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日常
第四百三十九話 シャインマスカットのパフェ
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「わうっ」
昼飯を食ってしばらくのんびりしていたら、うめずに散歩の再開を催促された。アンデスも遊びたくてうずうずしているようである。
「行くか」
咲良はアンデスを抱えて立ち上がる。
「そうだな」
「今度僕、リード持ってみたいです」
橘がうめずの前にしゃがみ込んで無邪気に言った。
「結構力強いぞ」
「大丈夫です。慣れてますから」
「慣れてる?」
「はい」
橘は立ち上がり、今度はアンデスを撫でまわしながら言う。アンデスは気持ちよさそうに目を細めた。
「うち、近くに祖父母の家があって。でっかい犬を飼っているんです。毎週何度も散歩に行ってるので、慣れてます」
「そうだったのか」
まあ、うめずはたいてい大人しいし、橘にもなついているみたいだから大丈夫だろう。それにしても、でかい犬か。そっちも見てみたかったなあ。
「連れてくりゃよかったじゃん」
咲良が言えば、橘は穏やかに笑って答えた。
「ハナは、番犬なんです。今日は祖父母と一緒に、畑仕事に出ています」
「そっか、それはしょうがないな!」
番犬……なるほどなあ。
ふと、うめずを見下ろす。うめずは楽しそうにこちらを見上げ首を傾げた。人懐っこい性格は、番犬向きではないかもしれない。だが、それがうめずの良さである。
「ハナっていうのか、その子」
広場に向かいながら聞けば、橘は「はい!」と嬉しそうに答えた。
「白くて、ふわふわで、綿毛みたいな子なんですけど。初めて家に来た時に、まるで花が咲いたように空気が明るくなったからって、ハナになりました!」
広場についたら、うめずのリードを橘に託す。
「よーし、それじゃうめず、いくぞ~」
「わうっ」
うめずと橘は軽快に走り出し、あっという間に離れて行った。
「おー、元気」
「うめず、あんなに走れるんだなあ」
よいしょ、と咲良がアンデスを下ろせば、アンデスはクルクルと二回、回って「わん!」と吠えた。
「俺がどんくさいから、いつもはうめずが合わせてくれてんだよ」
「なるほど」
「うめずはまあ、のんびりな性格だからなあ。それはそれでいいんだろうけど」
やっぱたまには走りたいだろうしな。橘に託して正解だった。
「ん?」
左足に重みを感じて視線を落とせば、アンデスが前足をのせてきていた。重みはあるが、うめずに比べれば軽いものだ。
「よいしょ」
抱え上げるのもなんてことはない。すっぽりと腕の中に収まり、つぶらな瞳をこちらに向けてくる。かわいいなあ、きれいにしてもらえてよかったなあ、お前。寒さで震えていた子犬は、今は幸せなぬくもりを持っている。
「わん!」
「おー」
「うわぅ、わう」
「うんうん、そうかあ」
アンデスは腕から逃れ、頭によじ登ろうとしてくる。危ないので地面に下ろしてやったら、咲良が笑って言った。
「やっぱ慣れてんな、春都」
「うめずにもこんな時期があった。今は、寄りかかられるだけで骨が折れそうだ」
「あはは、だよなあ」
しばらくアンデスとじゃれあっていると、うめずと橘が、輝くようなすがすがしい表情で戻ってきた。なんか、こう、キラキラした何かが見えるようである。
「いやー、うめず、お利口さんですね! 僕の走るスピードに合わせてくれる」
「飼い主が走るの苦手だから、合わせるのは得意なんだ」
「なるほどー」
そういやさっきからこいつら、俺の運動神経の悪さを否定しないな。事実だけど、事実だけども、釈然としない。
アンデスにかまっていたうめずはふとこちらを見ると、軽い足取りで近寄ってきた。橘からリードを預かる。
「わふっ」
「うめず?」
うめずは足に体をこすりつけ、頭を押し付け、ぐるりと俺の周りを何度か回る。おうおう、リードが巻き付いて大変なことに。こけるって。
