一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百三十話 冷凍餃子

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 午後から職員会議があるらしく、今日は午後から休みだ。こないだも休校だったし、授業が入るかなーとも思ったが、予定通り、休みなようだ。
 明日は土曜課外もないし金曜日に早く帰れるのは、なんだか得した気分だ。
 と、同時に嫌な予感もする。そんな時はとっとと帰るに限る。
 週明けにはテストもあるし、勉強すっか。
「おわっ」
 慌てて廊下に出たら、誰かにぶつかった。
「ってて……勇樹」
「おー、春都。そんなに急いでどうした。なんか用事でもあるのか?」
 こいつ、びくともしなかったな。自分だけ弾き飛ばされて、なんとなく釈然としない。
「いや……それより、ぶつかって悪い」
 勇樹は何も気にしていないというように、からからと笑って言ったものだ。
「いーっていーって。急いでんだろ」
「まあ……悪いな」
 とりあえず、靴箱まで行けば何とかなるだろう。階段を駆け下り、自分の靴箱に向かうまでに減速する。
「ふぅ……」
 振り返り、辺りを見回す。うん、大丈夫だろう。
 上履きをしまい、靴に履き替えて外に出る。はあ、これで何とか逃げ切れ……
「春都~」
「わぁ、びっくりしたあ」
「すげーテンプレ的にびっくりするじゃん」
 いやな予感の根源ともいえるヤツ……咲良は昇降口の外で待っていた。なんだよ、待ち伏せされてたなら、急いだ意味ないし。何ならむしろ、遅くやってきた方がよかったか。
 ああ、嫌な予感がするなら早く帰れ、という認識は改めた方がいいのだろうか。
「なんだ」
「助けてくれ!」
「やだ、帰る」
 話も聞かず早足で校門まで向かうと、咲良はそれでもなおくらいついて来た。
「この薄情者! 俺を見捨てるのか?」
「見捨てるも何も、俺が助ける道理はない。自業自得だ」
「なんだよー! 何も聞く前から決めつけなくてもいいだろー」
 体育館横の、等間隔に木の生えた狭い道を抜け、開けた場所に出てから立ち止まり、咲良を見る。咲良は、半分ご立腹、半分助けを求めるような目でこちらを見ていた。
「じゃあなんだ。違うのか? 俺はてっきり、テストの勉強が追い付いてないから助けてくれと、そう言われると思っているんだが?」
「……違う」
「そうか、じゃあ、言ってみろ」
「……提出物が、終わってない」
 ほぼ同義だ、と思ったが、これ以上言っても仕方ないので代わりにため息をつく。と、咲良は俺の肩をがっしりとつかんで揺さぶってきた。
「頼むよ~、他に頼れるやつがいないんだよ! 早瀬にも断られるし、朝比奈はもう帰ってるし、百瀬は範囲違うし!」
「俺も理系じゃない」
「英語と国語はほぼ一緒だろ!」
 どうやらこいつがご立腹なのは、俺が話をスルーしていたことに対してではなく、提出物の仕上げがうまくいっていないことに対して、という感じらしい。それに巻き込まれたくないのだが。
 というか、どうして毎回こんなことやってんだこいつは。こうなると分かっているのなら、とっとと終わらせればよかろうに。
 今日こそは断ってやる。そう決意を固めたとき、咲良は揺さぶりを止めると、じっとこちらを真剣に見つめて言った。
「今度行く道の駅にさ、シャインマスカットがあるんだよね」
「……ん?」
「ソフトクリームとか、パフェとか、ケーキとか。そういうのもいっぱいある」
 脳裏によぎるのは、爽やかな黄緑色のソフトクリームやシャインマスカットがたっぷりのったパフェ、それに、つやつやと輝くシャインマスカットのタルト。そのまま食うのが好きだが、だからといって、加工品が嫌いなわけではない。
 食えるんなら、おいしくいただく。
 咲良は少しニヤリと笑って言った。
「好きなもんおごるから。助けてくれ、な?」
 ああ、脳内にさわやかな香りとみずみずしい食感、シャインマスカットのつややかな黄緑色が広がっていく。今年はもうシャインマスカット食えないと思っていたから、余計に、そそられる。
「……俺は、何をすればいい」
 絞り出すように言えば、咲良はとてもうれしそうに笑い、肩をバンバンとたたいてきた。
「さすが春都! 頼りになるぜ~」
 ああもう、俺はどうして飯の話になるとこうなんだ。
 ちくしょう。こうなったら、とことん恩を売って、シャインマスカット山盛りパフェをせびってやる。

 あの後、市立図書館に行って、予定外の数学まで世話させられて、帰る頃にはもうくたびれ果てていた。
 今日の晩飯は楽したい。ということで、冷凍餃子を買ってきた。ちゃんぽんのチェーン店の前に設置された自販機で売っていたやつである。
 フライパンに油を引き、餃子を並べ、蓋をして焼く。ここの餃子、うまいんだよなあ。持ち帰りもできるけど家に帰る頃にはしんなりしているから、焼きたてを食べるには店に行くほかなかったのだが……
「お、いい色」
 家で焼きたてを食えるとは。冷凍、万歳だな。
「いただきます」
 この餃子はやはり、付属のたれとラー油で食べたい。
 うま味が濃く、ポン酢よりも酸味が弱く、ツンとこないたれはさっぱり目の餃子にぴったりなのだ。パリッとした表面、噛めばモチモチとしている皮、肉汁も染み出し、疲れた体に染み入るおいしさだ。
 一口で食うのもいいが、半分ほど食べて、断面にたれをつけて食ってみる。
 肉ダネがしっかりたれを含んで、さっきよりもたれのうま味をよく感じる。かといって肉の味がかき消されるわけでもなく、むしろ皮の香ばしさと肉の味もよく味わえるのである。ご飯に合わないわけがない。ラー油のピリリとした控えめな刺激もうまい
 そしてこの餃子には、柚子胡椒がよく合う。
 爽やかな辛さが、食べ応えのある餃子によく合う。そしてこの餃子は、柚子胡椒をつけることによってよりうまみが増すのである。食べている最中からよだれが垂れてしまいそうなほど、うま味が高まるのだ。
 勉強に付き合わされたのは面倒だったが、うまい飯にありつけたので良しとしよう。
 このたれ、ちゃんぽん麺をつけてもうまいんだよな。今度は、ちゃんぽんも一緒に食べたいなあ。

「ごちそうさまでした」
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