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日常
第四百六十三話 オムライス
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店を出て、館内マップを見ながら話をする。
「さー、次どうするよ」
スマホをいじりながら咲良が聞いてくる。
「まだ帰るには早くねえ?」
「そうだな。どこ行きたい?」
朝比奈と百瀬にも聞くと、百瀬が勢いよく挙手した。
「はい、百瀬さん」
「デパ地下に行きたいです!」
「はーい、デパ地下に一票。他には?」
朝比奈は特に行きたいところがないらしく「みんなに合わせるよ」と言った。咲良もスマホをしまうと言った。
「俺もデパ地下行く~。てか、妹から今連絡あった。限定スイーツ買って来いって」
すると百瀬がしみじみと頷いた。
「妹ちゃん、分かってるねー。このフェア限定の商品、おいしいって話題なんだよ~」
「じゃ、行こう」
「金足りるかな~……うわ、リスト送られてきた」
「姉がいるのも大変だけど、妹がいるのも大変だな」
デパ地下はなんというか、さっきの店とはまた違った感じの別世界だ。きらきらしていて、なんか白くてまぶしくて、人が多い。これだけの店が密集しているというのにそれぞれの香りが混ざることもなく、すがすがしく新鮮な空気が循環しているようだ。
まあ、人は多いが。
「どーやって回るのがいいんだろうなあ……」
咲良が人混みを前にしてあからさまに顔をしかめる。
「こういうところ、来慣れてるんじゃないか、朝比奈」
聞けば朝比奈は困惑したように首を傾げた。
「いや、こういう人が多いところは……あんまり」
「あ、なるほど、そういう」
「こういう場所は、優太の方が慣れてると思う」
朝比奈の言うとおり、百瀬は得意げに、そして実にやる気満々に笑っていた。
「ふっふっふ。マップはもう頭に入っているからね、さあ、お前ら、ついてくるがいい!」
「おおー! 百瀬、頼りになるぜ!」
勇む百瀬とそれに続く咲良。迷子になってはいけないので、素直についていくことにする。
それにしても、いろんな店があるなあ。和、洋、中、それと……どこの国のものかよく分からんものまで。あ、これ、テレビで見たことある店だ。こっちはCMでよく見るけど実際食ったことはない地元のお菓子。
「まずはここだね」
たどり着いた先は、人波が少し引いたところだった。
「この辺りはカフェも併設してる店なんだ。カフェのオープン時間は午後からで、今は販売のみをやってる。だから、カフェのオープン時刻前に来た方が、人が少ないってわけ」
「ははあ、なるほど……」
ショーウィンドウに並ぶのは様々な色合いのマカロンだ。地元じゃなかなかお目にかかれない品である。塩キャラメル、気になるなあ。さっき食ったチョコのマカロンもうまかったしなあ。
「あとで金は徴収しねえとな」
よし、と咲良はさっそく妹からの注文をこなすことにしたようだ。せっかく来たんだし、俺もいくつか買おう。
「さあ、じゃんじゃん行くよー」
次はバウムクーヘンの店だった。
「ここはさっきまで実演販売やってたんだよ。ちょうど終わったみたいだね」
「実演販売って、これじゃないのか?」
朝比奈が調理場を見ながら百瀬に聞く。調理場では、回る長い棒に生地をかけ、少しずつバウムクーヘンが作られていた。これ見るの楽しいよなあ。百瀬は「あー」と朝比奈の隣に並びながら説明する。
「これは常設。さっきやってたのは切ったバウムクーヘンに砂糖かけて炙ってたの」
「なるほど……」
「おすすめはチョコがけね」
今度は近くの和菓子店だ。お、ようかんがある。じいちゃんばあちゃんが好きそうだ。げっ、なんだこれ、学生に手が出せる値段じゃねーぞ。
「諦めるしかないのか……」
「あー、それは高級品だね。こっち来て、一条」
「ん?」
百瀬に案内されたのは同じ店だがちょっと装いが違うショーウィンドウだった。あ、ほんとだ。この値段なら買える。
「この店は贈答用からちょっとしたお茶請けまで、結構幅広く手掛けてるからねえ。ちなみに俺のおすすめはこの最中。あんこの量が多すぎず少なすぎず、甘味も程よくうまいんだ」
それじゃあ、ようかんと最中のセットにしよう。
一通り目当ての店を回りきったところで、催事場の外に出る。近くのベンチに座ったらもう動けなくなりそうなので、ゆっくりと歩きながら話をする。
「なんかめっちゃ疲れた」
咲良が大荷物を抱えて言う。店を回っているうちにその表情はみるみる苦しいものに変わっていき、今はげっそりとしていた。
「食ったスイーツもう消化した気ぃすんだけど? 腹減ったー」
「なんか食ってくか。食うなら今のうちだぞ」
時間は昼前だ。もう少ししたら、どこの店も混み始めるだろう。
