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日常
第四百五十一話 日替わり定食
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掃除もすっかり終わって、あとは帰りのホームルームだけ、という休み時間とも放課後ともいい難い時間である。なんでも、先生たちの会議が長引いているようで、どこのクラスも待ちぼうけを食らっていた。
「腹減ったなあ……」
何かすぐに食えそうなものはないかと鞄を漁る。お、卵蒸しパン発見。そういや、母さんが買ってきてくれてたっけ。
まだまだ時間がかかりそうなので、クラスのやつらも思い思いに過ごしている。運動部のやつらなんかは今のうちにとおにぎりなんかをほおばっていた。やっぱり、運動部は腹減るんだなあ。
さて、俺も。これはコンビニの新作だ。ふわふわ、もちもちした触り心地が落ち着く。
「いただきます」
お、食感は意外としっかりしている。口当たりはしっとりと、卵の香りがよく分かる。甘い卵焼きとカステラの狭間って感じだ。
我ながらいい例えができたかもしれない。卵焼きほどしっかりした卵感はないけど素朴な甘さはそれっぽいし、カステラのような香ばしさやザラメの風味はないけどしっとり感はそんな感じだ。うんうん、うまいなあ。
「ふーい、ごちそうさん」
あっという間に食べてしまったな。レンジでチンしてもうまいとパッケージには書いてあったので、今度また買ってきたらやってみよう。
「……なあ、一条」
「んー?」
中村が振り返り、困ったように聞いてきた。
「お前さ、明日の昼飯ってなんか決まってるか?」
「昼飯? いや、特に何も……」
何も言わなければたぶん、母さんが弁当を作ってくれる。仕事が入ったらわかんないけど。まあ、どちらにしたって決まってはいない。
中村は少しほっとしたような、しかしまだ案ずることがあるのか、微妙な表情を浮かべて言った。
「一条に頼みがあるんだが」
「おー、俺にできることなら言え」
「これなんだけど」
中村が差し出してきたのは四枚綴りのチケットのようなものだった。こないだ観月からもらった招待券にも似ているが、これは、食券のようだった。
「なんでこんなに食券があんの」
「こないだのテストで、日本史、満点取ったから」
「なーるほどなぁ」
日本史は定期テストで満点取ると、食券がもらえるんだったか。学外のテストで日本史満点だと、なんか景品付きだった気がする。日本史の先生が自費でやってるシステムだ。
「これがどうかしたのか?」
「それがなぁ、これ、明日が使用期限なんだ」
えっ、食券って、使用期限あるんだ。見れば確かに、期限は明日の日付になっている。購入日から二週間。へえ、そんなんあったんだ。普段は買ってすぐ使ってるからなあ。
「でもな、俺、一人で四つも食えないし。かといって使わねーのももったいないし。だから使ってくんねえかな、と。一枚」
「いいのか? 俺はめっちゃうれしいけど」
「もらってくれた方が助かる」
「えー、なになに。二人だけで何楽しそうなこと話してんの~?」
と、そこに、山崎がやってきた。ゆるーいシルエットのカーディガンはこいつによく似合っている。
山崎は中村の背にのしかかると、食券を奪い取った。
「おー、タダ券だぁ……って明日までじゃん! えー、どうすんの?」
「一枚は自分、一枚は一条に使ってもらう」
「じゃー、もう一枚は俺ね。あと一枚はどうすんの?」
山崎は当然のように自分も頭数にねじ込んできたが、中村は気にする様子もない。そんなことより、もう一枚をどうするかが気になっているようだった。
「どうするかなあ……」
「一条、誰かいない? 食堂ユーザー」
「食堂ユーザー……」
いるなあ。ヘビーユーザーが。
「どーもぉ。今日はごちになりまーす」
咲良は上機嫌な様子で中村にそう言った。
昼休み、四人で食堂へと向かう。普段であれば食券を買わなければいけないので結構急ぐが、今日は買わなくていいのでちょっとゆっくりだ。
