぼこだ。なんかうれしい。
温まったかまぼこは冷たいままのかまぼことちょっと食感が違うようにも思う。プリッとした食感がいいんだなあ。
「お、春都起きたか」
店の片付けを終えたらしいじいちゃんがやってくる。
「ゼリーとアイス、冷蔵庫に入れてるから、好きな時に食べてな」
「ありがとう」
今日は腹いっぱいだし、明日にしよう。
明日はもうちょっと元気になってるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
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