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日常
第四百三十二話 弁当
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朝食を終え、自室でいつものように勉強をしていたら、何やら賑やかな音楽が聞こえてきた。テレビだろうかと思ったが、しばらく聞いていると、どうやら外から聞こえているらしいことが分かった。
「なんだ?」
網戸を開け、ベランダに出てみる。風の吹き具合で音の大小も変わって聞こえるな。
ああ、なるほど。運動会か。小学校は今の時期だったかなあ。練習期間が異様に長くてうんざりした覚えがあるものだ。
時計に目をやる。まだ始まったばかりだろうか。
「ふーん……」
ベランダの柵に寄りかかり、小学校の方を見る。運動場にはぐるりとテントがいくつも建っていて、大小さまざまな人影が列をなして動いている。自分が参加する運動会はあまり好きになれないが、見るのは嫌いじゃない。
再び部屋に戻り、網戸を閉める。クーラーがなくても過ごしやすい季節になったものだ。夕方は湿気とたまった熱が結構きついのでクーラーをかけることもあるが、朝や夜は寒いくらいだ。今日は、日差しはあまりないもののすっきりと秋晴れの空で、風も涼しく、運動会にはもってこいの天気だろう。
ワークの残りページを確認する。この調子でいけば、試験当日には間に合うかな。
「……ふう」
あ~、疲れた。肩凝った。首を回すと、ゴリゴリ音がする。ちょっと休憩すっかなあ……
「わう」
「お、うめず。来たのか」
居間に続く扉を薄く開けているので、そこを器用に開けてうめずが部屋にやってきた。へたしたら、扉閉めてるときでも来るんだよなあ。こっちには、自分の意思で来ていい、と分かっているのだろう。
扉のない台所や、扉を開けっぱなしにしているベランダや廊下にはまず、放っておいても行かないからなあ。何度か教えたら、そう学んだようだ。賢いんだよな、うめず。
「わーう」
「なに咥えてきたんだ、それ」
「うぁう」
それ、リードか。なるほど、散歩に連れて行けと、そういうことだな?
父さんも母さんも居間にいるだろうに、どうしてわざわざ俺のところまで来たんだい、うめずさんよ。
「……まあ、いいか」
休憩がてら、散歩に行くのも悪くない。
「ちょっと散歩行ってくるー」
「あ、はーい。気を付けてね~」
せっかくだし、運動会見に行ってみるか。
小学校の周辺は、いつになく賑わっていた。あ、あの露天、今でも出てんだなあ。やたらカラフルなかき氷の店。買ったことはないけど、いつも出ていたので覚えている。
「やってるやってる」
中には入らず、外から見てみる。生垣が剪定されているため、よく見えるようになっていた。おーおー、ちっさいのが一生懸命走ってら。テントの裏を歩く子どもたちがうめずに気を取られているのがよく分かる。
そういや、小学校では運動会だが、高校じゃあ体育祭っていうよなあ。中学校はどっちも混ざってる感じ。あの違いってなんなんだろう。なんとなく体育祭の方が大人っぽくて、中学生になったときは、わざわざ体育祭って意識して言ってたなあ。
「見に来る人数も多いよなあ、小学校」
親はもちろん、親戚も来るんだなあ。うちはじいちゃんばあちゃん、父さん母さんだったけど、大人数でくる人もいたっけ。卒業生も来ることだし、小、中、高どの体育祭が一番賑やかかっていうと、俺は小学校だと思う。
小学生の頃は運動苦手なくせに、応援団とかやったなあ。中学の時も一年生の頃だけやったけど、もう無理って思って、それからは大人しくしてたものだ。
うめずがそろそろ歩きたがっているので、散歩を再開する。何人かの子どもの、残念そうなため息が聞こえてきた。
運動会の楽しみといえば、やっぱり弁当だよあ。
たくさんのおにぎりに、からあげ、ウインナー、卵焼き、プチトマト。決して珍しいものはないし、温かくないけど、妙にうまいんだよなあ。砂埃も舞って、日が差し込むと暑いし、ちょっとずれるとよその人にあたるし、快適な環境でもないんだけど、すっげえ楽しくてすっげえ幸せなんだなあ。
そんで、デザートがあるんだよ。フルーツの缶詰色々開けたやつ。サクランボの赤が印象的でなあ。めっちゃ甘いみかんとパイナップル、黄桃、白桃。そうそう、缶詰じゃないみかんもあるんだ。これがたまにすっぱくてなあ、身震いしたものだ。
