一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百四十六話 コロッケ

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 今日は特に気候がいいので、昼休みの屋上はいつもより人が多い。そんな屋上の片隅で、咲良と朝比奈の対局を見つめている俺とは。二人の間には将棋盤……といっても、百均に売ってあるような簡易的なものだが、それがある。
 やり方が分からないので、見ているだけしかできないのだが。
「まさか朝比奈が将棋できるとはなあ」
 咲良はコマを動かし、笑った。朝比奈の傍らには百瀬が控えていて、ちょくちょく朝比奈にルールを聞いている。
「井上が将棋できるっていう方がびっくりした」
 朝比奈の言うとおりである。こいつ、将棋というか、難しいゲームはできないような感じだもんなあ。咲良は「えーそう?」とのんきに笑った。
「じいちゃんと昔からやっててさー。強くはないけど、できる」
「まあ、俺もそんな感じだな」
「そういや、小学校に持って来てた人いたよねえ」
 と、百瀬はルールを理解するのをあきらめたのか、戦況を見守る態勢に入った。
「絵ぇばっか描いてたから俺はよく分かんないけど」
「あー、そういや教室でやってたなあ」
 小学校の頃をふと思い出す。将棋やらオセロやら、いろいろ持って来てはクラスで遊ぶぞーっつって、ボールとかと一緒にしまわれていたような。図書館に入り浸っていた俺にはほぼ無縁の世界だった。
 パチ、パチと駒と将棋盤が触れる、小気味よい音を聞いていたら眠くなってしまいそうだ。うとうとし始めたところで咲良が言った。
「俺の学校じゃ、囲碁やってた。囲碁」
「囲碁って難しいよな」
 朝比奈は慣れた手つきで駒を動かす。
「なんか、将棋盤使って、すごろくっぽいこともやってたな」
「やったわー、それ。春都んとこはなんかなかった?」
 咲良に話を振られ、「そうだなあ……」とぼんやり考える。やったことはないけど、興味があったやつといえば……
「花札かな」
「花札か! それはなかったなあ」
 咲良が盤面を睨みつけながら言うと、百瀬が意外にも「それならできるよ、俺」と言った。
「あ、そうなの」
「絵柄の模写してて、何気なくルール見てたら、できるようになってた。ていうかじいちゃんがよくやってたんだよね」
「楽しそうだけど、ルール覚えるの無理であきらめた」
「えー春都なら覚えられそうなのに」
 俺には無理だけど、と咲良は付け加え、やっと駒を動かした。今、どういう戦況なのだろう。
「途中で没収されて、覚える暇がなかったんだよ」
「何で没収?」
「賭け事に使うものだからって」
 今考えればよく分からん理由だ。賭け事に使うものなんて、世の中にはごまんとあるだろうに。
「あとは麻雀も」
「お前の学校、結構厳ついことやってんな」
 朝比奈に言われ、何も言えない。まあ、印象としてはそうだろうなあ。でも、楽しそうだったんだよ、純粋に。
「でも麻雀はできるようになってみたい」
 咲良が言うと朝比奈も「分かる」と頷いた。百瀬も「出来たら楽しそうだよねー」と笑っていた。
「頭にいいらしいもんな」
 予備の駒をもてあそびながら言えば「えっ、じゃあ、やってみようかな」と咲良が俄然興味を示した。
「お前の場合は普段の予習復習をしっかりすることから先だろう」
 言えば咲良は「分かんねーよ?」とやけに得意げだ。
「才能が開花するかも知んねーじゃん」
「まあ、一概にないとも言い切れんが」
「でも俺は、他に楽しいことがたくさんあるので、麻雀ばっかりできませんが……あ」
 そういえば、と咲良はこちらに視線を向けた。
「嶋田んとこの文化祭っていつだっけ」
「嶋田……ああ、観月か。いや、まだなんも聞いてねえけど、そろそろだろうな」
 だらだらとそんな話をしながら将棋盤を見ていると、にゅっと黒い影が現れ、何事かと視線を上げる。あ、漆原先生だ。
「……老人会?」
 先生のつぶやきに、思わず納得する。確かに、この空気感は老人会のそれに似ているかもしれない。
 ぽかんと漆原先生を見上げる咲良をよそに、朝比奈はパチンッと駒を動かした。
「王手」
「あ」
 咲良の間抜けな声が、秋の空気を揺らした。

 放課後、無性に腹が減ったので咲良と一緒にコンビニに寄った。晩飯までまだ時間あるし、なんか食いたい。
 ということで、レジ横の総菜を買った。男爵イモのコロッケが揚げたてで、うまそうだったのだ。
「いただきます」
 食べやすいように紙袋を開く。熱々のコロッケ、かさかさと紙袋がこすれる音、冷えた空気に立ち上る白い湯気。それを見て、咲良は笑った。
「こういうのがいいんだよなー買い食いって」
「分かる」
 まずはそのままかじる。ザクザクした大きめのパン粉の衣がうまい。香ばしく、パン粉だけでも食べ応え十分だ。そして、ねっとり、もこもことした口当たりの芋。のどに詰まりそうなほど密度が高く、ほっくほくで最高にうまい。
 ソースをかけるのが難易度高いよなあ。染み染みにするのに一生懸命になってしまう。
 衣が結構吸うなあ。ジュワッと染み出してきた。酸味があるな、このソース。うまい。コロッケそのものがこってりとしていて甘みが強いので、さっぱりと食べられる。なるほど、このままでもうまいが、ソースをかけることでこのコロッケは完成するのか。
「ん」
 ポケットの中で、スマホが震えるのを感じ、取り出す。お、噂をすれば、観月だ。
「何て?」
 コロッケにかぶりつきながら咲良が聞いてくる。
「文化祭、チケット出来たから今度の休みに持って来るって」
「おー、そんなら、ソテー作るときに持って来てもらえばいいんじゃね」
「ソテー……ああ、そういやそんなこと言ってたな」
「忘れんなよぉ」
 観月のことだから、喜んで食いに来るだろうなあ。
 コロッケの最後の一口を食べる。しっかりソースを吸って、衣はすっかり柔らかくなり、ツンッと酸味がやってくる。ここまで楽しんでこそ、コロッケって感じだよな。
 今度はからしつけてみたいなあ。

「ごちそうさまでした」
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