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日常
第四百二十七話 親子丼
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思ったより早く勉強が終わってしまった。どうしよう、持て余すな。
「春都、晩ご飯は何がいい?」
片づけを終え、居間に出てきたらばあちゃんがそう聞いてきた。
「冷蔵庫に何あったっけ」
「たいていのものはあると思うけど」
ばあちゃんは冷蔵庫を開ける。そして、一度確認をすると今度は野菜室、冷凍室と順に開けていく。
「うん、よっぽど突拍子もないものじゃなければ作れるよ」
「それじゃあ……何がいいかなあ……」
ばあちゃんの作るものは何でもうまいからなあ。何がいいだろう。和食、洋食、中華……うーん、悩ましい。
しばらく考え込んでいたらばあちゃんは笑った。
「別にこれが最後の晩餐ってわけでもないんだから」
「えー、だってさあ」
椅子の背もたれを前に回し座る。
「せっかく時間もあるし、リクエストできるのに、テキトーに決めたくない」
「ふふ、そう?」
「何がいいかなあ~……」
いつも通りのはずなのに、ずいぶん外が静かな気がする。そんなことをなんとなく思いながら、考えを巡らせていると、ばあちゃんは候補を次々上げていく。
「カレー、すき焼き、スパゲティ、からあげ……丼ものもいいね。牛丼、豚丼、親子丼」
「あっ。親子丼。親子丼がいい」
昼もたらふく卵を食ったが、なんだか無性に親子丼が食べたい気分だ。
「いいよ、じゃあ、もうちょっとしたら作ろうね」
そう言ってばあちゃんはテレビの方へと向かった。ソファにはじいちゃんが座り、ばあちゃんはその隣にそっと物音を立てずに座る。
ばあちゃんの所作はものすごく静かだ。忍者かっていうほど物音を立てないので、夜中は結構ビビる。前に、店の方に止まりに行ったとき、夜中にのどが渇いて台所で水を飲んでいたら背後をとられていて飛び上がるほど驚いた。
いつもは開け閉めの度に賑やかな音を立てるような扉も、ばあちゃんにかかれば静かなものだ。
「わふっ」
いつも通り賑やかなうめずが、足にすり寄ってきた。遊んでほしそうにこちらを見上げ、尻尾を振っている。
ひらひらと足を動かせば、それにまとわりつくように動き回り、両手を差し出せば喜んで前足をのせてくる。そうすれば、おやつをもらえると知っているからだろう。現金な奴め。だがまあ、芸達者なところに免じて、今日はリンゴを切ってやろう。
さっきばあちゃんが切ってくれた時は、ひとしきりはしゃいだ後で眠っていたから、食いっぱぐれてたもんな。
「どんな形にしような」
「わふっ」
「あ? 形はどうでもいいってか」
食えりゃいい、うまけりゃいい、安全ならいい。そんな感じだもんなあ、うめず。いつもと同じおやつだろうと、どんなにお高いおやつだろうと、どれもこれもうまそうに食うのだ。
食べやすい大きさに切って……よし。
「おいで、うめず」
「わう!」
しゃくしゃくとうまそうに食う。人間が食レポするより、よっぽどうまそうに見えてくるようだ。
「うまいか」
うめずは無言で食べる。返事の代わりなのか、尻尾をゆらゆらと左右に揺らしている。
「そうか」
テレビからは相変わらず、芸能人の話声やCMの音声ばかり聞こえてくる。ニュースはやっていないらしい。
一応、台風に関する情報は画面の端に表示されてはいるようだ。
「あ、路線バス運行見合わせなんだ」
電車はもうちょっと早いうちに運行見合わせとなっていたが、バスまで見合わせになるとは。滅多に止まんないんだよなあ、この辺の路線バス。大雨の時も走ってた気がする。ははあ、今度の台風は、覚悟が必要らしい。
対策はしている。窓ガラスには段ボールを張り付け、水も買っておいた。カップ麺もあるし、その他もろもろ、必要だろうということはやっている。
あとはまあ、なんだ。台風の進路を変えられるわけでもないし、弱めることもできないので、無事を祈るほかないのである。
