一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
441 / 854
日常

第四百二十話 たらこスパゲティ

しおりを挟む
 咲良に連れられ、今日も今日とて図書館へ向かう。
「失礼しまーす」
 いまだ日中は暑い季節だ。冷たく乾燥した図書館の空気は心地いい。
「春都は返却だな」
「おう」
 カウンター当番である咲良は椅子に座り、手際よくバーコードを探し出すと、読み取って返却作業を終える。
「今日はなんか借りんの?」
「んー、ちょっと見てみる」
 なんか小説が読みたい気分なんだよなあ。何にしよう。
 おっ、新刊入ってる。本格ミステリにエンタメ、恋愛もの。なんか今回は恋愛ものが多いな。しかも全体的に色がかわいらしい表紙のものばかりだ。あ、この表紙は見たことある。赤い糸を組み合わせてタイトルの文字を作ってるやつ。なんか目を引いたんだよなあ。内容はちょっとよく分かんなかったけど。
「あ、そうだ」
 そういえばあの赤い紐はどうなっただろう。持ち主の元へ返されただろうか。
 なんとなく気になってカウンターを見れば、咲良があやとりをしているのが見えた。何だ、まだあるのか。
 新刊を棚に戻し、文庫本コーナーへ向かう。日本史の資料集とかで見たことがある文豪の作品はもちろん、読み方の分からん作家の本までいろいろ並んでいる。分からんからと敬遠したり、昔のだから面白くないだろうと思い込んだりすると、損することが多いというのは今まで本を読んできて知ったことである。
 よし、これ借りよう。前から気になってたけど、なかなか借りる機会がなかった本である。アニメ化もされて結構人気だから、予約が埋まっているんだ。あってラッキー。
「あっ、貸出? ちょっと待って、今ね、めっちゃ手に絡まってんの」
 咲良は指に絡みついた紐をほどこうと一生懸命になるが、外そうとすればするほど絡まっていく。
「あれー?」
「いいよ、自分でやる」
「すまんな!」
 まったく、俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。作業を終えたとき、やっと、紐から解放されたようである。へへっと笑うと、咲良はまた遊びだした。
「久しぶりにやったけど、結構覚えてるもんだな」
「頭で考えるっていうより、手が覚えてる感じ」
「そうそう。逆に考え出すと分かんなくなる」
 ひとしきり遊んだ後、咲良は紐を元の場所に置いた。
「そういや、こういう紐使ってさ、工作とかしたよなあ。オレンジの毛糸でナポリタンとか」
「あ、分かる分かる」
 教育番組でやってたんだよなあ、そういう工作。食べ物を食べられない物で作るっていうのにすごくワクワクしたっけ。まあ、今でも食品サンプルとか見るとテンション上がる。
「スパゲティ系は毛糸で何とかなる」
「な、ホントそれ。水色とか緑の毛糸合わせて、おぞましい色のパスタとかも作ったなあ。具材は紫でー」
「なんだそれ。ああ、でもやたらと再現度高いの作ってるやつもいた。何だっけ、なんかすげーの作ってんだよ」
「クラスに一人はいるよな、そういうやつ」
 咲良は紐をつまみながらふと言った。
「どうしても再現できない飯って、あるかな? 食品サンプルとかを除いて」
「そりゃまあ……飯は星の数ほどあるからな」
 言えば咲良は、俄然やる気満々という様子で話し始めた。
「でもさ、手芸用品とか工作の道具もいっぱいあるわけじゃん。だったらできないものはないんじゃねーの?」
 そこまで真剣に工作について考えたことがなかったものだから、とっさに言葉が出てこない。というか、工作で食べ物を模したものを作るのも楽しいが、俺としては、実際に食べられた方がいいと思う。
 しかし咲良はこちらが何も言葉を発さなくとも、勝手に話を進める。
「例えばスパゲティで考えるとさ、ナポリタンはできるだろー? ミートソースとか、代わった色のパスタも結構いけるよな。あとは何があるかなあ」
 スパゲティなあ……ストップモーションとかで、いろんな道具使ってやってるのは見たことあるけど、あれって似せるというよりテンポとか画面映えも気にするから、再現とはいいがたいところがある。
 ナポリタン、こないだ卵と一緒に食ったのうまかったなあ。じいちゃんリクエストのナポリタンと、俺リクエストの目玉焼き。半熟でなあ、絡めて食うと何ともいえない味わいが……
 あ、そうだ。今日の晩飯、スパゲティにすっか。ナポリタンは最近食べたばっかりだし、となると、あれだな。
「たらこ」
「たらこ? たらこはビーズで再現できそうじゃん」
「あ? ビーズ?」
「へっ?」
 微妙に会話がかみ合わず、咲良も俺もキョトンとしてしまったのだった。

 たらこスパゲティの素は、スパゲティ以外にも使えるらしい。試してみようと思いながら、なかなかやんないんだよなあ。まあ、今回もやんないけど。今日はスパゲティだ。
 麺を茹で、ソースをたっぷり絡める。手軽にできるのがいいよな。刻みのりをかけるのも、たらこスパゲティならではって感じだ。
「いただきます」
 たらこスパゲティはどことなく乾燥しているイメージがあるが、実際、出来立ては結構しっとりしてんだよな。クルクルと巻いていくと、つるんとフォークから逃げて行ってしまうので食べるのが難しい。
 程よい塩気とたらこのうま味、そして何より、この口当たり。
 はじけるという感じではないが、控えめなプチプチ加減がいいんだ。ザラっとした感じともいえる。なめらかさがもてはやされがちではあるが、ざらざらした口当たりというのも、それはそれで魅力である。
 たらこだけでも食べてみる。うん、これはこれで。しかしやはり、麺あってこそのおいしさだな。小麦の風味が、たらこの良さを引き立て、たらこがスパゲティのうまさを引き立てる。
 食パンで残ったソースをぬぐうと、明太フランスっぽい味を堪能できる。このソースで作れないだろうか。今度調べてみよう。
 のりも合わせて食べると、磯の香りが豊かで、たらこスパゲティ食ってるって感じがする。
 食品サンプルとか、工作とか、当然そういうのも楽しいけど、やっぱ俺は食える方がいいなあ。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...