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日常
第四百五十四話 チーズフォンデュ
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「ん? あれ?」
家に帰りつき、晩飯まで時間があったから英語の予習でもしとこうかと鞄を開けて気が付いた。教材一式、ない。
あれー? 入れたはずだったんだけどなあ。こういう時は、順番に行動を思い返すことが肝心だ。
確か四時間目が英語で、長引いて、食堂行くの遅れるからって咲良に急かされて、ロッカーにとりあえず入れといて、食堂から直接図書館に行って、ギリギリに戻って来て、それで……
「……忘れてるなあ」
あの後、ロッカーを開けた記憶がない。
週明けはなんか当てられそうだから、ちゃんと予習しとかないといけないんだが……取りに行くしかないよなあ。
学校って、私服じゃダメだったよな、確か。制服着るしかないのかぁ。
あっ、マスクも一応しとこう。誰に会うか分かんないし、にんにく食ったばっかりだし。まあ、誰とも話す予定はないけどな。
休みの日の学校って、思ったより賑やかだな。あっちこっちで部活やってるからか。運動部の掛け声、ホイッスル、なんかはじけるような音、地響き。野球部が使っているらしいトレーニングルームからは、流行りの音楽が聞こえてくる。吹奏楽部も絶賛練習中らしい。見事な合奏が聞こえてくる。
校舎内に入ると、そういう音が一気に膜を張ったように聞こえる。ガラスドームにでも入ったかのような錯覚に陥る。
「あるかなー」
ロッカーになかったらどうしよう、と一瞬考えるが、その心配も無用だった。きれいに、記憶にあるまま、教材一式、ロッカーに鎮座していた。
「これのためだけに来たのか、俺は……」
心底安堵する半面、なんだかむなしくなったので、教室にも入ってみる。施錠はされていないんだなあ。誰もいない教室は時が止まったようにひんやりと冷たく、机も椅子もそこから全く動かない気さえしてくる。
自分の席の椅子を引く。いつもより音がでかい感じがするな。机の中には何もない。忘れ物はこれだけのようで安心した。
窓をあけ、外を眺める。二階もなかなかいい景色だ。しかしやはり休日の景色はどことなく違う。車の往来がいつにも増して少なく、近くの幼稚園はひっそりとしている。
「……帰るかぁ」
三年の教室からは何か物音が聞こえてくる。安易に近寄らず、うるさくしない方がいい。
窓を閉め、席を元通りにし、扉を閉めて、いつもとは違う階段で降りていく。
理系クラスに近い階段と文系クラスに近い階段とがあって、理系の方は普段なかなか使わないのだ。昇降口に近い文系の方の階段は文系理系問わず何かと利用頻度高いのだが、理系の方にあるのは理系クラスぐらいしか使わない。
文系が使ってると、妙な目で見られるらしい。校内の施設なんだし、自由に使わせてくれたっていいのになあ。まあ、通行料とか取られないだけいいのか。
「お、一条じゃないか」
「矢口先生、こんにちは」
一階に降りたところで、矢口先生と鉢合わせる。
「どうした、今日は学校も部活も休みだぞ。間違えたのか?」
「いや、忘れ物してまして」
「ああなるほど」
先生はこちらをじっと見るといたずらっぽく笑って言った。
「せっかくだから、練習していくか?」
「えっ……あー、でも、原稿ないですし……」
「原稿ならデータがあるぞ。コピーするのに、そう時間はかからん」
「うえぇ……?」
どうやって断ろうかと思っていたら、先生は「あはは」と笑ってみせた。
「冗談、冗談。練習に付き合ってやりたいのは山々だけど、あいにく今日は立て込んでいてしてやれない」
「あっ、じゃあいいです。またの機会に。お仕事頑張ってください」
「こいつめ」
先生は厳しいが、冗談が通じるので苦労しない。たまにいるんだよなあ、冗談が通じなくて、何の気なしに言った言葉で面倒なことになる先生が。
「それじゃあ気を付けて。ああ、大会の日は分かってるよね?」
「はい、大丈夫です」
「うん。それじゃあ」
はあ、なんだかどっと疲れてしまった。
……マスク、はめといてよかった。
無事に予習も終わらせ、後はお楽しみ、チーズフォンデュの準備だ。
チーズの準備は父さんに任せて、俺は母さんと具材の準備をする。今日準備するのはブロッコリーとジャガイモとウインナーと、小さめに切り分けたフランスパン。そして、えびだ。うわー、えびがある、豪華! かぼちゃもニンジンもあるぞ。もちろん、餃子も。
俺はとりあえずえびの仕込みを任された。殻むいて……背ワタ取って……洗ったら酒を振りかけて、水でさっと流したらよし。
ブロッコリーとニンジン、ウインナーは茹でられ、ジャガイモとかぼちゃは素揚げにされた。えびも茹でたら準備完了だ。餃子は協議の結果、茹で餃子になった。
「チーズはできてる~?」
