一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百三十四話 牛丼

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 試験最終日、最終科目前の休憩時間となると、なんとなく空気が緩む。こういう時に限って意地の悪い問題が出るから、油断ならないんだ。
「おいーす、春都」
「何で来た、咲良」
「んー、なんとなく」
 単語帳を引っ提げて、咲良がやってきた。そしてあたかも、同じクラスですというような雰囲気でロッカーにもたれかかる。
「春都たち、範囲どこ?」
「こっからここ」
 単語帳に貼った薄い緑色の付箋を示せば、咲良は「うへえ」と顔をしかめた。
「広いな」
「いつもこんなもんだろ」
「俺らはそこまでないって」
 ほれ、と咲良は単語帳を見せてくる。付箋ではなく、ページを折っているらしい。見れば今までもそうやってきているようで、あちこちしわくちゃになっていた。プリントの類もいくつか挟んであるようで、かさばりそうだ。
「あ、ホントだ。半分くらいか」
「その代わり理系科目の範囲がえげつない」
「まあ、物理選択だもんな」
「何のことやら意味不明だったわー」
 ヘラヘラと咲良は笑う。それでいいのか、というのは毎回抱く感想である。まあ、こいつなりに頑張っているみたいで、今のところ、全科目赤点という状況は免れているらしい。ただ毎回、一科目か多い時には三科目くらいは赤点を取っているようではあるが。
「でもさ、今度の数学は自信あるんだー」
「そりゃお前、俺が教えてやったんだから、赤点取るとかありえんだろ」
「へへ、それもそうか」
 咲良は持ってきた単語帳を一瞥することもなく話をする。こいつ、持っているだけで安心している節があるよなあ。まあ、分からんでもない。テスト前の参考書は、一種のお守り的効果があるようにも思う。
「でさ、テスト終わったらなんだけど。今日暇?」
 単語帳を眺めていたらそう咲良に聞かれ、とっさに反応できなかった。咲良は気を悪くする様子もなく、もう一度言った。
「今日の放課後、なんか用事ある?」
「いや、特にないけど」
「じゃあさ、飯食いに行こうぜ」
 そう言って単語帳から咲良が取り出したのは何度も折り曲げられたらしいチラシだった。
 何だそれは。じっとそれを見つめていると、咲良はそれを開いた。
「じゃーん。牛丼屋のチラシ~」
「牛丼屋?」
「そ、プレジャス近くの牛丼屋。リニューアルオープンだってさ。このチラシ見つけて、うまそうだなーって思って」
 ちらしのど真ん中にはでかでかと牛丼の写真が載っていた。うん、確かにうまそうだ。牛丼屋かあ。牛丼なんてめったに食わないから、食ってみたい気はする。てかこいつ、単語帳に牛丼屋のチラシ挟んできてたのかよ。
「あっ、もしかして家でなんか準備してる?」
 咲良は首をかしげて聞いてくる。
「うーん、分からん。昨日は総菜パンを山盛り買ってきてたし」
「そっかあ」
「まあでも、もし準備されてたとしても食うけどな」
 昼飯を食っても、少しすれば腹が減るものだ。咲良は笑った。
「さすが春都。じゃ、帰りは教室に迎えに来るからな」
「おう。今日は同じ時間に終わるんだな」
「昨日頑張ったもん」
 咲良は疲れたように、かつ、自慢するように言った。
「昼休み挟んで一時間。めっちゃだるかった~」
「それはだるい」
 妙な時間の休憩をはさんだ後、一時間だけテストがあるとか、一時間目は勉強時間で二時間目からテストとか。ありがたいことではあるのだが、俺的にはとっとと終わらせてとっとと帰りたいと思ってしまうのも事実。
 高校に入ってからはあんまそういうの無くてラッキーって感じだったけど、そうか。理系は科目が多いし、そういうこともあるのか。
「あとはこの英語を何とか乗り越えるだけ……」
 絞り出すように咲良が呟いたところで予鈴が鳴った。一斉に人波が動き出し、片付けをするやつやら教室に入るやつやらで入り乱れる。
「やっべ、次の試験監督、鈴木先生だ。もう来てっかな」
 咲良が慌てた様子で言うので、片付けをしながら記憶をたどる。
「あー、なんか向こう行ってたな」
「いつ?」
「五分前?」
「早く言えよ」
「だってお前、ずっと喋ってて口挟む隙無かったし」
 言えば咲良は「やっべ、どやされるのだけは勘弁」と言い終わらぬうちに、自分のクラスへと帰って行った。
 なんか昨日も似たような光景を見た気がする。俺の周りは、賑やかでまったく飽きないな。