「でもすごいよなあ、日本史満点だろ? やるよなあ」
咲良の言葉に、中村は首を横に振った。
「興味があるだけだ。他の教科はほどほど」
「いやいや、得意なもんがあるってすげーよ。俺なんて赤点回避に必死でさあ。満点なんて夢のまた夢」
あ、でも、と咲良は得意げに決め顔をして言ったものだ。
「縄文時代と弥生時代ならいけるぜ? 土器、めっちゃ覚えてる」
「あんまテストじゃ出ない範囲だなあ……」
中村は気を使った微笑を浮かべる。ほんと、咲良は誰とでもすぐに仲良くなれるんだなあ。
山崎とも意気投合したようで、会話に花を咲かせている。券売機に続く長蛇の列を横目に、まだ混んでいないカウンターに向かう。
「これ、お願いします」
「はーい。日替わり定食ね」
今日の日替わり定食は、鶏のソテートマトソース掛けという、ちょっとおしゃれな感じだった。窓際の席に座る。隣には咲良が座った。
「いただきます」
とりあえず味噌汁を一口。今日の具は揚げとネギか。シンプルなのがうまいんだよなあ。やわらかくもシャキシャキとした長ネギと、出汁をたっぷり吸った揚げがうまい。
それじゃあさっそくメインを。カリッカリに焼かれた鶏は、皮目が香ばしく、身はジューシーだ。せんべいのようにパリパリとした皮は塩気が強く、ご飯が進みそうである。身もぷりぷりで、モチモチだ。肉汁がすごい。
にんにくが少し入っているらしいトマトソースもうまい。鶏によく合う。ごろっとした果肉も残っていて、実に爽やかだ。
付け合わせの温野菜、キャベツがなんかうれしいな。
鶏をご飯にバウンドさせて、食べて、ご飯をかきこむ。おかずそのものもうまいが、鶏とトマトの味が染みたご飯もうまいものだ。
「俺あんま食堂で飯食わないから、新鮮だわー」
と、咲良の前に座る山崎が楽しそうに言った。中村は、やっと落ち着いたような表情をしていた。
「食券が無駄にならなくてよかった」
「一食分浮いてラッキーだったな」
咲良も満足そうだ。
まさかこのメンツで昼飯を食うことになろうとは想像もしなかったが、まあ、あれだ。
今度は俺も、日本史、満点を目指してみようかな。
「ごちそうさまでした」
「腹減ったなあ……」
何かすぐに食えそうなものはないかと鞄を漁る。お、卵蒸しパン発見。そういや、母さんが買ってきてくれてたっけ。
まだまだ時間がかかりそうなので、クラスのやつらも思い思いに過ごしている。運動部のやつらなんかは今のうちにとおにぎりなんかをほおばっていた。やっぱり、運動部は腹減るんだなあ。
さて、俺も。これはコンビニの新作だ。ふわふわ、もちもちした触り心地が落ち着く。
「いただきます」
お、食感は意外としっかりしている。口当たりはしっとりと、卵の香りがよく分かる。甘い卵焼きとカステラの狭間って感じだ。
我ながらいい例えができたかもしれない。卵焼きほどしっかりした卵感はないけど素朴な甘さはそれっぽいし、カステラのような香ばしさやザラメの風味はないけどしっとり感はそんな感じだ。うんうん、うまいなあ。
「ふーい、ごちそうさん」
あっという間に食べてしまったな。レンジでチンしてもうまいとパッケージには書いてあったので、今度また買ってきたらやってみよう。
「……なあ、一条」
「んー?」
中村が振り返り、困ったように聞いてきた。
「お前さ、明日の昼飯ってなんか決まってるか?」
「昼飯? いや、特に何も……」
何も言わなければたぶん、母さんが弁当を作ってくれる。仕事が入ったらわかんないけど。まあ、どちらにしたって決まってはいない。
中村は少しほっとしたような、しかしまだ案ずることがあるのか、微妙な表情を浮かべて言った。
「一条に頼みがあるんだが」
「おー、俺にできることなら言え」
「これなんだけど」
中村が差し出してきたのは四枚綴りのチケットのようなものだった。こないだ観月からもらった招待券にも似ているが、これは、食券のようだった。
「なんでこんなに食券があんの」