「できてるよ」
なぜかうちにあるチーズフォンデュの器具一式。引き出物か何かでもらったんだっけ。まあいい。食べよう。
「いただきます」
まずはブロッコリーから。ピックに刺して、チーズにそっとくぐらせる。ふつふつしているたっぷりのチーズに食材をくぐらせるとか、なんかすごい。
塩気が少しあるブロッコリーの青さとほくほくに、チーズのうま味と濃さがよく合う。うまいなあ、チーズフォンデュ。野菜が合うんだなあ。特にこういう、青い感じの野菜が。主張のない野菜もいいのだが、ほどほどに自己主張する野菜が合う。
ジャガイモ、サクッとほくっとしていて最高だ。ねっとりとした舌触りにやさしい甘さが、チーズの塩気と合うのだ。
ニンジンのほろっとした甘さはチーズとの相性が抜群なのだ。というか、チーズフォンデュと合わないものってあるのだろうか。いやあるんだろうけど、少なくとも今準備しているものはすべて合うよな。
かぼちゃはチーズよりもかぼちゃの甘味を感じる。でも、チーズのまったり感が、かぼちゃのねっとりほくほくに拍車をかけていて食べ応えが増しているのだ。
「おいしいなあ」
「ね、本当に。チーズフォンデュなんて久しぶりよ。ぜいたくねぇ」
母さんが言うと、父さんがジャガイモを刺しながら言った。
「本場じゃ、結構手軽な食べ物らしいけどね」
「へぇー」
チーズフォンデュが手軽な食べ物かあ……なんか変な感じする。ところ変われば、ってやつか。面白い。
餃子はフォンデュするというより、上からチーズをかける感じで。おおー、一気に洋風の味に。なんかトマトソースとかかけたらラザニアっぽくなりそうだ。肉があるのもいいもんだ。もちもちした餃子の皮もうまい。トマトソース合うよ、絶対。
肉といえばウインナーがあった。プチッとはじける皮、香辛料の香り、肉の味、チーズ。合わないわけがないのだ。
そして、えび。塩ゆでしたから程よく味があっていい。そんで、チーズが合わさるともう、ごちそうだ。ぷりっぷりの食感に、にじみ出るえびのうま味。チーズのとろけるおいしさが後を追ってやってきて、こりゃもう、うまいに決まってる。
そして、フランスパン。噛み応え抜群だ。そして、チーズによく合う。米もチーズ合うんだけど、やっぱ、パンはなんか違う。こう、合わさるためにありました、って感じのフィット感なんだよ。意外性というより、おいしいということを分かってて食べるって感じ。
焦げたチーズも香ばしくてうまい。
たまにはこういう飯も、いいもんだなあ。
「ごちそうさまでした」
家に帰りつき、晩飯まで時間があったから英語の予習でもしとこうかと鞄を開けて気が付いた。教材一式、ない。
あれー? 入れたはずだったんだけどなあ。こういう時は、順番に行動を思い返すことが肝心だ。
確か四時間目が英語で、長引いて、食堂行くの遅れるからって咲良に急かされて、ロッカーにとりあえず入れといて、食堂から直接図書館に行って、ギリギリに戻って来て、それで……
「……忘れてるなあ」
あの後、ロッカーを開けた記憶がない。
週明けはなんか当てられそうだから、ちゃんと予習しとかないといけないんだが……取りに行くしかないよなあ。
学校って、私服じゃダメだったよな、確か。制服着るしかないのかぁ。
あっ、マスクも一応しとこう。誰に会うか分かんないし、にんにく食ったばっかりだし。まあ、誰とも話す予定はないけどな。
休みの日の学校って、思ったより賑やかだな。あっちこっちで部活やってるからか。運動部の掛け声、ホイッスル、なんかはじけるような音、地響き。野球部が使っているらしいトレーニングルームからは、流行りの音楽が聞こえてくる。吹奏楽部も絶賛練習中らしい。見事な合奏が聞こえてくる。
校舎内に入ると、そういう音が一気に膜を張ったように聞こえる。ガラスドームにでも入ったかのような錯覚に陥る。
「あるかなー」
ロッカーになかったらどうしよう、と一瞬考えるが、その心配も無用だった。きれいに、記憶にあるまま、教材一式、ロッカーに鎮座していた。
「これのためだけに来たのか、俺は……」
心底安堵する半面、なんだかむなしくなったので、教室にも入ってみる。施錠はされていないんだなあ。誰もいない教室は時が止まったようにひんやりと冷たく、机も椅子もそこから全く動かない気さえしてくる。
自分の席の椅子を引く。いつもより音がでかい感じがするな。机の中には何もない。忘れ物はこれだけのようで安心した。
窓をあけ、外を眺める。二階もなかなかいい景色だ。しかしやはり休日の景色はどことなく違う。車の往来がいつにも増して少なく、近くの幼稚園はひっそりとしている。
「……帰るかぁ」
三年の教室からは何か物音が聞こえてくる。安易に近寄らず、うるさくしない方がいい。
窓を閉め、席を元通りにし、扉を閉めて、いつもとは違う階段で降りていく。
