一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
468 / 854
日常

第四百四十四話 野菜巻きとんかつ

しおりを挟む
 朝、バチバチと何かがはじける音で目を覚ます。
「えっ……何事?」
 のそのそと起き上がり、ふらふらする頭の中で色々考える。爆竹、花火、事故……いやいや、こりゃあれだ。揚げ物の音だ。
「んー」
 再び布団に倒れこみそうになる体を何とか制御し、のろのろと着替え、部屋を出る。
「あ、おはよう」
「おはよう」
「おはよう。今朝は冷えるなあ」
 そう、父さんの言う通り、ずいぶん冷え込みが激しくなった。朝はカーディガンよりパーカーの方がいいようにも思う。
「わうっ」
「うめずもおはよう」
 洗面所に顔を洗いに行けば、うめずもついてくる。足元がほのかに暖かい。水がしんどい季節になると、学校に行くのもしんどくなる。まあ、暑くてもしんどいけど。身支度を済ませうめずとともに居間に戻れば、揚げ物、第二陣が始まっていた。
「揚げ物だ」
 朝から揚げ物とは、なんて豪華なんだろう。しかも今日は何だ。なかなかに手の込んだ見た目をしているぞ。
「豚バラで野菜を巻いたの。アスパラ、ほうれん草、インゲン豆。それに、野菜だけだと足りないかもしれないから、チーズもあるよ」
 見れば調理台の上には、小麦粉、卵、パン粉が準備されている。
「ほぁー、うまそう」
「お弁当にも入れるけど、揚げたてを食べてみて」
 そりゃもう、喜んで。
「いただきます」
 朝飯からとんかつとは、贅沢だなあ。
 まずはアスパラから。サックサクの衣にジューシーなアスパラ、それに、滲み出す豚肉のうま味。あっつあつでたまらなくうまい。ソースも合うなあ。ほうれん草は食感が面白い。豚肉だけで食べるよりあっさりして、野菜だけで食べるより食べ応えがある。インゲン豆はキュッキュッて感じの食感なんだなあ。青い風味がうまい。
 そんでチーズよ。
「おおお、伸びる」
「ふふ」
 モッツァレラチーズだからチーズそのものの主張はあまりないが、それでも分かるまろやかさと塩気。ぎゅっぎゅっ、モチモチとしたチーズの食感、にじみ出るうま味、こりゃうまいに決まってる。豚肉とも合う合う。
「これがあるから、揚げたてを食べてほしかったのよ」
「んまい」
「それは何より」
 うわ、これ、弁当も楽しみすぎる。
「ごちそうさまでした」

 四時間目が時間ぴったりに終わらず、なんかだるくなって、騒がしくなり始めた廊下に視線をやる。と、見慣れた人影があった。そいつは俺と目が合うなり、ゆらゆらと手を振ってくる。
 咲良のやつ、もう来てんのか。
「よーし、じゃあ最後の問題。ここだけ解説して終わるぞー」
 げえ、まだやるのかよ。教室内にもため息が響くが、先生は笑った。
「はいはい、すぐ終わらせるからな。腹減ってるだろうが我慢してくれ」
 結局、解説には五分を要し、終わったのはチャイムがなって十分後のことだった。
「なげーな、おい」
 挨拶が終わるなり教室に入ってきた咲良は、ケタケタ笑いながらそう言った。
「俺に言われても」
「そういや俺らのクラスでなあ」
 咲良は弁当を俺の机に置き、きょろきょろと周囲の席が空いていないか見渡した後、前にパイプ椅子を取りに行った。めっちゃ話途中なんだが。マイペースなやつだなあ。咲良は戻ってきて話を続けた。
「日本史と世界史と地理が別々のクラスでやってるときにさ、地理が先に終わって日本史が遅くなった時があって」
「うん」
「地理は社会科教室、日本史は教室でやっててさ。地理選択のやつで真っ先に帰ってきたやつが、勢い良く教室に入って。先生解説中だったのに」
「あちゃあ」
「それだけでもちょっと、お? ってなるのに、そいつ、昼休みと思い込んでるもんだから色々喋りながら入ってきてなー、先生に後で連れてかれた」
「一人でしゃべってたのか」
「いや、友達と話しながら来てたけど、友達は廊下で待ってたんだと。授業長引いてるって気づいてたから」
 じゃあ止めてやれよ、無慈悲か。
「俺もやったことあるからさあ、連れてかれたやつにめっちゃ同情したわ」
「やったことあんのか」
「中学んときに一回。小学生んときは何度も」
 それでよくヘラッと笑っていられるもんだなあ。
 片づけを終え弁当を取り出すと、やっと咲良も弁当を手に取った。律儀に待っていたのか、はたまた話に夢中になっていただけなのか、それはよく分からない。
「いただきます」
 さてさて、待ちに待った昼飯だ。とんかつに加えてプチトマトと卵焼きが入っている。
 ソースが染みたとんかつ。今度はインゲン豆から食うか。おお、インゲン豆がシャキシャキした感じがする。パチッとみずみずしくはじけるようだ。衣も食べ応えが増し、肉の味も感じられる。
 アスパラはしゃきしゃきだ。ほんのり冷たい口当たりが弁当らしくてうまい。揚げたてではあまり感じられなかったアスパラの青い香りが弁当だとよく分かる。
 ほうれん草、おひたし感が増している。ソース味のおひたしって感じ。これはこれでうまいもんだなあ。豚肉のアクセントがいい感じだ。
 プチトマトで口がさっぱりしたところで、野菜巻きのとんかつをもう一巡する。
 ご飯が進むよなあ、このおかず。口の中がしょっぱくなってきたなあ、ってところで卵焼き。うん、ソース味の合間に卵焼きはいい。卵焼きの良さを存分に味わえる食い方だと俺は思う。
 チーズは伸びはしないが、しっかりとした歯ごたえにチーズの風味が食べ応えあって最高だ。野菜の中にあることで、より、その特別感が増すようだ。ご飯のおかずに最高だな。
 また作ってくんないかなあ。串カツみたいにしても、楽しそうだ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...