「近くにファミレスあるよ。都会にしかないようなファミレス」
「お、いいね。そこ行こうぜ」
「とりあえず座りたいな」
「都会にしかないようなファミレス……」
そんなものがあるんだなあ、というような声音で、朝比奈が呟いたのが聞こえた。
都会の方にしかないファミレスは、そうとしか表しようがないと思う。だってほんとに、田舎ではめったに、というか全く見かけないのだ。
ボックス席に座り、俺はオムライス、咲良はミックスグリル、朝比奈はグラタン、そして百瀬はあまり入らないからとピザを頼み、ピザはみんなでシェアすることにした。
「いただきます」
来た来た、ふわトロオムライス。デミグラスソースの色がたまらない。いや、これはデミグラスソースというより、ビーフシチューというべきか。そっとスプーンですくえば、金色にも似た卵が見える。ご飯はシンプルに白米らしい。
口に含むと、まず、コクのあるソースの味わいが広がる。そしてじわじわと現れる卵のまろやかな口当たりと味。これこれ、うまいなあ。
白米ってのがまたいい。卵と、ビーフシチューのようなデミグラスソースの味わいを楽しむには、白米がベストだろう。
肉もトロットロだ。余分な脂身はなく、程よく甘く、そしてうま味がある。
「ん、一条、ピザ」
「おう」
百瀬に差し出された皿からピザをひと切れ取る。マルゲリータで、生地はクリスピー。
クリスピーな生地とはいえ、ソースが塗られたところはもちっと食感、トマトソースは薫り高く、にんにくの風味もするようだ。バジル、風味はあまりないが、あるとなんとなく嬉しい。
そんでもっちもちのモッツァレラチーズ。これが好きでマルゲリータを頼むようなもんだよなあ。カリカリサクサクの周りの生地も香ばしく、あっという間に食べてしまいそうだ。ああ、疲れた分、うまいや。
見慣れない店を見て回るのは楽しいのだが、疲れるのも確かだ。でも、その余韻を外で味わうというのもまたいい。
「高速バスに乗る前にさ、バスターミナルの中の店見たいんだけど」
百瀬の提案に、咲良が「お、いいじゃん」と相槌を打つ。
「じゃあ早めに行くか」
「そうだな。俺、道分かんねえから頼んだぞ」
「治樹と姉さんのご機嫌取りに、もうちょっとなんか買った方がいいかなあ……」
バスターミナルって、何の店があったっけ。迷いそうな構造してんだよなー、あそこ。自由に買い物したいけど、迷って帰れなくなるのはごめんだ。
せめて、咲良についていくことにするかなあ。不本意だが。
「ごちそうさまでした」
「さー、次どうするよ」
スマホをいじりながら咲良が聞いてくる。
「まだ帰るには早くねえ?」
「そうだな。どこ行きたい?」
朝比奈と百瀬にも聞くと、百瀬が勢いよく挙手した。
「はい、百瀬さん」
「デパ地下に行きたいです!」
「はーい、デパ地下に一票。他には?」
朝比奈は特に行きたいところがないらしく「みんなに合わせるよ」と言った。咲良もスマホをしまうと言った。
「俺もデパ地下行く~。てか、妹から今連絡あった。限定スイーツ買って来いって」
すると百瀬がしみじみと頷いた。
「妹ちゃん、分かってるねー。このフェア限定の商品、おいしいって話題なんだよ~」
「じゃ、行こう」
「金足りるかな~……うわ、リスト送られてきた」
「姉がいるのも大変だけど、妹がいるのも大変だな」
デパ地下はなんというか、さっきの店とはまた違った感じの別世界だ。きらきらしていて、なんか白くてまぶしくて、人が多い。これだけの店が密集しているというのにそれぞれの香りが混ざることもなく、すがすがしく新鮮な空気が循環しているようだ。
まあ、人は多いが。
「どーやって回るのがいいんだろうなあ……」
咲良が人混みを前にしてあからさまに顔をしかめる。
「こういうところ、来慣れてるんじゃないか、朝比奈」
聞けば朝比奈は困惑したように首を傾げた。
「いや、こういう人が多いところは……あんまり」
「あ、なるほど、そういう」
「こういう場所は、優太の方が慣れてると思う」
朝比奈の言うとおり、百瀬は得意げに、そして実にやる気満々に笑っていた。
「ふっふっふ。マップはもう頭に入っているからね、さあ、お前ら、ついてくるがいい!」
「おおー! 百瀬、頼りになるぜ!」
勇む百瀬とそれに続く咲良。迷子になってはいけないので、素直についていくことにする。
それにしても、いろんな店があるなあ。和、洋、中、それと……どこの国のものかよく分からんものまで。あ、これ、テレビで見たことある店だ。こっちはCMでよく見るけど実際食ったことはない地元のお菓子。
「まずはここだね」
たどり着いた先は、人波が少し引いたところだった。
「この辺りはカフェも併設してる店なんだ。カフェのオープン時間は午後からで、今は販売のみをやってる。だから、カフェのオープン時刻前に来た方が、人が少ないってわけ」
