一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百五十二話 鳥皮

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 視聴覚室の隅の方の席に座る。大会がもうすぐだということもあって、みんな頑張って練習している……が、ほどほどに気も抜けている。うちの学校の放送部は、大会に情熱かけているというより、学校行事のアナウンスに振り回されている、という感じなんだな。
「早瀬、遅いな」
 ペン回しをしながら原稿を眺める咲良が言う。
「図書館寄ってくるっつってたから、誰かと話してんじゃないの」
 と、眠そうに朝比奈が言う。
「寝不足か?」
「姉さんが帰って来てるから」
「あ、なるほど」
 それすなわち、治樹も一緒だということを意味する。長期休みだけじゃないとは、大変だなあ。
 そんなことを思っていたら、部室につながる扉のドアノブがガチャガチャと大きな音を立てた。視聴覚室の扉は少々特殊で、ドアノブを下げると扉が閉まり、開けるにはドアノブが横を向いていないといけない。
 慣れてもたまに失敗する。そんな時はいつも、盛大な音がするのだ。
「やべ、しくじった」
 入ってきたのは早瀬だった。先生じゃないと分かって、なんとなく空気が緩む。早瀬は、片手には原稿が入っているらしいファイルを抱え、走ってきたのか、少し髪がやつれていた。
「はー、まだ先生来てない?」
 髪をサッサッと整えながら、早瀬は適当に席についた。原稿の端をいじっていた朝比奈が答える。
「来てない。セーフ」
「いやぁー、図書館で漆原先生と話が盛り上がってさー。時間忘れてた」
「何の話をしてたんだ?」
 早々に練習に飽きたらしい咲良が身を乗り出す。早瀬は原稿を取り出しながら話を続ける。
「備品の片づけをしてたみたいでなー。文化祭の時に余った風船が出てきて。来年の文化祭はどんな着ぐるみ着ようかってさ」
 その言葉を聞いて、思わず咲良と朝比奈と視線をかわす。咲良は「あー、あれなぁ~……」と緩い笑みを浮かべ、朝比奈はキュッと口を結ぶ。事情をよく知らない早瀬はそれに気づかず、話し続けた。
「俺、放送部でいろいろやってたから着ぐるみとか気付かなくてさー。そんな楽しそうなことやってたんだなあ。誰が着てたんだろ。それは教えてくれなかったんだよー」
「あー、知りたい?」
 咲良がにやにやと笑いながら早瀬を見る。早瀬は一瞬ぽかんとすると、「知ってるのか?」と食いついてくる。咲良は得意げな表情を浮かべて足を組み、頬杖をついた。
「知ってる。誰だと思う?」
「えー、先輩? 後輩? 同級生?」
「ふっふっふ」
 意味深に笑う咲良越しに時計を見る。そろそろ先生が来そうな頃合いだ。
「俺らだよ、俺ら」
 あっさりと俺が言ってしまえば、早瀬はまたぽかんとして、咲良は「なんだよぉ」と不満げに口を尖らせた。
「なんで先に言っちゃうかなー」
「そろそろ先生来るだろ」
「あ、それもそっか」
 朝比奈は「順番なんだっけ」とギューッと目を細めてホワイトボードを見る。
「いやいやいや」
 早瀬がやっと声を発した。
「え、あの、ハイテンションにとち狂ったような着ぐるみ集団が、お前ら?」
「とち狂ったとは失礼な」
 思わず三人、声がそろう。
 早瀬はやっと理解が追い付いたらしく、「はぁ~?」と姿勢を崩した。
「なんだよー! お前ら、超楽しそうじゃん!」
「楽しかったな」
「なー! 春都のとーちゃんのおかげだなあ!」
「まあ、ツテできたからな」
「教えろよ!」
 地団太を踏むような勢いで言う早瀬である。いや、教えろと言われても、その頃早瀬と話したことなかったし。
「俺だけ仲間外れー」
「まあまあ、早瀬」
 咲良がなだめるように、早瀬の肩をポンと叩く。そしてにっこりと笑った。
「来年はお前も一緒にやろうぜ、な?」
「俺も着ぐるみ着ていいのか!」
 感動する早瀬に、咲良は笑顔のまま言った。
「ああ。ウーパールーパーとペリカン、どっちがいい」
「えっ、なんでその二択」
 ちょうどその時、先生が使づいているという伝令がやってきたので、会話は強制的に終了したのだった。

 部活後、まっすぐ家に帰ろうとしたが、着ぐるみの話が終わっていないと早瀬が言うものだから、コンビニに寄って、近くの公園に連行された。
 買ったのは焼き鳥だ。すぐ晩飯だからな、一本で十分だ。鳥皮のタレしかなかったが、うまそうだ。
「いただきます」
 ベンチに並んで座り、鳥皮を食む。
 ぷにぷにしていて、独特の食感だ。この食感がだめだという人は結構多い。まあ、分からないでもない。初めて鳥皮見たときは、ちょっとためらったもんなあ。
 しかし今では、あれば喜んで食べるほどだ。噛むとトロッとしているようでもあり、プリプリとした食感もあり、たれが少し焦げた香ばしい部分がうまい。ものによっては飲みこみづらい皮だが、これはすんなりいけるな。
「で、なんでウーパールーパーとペリカンなわけよ」
 アメリカンドッグをかじりながら、早瀬が咲良に聞く。咲良は肉まんをほおばりながら言った。
「面白そうだけど、今回誰も着なかったから。もう一人いたら着れたなーと思って」
「それで、その面白担当が俺なのか?」
「アルパカでもいいぞ」
 確かアルパカって、四足歩行みたいな感じのタイプの着ぐるみじゃなかったっけ。前足が足で、胴と後ろ脚部分がくっついてるからそこそこ重いと思う。
 半分食べたら七味をかけてみる。
 やはり、焼き鳥には七味だなあ。ピリッとした唐辛子の刺激に、山椒の風味、ほかにも、いろいろな香りが相まってうまい。日本の食事に合う香辛料だ。食材の味を邪魔せず、むしろうまみを引き立て、自分自身の主張も忘れない。うまいなあ。
「それめっちゃ楽しそうだな!」
「えっ」
 ノリノリな早瀬の言葉にびっくりするのは、おでんのつくねを食べていた朝比奈だ。
「だって、一番注目されるだろ? はしゃぐぜー!」
 おーおー、来年の話だというのに、今からやる気十分ってか。
 最後の一切れを大事に食べる。最後の一口って言うのは大事にしたいものである。
 ……来年も着るんだなあ、着ぐるみ。

「ごちそうさまでした」
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