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日常
第四百五十九話 キムチ鍋
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「さむっ……」
朝、布団から出るのが億劫な季節が近づいて来た。今はまだ何とかはい出ることができるが、布団とこたつに食われるのも時間の問題だろう。
「わうっ」
「おはよう、うめず。お前は温かそうだなあ」
「わーう」
うめずは上機嫌に、俺の足元にすり寄った。
空腹は季節を問わず人をさみしくさせるものだが、そこに寒さが加わるとより一層、切なくなるものだ。寒さはこたつでしのぐとして、後は空腹だなあ。とりあえず味噌汁とご飯と……ああ、ご飯は卵かけご飯にしよう。昨日気合入れすぎたぶん、今日はなんだか無気力だ。そうやって人はバランスをとっているんだろうなあ。
「……いただきます」
ふかふかのカーペットの上に座り、こたつにもぐりこんで飯を食う。これだけでも十分満たされるもんだ。
天気予報を見ながら味噌汁をひとすすり。うん、ほっとする。豆腐とわかめというシンプルな具材が、みそ汁を楽しむのにはちょうどいいように思う。もちろん、具沢山なのも好きだがな。
「今日は昼も冷えるのかあ……」
豆腐もわかめもつるんとした食感がいい。
ご飯は炊きたてで、みそ汁とよく合う。やっぱり、みそ汁とご飯は最強コンビだよなあ。卵かけごはんにするとまったりとした口当たりになる。醤油濃いめが好きだ。
「ごちそうさまでした」
生卵は早いところ水につけとかないと落ちづらいんだ。こたつから出たくないけど、寒い台所に立つ時間が長くなるかもしれないと思うと、おのずと立ち上がってしまう。
まあ、正直、朝の寒さはまだいい。明るくなっていく方だし、日が差せば温かいところもあるし。問題は、夕暮れ時だ。冬が近づくにつれ日が短くなり、暗い時間が増えていく。それは当然のことなんだが、それがなんかさみしくてなあ。
何なんだろうな、この冬の寂しさってのは。
寒くなると、心なしか学校の雰囲気も変わってくるように思う。夏のさわやかな色合いから、冬の暗い色に変わるような。ああ、制服か。全体的に白から黒になるからなあ。
「冬ってなんかさみしいよなあ……」
図書館に向かう道中、あまりにも廊下が冷え切っているものだからそうつぶやけば、隣を行く咲良が「あー分かる分かる」と腕を体の前で組んで、しみじみと笑った。
「寒いし、暗いし、静かだし。冬ってなんかさみしいよなー」
「……お前にもそんな感情があったのか」
「ひどいな。俺だって、さみしいとか思う時ぐらいあるよ! まあ、あんま長続きしないけど」
そうあっけらかんと笑うものだから、呆れてしまう。
図書館は程よい温度だ。窓際の席はさすがに寒いのか、利用者が少ない。咲良は一つほっとしたようなため息をついた。
「図書館ってさ、冬の学生の救世主な感じしない?」
「分かる」
「何の話だ?」
漆原先生がやってきた。咲良が先ほどまでの会話を先生に話すと、先生は「なるほどなあ」と頷いた。
「それはそうだな。過ごしやすい季節を通り過ぎて寒くなって、日が短くなるとそれは顕著に感じる」
「ですよねー」
「そういう時は、こたつにもぐりこんで騒がしいテレビをつけたまま本を読むに限る」
あ、それ分かる。
先生はにやっと笑って付け加えた。
「そんで、酒でもありゃあ、文句はないな」
それはよく分からない。
まあでも、うまい飯とか、お菓子とか、飲み物とかあると嬉しいな。とにかく冬は、騒がしい方が好きだ。近くに置いてあった、お菓子の本を手に取る。ハロウィンのお菓子からクリスマスケーキまで。このシーズンに引っ張りだこのメニューが勢ぞろいしている。
「俺、冬はクリスマスぐらいが好きです。騒がしいのに巻き込まれるのはあんまり好きじゃないですけど、騒がしい方が、気がまぎれます」
「確かに、クリスマス辺りは明るいイメージがあるなあ」
「あー、分かる!」
大晦日や正月は静かすぎてどうにも落ち着かない。まあ、いざ日常に戻ると、もうちょっと正月気分でもよかったんだけどなあ、と思うのだから、勝手なものだ。