 母さんに確認したところ、昼飯は冷凍のハンバーグでもしようかと思っていたから、問題なしと言われた。なんなら、週末の連休の昼ご飯にできるから、食べに行ってもらうと助かるとさえ言われた。
 牛丼屋まではバスと徒歩で向かう。微妙な位置にバス停があることも、プレジャスから客足が遠のいている理由の一つだろうなあ、などと思いながら店に入った。
 前の店内はあまり知らないが、まあ、確かにきれいだ。
 人の少ない店内で、ボックス席に案内される。
「こーいう牛丼屋に来るとさあ、何かとトッピングしたくなるんだよなー」
 テストが終わってすっかり生き生きしている咲良は、メニューを見ながら楽しげに笑った。
「まあ、そう言いつつも、最終的に普通のやつにすんだけど」
「それは分かる」
 冒険したい気持ちもないことはないが、腹を満たすと考えると、無難な方を選びがちだ。今日も例外ではない。
 と、いうことで、牛丼は大盛りでみそ汁、お新香セットを頼んだ。
 うどん屋さながらに、提供スピードが速い。店員さん、すげえなあ。
「いただきます」
 とりあえず味噌汁を飲もう。こういうチェーン店のみそ汁って妙にうまいんだよなあ。出汁が効いてて。具材は小さいけど、それが味なんだよなあ。
 さて、まずはそのまま。しっかりと甘辛く味付けされた牛肉は、それだけでうまいものだ。甘辛いといっても甘さの方が際立ち、辛さはほのかに香る程度だ。噛みしめると染み出す牛肉のうま味、つゆだくのご飯を一緒にかきこめば最高にうまい。
 高級肉とかじゃないんだろうけど、十分うまいよなあ。たまにあたる脂身の甘さがなんかうれしい。薄い玉ねぎもちゃんと甘味があっていいんだよなあ。
「久々食ったけど、うんまいなあ」
 咲良は嬉しそうに笑った。
「うん、うまい」
「な。それでさ、ここのお新香がうまいんだよ」
「分かる」
 みずみずしさはそのままに、しっかりうま味が詰まった白菜のお新香。昆布の風味もする。牛丼の合間にちょうどいい。
 次は紅しょうがをのせる。紅しょうがは好きなんだ。牛丼の味が損なわれない程度にたっぷりのせて……っと。
 そうそう、この爽やかさがいいんだよ。紅しょうがのない牛丼もいいんだけど、紅しょうがのみずみずしさとさわやかさ、ほんの少しの酸味が合わさると、牛肉のうま味がより感じられるようだ。つゆだくご飯にも合うんだなあ、これが。
 七味をかけるとさらに刺激が加わり、薫り高い風味もあってうまい。やっぱ牛丼っつったら、ここまで味わうのが一番だ。トッピングするとまた風味が変わってくるからなあ。
 トッピングも気にならないわけではない。今度は頼んでみようかなと思う。
 でもこの味がよぎると、また、普通のを頼んでしまうのかもしれない。うーん、悩ましい限りだ。
 いっそのこと、二杯頼んでみようかな、なんて。

「ごちそうさまでした」
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