一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 井上咲良のつまみ食い③

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 飲み物を買った帰り、廊下で春都と早瀬を見かけた。何やら困った様子の春都に、苦笑を浮かべる早瀬。何だ何だ、面白そうだな。
「なに、どしたのこんな暑いところで」
「咲良。それがだな……」
 なんでも、調理部で先生をしてほしいとの打診があったらしい。ははぁ、そりゃ困るわけだ。春都、何があってもやりたくなさそうだ。実際、春都は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。早瀬からの頼みである以上、無下にもできないが、できればやりたくない、といったところか。
「春都が先生かあ。想像つくような、つかないような……」
「人前で教えるとか、そんなん向いてないって」
 渋る春都に、早瀬も申し訳なさそうな表情を向けていた。どうなるんかなと会話を見守っていたら、春都がこちらに視線をよこす。
「ん?」
「咲良が一緒なら、考えなくもないけど」
 と、春都は言った。
「えっ、俺?」
 戸惑っているのは俺ばかりで、早瀬も「名案だ」といわんばかりの表情で指を鳴らす。
「なるほど。助手付きな!」
 ちくしょう、様になってんなこいつ。
「こいつがいたら、説明はこいつに任せて、俺は技術指導に徹する」
「おー、それいいな。姉ちゃんもどっちかっていうと、レシピとかより技術を教えてほしいみたいだったし」
 はぁー、なるほどなあ、それなら春都もあんまりしゃべらなくていいからいいってわけかあ。って、いやいや。
「え? 俺が教えるの? 春都じゃなくて?」
 どちらともなく聞けば、春都がまっすぐこちらを見て言ったものだ。
「お前、口は達者だろ。俺より適任だ」
「えぇ~? そうかなあ~?」
 あまりはっきりとそういうことを言わない春都に言われると、純粋な誉め言葉じゃないかもしれないけど、まあ、悪い気はしないな。
「そういうのってありなの?」
「姉ちゃんに聞いてみないと分かんねーとこもあるけど……結構自由らしいし、良いと思う!」
「じゃ、助手として同行させていただきますか」
 やるからには、ちゃんと気合入れないとな。
「何を作る予定なんだ?」
「からあげ定食だって! それが昼飯になるらしいから、俺も食いにくるぜ!」
「よかったな、春都」
「何がだよ」
「だって、大好物じゃん。気合入るよね~」
 そう言えば春都から思いっきり背中を叩かれた。あんま痛くはなかった。

 当日は思いのほか順調……いや、てんやわんやだった。
「あーほら、橘。よそ見したら危ないぞ」
「はっ、すみません」
 春都の手さばきに見とれるのもまあ分かるけど。料理してるときは自分の手元に集中してほしいものである。向こうの班は勝手に味付け変えてるし。ああいうやつらに限って、出来上がりが違うって文句言うんだよなあ。それか、俺たちの方がうまい、とか。
 創意工夫は大事だろうけど、時を考えろ、時を。
「なー、春都。そっちなんか手ぇいる?」
 一通り班を見て回って、前にいる春都の元へ戻る。春都は料理に対する疲労とはまた別の意味で疲れているようだった。
「おぉ……この辺、片づけてくれるか。あと揚げるだけだし、俺、見て回ってくる」
「任せとけ。これも、助手の役目だ」
 教えること優先で作業を進めていたので、調理器具が山積みだ。春都は水分補給をすると、ぐっと体を伸ばす。
「はぁ~……やっぱ、慣れないことはするもんじゃないなあ」
「にしては頑張ってんじゃん? あ、俺は春都が作ったからあげ食えんの?」
「ああ、そういうことになるだろうな」
「そっかあ、楽しみだなあ」
 言えば春都は、少しだけ笑って、調理部の面々に教えに行った。
 そして、戻ってくる頃にはすっかりやつれていた。
「ありゃ。大丈夫?」
「……こっちも揚げないとな」
 答えにならない返事をして、春都は疲労感の中でも手際よくからあげを揚げていた。家でもこんな感じなんかなあ。今は両親が戻って来てるみたいだけど、普段は、自分で作ってるんだもんな。
 俺にはできないなあ。
「なあ、春都」
「んー?」
「俺にもやらせてよ、それ」
 言えば春都は驚いたような、半分めんどくさそうな表情をした。めんどくさそうな部分は見なかったことにして笑う。
「俺も、料理できるようになりたい」
「……分かったよ」
 嘆息した春都は、苦笑して菜箸を手渡してきた。
 さあ、がんばるぞー。

 ちょっとやけどはしたけど、無事、出来上がった。さっそく、実食だ。
「いただきます」
 限界を迎えたらしい春都と一緒に、準備室兼教官室みたいなところで食べる。顧問の先生が気を利かせてくれたのだ。ちょうどできあがったタイミングで早瀬も来た。
「ん、うまいなー!」
 サックサクに揚がった衣、ジュワッとあふれる肉汁。味付けはがっつりにんにく醤油で食べ応えがある。
「あ、早瀬早瀬。これ、俺が揚げたんだ」
「へー、そうなん。ちゃんとうまいじゃん」
「なー?」
 黙々と箸を進める春都にも聞いてみる。
「ど、春都。合格?」
「ん? ああ……いいんじゃないか。ちゃんと食べられる」
「なんだその言い方ぁ」
「合格だ、合格」
 そう言って春都は少し笑って、からあげをほおばった。
 顧問の先生も奥の席で、にこにこしながら食べている。うちの学校でも年齢的に結構上の先生だが、よく食べる。
「今度家で作ってみようかなー、作れっかな?」
 ふと呟けば、春都が小さく頷いたのが見えた。
「作れる?」
「何でも、やってみないと上達しない」
 何でもないように呟かれたその言葉だが、なんだかとても大事なことを言っているように思えた。
 自分の経験から来る言葉か、はたまた今日、教える先々で揚げさせられたから出た言葉か。
 どっちかは分かんないけど、まあ、あれだ。揚げたてのからあげ、うまい。

「ごちそうさまでした」
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