「クリスマスかあ、今年、パーティでもする?」
咲良が楽し気にそう聞いてくる。
「えー……クリスマスってまだ授業やってんじゃん。ゆっくりしたい」
「じゃあ後夜祭とか! そう思ったら、年末まで明るいまんまでいられるし!」
「はは、井上君もいいことを言うな。騒がしくないなら騒がしくしてしまえ、と」
「そうそう!」
さっき、騒がしいのに巻き込まれるのは苦手だっつったんだけどなあ……まあ、こいつには関係のないことか。
開かれるかどうかわからないクリスマスパーティの話を聞きながら、今日初めて、気持ちが落ち着いていることに気が付いた。
さて、晩飯はこれにしよう。一人鍋。キムチ鍋の素があるので、それを使う。具材は白菜、豆腐、豚肉、そんで餃子だ。キムチ鍋に餃子、絶対うまいと思うんだよなあ。
ガスコンロを準備して、こたつに入って、こないだのDVDの続きを見ながら食べよう。
「いただきます」
まずは白菜から。キムチ鍋は、なんか白菜から食べたくなるんだよなあ。シャキシャキと程よく食感が残りながらも、とろりとした舌触りの白菜。淡白な味だから、キムチの濃い味とよく合うんだ。ピリッと刺激があるが、ホカホカ温まる味だ。
豆腐はつるんとしていて、それでまろやかだ。キムチの辛みが少し和らいで、豆腐の味がよく分かる。これもうまい。
そして、キムチ鍋には豚肉が合うと思う。鶏肉もいいけど、この豚の脂身と肉は、ピリ辛の刺激にぴったりだ。口いっぱいにキムチの風味と豚肉のうま味が広がって、胃に落ちていく温かさがほっとする。
そして餃子。皮がもっちもちで、あれみたいだ。トッポギ。トッポギよりずっしりこないが、肉ダネのおかげでうま味が増し、食べ応えは十分。餃子を白菜で巻くのもいいな。みずみずしさが増す。
最後はご飯を入れて雑炊にして食べる。あー、これうまい。芯から温まる。ラーメンの麺でもよかったかもなあ。今度はそうしよう。
冬は寒いし暗いし静かでさみしいが、それはまた冬のいいところでもある。
せっかくだ。こうやって、楽しむほかないだろう。
「ごちそうさまでした」
朝、布団から出るのが億劫な季節が近づいて来た。今はまだ何とかはい出ることができるが、布団とこたつに食われるのも時間の問題だろう。
「わうっ」
「おはよう、うめず。お前は温かそうだなあ」
「わーう」
うめずは上機嫌に、俺の足元にすり寄った。
空腹は季節を問わず人をさみしくさせるものだが、そこに寒さが加わるとより一層、切なくなるものだ。寒さはこたつでしのぐとして、後は空腹だなあ。とりあえず味噌汁とご飯と……ああ、ご飯は卵かけご飯にしよう。昨日気合入れすぎたぶん、今日はなんだか無気力だ。そうやって人はバランスをとっているんだろうなあ。
「……いただきます」
ふかふかのカーペットの上に座り、こたつにもぐりこんで飯を食う。これだけでも十分満たされるもんだ。
天気予報を見ながら味噌汁をひとすすり。うん、ほっとする。豆腐とわかめというシンプルな具材が、みそ汁を楽しむのにはちょうどいいように思う。もちろん、具沢山なのも好きだがな。
「今日は昼も冷えるのかあ……」
豆腐もわかめもつるんとした食感がいい。
ご飯は炊きたてで、みそ汁とよく合う。やっぱり、みそ汁とご飯は最強コンビだよなあ。卵かけごはんにするとまったりとした口当たりになる。醤油濃いめが好きだ。
「ごちそうさまでした」
生卵は早いところ水につけとかないと落ちづらいんだ。こたつから出たくないけど、寒い台所に立つ時間が長くなるかもしれないと思うと、おのずと立ち上がってしまう。
まあ、正直、朝の寒さはまだいい。明るくなっていく方だし、日が差せば温かいところもあるし。問題は、夕暮れ時だ。冬が近づくにつれ日が短くなり、暗い時間が増えていく。それは当然のことなんだが、それがなんかさみしくてなあ。
何なんだろうな、この冬の寂しさってのは。
寒くなると、心なしか学校の雰囲気も変わってくるように思う。夏のさわやかな色合いから、冬の暗い色に変わるような。ああ、制服か。全体的に白から黒になるからなあ。