「よし、次はアンデス、一緒に走ろうか!」
「わんっ」
橘は、今度はアンデスとともに走って行ってしまった。
元気だなあ。
ひとしきり遊び倒して、今度は公園内の東屋で休憩することにした。
「お待たせー」
咲良が、パフェを三つ持ってやってくる。
「三人で分けるっつったら、お店の人が分けてくれた」
「おー、ありがとな」
「金額もほどほどで助かったよ」
背の高いソフトクリームの白に、シャインマスカットの黄緑色がよく映える。
「いただきます」
ソフトクリームから食べてみよう。
動いて熱のこもった体に、ひんやりとしたソフトクリームが染みわたる。牛乳の味は控えめで、すっきりとした後味がうれしい。ソフトクリームのこの柔らかな口当たりがたまらなく好きだ。
さて、お次は待ちに待ったシャインマスカットを。
口元に近づけただけで香りがいいのがよく分かる。パリッとはじける皮の食感とみずみずしさ、果肉のジューシーな甘み、噛むほどに顔じゅうを包み込むシャインマスカットの芳香。たまんねえなあ。
ソフトクリームをつけるとまた違った味わいになる。ソフトクリームのミルキーさが際立つようである。
「あ、これ、凍ってる」
咲良は盛り付けられたシャインマスカットのうちの一つをつついた。
「まじ?」
「冷たくておいしいですよ~」
橘もにこにこ笑って食べている。
凍ったシャインマスカットか……お、これだな。
あっ、すげえ冷たい。皮のパリッとした食感は控えめながらも確かに残り、しゃりっとした果肉がまるでシャーベットのようだ。口の中で少しずつ溶け、しゃりっとしたところととろりとしたところ、プチプチ、パリッとしたところ。全部がうまい。
控えめな香りが鼻に抜け、甘味も程よい。なるほど、凍らせるのもありなのか。
帰りに一房、買っていくか。うちで凍らせようかなあ。氷代わりにして、サイダーとかと一緒に飲むのもうまそうだ。
カップの底までしっかりかき取って食べる。最後は、凍っていないシャインマスカットで締める。
あー、うまかった。
「ごちそうさまでした」
昼飯を食ってしばらくのんびりしていたら、うめずに散歩の再開を催促された。アンデスも遊びたくてうずうずしているようである。
「行くか」
咲良はアンデスを抱えて立ち上がる。
「そうだな」
「今度僕、リード持ってみたいです」
橘がうめずの前にしゃがみ込んで無邪気に言った。
「結構力強いぞ」
「大丈夫です。慣れてますから」
「慣れてる?」
「はい」
橘は立ち上がり、今度はアンデスを撫でまわしながら言う。アンデスは気持ちよさそうに目を細めた。
「うち、近くに祖父母の家があって。でっかい犬を飼っているんです。毎週何度も散歩に行ってるので、慣れてます」
「そうだったのか」
まあ、うめずはたいてい大人しいし、橘にもなついているみたいだから大丈夫だろう。それにしても、でかい犬か。そっちも見てみたかったなあ。
「連れてくりゃよかったじゃん」
咲良が言えば、橘は穏やかに笑って答えた。
「ハナは、番犬なんです。今日は祖父母と一緒に、畑仕事に出ています」
「そっか、それはしょうがないな!」
番犬……なるほどなあ。
ふと、うめずを見下ろす。うめずは楽しそうにこちらを見上げ首を傾げた。人懐っこい性格は、番犬向きではないかもしれない。だが、それがうめずの良さである。
「ハナっていうのか、その子」
広場に向かいながら聞けば、橘は「はい!」と嬉しそうに答えた。
「白くて、ふわふわで、綿毛みたいな子なんですけど。初めて家に来た時に、まるで花が咲いたように空気が明るくなったからって、ハナになりました!」
広場についたら、うめずのリードを橘に託す。
「よーし、それじゃうめず、いくぞ~」
「わうっ」
うめずと橘は軽快に走り出し、あっという間に離れて行った。
「おー、元気」
「うめず、あんなに走れるんだなあ」
よいしょ、と咲良がアンデスを下ろせば、アンデスはクルクルと二回、回って「わん!」と吠えた。
