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日常
第四百四十話 ばあちゃん飯
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久々に動き回って、日差しにさらされて、とてもくたびれた。駐車場近くにある、今は花のない藤棚の下のベンチに座り、車を待つ。
行きかう人々も少なくなり、風が冷たくなりつつある。咲良と橘は先に帰り、その後、父さんと母さんからもらった軍資金でシャインマスカットと紫のを買った。いくつか凍らせてみよう。
「はー……疲れたなあ」
「わう」
傍らでおとなしく座っているうめずは、満足そうだ。たくさん遊んでもらって、すっきりしたのだろう。
「お、来た来た」
まずはうめずを車に乗せ、その後さっと乗り込む。今日は後部座席にうめずと一緒に座る。助手席に座った母さんがこちらを振り返る。
「おかえりー。楽しかった?」
「うん」
「わうっ!」
「うめずも楽しかったみたいね」
車が走り出し、先ほどまでの喧騒がうそのように、のどかな風景が広がり始める。
「ふぁふ」
途端にやってきた眠気にあくびをすれば、うめずにもうつったようで、大きく口を開けてあくびをした。
あ、そうだったそうだった。
「母さん、これ。頼まれてたやつ」
「ん? ああ、ありがとうね」
「立派だなあ」
ちょうど赤信号で止まったタイミングで父さんが言い、シャインマスカットを手に取る。確かに、今日買ってきたのは実がパンパンだった。紫のやつも色がよく、何でも、市場にはあまり出回らない品種らしい。
「凍らせたのもうまかったよ」
「そうなの? じゃあ、いくつか分けて凍らせよう」
ぶどうが入った袋は二つあり、一つはお土産だ。帰りに店に寄るので、買っていてほしいと母さんに頼まれていたのである。
「向こうでも食べたの? シャインマスカット」
「うん。パフェ」
「あらー、いいねえ。景色もきれいだったし、おいしかったでしょ」
「うまかった」
帰りにアイスも買っていこうか、と母さんは楽しそうだ。
ふと視線を外にやれば、野球のグラウンドが見えた。地元の少年団だろうか、ちっさいのがあちこちに散らばって楽しそうに走り回っている。
本格的に眠くなってきた。ちょっとだけ、休むとしよう。
目が覚めるともう、見慣れた景色が広がっていた。
「あ、起きた? そろそろ着くよ」
「んー」
車で寝ると体がこわばる。じわじわほぐしていたら、間もなく、店についた。
「来たよー」
「おう。うめずも一緒だな」
「わーう」
母さんはじいちゃんにぶどうの袋を渡す。ばあちゃんは台所で何かしていた。めっちゃいい匂いがする。醤油かな。甘じょっぱい匂いだ。
「いいところに来たね、あなたたち」
「何作ってんの?」
「サバの煮つけと肉の天ぷら。晩ご飯はまだでしょう? たくさん作ったから、持って帰って」
「やったね」
と、言ったのは母さんだ。俺の肩に手を置き、ばあちゃんが調理する手元をのぞき込む。
「それじゃあ後はご飯だけ炊けばいいねえ。野菜はうちにあるし、今日は豪華よ」
「楽しみ」
「ねー」
ばあちゃんが作るサバの煮つけは醤油だ。梅干しとショウガが入っていてうまいんだ、これが。
「お母さんには連絡してたのよ」
「えっ、じゃあ教えてくれてもいいじゃん」
「サプライズよ、サプライズ」
「料理を作るのは私だけどね」
父さんは出張の時に買ったらしいお酒をじいちゃんに渡していた。箱に入ったやつで、じいちゃんはそれを見るなり、それはもう嬉しそうに笑った。じいちゃんは本当に酒が好きだなあ。
「あっ、私もお土産持って来てるんだった」
