一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
482 / 854
日常

第四百五十七話 肉うどん

しおりを挟む
 放課後、教室を出る前にはいつも必ず予定表を見る。昔から忘れ物が多い俺は、何度も確認するくらいがちょうどいい。
「春都ー、帰ろうぜー」
「んー」
「何見てんの?」
 のんびりとやってきた咲良は隣に並び、予定表に視線を向けた。
「あー、明日、写生大会だったっけ。絵の具、どこやったかなー」
「それな」
 後ろの黒板に視線を移し、持ってくるものを確認したら教室を出る。絵の具なんてしょっちゅう使うものじゃないし、押入れの奥底にしまい込んでいる気がする。毎年やってる行事なんだから取りやすいところにしまっとけってなあ。
「食堂に頼んだら、弁当作ってくれるらしいぜ。三百円だったかなー」
 靴を履きながら咲良が言う。
「そんな制度あったっけ」
「あったあった。知らなかった?」
「知らなかった」
「まー、春都は自分で作るから関係ないか」
 学食の弁当ってどんなのだろう。やっぱいつも売ってるような、チキンカツのっけたやつとかなのかな。それとも、幕の内っぽい感じなのかな。それはそれで気になるが、まあ、自分で作る。
「咲良は頼んだのか?」
「いんや、母さんが作ってくれるから」
「あ、そう」
 こいつのことだから、かつ丼みたいな弁当とか頼みそうだと思ったが、そうなんだなあ。
「それじゃ、また明日……」
 校門前で別れるだろうと思ってそう言えば、ぎゅっと鞄をつかまれて思わず前につんのめる。
「おい」
「なー、こっちから帰ろうぜー」
「あー? 別にいいけど……」
 咲良について行けば、バス停ではなく花丸スーパーの方へ向かっていることに気が付く。うぅん? どういうことだ?
「帰るんじゃねぇの」
 聞けば咲良はうきうきとした様子で答えた。
「おやつ買わないと、明日の」
「えぇ……自分だけで行けよ」
「まーまー。どーせ帰ってもやることないだろ?」
 確かに、明日は予習も復習もいらないから、帰ってすることといえば絵具道具を探すくらいだ。なんか腹の立つ言い方だが、否定はできない。
「……何買うんだ」
「なににしよっかなー。今月発売の新商品がなー気になってんだよなー」
「この辺、新商品入ってくんの遅いぞ」
 そもそも入ってこないこともあるからなあ。というか、うちにお菓子いっぱいあるし、俺は買う必要ないんだよなあ。
 夕方の花丸スーパーは大盛況だ。タイムセールとかやってるからな。
 今日はその人混みの中に行かなくていいと気が軽かったのだが。まあ、お菓子売り場は人、少ないだろ。
「あっ、あったー。これこれ」
 咲良は嬉々として、お菓子コーナーに駆け寄る。
「あるんだ……」
「都会の方じゃ売り切れてるらしいぜ。生産停止になるくらい」
「山積みになってねえ?」
「田舎だからそんなもんだって」
 咲良は一つ商品を手に取ると笑って言った。
「俺も、どうしても食いたいってわけじゃなくて、なんか気になるなーって感じだし」
「そんなもんなのか」
 いろいろとお菓子コーナーを眺めていたら、咲良が「あっ」といってしゃがみこんだ。
「どうした」
「見てこれ」
 咲良が持っているのは、チョコエッグだった。
「あー、チョコエッグ」
 咲良の隣にしゃがみ込んで、同じ商品を手に取る。きらきらした金色の包装紙にくるまれた箱入りのチョコレートの卵。中の景品だけ取ったらチョコを捨てる人もいるらしい。もったいねえ話だよなあ。めっちゃ甘いけど、なかなかうまいんだぜ、これ。
 この景品、何だろう。工具のキーホルダーか。へー、そんなんあるんだ。じいちゃんとばあちゃんの店でよく見るやつだ。
「どれがいいかな。俺、金づち欲しい」
「この中だったら俺は……プライヤーだな」
「えっ、プライヤーってどれ。お前なんで知ってんの」
「これこれ。この挟むやつ」
 結局、ひとつずつ買っていくことになってしまった。明日、一緒に開けたいらしい。
 何が出るかなー、楽しみだ。

 晩飯何にしよう。あっ、そうだ。確かうどんがあったよな。
 出汁は水と白だしで作る。凝ってもいいが、いざ、台所に立つとどうもなあ。それに、今日は出汁にこだわらなくても、うまくなる秘策がある。
 そう、トッピングの牛肉。ばあちゃんが炊いたこの肉は、米も合うけど、肉うどんにするとまたうまいんだよ。ネギも散らせば、ほら、うまそう。
「いただきます」
 まずは出汁を一口。うーん、すっきり、あっさりとした白だしがいい。
 うどんの麺はつるっとしている。どことなくふわふわのモチモチではあるが、コシはないに等しい。この食感がたまらないんだよなあ。うどんといえば、これ、って感じ。ほっとする口当たりだ。
 そんで肉よ。出汁の温かさにほどける肉は、優しい甘さと醤油のコクでいっぱいだ。口いっぱいに含めば幸せしかない。ネギも一緒だとあっさりして、また違ったおいしさになる。
 うどん麺も一緒に食えば……最高の言葉に尽きる。ごぼう天もあればなおよしだが、肉だけでも十分なごちそうだ。いや、むしろ肉だけだからこそ味わえるうま味というのがある。脂身もいい味出すんだ、これが。
 一味をかけても、ピリッと引き締まっていいよな。こんにゃくも一緒に炊いてあるのがまたいい。お店では味わえないし、食感のアクセントになる。
 そんで、肉の脂と味付けが溶けだした出汁のコク深いこと。うま味がすごいんだ。余すことなく飲み干したくなる。肉のかけらも、一片たりとも残したくない。
 だから最後はご飯を入れる。炊き込みご飯でもいいが、今日は白米で。肉の味と出汁の味で、上等なお茶漬け、雑炊、とにかくそれに類するものになる。こうすれば、余すことなくこの肉うどんを味わえるからなあ。
 うん、うまかった。腹いっぱい。
 あっ、絵具探さないと。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...