昼飯食った後の競技はなんというか、間延びした感じがするんだ。もう勝敗どうでもよくね? みたいな。俺だけかな。応援合戦、すげーだるいんだ。
ああ、弁当、食いてえなあ。今日の昼飯なんだろ。
「ただいまー」
「おかえりなさい。ねえ、見て見て」
ちょっとテンションの高い母さんが持ってきたのは、弁当箱だった。
「なに」
「運動会の声が聞こえて、つい、作っちゃった。お弁当。お昼ご飯にしよう」
なんと、願いは通じるものだなあ。
「ありがとう」
「ん? なにが?」
「弁当食いたかったんだ」
これはかなりうれしい。
「いただきます」
ふたを開けてみれば、なんとまあ、理想的なおかずの数々。
ウインナーはたこの形とカニの形、からあげもあるし、ご飯はのり巻きおにぎりだ。プチトマトが添えてあって、ちくわのいそべ揚げまである。卵焼き、これも忘れちゃあいけない。
まずはからあげかなあ。このしっとりした衣がたまんないんだよ。どこかサクッとした感じも残っているから香ばしくて、揚げたてよりも醤油の風味を感じる。濃いうま味が身に染みていて、ご飯が進むんだ。
おにぎりを箸で切るようにして食うのもいい。のりの風味と、塩味、ご飯の甘さがひんやりと舌に伝わる。
ちくわのいそべ揚げもしっとりしている。もちもちした衣、プリッとしたちくわ、磯の香りに甘み。いくらでも食べてしまいそうだ。
卵焼きの甘味は言わずもがな、うまい。運動会の時は疲れた体に染み入るようで、好きなんだよなあ。今は疲れた頭に染みるようだ。
プチトマトですっきりしたら、ウインナーを。切込みが入れられて細くなっているところは香ばしく、噛みしめるとうま味と塩気が染み出してくる。プリプリとしたところも食べ応えがあってうまい。たこもカニもうまい。
「ふー、ごちそうさま……」
「あっ、ちょっと待った」
そう言うのは父さんだ。台所に向かったかと思うと、持ってきたのは白い器だ。中には色とりどりのフルーツがある。それと、母さんがいつの間にやら持ってきたのは袋詰めのみかんだ。
「はい、デザート」
「デザートまで」
シロップ漬けのみかんはやはり甘く、そして爽やかだ。黄桃は食感が好きだなあ。甘みはすっきりした感じだ。白桃のとろける甘さもいい。パイナップルは繊維がほどけるようである。
そんでお楽しみ、さくらんぼ。あー、このわざとらしい甘さとさくらんぼ特有の香り。これこれ、これあってこその運動会ってやつよなあ。
生のみかん……まあ、シロップ漬けのやつも生といえば生だけど。こっちは程よい酸味があってうまい。シロップ漬けの後だと余計にすっぱく感じるなあ。
デザートまで食えて、これは満足な昼飯だった。
さて……午後からの勉強も、頑張るかあ。間延びしないよう、気を引き締めないと。
「ごちそうさまでした」
「なんだ?」
網戸を開け、ベランダに出てみる。風の吹き具合で音の大小も変わって聞こえるな。
ああ、なるほど。運動会か。小学校は今の時期だったかなあ。練習期間が異様に長くてうんざりした覚えがあるものだ。
時計に目をやる。まだ始まったばかりだろうか。
「ふーん……」
ベランダの柵に寄りかかり、小学校の方を見る。運動場にはぐるりとテントがいくつも建っていて、大小さまざまな人影が列をなして動いている。自分が参加する運動会はあまり好きになれないが、見るのは嫌いじゃない。
再び部屋に戻り、網戸を閉める。クーラーがなくても過ごしやすい季節になったものだ。夕方は湿気とたまった熱が結構きついのでクーラーをかけることもあるが、朝や夜は寒いくらいだ。今日は、日差しはあまりないもののすっきりと秋晴れの空で、風も涼しく、運動会にはもってこいの天気だろう。
ワークの残りページを確認する。この調子でいけば、試験当日には間に合うかな。
「……ふう」
あ~、疲れた。肩凝った。首を回すと、ゴリゴリ音がする。ちょっと休憩すっかなあ……
「わう」
「お、うめず。来たのか」
居間に続く扉を薄く開けているので、そこを器用に開けてうめずが部屋にやってきた。へたしたら、扉閉めてるときでも来るんだよなあ。こっちには、自分の意思で来ていい、と分かっているのだろう。
扉のない台所や、扉を開けっぱなしにしているベランダや廊下にはまず、放っておいても行かないからなあ。何度か教えたら、そう学んだようだ。賢いんだよな、うめず。
「わーう」
「なに咥えてきたんだ、それ」
「うぁう」
それ、リードか。なるほど、散歩に連れて行けと、そういうことだな?