と、母さんは手を離し、居間に戻った。このせわしなさは、じいちゃんにそっくりなんだと、前にばあちゃんが教えてくれた。そんな母さんから俺みたいなマイペースなのが生まれてくるとは、不思議だとも言っていた。
「せわしなさが似ていないなら、酒飲みなところが似ているかもね」
両親ともども酒に強く、じいちゃんも酒好きで、ばあちゃんだけが下戸さんなのである。
酒のみになる確率、高いなあ。
タッパーにおかずを詰めてもらったが、こりゃワクワクする見た目だ。きれいに盛られたご飯もいいが、タッパーの飯って、なんか楽しいんだよなあ。家に帰ったら皿に移すけど、そのまま食うのもいいんだ。
「いただきます」
まずは肉の天ぷらから。揚げたてでサックサクだ。スナック菓子っぽい感じもあるけど、やはりちゃんとしたおかずである。肉の噛み応えに、にんにく醤油のうま味がよく染みていて、白米が進むことこの上ない。
ちょっとマヨネーズもつけてみる。うん、まろやかさとマヨネーズの塩気が相まってまた違った味わいになった。
ポン酢をかけるのもうまい。さっぱりして、ポン酢を含んだ衣はしっとりしつつもサクサクで香ばしく、にんにくの風味ともよく合う。
ざく切りキャベツにはポン酢だ。このキャベツは香りに癖がないのでどんどん食べられる。マヨをかけてもうまい。
サバの煮つけは醤油のコクがありながら、しょうがの風味と梅干しのおかげでさっぱりといただける。ふっくらとした肉厚の身は噛みしめるほどにうま味が染み出し、脂身のところはとろとろで食感が好きだ。味も濃くていい。
身をほぐしてご飯にのせ、醤油のたれもかけて、かきこむのがおいしいんだよなあ。これが楽しみなんだ。口中にうまみが広がって、醤油のこっくりとしたうま味と砂糖の甘さが鼻に抜けて……ああ、うまい。
なんか今日は、いい思いをし過ぎたなあ。
またこういういい思いができるように、頑張るとしますかね。
にしても、今日はよく眠れそうだ。
「ごちそうさまでした」
行きかう人々も少なくなり、風が冷たくなりつつある。咲良と橘は先に帰り、その後、父さんと母さんからもらった軍資金でシャインマスカットと紫のを買った。いくつか凍らせてみよう。
「はー……疲れたなあ」
「わう」
傍らでおとなしく座っているうめずは、満足そうだ。たくさん遊んでもらって、すっきりしたのだろう。
「お、来た来た」
まずはうめずを車に乗せ、その後さっと乗り込む。今日は後部座席にうめずと一緒に座る。助手席に座った母さんがこちらを振り返る。
「おかえりー。楽しかった?」
「うん」
「わうっ!」
「うめずも楽しかったみたいね」
車が走り出し、先ほどまでの喧騒がうそのように、のどかな風景が広がり始める。
「ふぁふ」
途端にやってきた眠気にあくびをすれば、うめずにもうつったようで、大きく口を開けてあくびをした。
あ、そうだったそうだった。
「母さん、これ。頼まれてたやつ」
「ん? ああ、ありがとうね」
「立派だなあ」
ちょうど赤信号で止まったタイミングで父さんが言い、シャインマスカットを手に取る。確かに、今日買ってきたのは実がパンパンだった。紫のやつも色がよく、何でも、市場にはあまり出回らない品種らしい。
「凍らせたのもうまかったよ」
「そうなの? じゃあ、いくつか分けて凍らせよう」
ぶどうが入った袋は二つあり、一つはお土産だ。帰りに店に寄るので、買っていてほしいと母さんに頼まれていたのである。
「向こうでも食べたの? シャインマスカット」
「うん。パフェ」
「あらー、いいねえ。景色もきれいだったし、おいしかったでしょ」
「うまかった」
帰りにアイスも買っていこうか、と母さんは楽しそうだ。