「そろそろご飯を作ろうか」
気持ち程度の気象情報の後、ばあちゃんが立ち上がる。
「あ、じゃあ風呂入れとく」
「ありがとうね」
そういや、風呂に水を溜めとくといいんだったか。皆が風呂入った後、溜めとくかな。
一番風呂はじいちゃんに入ってもらって、自分は最後に入ることにした。お湯を抜いたら簡単に洗って、栓をし、水を溜めておく。溜めるのには時間がかかるので居間で待つ。自動で止まらないから、時折見に行かないとあふれかえってしまうのだ。
「おっとっと、危ない危ない」
満タンすれすれ、今にも溢れそうだ。こうやってためておくだけで、安心である。
あとは寝るとき、風が静かだといいのだが。今はまだ静かなようだけど、どうなるだろう。こないだは結構やばかったよなあ。
「春都、できてるよ」
「お、ありがとう」
卓上には出来立ての親子丼があった。うまそうな香りもする。
「いただきます」
自分で作るのよりもとろとろで、ふわふわだ。
つゆだくで、うま味たっぷりの味付けが口に心地いい。ふわふわとした食感にトロトロの口当たり。ホロホロのご飯とよく合う。確かに甘いが、それだけではない。醤油のコクと、鶏のうま味も相まって、実に深い味わいになっている。
鶏もぷりっぷりだ。程よく火が通っていて、ぱさぱさし過ぎず、もっちもっちと食べ応えのある食感になっている。皮がトロトロなのがいいなあ。
「どう? おいしい?」
「うまい」
「よかった」
そういやじいちゃんに何の相談もしないまま料理決めちゃったな。よかっただろうか。
「うまいな」
「そう、それはよかったです」
ばあちゃんとそんな会話をしている。
親子丼にして正解だったみたいだ。
玉ねぎのシャキシャキしながらもトロっとした食感と甘みを感じ、心がほぐれる。一味をかけるとピリッとして、唐辛子の風味も加わってうまい。味が引き締まるようだ。
出汁をたっぷり含んだご飯をかきこむ。はあ、うまかった。
明日の朝飯も、無事に食べられるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
「春都、晩ご飯は何がいい?」
片づけを終え、居間に出てきたらばあちゃんがそう聞いてきた。
「冷蔵庫に何あったっけ」
「たいていのものはあると思うけど」
ばあちゃんは冷蔵庫を開ける。そして、一度確認をすると今度は野菜室、冷凍室と順に開けていく。
「うん、よっぽど突拍子もないものじゃなければ作れるよ」
「それじゃあ……何がいいかなあ……」
ばあちゃんの作るものは何でもうまいからなあ。何がいいだろう。和食、洋食、中華……うーん、悩ましい。
しばらく考え込んでいたらばあちゃんは笑った。
「別にこれが最後の晩餐ってわけでもないんだから」
「えー、だってさあ」
椅子の背もたれを前に回し座る。
「せっかく時間もあるし、リクエストできるのに、テキトーに決めたくない」
「ふふ、そう?」
「何がいいかなあ~……」
いつも通りのはずなのに、ずいぶん外が静かな気がする。そんなことをなんとなく思いながら、考えを巡らせていると、ばあちゃんは候補を次々上げていく。
「カレー、すき焼き、スパゲティ、からあげ……丼ものもいいね。牛丼、豚丼、親子丼」
「あっ。親子丼。親子丼がいい」
昼もたらふく卵を食ったが、なんだか無性に親子丼が食べたい気分だ。
「いいよ、じゃあ、もうちょっとしたら作ろうね」
そう言ってばあちゃんはテレビの方へと向かった。ソファにはじいちゃんが座り、ばあちゃんはその隣にそっと物音を立てずに座る。
ばあちゃんの所作はものすごく静かだ。忍者かっていうほど物音を立てないので、夜中は結構ビビる。前に、店の方に止まりに行ったとき、夜中にのどが渇いて台所で水を飲んでいたら背後をとられていて飛び上がるほど驚いた。
いつもは開け閉めの度に賑やかな音を立てるような扉も、ばあちゃんにかかれば静かなものだ。
「わふっ」