「ははあ、なるほど……」
ショーウィンドウに並ぶのは様々な色合いのマカロンだ。地元じゃなかなかお目にかかれない品である。塩キャラメル、気になるなあ。さっき食ったチョコのマカロンもうまかったしなあ。
「あとで金は徴収しねえとな」
よし、と咲良はさっそく妹からの注文をこなすことにしたようだ。せっかく来たんだし、俺もいくつか買おう。
「さあ、じゃんじゃん行くよー」
次はバウムクーヘンの店だった。
「ここはさっきまで実演販売やってたんだよ。ちょうど終わったみたいだね」
「実演販売って、これじゃないのか?」
朝比奈が調理場を見ながら百瀬に聞く。調理場では、回る長い棒に生地をかけ、少しずつバウムクーヘンが作られていた。これ見るの楽しいよなあ。百瀬は「あー」と朝比奈の隣に並びながら説明する。
「これは常設。さっきやってたのは切ったバウムクーヘンに砂糖かけて炙ってたの」
「なるほど……」
「おすすめはチョコがけね」
今度は近くの和菓子店だ。お、ようかんがある。じいちゃんばあちゃんが好きそうだ。げっ、なんだこれ、学生に手が出せる値段じゃねーぞ。
「諦めるしかないのか……」
「あー、それは高級品だね。こっち来て、一条」
「ん?」
百瀬に案内されたのは同じ店だがちょっと装いが違うショーウィンドウだった。あ、ほんとだ。この値段なら買える。
「この店は贈答用からちょっとしたお茶請けまで、結構幅広く手掛けてるからねえ。ちなみに俺のおすすめはこの最中。あんこの量が多すぎず少なすぎず、甘味も程よくうまいんだ」
それじゃあ、ようかんと最中のセットにしよう。
一通り目当ての店を回りきったところで、催事場の外に出る。近くのベンチに座ったらもう動けなくなりそうなので、ゆっくりと歩きながら話をする。
「なんかめっちゃ疲れた」
咲良が大荷物を抱えて言う。店を回っているうちにその表情はみるみる苦しいものに変わっていき、今はげっそりとしていた。
「食ったスイーツもう消化した気ぃすんだけど? 腹減ったー」
「なんか食ってくか。食うなら今のうちだぞ」
時間は昼前だ。もう少ししたら、どこの店も混み始めるだろう。
「近くにファミレスあるよ。都会にしかないようなファミレス」
「お、いいね。そこ行こうぜ」
「とりあえず座りたいな」
「都会にしかないようなファミレス……」
そんなものがあるんだなあ、というような声音で、朝比奈が呟いたのが聞こえた。
都会の方にしかないファミレスは、そうとしか表しようがないと思う。だってほんとに、田舎ではめったに、というか全く見かけないのだ。
ボックス席に座り、俺はオムライス、咲良はミックスグリル、朝比奈はグラタン、そして百瀬はあまり入らないからとピザを頼み、ピザはみんなでシェアすることにした。
「いただきます」
来た来た、ふわトロオムライス。デミグラスソースの色がたまらない。いや、これはデミグラスソースというより、ビーフシチューというべきか。そっとスプーンですくえば、金色にも似た卵が見える。ご飯はシンプルに白米らしい。
口に含むと、まず、コクのあるソースの味わいが広がる。そしてじわじわと現れる卵のまろやかな口当たりと味。これこれ、うまいなあ。
白米ってのがまたいい。卵と、ビーフシチューのようなデミグラスソースの味わいを楽しむには、白米がベストだろう。
肉もトロットロだ。余分な脂身はなく、程よく甘く、そしてうま味がある。
「ん、一条、ピザ」
「おう」
百瀬に差し出された皿からピザをひと切れ取る。マルゲリータで、生地はクリスピー。
クリスピーな生地とはいえ、ソースが塗られたところはもちっと食感、トマトソースは薫り高く、にんにくの風味もするようだ。バジル、風味はあまりないが、あるとなんとなく嬉しい。
そんでもっちもちのモッツァレラチーズ。これが好きでマルゲリータを頼むようなもんだよなあ。カリカリサクサクの周りの生地も香ばしく、あっという間に食べてしまいそうだ。ああ、疲れた分、うまいや。
見慣れない店を見て回るのは楽しいのだが、疲れるのも確かだ。でも、その余韻を外で味わうというのもまたいい。
「高速バスに乗る前にさ、バスターミナルの中の店見たいんだけど」
百瀬の提案に、咲良が「お、いいじゃん」と相槌を打つ。
「じゃあ早めに行くか」
「そうだな。俺、道分かんねえから頼んだぞ」
「治樹と姉さんのご機嫌取りに、もうちょっとなんか買った方がいいかなあ……」
バスターミナルって、何の店があったっけ。迷いそうな構造してんだよなー、あそこ。自由に買い物したいけど、迷って帰れなくなるのはごめんだ。
せめて、咲良についていくことにするかなあ。不本意だが。
「ごちそうさまでした」
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