ふと視線を外にやれば、野球のグラウンドが見えた。地元の少年団だろうか、ちっさいのがあちこちに散らばって楽しそうに走り回っている。
本格的に眠くなってきた。ちょっとだけ、休むとしよう。
目が覚めるともう、見慣れた景色が広がっていた。
「あ、起きた? そろそろ着くよ」
「んー」
車で寝ると体がこわばる。じわじわほぐしていたら、間もなく、店についた。
「来たよー」
「おう。うめずも一緒だな」
「わーう」
母さんはじいちゃんにぶどうの袋を渡す。ばあちゃんは台所で何かしていた。めっちゃいい匂いがする。醤油かな。甘じょっぱい匂いだ。
「いいところに来たね、あなたたち」
「何作ってんの?」
「サバの煮つけと肉の天ぷら。晩ご飯はまだでしょう? たくさん作ったから、持って帰って」
「やったね」
と、言ったのは母さんだ。俺の肩に手を置き、ばあちゃんが調理する手元をのぞき込む。
「それじゃあ後はご飯だけ炊けばいいねえ。野菜はうちにあるし、今日は豪華よ」
「楽しみ」
「ねー」
ばあちゃんが作るサバの煮つけは醤油だ。梅干しとショウガが入っていてうまいんだ、これが。
「お母さんには連絡してたのよ」
「えっ、じゃあ教えてくれてもいいじゃん」
「サプライズよ、サプライズ」
「料理を作るのは私だけどね」
父さんは出張の時に買ったらしいお酒をじいちゃんに渡していた。箱に入ったやつで、じいちゃんはそれを見るなり、それはもう嬉しそうに笑った。じいちゃんは本当に酒が好きだなあ。
「あっ、私もお土産持って来てるんだった」
と、母さんは手を離し、居間に戻った。このせわしなさは、じいちゃんにそっくりなんだと、前にばあちゃんが教えてくれた。そんな母さんから俺みたいなマイペースなのが生まれてくるとは、不思議だとも言っていた。
「せわしなさが似ていないなら、酒飲みなところが似ているかもね」
両親ともども酒に強く、じいちゃんも酒好きで、ばあちゃんだけが下戸さんなのである。
酒のみになる確率、高いなあ。
タッパーにおかずを詰めてもらったが、こりゃワクワクする見た目だ。きれいに盛られたご飯もいいが、タッパーの飯って、なんか楽しいんだよなあ。家に帰ったら皿に移すけど、そのまま食うのもいいんだ。
「いただきます」
まずは肉の天ぷらから。揚げたてでサックサクだ。スナック菓子っぽい感じもあるけど、やはりちゃんとしたおかずである。肉の噛み応えに、にんにく醤油のうま味がよく染みていて、白米が進むことこの上ない。
ちょっとマヨネーズもつけてみる。うん、まろやかさとマヨネーズの塩気が相まってまた違った味わいになった。
ポン酢をかけるのもうまい。さっぱりして、ポン酢を含んだ衣はしっとりしつつもサクサクで香ばしく、にんにくの風味ともよく合う。
ざく切りキャベツにはポン酢だ。このキャベツは香りに癖がないのでどんどん食べられる。マヨをかけてもうまい。
サバの煮つけは醤油のコクがありながら、しょうがの風味と梅干しのおかげでさっぱりといただける。ふっくらとした肉厚の身は噛みしめるほどにうま味が染み出し、脂身のところはとろとろで食感が好きだ。味も濃くていい。
身をほぐしてご飯にのせ、醤油のたれもかけて、かきこむのがおいしいんだよなあ。これが楽しみなんだ。口中にうまみが広がって、醤油のこっくりとしたうま味と砂糖の甘さが鼻に抜けて……ああ、うまい。
なんか今日は、いい思いをし過ぎたなあ。
またこういういい思いができるように、頑張るとしますかね。
にしても、今日はよく眠れそうだ。
「ごちそうさまでした」
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