「こないだのテストで、日本史、満点取ったから」
「なーるほどなぁ」
日本史は定期テストで満点取ると、食券がもらえるんだったか。学外のテストで日本史満点だと、なんか景品付きだった気がする。日本史の先生が自費でやってるシステムだ。
「これがどうかしたのか?」
「それがなぁ、これ、明日が使用期限なんだ」
えっ、食券って、使用期限あるんだ。見れば確かに、期限は明日の日付になっている。購入日から二週間。へえ、そんなんあったんだ。普段は買ってすぐ使ってるからなあ。
「でもな、俺、一人で四つも食えないし。かといって使わねーのももったいないし。だから使ってくんねえかな、と。一枚」
「いいのか? 俺はめっちゃうれしいけど」
「もらってくれた方が助かる」
「えー、なになに。二人だけで何楽しそうなこと話してんの~?」
と、そこに、山崎がやってきた。ゆるーいシルエットのカーディガンはこいつによく似合っている。
山崎は中村の背にのしかかると、食券を奪い取った。
「おー、タダ券だぁ……って明日までじゃん! えー、どうすんの?」
「一枚は自分、一枚は一条に使ってもらう」
「じゃー、もう一枚は俺ね。あと一枚はどうすんの?」
山崎は当然のように自分も頭数にねじ込んできたが、中村は気にする様子もない。そんなことより、もう一枚をどうするかが気になっているようだった。
「どうするかなあ……」
「一条、誰かいない? 食堂ユーザー」
「食堂ユーザー……」
いるなあ。ヘビーユーザーが。
「どーもぉ。今日はごちになりまーす」
咲良は上機嫌な様子で中村にそう言った。
昼休み、四人で食堂へと向かう。普段であれば食券を買わなければいけないので結構急ぐが、今日は買わなくていいのでちょっとゆっくりだ。
「でもすごいよなあ、日本史満点だろ? やるよなあ」
咲良の言葉に、中村は首を横に振った。
「興味があるだけだ。他の教科はほどほど」
「いやいや、得意なもんがあるってすげーよ。俺なんて赤点回避に必死でさあ。満点なんて夢のまた夢」
あ、でも、と咲良は得意げに決め顔をして言ったものだ。
「縄文時代と弥生時代ならいけるぜ? 土器、めっちゃ覚えてる」
「あんまテストじゃ出ない範囲だなあ……」
中村は気を使った微笑を浮かべる。ほんと、咲良は誰とでもすぐに仲良くなれるんだなあ。
山崎とも意気投合したようで、会話に花を咲かせている。券売機に続く長蛇の列を横目に、まだ混んでいないカウンターに向かう。
「これ、お願いします」
「はーい。日替わり定食ね」
今日の日替わり定食は、鶏のソテートマトソース掛けという、ちょっとおしゃれな感じだった。窓際の席に座る。隣には咲良が座った。
「いただきます」
とりあえず味噌汁を一口。今日の具は揚げとネギか。シンプルなのがうまいんだよなあ。やわらかくもシャキシャキとした長ネギと、出汁をたっぷり吸った揚げがうまい。
それじゃあさっそくメインを。カリッカリに焼かれた鶏は、皮目が香ばしく、身はジューシーだ。せんべいのようにパリパリとした皮は塩気が強く、ご飯が進みそうである。身もぷりぷりで、モチモチだ。肉汁がすごい。
にんにくが少し入っているらしいトマトソースもうまい。鶏によく合う。ごろっとした果肉も残っていて、実に爽やかだ。
付け合わせの温野菜、キャベツがなんかうれしいな。
鶏をご飯にバウンドさせて、食べて、ご飯をかきこむ。おかずそのものもうまいが、鶏とトマトの味が染みたご飯もうまいものだ。
「俺あんま食堂で飯食わないから、新鮮だわー」
と、咲良の前に座る山崎が楽しそうに言った。中村は、やっと落ち着いたような表情をしていた。
「食券が無駄にならなくてよかった」
「一食分浮いてラッキーだったな」
咲良も満足そうだ。
まさかこのメンツで昼飯を食うことになろうとは想像もしなかったが、まあ、あれだ。
今度は俺も、日本史、満点を目指してみようかな。
「ごちそうさまでした」
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