一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百二十一話 包み焼きハンバーグ

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 図書館に行くときは、事前に蔵書検索していくこともある。
「ありゃ、ない」
 うちの町の市立図書館には、お目当ての本はないようだ。
「向こうにはあるかなあ~……」
 お、あるある。
 せっかくなんもやることないし、久しぶりに行くかなあ。

 朝は涼しいと思っていたが、やっぱ日が出ると暑いな。
 駐輪場に自転車を停め、すぐ近くの駅まで行くのにすっかり汗をかいてしまった。セミは鳴かずとも、真夏のようだ。しかしところどころに秋の気配を感じる。
 駅前の掲示板には、百貨店でやっているらしい『全国の秋の味覚博覧会』なるもののポスターが張られていた。うまそうな飯が並んでいるが、きっと、お高いのだろうなあ。
「昼飯はどうすっかなあ……」
 座席に座り、スマホで時間を確認する。帰って食べるとして、準備するのもなんとなく面倒だし、なにより、そんな時間まで空腹を我慢できそうもない。やっぱ、向こうで食べるのがいいかなあ。
 和、洋、中、たいていのものがそろっているから、選び放題ではある。ちょっと行けばショッピングモールもあるし、映画館も改装があって飲食店が増えているはずだ。駅にもたくさん店があるし、ファミレスもある。
 電車がゆったりと動き出す。何食おうか、楽しみだ。

 図書館までの通りも、日差しの強さとは裏腹にずいぶん秋めいてきた。
 洋服屋のショーウィンドウに置かれたマネキンは長袖を着ているし、観光案内所らしい場所には紅葉やドングリのオーナメントが飾られている。雑貨屋にはハロウィンの特集が組まれ、薬局に並ぶ商品はハロウィン使用のパッケージになっている。
 ハロウィンて。今、まだ九月だろ。ハロウィンは十月末なんじゃないか。
 ……まあ、別に俺は困らないからいいけど。そんな気合い入れてハロウィンには臨まないし。ハロウィンの時季になって思うのは、かぼちゃ食いてえなあ、ってくらいだ。
 図書館はまだハロウィン仕様じゃないみたいだ。それでも何となく秋をほうふつとさせる色合いの飾りが、児童書コーナーには張り巡らされている。入り口には『○○の秋』というポップとともに、食事や美術、運動、文学と幅広いジャンルの本が並ぶ棚が設けられていた。
 図書館からしてみれば、どれをとっても読書の秋になるのだろうが。
「さて」
 まずは目当ての本を確保しよう。文庫本コーナーにあるはずだ。それと、一冊は閉架書庫にあるらしいから、後で司書の人に聞かないと。
「これ、と……これか」
 後のは向かいの本棚にあるのだが、先客がいるようだ。その人がどこかへ行くのを待つほかない。
「……ん?」
 なんか見たことある気がするぞ、こいつ。
 下を向いているので顔がよく見えない。うーん、つい最近見たような……
「あっ」
 早瀬か? もしかして。でも間違っていたらちょっと気まずいな。
 目当ての本をとるために来ましたよ、という体でその本棚に近づき、「すみません……」と声をかけてみる。
「ああ、すみません」
 その人は本から視線を上げ、横にずれる。が、視線は本に戻さず、こちらを向いたままだ。
「ん? もしかして……」
「あ、やっぱ早瀬だ」
「一条か!」
 やっぱり早瀬だった。私服だと分かりづらいものだな。早瀬は表情を緩めて笑った。
「えー、まさかここで会うとはなあ」
「よく来るんだ。お前は?」
「家近いから、暇つぶしによく来る。へー、そっかあ。いや、漆原先生には時々会うんだけどさあ、まさか一条と会うとは」
「あ、やっぱ会うんだ、漆原先生」
「一条も会ったことあるんだな」
 目当ての本はあったので、それを手に取る。よし、これで開架書庫の分は確保できた。あとは、閉架書庫の分だな。
「ちょっと司書さんとこ行ってくる」
「お、そうなんだ。それ借りたらどっか行くん?」
「んー……昼飯を食いに」
 そう言えば早瀬は、屈託のない笑顔を浮かべて言った。
「じゃあさ、昼飯、一緒に食いに行かねえ? せっかくだしさ」
「ああ、いいな」
 早瀬は先に本を借りて、外で待っていると言った。
 俺も随分腹が減った。早く借りて、飯だ。

 駅の中の店も見て回ったが、結局、少し足を延ばしてファミレスに行くことにした。うちの町にはない系列の店だ。下が駐車場になっていて、店は階段を上った先にある。こんな造りの店も、うちの町にはあまりない。
「空いててよかったな」
 早瀬の言う通り、昼時ながら、まだ混む前だったようで、すんなりと席に案内された。
 注文はタッチパネルでするらしい。しばらく来ないうちに変わったんだなあ。喋らないでいいの、ちょっと楽だ。
 一応メニューは見るが、もう心は決まっている。包み焼きハンバーグ一択だ。セットメニューはパンで。
「ドリンクバーはいらねえの?」
「ああ、あんまり飲まないからな」
 早瀬も同じものを頼んだので、料理は同時に来た。
「いただきます」
 少し重いフォークとスプーンを持つ。鉄板の傍らには蒸かしたジャガイモがあり、ガーリックバターがゆったりと溶けだしている。メインのハンバーグは、銀色の包みに隠れていてまだ見えない。これを自分で破って開くって作業がまた……たまんねえよなあ。
 おお、出てきた。ふわあっとデミグラスソースのいい香りと、熱気、湯気がいっぺんに俺を包み込んでくる。
 上にのったとろとろの牛肉も食べたいところだが、まずはハンバーグから。やわらかいが、しっかりとした感触がナイフ越しに伝わってくる。包み焼だからか、あっつあつで食べるのには苦労するが……うまいなあ。
 ハンバーグそのものはしっかりと焼けていて、それでいてホワッとしている。染み出す肉汁に、ソースに溶け込んだ牛肉のうま味が合わさり、何ともいえない芳香が鼻を抜ける。
 牛肉は思いのほかたっぷりある。歯がいらないほどとろとろで、脂身のうま味もたまらない。
「久々に食ったなあ、こんなにうまかったっけ」
 早瀬もにこにこと食べ進めている。
 ジャガイモはもちろんガーリックバターで食うのもうまい。香ばしく、ジャガイモの甘味が引き立つ。
 しかしこれをソースと合わせると……トロットロで、コクが深くなる。
 パンも浸せば、最高だ。ジュワッと染み出すソースに小麦の香り。パリッとした表面も香ばしく、もちもちの中身は甘い。
 インゲンもソースにしっかり絡めるて食う。うまい。
 そんでまたハンバーグに……牛肉も一緒に食うか。……うわぁ、なんだこれ、すげえうまい。牛肉のほろほろッとしながらも噛み応えのある触感に、ジュワ―ッと滲み出すうま味。それと、ハンバーグのコクのある味。いっぺんに食ったら、口の中が大変なことになってしまった。
 あーうまいなあ。いつまでも食っていたいが、そうもいかないもので。
 はあ、久々に食った。満足だ。

「ごちそうさまでした」
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