理系クラスに近い階段と文系クラスに近い階段とがあって、理系の方は普段なかなか使わないのだ。昇降口に近い文系の方の階段は文系理系問わず何かと利用頻度高いのだが、理系の方にあるのは理系クラスぐらいしか使わない。
文系が使ってると、妙な目で見られるらしい。校内の施設なんだし、自由に使わせてくれたっていいのになあ。まあ、通行料とか取られないだけいいのか。
「お、一条じゃないか」
「矢口先生、こんにちは」
一階に降りたところで、矢口先生と鉢合わせる。
「どうした、今日は学校も部活も休みだぞ。間違えたのか?」
「いや、忘れ物してまして」
「ああなるほど」
先生はこちらをじっと見るといたずらっぽく笑って言った。
「せっかくだから、練習していくか?」
「えっ……あー、でも、原稿ないですし……」
「原稿ならデータがあるぞ。コピーするのに、そう時間はかからん」
「うえぇ……?」
どうやって断ろうかと思っていたら、先生は「あはは」と笑ってみせた。
「冗談、冗談。練習に付き合ってやりたいのは山々だけど、あいにく今日は立て込んでいてしてやれない」
「あっ、じゃあいいです。またの機会に。お仕事頑張ってください」
「こいつめ」
先生は厳しいが、冗談が通じるので苦労しない。たまにいるんだよなあ、冗談が通じなくて、何の気なしに言った言葉で面倒なことになる先生が。
「それじゃあ気を付けて。ああ、大会の日は分かってるよね?」
「はい、大丈夫です」
「うん。それじゃあ」
はあ、なんだかどっと疲れてしまった。
……マスク、はめといてよかった。
無事に予習も終わらせ、後はお楽しみ、チーズフォンデュの準備だ。
チーズの準備は父さんに任せて、俺は母さんと具材の準備をする。今日準備するのはブロッコリーとジャガイモとウインナーと、小さめに切り分けたフランスパン。そして、えびだ。うわー、えびがある、豪華! かぼちゃもニンジンもあるぞ。もちろん、餃子も。
俺はとりあえずえびの仕込みを任された。殻むいて……背ワタ取って……洗ったら酒を振りかけて、水でさっと流したらよし。
ブロッコリーとニンジン、ウインナーは茹でられ、ジャガイモとかぼちゃは素揚げにされた。えびも茹でたら準備完了だ。餃子は協議の結果、茹で餃子になった。
「チーズはできてる~?」
「できてるよ」
なぜかうちにあるチーズフォンデュの器具一式。引き出物か何かでもらったんだっけ。まあいい。食べよう。
「いただきます」
まずはブロッコリーから。ピックに刺して、チーズにそっとくぐらせる。ふつふつしているたっぷりのチーズに食材をくぐらせるとか、なんかすごい。
塩気が少しあるブロッコリーの青さとほくほくに、チーズのうま味と濃さがよく合う。うまいなあ、チーズフォンデュ。野菜が合うんだなあ。特にこういう、青い感じの野菜が。主張のない野菜もいいのだが、ほどほどに自己主張する野菜が合う。
ジャガイモ、サクッとほくっとしていて最高だ。ねっとりとした舌触りにやさしい甘さが、チーズの塩気と合うのだ。
ニンジンのほろっとした甘さはチーズとの相性が抜群なのだ。というか、チーズフォンデュと合わないものってあるのだろうか。いやあるんだろうけど、少なくとも今準備しているものはすべて合うよな。
かぼちゃはチーズよりもかぼちゃの甘味を感じる。でも、チーズのまったり感が、かぼちゃのねっとりほくほくに拍車をかけていて食べ応えが増しているのだ。
「おいしいなあ」
「ね、本当に。チーズフォンデュなんて久しぶりよ。ぜいたくねぇ」
母さんが言うと、父さんがジャガイモを刺しながら言った。
「本場じゃ、結構手軽な食べ物らしいけどね」
「へぇー」
チーズフォンデュが手軽な食べ物かあ……なんか変な感じする。ところ変われば、ってやつか。面白い。
餃子はフォンデュするというより、上からチーズをかける感じで。おおー、一気に洋風の味に。なんかトマトソースとかかけたらラザニアっぽくなりそうだ。肉があるのもいいもんだ。もちもちした餃子の皮もうまい。トマトソース合うよ、絶対。
肉といえばウインナーがあった。プチッとはじける皮、香辛料の香り、肉の味、チーズ。合わないわけがないのだ。
そして、えび。塩ゆでしたから程よく味があっていい。そんで、チーズが合わさるともう、ごちそうだ。ぷりっぷりの食感に、にじみ出るえびのうま味。チーズのとろけるおいしさが後を追ってやってきて、こりゃもう、うまいに決まってる。
そして、フランスパン。噛み応え抜群だ。そして、チーズによく合う。米もチーズ合うんだけど、やっぱ、パンはなんか違う。こう、合わさるためにありました、って感じのフィット感なんだよ。意外性というより、おいしいということを分かってて食べるって感じ。
焦げたチーズも香ばしくてうまい。
たまにはこういう飯も、いいもんだなあ。
「ごちそうさまでした」
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