一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百二十四話 卵焼き弁当

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 ゲーセンでゲットしたふわふわもふもふのぬいぐるみを抱きかかえてベッドに横になる。これ、布の素材といい、弾力といい、サイズ感といい、ちょうどいいんだよなあ。
 ああ、そういや、こないだ作ったふわふわの卵丼、うまかったな。
 あんなにふわふわになったのは初めてだったよなあ。やっぱひと工夫するだけで料理って変わるんだなあ。
「……あれで卵焼きを作ったらどうなるだろう」
 こないだはスクランブルエッグというか、クシャッとしただけだったけど、巻いてもよさそうだ。片栗粉入れてるからちぎれにくいし、水入れてふわふわになるし、あれで卵焼きとか出汁巻きとか作ったら、絶対うまいよな。
 おっしゃ、明日の弁当の卵焼き、気合入れて作ってみっか。

 炊き立てご飯を弁当に詰め、他のおかずを二、三品作ったら、今日の主役である卵焼きを作っていく。
 卵はふんだんに四つ使おう。豪華だなあ。なみなみとボウルの中に揺れる黄身と白身がなんだかそわそわする。そこに水を大さじ二杯、片栗粉を適量入れて混ぜる。片栗粉がしっかり混ざるようにしないとな。
 そんで、今日の味付けはこれ。砂糖と塩。いつも通りか、それより少し多めに砂糖を入れ、塩は少々。砂糖の塊が残らないようにしっかり混ぜたら卵液は完成である。
 フライパンに油を広げ、火にかける。温まったら弱火にして、卵液を流し込む。
 じゅわああ、という音に、立ち上る甘く香ばしい匂い。手前からくるくるっと巻いていき、再び卵液を流し入れる。
 何度か繰り返せば、いつもと少し装いの違う卵焼きが出来上がっていく。全体的に大きいというか、ふんわり、ふるふるしている。なんか売り物っぽいな。
「おおー」
 皿にのせれば、結構様になるではないか。
 均等に切り分けて、弁当に詰める。余った端の方を一つ、味見してみよう。
「うん、うまいうまい」
 いつもより食感がしっかりしているようにも思える。甘みの感じ方は、今のところいつもと変りないが……
 冷めたらどうなるかな。楽しみだ。

「朝課外ないってサイコーだな!」
 登校して早々、咲良が教室に押しかけて来た。
「テストは嫌だけど、朝ちょっと長く寝られるのは、テスト期間中のいいところだよなー」
 にこにこと明るいその笑みは、テスト当日が近づくにつれ曇っていくのだろうか。一種の感慨深さというか、趣を感じながらぼんやりと咲良に視線を向ける。咲良は相変わらず、人畜無害そうな笑みを浮かべていた。
「確かに俺も、いつもより余裕ある」
「余裕あり過ぎて、こないだ遅刻しかけてたろ」
「何で知ってる」
 そうだ。咲良の言うとおり、こないだは校門でチャイムを聞いた。朝のホームルーム五分前で、久しぶりに全力疾走したものだ。同じように走って来てるやつも何人かいたが、そいつらも学校近くに住んでんだろうなあ。
 咲良はにやにやしながら言った。
「暇だなーって、外見てたらさ、見知った顔が必死に走って来てんの。そりゃ目ぇ引くって」
「間に合ったから、問題なしだ」
「そーだな。俺もさー、バス停で朝課外の予鈴聞いた時は焦ったなあ」
「バス停で? 怒られなかったのか?」
 朝課外をやってるときは、予鈴まで生徒指導の先生が校門にいる。その時に校門をくぐろうもんなら、大目玉だ。先生の機嫌次第じゃ、呼び止められてお説教コースである。
 咲良はのんきに笑って言ったものだ。
「それがさあ、俺の前を言ってるやつが説教食らってて~。そっちにご執心で俺には気付かなかった、って感じ」
 ラッキー、とピースサインをする咲良は、小心者なんだか肝が据わってるんだかよく分からん。妙なことで怖気づくくせして、こういうことは何でもないんだなあ。俺だったら心臓バックバクだぞ。
「お前のそういうとこ、ホントすげえと思う」
「えっ、ありがとー」
「褒めてない……こともないのか……?」
 自分でもよく分からんようになったところで、咲良は時計を見て言った。
「昼飯、こっちの教室来るから。今日は俺弁当なんだ」
「ああ分かった」
 予鈴前に咲良は教室に帰って行った。
 朝課外がない分疲れが違うか、とも思うが、朝課外の分、咲良がしゃべり倒すからトントンなんだよなあ。
 ……いや、朝課外以上か。

 駆け足でテスト範囲を終わらせた教科もあって、とても疲れた。昼休みだが、もう帰りたい。帰りたいと思うのはいつものことだが、今日はより一層帰りたい。
「おーっす。来たぜー」
 教室にやってきた咲良は、隣の席のやつが知り合いだったようで、そいつが食堂に行くからと席を借りていた。
「春都のクラスのパイプ椅子さあ、最近なんか沈むんだよね」
「俺に言われても」
 さて、卵焼きはどうなってっかなあ。
「いただきます」
 おっ、なんかしっかりしてる。市販の弁当に入っている卵焼きみたいだ。焼きたてよりプリッとしていて、つやがある。
 食感もいい。食べ応えがあって、付け合わせではなくちゃんとメインとして生きている。甘みは上品に口の中に広がり、ほのかな香ばしさが鼻に抜ける。ジュワッと染み出す卵のうま味は変わらず、うまいなあ。
「なんか今日、春都の弁当、黄色いな?」
「卵焼き弁当だ」
 まあ、ご飯にかけたふりかけも卵だし、他のおかずも確かに黄色っぽい。
 コーンのバター炒め。冷凍のコーンをバターでシンプルに炒め、最後に醤油を垂らしたものだ。つやっとしたコーンはプチプチはじけて甘く、バターの香りと醤油の香ばしさでご飯が進む。今度はできたてを食べたいなあ。
 あっ、これは黄色くないな。焼いたベーコンにキュウリを挟んだやつ。肉のうま味と脂身の香ばしさ、キュウリのみずみずしさが相まってうまい。
「そういやさ、道の駅行くっつったじゃん?」
 豪快にほおばったご飯を飲み込んでから、咲良は言った。
「あれさ、テスト明けの祝日とかどう? 連休だし」
「ああ、いいと思う」
「よっしゃ、じゃ、それを楽しみにがんばろー」
 弁当用に切り分けた白身のフライをかじる。ひたひたにソースをかけてきていたのでサクサク感はないが、ジュワッと染み出すソースの酸味と白身の淡白なうま味がよく合う。
 そんで締めはやっぱ卵焼きだろう。
 うん、うまい。いつもの卵焼きもうまいが、こっちも気に入った。卵焼きのレパートリーが増えた……といっていいかはわからないが、楽しみ方が増えたのは、うれしいことだ。
 また作ろう。

「ごちそうさまでした」
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