「冬ってなんかさみしいよなあ……」
図書館に向かう道中、あまりにも廊下が冷え切っているものだからそうつぶやけば、隣を行く咲良が「あー分かる分かる」と腕を体の前で組んで、しみじみと笑った。
「寒いし、暗いし、静かだし。冬ってなんかさみしいよなー」
「……お前にもそんな感情があったのか」
「ひどいな。俺だって、さみしいとか思う時ぐらいあるよ! まあ、あんま長続きしないけど」
そうあっけらかんと笑うものだから、呆れてしまう。
図書館は程よい温度だ。窓際の席はさすがに寒いのか、利用者が少ない。咲良は一つほっとしたようなため息をついた。
「図書館ってさ、冬の学生の救世主な感じしない?」
「分かる」
「何の話だ?」
漆原先生がやってきた。咲良が先ほどまでの会話を先生に話すと、先生は「なるほどなあ」と頷いた。
「それはそうだな。過ごしやすい季節を通り過ぎて寒くなって、日が短くなるとそれは顕著に感じる」
「ですよねー」
「そういう時は、こたつにもぐりこんで騒がしいテレビをつけたまま本を読むに限る」
あ、それ分かる。
先生はにやっと笑って付け加えた。
「そんで、酒でもありゃあ、文句はないな」
それはよく分からない。
まあでも、うまい飯とか、お菓子とか、飲み物とかあると嬉しいな。とにかく冬は、騒がしい方が好きだ。近くに置いてあった、お菓子の本を手に取る。ハロウィンのお菓子からクリスマスケーキまで。このシーズンに引っ張りだこのメニューが勢ぞろいしている。
「俺、冬はクリスマスぐらいが好きです。騒がしいのに巻き込まれるのはあんまり好きじゃないですけど、騒がしい方が、気がまぎれます」
「確かに、クリスマス辺りは明るいイメージがあるなあ」
「あー、分かる!」
大晦日や正月は静かすぎてどうにも落ち着かない。まあ、いざ日常に戻ると、もうちょっと正月気分でもよかったんだけどなあ、と思うのだから、勝手なものだ。
「クリスマスかあ、今年、パーティでもする?」
咲良が楽し気にそう聞いてくる。
「えー……クリスマスってまだ授業やってんじゃん。ゆっくりしたい」
「じゃあ後夜祭とか! そう思ったら、年末まで明るいまんまでいられるし!」
「はは、井上君もいいことを言うな。騒がしくないなら騒がしくしてしまえ、と」
「そうそう!」
さっき、騒がしいのに巻き込まれるのは苦手だっつったんだけどなあ……まあ、こいつには関係のないことか。
開かれるかどうかわからないクリスマスパーティの話を聞きながら、今日初めて、気持ちが落ち着いていることに気が付いた。
さて、晩飯はこれにしよう。一人鍋。キムチ鍋の素があるので、それを使う。具材は白菜、豆腐、豚肉、そんで餃子だ。キムチ鍋に餃子、絶対うまいと思うんだよなあ。
ガスコンロを準備して、こたつに入って、こないだのDVDの続きを見ながら食べよう。
「いただきます」
まずは白菜から。キムチ鍋は、なんか白菜から食べたくなるんだよなあ。シャキシャキと程よく食感が残りながらも、とろりとした舌触りの白菜。淡白な味だから、キムチの濃い味とよく合うんだ。ピリッと刺激があるが、ホカホカ温まる味だ。
豆腐はつるんとしていて、それでまろやかだ。キムチの辛みが少し和らいで、豆腐の味がよく分かる。これもうまい。
そして、キムチ鍋には豚肉が合うと思う。鶏肉もいいけど、この豚の脂身と肉は、ピリ辛の刺激にぴったりだ。口いっぱいにキムチの風味と豚肉のうま味が広がって、胃に落ちていく温かさがほっとする。
そして餃子。皮がもっちもちで、あれみたいだ。トッポギ。トッポギよりずっしりこないが、肉ダネのおかげでうま味が増し、食べ応えは十分。餃子を白菜で巻くのもいいな。みずみずしさが増す。
最後はご飯を入れて雑炊にして食べる。あー、これうまい。芯から温まる。ラーメンの麺でもよかったかもなあ。今度はそうしよう。
冬は寒いし暗いし静かでさみしいが、それはまた冬のいいところでもある。
せっかくだ。こうやって、楽しむほかないだろう。
「ごちそうさまでした」
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