「俺がどんくさいから、いつもはうめずが合わせてくれてんだよ」
「なるほど」
「うめずはまあ、のんびりな性格だからなあ。それはそれでいいんだろうけど」
やっぱたまには走りたいだろうしな。橘に託して正解だった。
「ん?」
左足に重みを感じて視線を落とせば、アンデスが前足をのせてきていた。重みはあるが、うめずに比べれば軽いものだ。
「よいしょ」
抱え上げるのもなんてことはない。すっぽりと腕の中に収まり、つぶらな瞳をこちらに向けてくる。かわいいなあ、きれいにしてもらえてよかったなあ、お前。寒さで震えていた子犬は、今は幸せなぬくもりを持っている。
「わん!」
「おー」
「うわぅ、わう」
「うんうん、そうかあ」
アンデスは腕から逃れ、頭によじ登ろうとしてくる。危ないので地面に下ろしてやったら、咲良が笑って言った。
「やっぱ慣れてんな、春都」
「うめずにもこんな時期があった。今は、寄りかかられるだけで骨が折れそうだ」
「あはは、だよなあ」
しばらくアンデスとじゃれあっていると、うめずと橘が、輝くようなすがすがしい表情で戻ってきた。なんか、こう、キラキラした何かが見えるようである。
「いやー、うめず、お利口さんですね! 僕の走るスピードに合わせてくれる」
「飼い主が走るの苦手だから、合わせるのは得意なんだ」
「なるほどー」
そういやさっきからこいつら、俺の運動神経の悪さを否定しないな。事実だけど、事実だけども、釈然としない。
アンデスにかまっていたうめずはふとこちらを見ると、軽い足取りで近寄ってきた。橘からリードを預かる。
「わふっ」
「うめず?」
うめずは足に体をこすりつけ、頭を押し付け、ぐるりと俺の周りを何度か回る。おうおう、リードが巻き付いて大変なことに。こけるって。
「よし、次はアンデス、一緒に走ろうか!」
「わんっ」
橘は、今度はアンデスとともに走って行ってしまった。
元気だなあ。
ひとしきり遊び倒して、今度は公園内の東屋で休憩することにした。
「お待たせー」
咲良が、パフェを三つ持ってやってくる。
「三人で分けるっつったら、お店の人が分けてくれた」
「おー、ありがとな」
「金額もほどほどで助かったよ」
背の高いソフトクリームの白に、シャインマスカットの黄緑色がよく映える。
「いただきます」
ソフトクリームから食べてみよう。
動いて熱のこもった体に、ひんやりとしたソフトクリームが染みわたる。牛乳の味は控えめで、すっきりとした後味がうれしい。ソフトクリームのこの柔らかな口当たりがたまらなく好きだ。
さて、お次は待ちに待ったシャインマスカットを。
口元に近づけただけで香りがいいのがよく分かる。パリッとはじける皮の食感とみずみずしさ、果肉のジューシーな甘み、噛むほどに顔じゅうを包み込むシャインマスカットの芳香。たまんねえなあ。
ソフトクリームをつけるとまた違った味わいになる。ソフトクリームのミルキーさが際立つようである。
「あ、これ、凍ってる」
咲良は盛り付けられたシャインマスカットのうちの一つをつついた。
「まじ?」
「冷たくておいしいですよ~」
橘もにこにこ笑って食べている。
凍ったシャインマスカットか……お、これだな。
あっ、すげえ冷たい。皮のパリッとした食感は控えめながらも確かに残り、しゃりっとした果肉がまるでシャーベットのようだ。口の中で少しずつ溶け、しゃりっとしたところととろりとしたところ、プチプチ、パリッとしたところ。全部がうまい。
控えめな香りが鼻に抜け、甘味も程よい。なるほど、凍らせるのもありなのか。
帰りに一房、買っていくか。うちで凍らせようかなあ。氷代わりにして、サイダーとかと一緒に飲むのもうまそうだ。
カップの底までしっかりかき取って食べる。最後は、凍っていないシャインマスカットで締める。
あー、うまかった。
「ごちそうさまでした」
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