いつも通り賑やかなうめずが、足にすり寄ってきた。遊んでほしそうにこちらを見上げ、尻尾を振っている。
ひらひらと足を動かせば、それにまとわりつくように動き回り、両手を差し出せば喜んで前足をのせてくる。そうすれば、おやつをもらえると知っているからだろう。現金な奴め。だがまあ、芸達者なところに免じて、今日はリンゴを切ってやろう。
さっきばあちゃんが切ってくれた時は、ひとしきりはしゃいだ後で眠っていたから、食いっぱぐれてたもんな。
「どんな形にしような」
「わふっ」
「あ? 形はどうでもいいってか」
食えりゃいい、うまけりゃいい、安全ならいい。そんな感じだもんなあ、うめず。いつもと同じおやつだろうと、どんなにお高いおやつだろうと、どれもこれもうまそうに食うのだ。
食べやすい大きさに切って……よし。
「おいで、うめず」
「わう!」
しゃくしゃくとうまそうに食う。人間が食レポするより、よっぽどうまそうに見えてくるようだ。
「うまいか」
うめずは無言で食べる。返事の代わりなのか、尻尾をゆらゆらと左右に揺らしている。
「そうか」
テレビからは相変わらず、芸能人の話声やCMの音声ばかり聞こえてくる。ニュースはやっていないらしい。
一応、台風に関する情報は画面の端に表示されてはいるようだ。
「あ、路線バス運行見合わせなんだ」
電車はもうちょっと早いうちに運行見合わせとなっていたが、バスまで見合わせになるとは。滅多に止まんないんだよなあ、この辺の路線バス。大雨の時も走ってた気がする。ははあ、今度の台風は、覚悟が必要らしい。
対策はしている。窓ガラスには段ボールを張り付け、水も買っておいた。カップ麺もあるし、その他もろもろ、必要だろうということはやっている。
あとはまあ、なんだ。台風の進路を変えられるわけでもないし、弱めることもできないので、無事を祈るほかないのである。
「そろそろご飯を作ろうか」
気持ち程度の気象情報の後、ばあちゃんが立ち上がる。
「あ、じゃあ風呂入れとく」
「ありがとうね」
そういや、風呂に水を溜めとくといいんだったか。皆が風呂入った後、溜めとくかな。
一番風呂はじいちゃんに入ってもらって、自分は最後に入ることにした。お湯を抜いたら簡単に洗って、栓をし、水を溜めておく。溜めるのには時間がかかるので居間で待つ。自動で止まらないから、時折見に行かないとあふれかえってしまうのだ。
「おっとっと、危ない危ない」
満タンすれすれ、今にも溢れそうだ。こうやってためておくだけで、安心である。
あとは寝るとき、風が静かだといいのだが。今はまだ静かなようだけど、どうなるだろう。こないだは結構やばかったよなあ。
「春都、できてるよ」
「お、ありがとう」
卓上には出来立ての親子丼があった。うまそうな香りもする。
「いただきます」
自分で作るのよりもとろとろで、ふわふわだ。
つゆだくで、うま味たっぷりの味付けが口に心地いい。ふわふわとした食感にトロトロの口当たり。ホロホロのご飯とよく合う。確かに甘いが、それだけではない。醤油のコクと、鶏のうま味も相まって、実に深い味わいになっている。
鶏もぷりっぷりだ。程よく火が通っていて、ぱさぱさし過ぎず、もっちもっちと食べ応えのある食感になっている。皮がトロトロなのがいいなあ。
「どう? おいしい?」
「うまい」
「よかった」
そういやじいちゃんに何の相談もしないまま料理決めちゃったな。よかっただろうか。
「うまいな」
「そう、それはよかったです」
ばあちゃんとそんな会話をしている。
親子丼にして正解だったみたいだ。
玉ねぎのシャキシャキしながらもトロっとした食感と甘みを感じ、心がほぐれる。一味をかけるとピリッとして、唐辛子の風味も加わってうまい。味が引き締まるようだ。
出汁をたっぷり含んだご飯をかきこむ。はあ、うまかった。
明日の朝飯も、無事に食べられるといいなあ。
「ごちそうさまでした」
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