一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百五十話 からあげ

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 いつも通り、とはよく使われる言葉にして、その実、手に入れがたいものである。毎日生きていれば、思いがけない出来事に出会うこともある。一つ何かが片付いたら、また次、次といろんなことが起きるものである。
 だからこそ俺は、平穏を愛し大きな変化を好まない。変化を好まない、というのは何か違うな。うーん、ああ、そうだ、あれだ。変わってもいいけど、食材に味をしみこませるように、青い梅がだんだん梅干しになっていくように、自分の手が入りながらゆっくりと変化する、そういうのがいい。
 ひとけのない放課後、学校の図書館。そのカウンターでつらつらとしながらそんなことをぼんやり考える。
 ここ最近、いろんなことがあり過ぎてちょっと疲れた。そのどれもが嫌なことばかりではなく、むしろ楽しいことばかりであったが、俺には少々高カロリー過ぎたようだ。一人でリセットする時間もあるにはあったが、どうにも、足りなかったらしい。
「うーん……」
 図書館ならぼーっとできるかなとも思ったが、下手にやることがないと余計なことを考えてしまう。それで頭が疲れては、元も子もないというものである。
 カウンターの隅に置いてあるいろいろなチラシを整理していた漆原先生は、図書館便りの角をそろえながら言った。
「今日は人が少ないなあ」
「そうですね」
「これくらいなら別に、俺一人でもなんとかなるから、図書委員は帰ってもらってもいいぞ」
 その言葉に、別のところでぼーっとしていた図書委員が反応する。そして、どいつもこいつもそそくさとカウンターにやってくると、漆原先生に確認をとって帰って行った。それをぼんやりと見送っていたら漆原先生がカウンター内に入りながら聞いてきた。
「一条君は帰らないのかい」
「うーん……」
 帰りたいけど、体を動かすのが億劫だ。ブラインドの向こうに見える空は薄暗く、なんだか重たい。
 いつもの当番終了の時間まで、あと二十分くらいだ。
「時間まで、いてもいいですか」
 そう答えれば、漆原先生は快く笑った。
「もちろん。追い出す理由はない」
「よかったです」
「人もいないことだし、好きにしてくれ」
 漆原先生の言葉にハッと気づく。
 利用者が少ない、あるいはまったくいない、ということは多々あったが、ここまで貸し切り状態であるのは意外とない。この状況、すごくレアじゃないか?
 そう思ったら途端にそわそわしてくる。ああ、どうして後二十分足らずで施錠なんだろう。あと十分……いや、五分でもいい。長かったらなあ。
 いつもは誰かしらが使っているテーブルもすっからかんだ。こうなると一つずつ、椅子に座っていきたくなってしまう。いつも座る場所は決まっているし、窓際の席なんかは高確率で誰かが使っているものだ。
「どれどれ……」
 いつも同じ人が占領している席。窓際で、中庭がよく見えるが人目にはつかない、いい席だ。ここからだと、図書館が結構見渡せるんだなあ。へえ、こんな眺めだったのか。
 雨の日は窓につく水滴を眺めていられそうだ。ガラスを伝って落ちていく水滴を眺めるのは、飽きないものである。そういやこないだの雨の日には、カタツムリが大量発生していたなあ。
 立ち上がり、本棚をたどるようにゆっくり歩く。この辺の本棚はあまり見たことがない。何だろう、占い? 心理学とかもあるんだ。
「へー……」
 そういや一時期、心理学にめっちゃ興味持ってたなあ。図書館で結構本借りたなあ。ドラマかアニメで出てきたから、だったか。結局、何いってんだろうってなって、半分も読まずに本は返したっけ。
 今考えれば、あの本は結構難しいというか、かなり上級者向けのものだったように思う。もうちょっとこう、ここにあるような、初心者向けとかライトなやつとか、そういうのから読めばよかったんだなあ。
 難しい本を読みたがるお年頃って、あるよな。
 こっちは郷土資料みたいなものか? あ、これ、小学校にもあった気がする。小学校の図書館は、郷土資料は別の部屋に保管されてたっけ。畳張りで、読み聞かせとかやってたところだ。その部屋の壁に張られている切り絵のイラストが、意味わかんない上にうっすら怖くて、あの部屋は苦手だった。
 近くに家庭科室があってなあ、独特の匂いがしていて、それもなんとなく近寄りがたい原因の一つだったように思う。
 中学校の頃はあんまり図書館行ってなかったな。教室から遠かったんだ。そのくせ、電車に乗ってまで図書館に行ってたけど。どう考えても学校の図書館の方が近いのになあ。だから、図書館でよく本を読んでいた、という印象が強いのは、小学校のように思う。
 小学校の図書館、好きだったんだよなあ。低学年の頃は、まるで本の森の中にいるような気分がして、学年が上がって、身長も伸びてきたら、今度は今まで見えなかった本が見えてきて、読める本も増えて。そういう、じわじわとした変化を一番感じられた場所だったんだ。
 また行きたいけど、司書の先生も変わっているだろうし、そう簡単には行けないよなあ。
 あ、チャイム鳴った。本を眺めていると、時間があっという間だ。
「帰りますね」
「ああ、お疲れ様」
 さて、今日の晩飯は何かなあ。

「あー、めっちゃいい匂い」
 テーブルの上に置かれた皿には、からあげが山盛りだ。キャベツも山盛りで、なんとも潔い。
「夢のような光景だ」
「夢じゃないから、たくさん食べてね」
 母さんが山盛りご飯を持って来てくれる。
「レモン持ってこようね」
 父さんがいろいろな調味料を持って来てくれる。
 うめずはご飯を前にそわそわしている。
「いただきます」
 全員がそろったところで飯を食い始める。うめずもだ。
 まずはそのまま食うよなあ。かりっ、ざくっ、ジュワアッとした衣。モチモチとした身、にじみ出る鶏のうま味とニンニク醤油の風味、香ばしさ。うちのからあげの味だ。うまいなあ。
 相性抜群の調味料、マヨネーズ。ちょっとつけるだけで、一気に味わいが変わり、食べ応えが増す。できれば、脂身の多い部分にマヨネーズつけて食いたい。からあげの脂身にはマヨネーズ、これは、最高の組み合わせなのだ。
 そんで柚子胡椒をちょっとつけたら、ピリッと味が引き締まる。
 レモンは爽やかなんだなあ。王道のからあげとでもいいますか。皮もさっぱり食べられる。衣もしっとりするし、鶏の味がよく分かる。
 キャベツにはドレッシングをかけて。うーん、この青さ、いいなあ。みずみずしい。
 そしてまたからあげを。ご飯で追っかけるのが最高だなあ。
 そうそう、そうだった。父さんと母さんが帰って来てるときは、一度は絶対、からあげを食べるんだ。俺が好きだからって、絶対、作ってくれるんだ。
 そんで、次の日まで残ったら、ちょっとかためのからあげが食えるんだ。それもうまくてなあ。よりマヨネーズが合うのである。
 家族がそろった時の、いつものご飯。
 いつまでも変わらないでいてほしい「いつも通り」だなあ。

「ごちそうさまでした」
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