一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百三十八話 かしわのおにぎり

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 道の駅に近づくにつれて、だんだん景色が簡素になっていく。見渡す限り田んぼと畑。街灯もないし、夜は暗いんだろうなあ。
「そろそろ着くぞ~」
 運転する父さんがそう言うと、うめずが嬉しそうに「わふっ!」と吠えた。
 道の駅は実に開放的な雰囲気だった。広い駐車場にはすでに半分以上車が停まっていて、店には行列もできている。
「人多いね~!」
 母さんは言って、興味深そうにあたりを眺める。
「向こうに広場があるのね」
「そうなんだ……あ、いた」
 広場の入り口にはもう咲良がいた。橘はまだ来ていないようである。そして、咲良の足元ではちょこまかと動き回る影が一つ。
「じゃあ、行ってらっしゃい。何かあったら連絡してね」
「うん。ありがとう」
 途中で降ろしてもらって、うめずとともに車を見送ってから広場入口へと向かう。
「おー、春都。おはよー」
「おはよう。早いな」
「なんか楽しみすぎてな」
 どこか笑ったようにも見えるアンデスが、「わん!」と子犬らしい声で鳴いた。うわ、かっわいい。
 うめずはアンデスに興味津々のようである。アンデスもうめずに興味があるようで、お互いに探り探り、匂いをかいだりじっと見たりしている。そして間もなくして、尻尾をぶんぶんと振り始めた。
「お、もう仲良しだな」
 咲良が笑って言う。アンデスは目いっぱいその小さな体を伸ばしてうめずの顔に自分の顔を近づけようとし、うめずは少しだけ顔を下げてアンデスがやりやすいようにしていた。
 あー、いい光景だなあ。
「おはようございまーすっ!」
「来たな」
 橘は駆け寄ってきたかと思えば、うめずとアンデスを見て相好を崩した。
「ああ、本物だあ。本物のうめずくんとアンデスくんだぁ」
「普段は『くん』とかつけてねーから、呼び捨てでいいぞ」
「あっ、そうですか」
「うめずも呼び捨てで呼んでやってくれ」
 全員がそろったところで広場へ向かう。
 きれいに整えられたふかふかの芝生が広がって、風の通りもよく、気持ちのいい場所だ。見れば、他にも犬の散歩に来ている人たちがいた。
「リード外して走り回るってわけにはいかねーけど」
「十分だろう」
「じゃあ出発ですね!」
 いつもと違う環境で散歩するってだけでうめずは十分楽しそうだ。時々駆け足をしてみたり、アンデスとじゃれあったり。すがすがしい空気の中を好きに歩き回るってだけでストレス解消になりそうだな。
「生き生きしてますねえ、かわいいですねえ」
 橘がにこにこと楽しそうに言った。こいつもなんとなく子犬っぽいところあるよなあ。
「わーうっ」
「ん? どうしたうめず。楽しいか?」
「わふっ!」
 こんなに生き生きしているうめずは久しぶりに見たなあ。行儀よく俺の歩調に合わせて歩いてくれているが、リードを外せばロケットのごとく突っ走って行くだろう。
「お、水飲み場もあるんだな」
 咲良の言うように、ベンチのある東屋の近くには、犬用の水飲み場もあった。だいぶ歩いたのでちょっと休憩することにする。
「いつも思うんですけど」
 橘は、うめずとアンデスが水分補給している様子を見ながら言う。
「ワンちゃんがご飯食べたり、水飲んだりしてるのって、めっちゃおいしそうだなあって」
「それは分かる」
「あっ、やっぱり一条先輩も思います?」
「俺も分かるようになったぞ」
 なぜか得意げに咲良は言う。
「アンデスさあ、めっちゃうまそうに食うんだよね」
「わんっ」
「ちゃんと飲んだな? よーしよし」
 アンデスの顔は、咲良の手にすっぽり収まった。ちっさいなあ。
「わふっ」
 のっそりとやってきたうめずが、俺の前でお座りする。そっと両手でうめずの顔を包み込んでみる。うめずは嫌がることなく、されるがままにしていた。
「でかくなったなあ、うめず」
「わうっ」
 はは、かわいいなあ。

 昼飯を買いに行くのに、うめずとアンデスをどうしようかと話をしたら、橘が「なんか買ってきます!」と率先して買いに行ってくれた。
 橘が買ってきたのは、かしわのおにぎりの弁当だった。ナイスチョイスである。
 犬も入っていいらしいテラスにあるテーブル席に向かい、そこで食べることにした。ここもとても眺めがいい。
「いただきます」
 うめずたちは傍らで伏せをして大人しくしている。
 かしわのおにぎりにからあげ、卵焼き、おひたしとたくあんかあ。シンプルだが、心躍るラインナップである。
 まずはかしわのおにぎりから。お、ここの味付けは濃い目だなあ。甘みをよく感じ、ぎっちりと詰まっているが、口に入れるとほろりと崩れる。鶏肉、ニンジン、ゴボウと具沢山だ。ごぼうの風味が強いなあ。
 からあげはスパイスが効いている。そういやこれ、鶏と鶏、かぶってんな。うまいから大歓迎だ。
 しなしなとした衣だが、この味付けは、しなしなしているのがベストな気がする。プリッとした身にもよく味が染みていて、鶏のうま味を引き立てながらも香ばしさが前面に出てきてうまい。
 卵焼きはしょっぱい感じか。うん、うまい。おにぎりが甘めだからちょうどいいなあ。口当たりがなんか、かためのプリンって感じだ。
「シャインマスカットはいいのか?」
 ポリポリと甘めの黄色いたくあんをかじっていたら咲良が聞いてきた。
「この後食うに決まってるだろ」
「ですよねー」
「さっき、シャインマスカットのパフェ買ってる人見ましたよー」
 橘が楽しそうに言う。
「すっごい豪華でした。きらきらしてて、お高そうでした」
「おっ、じゃあそれ食うか。橘、いい情報を手に入れたな」
「お褒めにあずかり光栄ですっ」
 さて、それじゃあ、うまいパフェのためにもうひと散歩、行くとしますかね。

「ごちそうさまでした」
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