父さんも母さんも居間にいるだろうに、どうしてわざわざ俺のところまで来たんだい、うめずさんよ。
「……まあ、いいか」
休憩がてら、散歩に行くのも悪くない。
「ちょっと散歩行ってくるー」
「あ、はーい。気を付けてね~」
せっかくだし、運動会見に行ってみるか。
小学校の周辺は、いつになく賑わっていた。あ、あの露天、今でも出てんだなあ。やたらカラフルなかき氷の店。買ったことはないけど、いつも出ていたので覚えている。
「やってるやってる」
中には入らず、外から見てみる。生垣が剪定されているため、よく見えるようになっていた。おーおー、ちっさいのが一生懸命走ってら。テントの裏を歩く子どもたちがうめずに気を取られているのがよく分かる。
そういや、小学校では運動会だが、高校じゃあ体育祭っていうよなあ。中学校はどっちも混ざってる感じ。あの違いってなんなんだろう。なんとなく体育祭の方が大人っぽくて、中学生になったときは、わざわざ体育祭って意識して言ってたなあ。
「見に来る人数も多いよなあ、小学校」
親はもちろん、親戚も来るんだなあ。うちはじいちゃんばあちゃん、父さん母さんだったけど、大人数でくる人もいたっけ。卒業生も来ることだし、小、中、高どの体育祭が一番賑やかかっていうと、俺は小学校だと思う。
小学生の頃は運動苦手なくせに、応援団とかやったなあ。中学の時も一年生の頃だけやったけど、もう無理って思って、それからは大人しくしてたものだ。
うめずがそろそろ歩きたがっているので、散歩を再開する。何人かの子どもの、残念そうなため息が聞こえてきた。
運動会の楽しみといえば、やっぱり弁当だよあ。
たくさんのおにぎりに、からあげ、ウインナー、卵焼き、プチトマト。決して珍しいものはないし、温かくないけど、妙にうまいんだよなあ。砂埃も舞って、日が差し込むと暑いし、ちょっとずれるとよその人にあたるし、快適な環境でもないんだけど、すっげえ楽しくてすっげえ幸せなんだなあ。
そんで、デザートがあるんだよ。フルーツの缶詰色々開けたやつ。サクランボの赤が印象的でなあ。めっちゃ甘いみかんとパイナップル、黄桃、白桃。そうそう、缶詰じゃないみかんもあるんだ。これがたまにすっぱくてなあ、身震いしたものだ。
昼飯食った後の競技はなんというか、間延びした感じがするんだ。もう勝敗どうでもよくね? みたいな。俺だけかな。応援合戦、すげーだるいんだ。
ああ、弁当、食いてえなあ。今日の昼飯なんだろ。
「ただいまー」
「おかえりなさい。ねえ、見て見て」
ちょっとテンションの高い母さんが持ってきたのは、弁当箱だった。
「なに」
「運動会の声が聞こえて、つい、作っちゃった。お弁当。お昼ご飯にしよう」
なんと、願いは通じるものだなあ。
「ありがとう」
「ん? なにが?」
「弁当食いたかったんだ」
これはかなりうれしい。
「いただきます」
ふたを開けてみれば、なんとまあ、理想的なおかずの数々。
ウインナーはたこの形とカニの形、からあげもあるし、ご飯はのり巻きおにぎりだ。プチトマトが添えてあって、ちくわのいそべ揚げまである。卵焼き、これも忘れちゃあいけない。
まずはからあげかなあ。このしっとりした衣がたまんないんだよ。どこかサクッとした感じも残っているから香ばしくて、揚げたてよりも醤油の風味を感じる。濃いうま味が身に染みていて、ご飯が進むんだ。
おにぎりを箸で切るようにして食うのもいい。のりの風味と、塩味、ご飯の甘さがひんやりと舌に伝わる。
ちくわのいそべ揚げもしっとりしている。もちもちした衣、プリッとしたちくわ、磯の香りに甘み。いくらでも食べてしまいそうだ。
卵焼きの甘味は言わずもがな、うまい。運動会の時は疲れた体に染み入るようで、好きなんだよなあ。今は疲れた頭に染みるようだ。
プチトマトですっきりしたら、ウインナーを。切込みが入れられて細くなっているところは香ばしく、噛みしめるとうま味と塩気が染み出してくる。プリプリとしたところも食べ応えがあってうまい。たこもカニもうまい。
「ふー、ごちそうさま……」
「あっ、ちょっと待った」
そう言うのは父さんだ。台所に向かったかと思うと、持ってきたのは白い器だ。中には色とりどりのフルーツがある。それと、母さんがいつの間にやら持ってきたのは袋詰めのみかんだ。
「はい、デザート」
「デザートまで」
シロップ漬けのみかんはやはり甘く、そして爽やかだ。黄桃は食感が好きだなあ。甘みはすっきりした感じだ。白桃のとろける甘さもいい。パイナップルは繊維がほどけるようである。
そんでお楽しみ、さくらんぼ。あー、このわざとらしい甘さとさくらんぼ特有の香り。これこれ、これあってこその運動会ってやつよなあ。
生のみかん……まあ、シロップ漬けのやつも生といえば生だけど。こっちは程よい酸味があってうまい。シロップ漬けの後だと余計にすっぱく感じるなあ。
デザートまで食えて、これは満足な昼飯だった。
さて……午後からの勉強も、頑張るかあ。間延びしないよう、気を引き締めないと。
「ごちそうさまでした」
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