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日常
第四百十九話 卵丼
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卵は気づいたらなくなっていることが多いが、だからこそ買い込みすぎてどうしようという現象にも陥りやすい。
今、冷蔵庫には卵が三パックある。二つは自分が買ってきたやつで、もう一つはばあちゃんが持って来てくれたやつだ、実にありがたい。こんなことなら二パック買わなきゃよかった。だって、安かったんだよ。
「ゆで卵にするか」
しかしそれも長持ちはしない。まあ、卵焼き作れば一気に減るが、毎日作るのもなあ……
どうしよっかなあ……あ、いかん。学校行かないと。
図書館のカウンターで暇を持て余す。料理本をあてにしていたのだが、あいにく貸し出し中だった。食欲の秋特集で目立つところに置いてあったからだろうか。
ふと見れば、忘れられた鉛筆たちの中に、新入りが増えている。これは、紐か?
輪になるように結ばれた紐で、あやとりにちょうどよさそうな長さである。真っ赤な色であるのには何か意味があるのだろうか。
あやとりなんて久しくしていない……というわけでもなく、輪の形になっている紐や伸び切ったゴムを見つけると、つい、いじってしまうので久しぶりという感覚はない。でもこうやって、いかにもあやとりって感じの紐を使うことはなかなかないなあ。
両手の親指と小指に引っかけ、中指で向かいの紐をとって……どうすんだっけ。親指の紐を外して小指のとこの紐を下から親指でとって、小指のひもを外して、今度は上から親指のとこの紐を小指でとって、それからこうして、ああして……
「最後にこうして……っと」
できた。橋。
ほどくときは真ん中の両端から引っ張らないと絡まってしまう。
次は片手の綾指と人差し指に引っかけて、二回、紐を下に引っ張って、反対の親指と小指を……そんで、よし、これはほうき。
「何をやっているんだ、一条君」
「あっ、漆原先生。あやとりですよ。できます?」
「あやとりなあ」
漆原先生は詰所から出てきてカウンターに着くと、俺の手元を見て笑った。
「器用だな」
「嫌いじゃないんですよ、あやとり」
今度は親指と人差し指に引っかけて……よし。
「はい、先生。とってください」
これは確かばあちゃんが、川、と言っていた気がする。これは複数人で遊ぶ時に使うんだとか。こっから先は、人によってとり方が変わってくるので面白い。
「あ、分かります?」
「やったなあ、これ。さて、どうやってとるか……」
「おっ、そうやってとるんですね」
「さあどうだー」
これは結構難しい。一回失敗すると途端にやる気がなくなる遊びなんだ。気楽なようでいて、その実、真剣な遊びなのである。
「さー、これはどうだ」
しかし、さっきから先生は妙に複雑な形にしてくるな。
「先生、こういうのどこで覚えてくるんです」
「ははは」
「笑ってごまかさないでくださいよ」
こうなったらこっちも変わったとり方をしてやろうじゃないか。まあ、やったことないけど。たぶんこうやればうまくいく……
「あっ」
しまった。この形になるともう強制終了だ。どうやっても絡まる。
「俺の勝ちだな?」
先生がにやりと笑う。
「これって、勝ち負けあるんです?」
「あるんじゃないか? よく知らんが」
まあいいや。俺の負けで。
紐は元あった場所に戻して、背もたれに寄りかかる。
「先生、卵料理のレパートリーってなんかあります?」
「卵? そうだなあ、卵焼き、目玉焼き、出汁巻き……」
あ、そういや茶碗蒸しも卵使うな。でも帰ってから作るのはちょっとしんどい。ぼんやりしながら聞いていたら、先生が何かを思い出したように言った。
「卵丼はどうだ?」
「卵丼?」
「天津飯の具無し、って感じかな」
天津飯の具無し。なんかさみしい響きだな。
「その時あるもので合いそうな具をを入れてもいい。俺なんか何もなしで作ることも多いな。ふわふわに焼いた卵をご飯にのっけてな、白だしベースの餡をそれをかけるだけだ」
ふうん、なるほどなあ。
それだったら作れそうだな。よし、やってみるか。
えーっと、まずはご飯をよそっておく。餡をかけるから、広めの皿にしよう。
そしたら卵の準備だ。先生は二つで作っているらしいが、このご飯の量なら、四つでいいな。水と片栗粉、塩を入れてよく混ぜる。片栗粉がだまにならないようにしないと。脂をひいて熱したフライパンに流し込み、かたまった端から中央に寄せていけばいいらしい。
おお、ふわふわだ。
これをご飯にのせて、後は餡だな。白だしに水、少しだけごま油を垂らして、最後にとろみをつける。
冷蔵庫にチャーシューがあったのでそれを添えて、餡をかければ完成だ。
「いただきます」
これはスプーンで食べたいな。
おおお、今までにないほどにフワッフワ。さて、味はどうだろう。
ジュワッと広がる白だしのうま味、鼻に抜けるほのかな香ばしさ、とろんとした餡がふわふわとろとろの卵と絡んで、飲むように食べられる。ご飯にも味がよくなじんで……ああ、体も温まる。
チャーシューがいい味だ。脂身の甘さ、肉の食感と味、甘辛い味付けが、さっぱりとした卵によく合う。
それにこの具無し天津飯……もとい、卵丼、結構がっつり腹にたまる。餡のおかげだろうか。
これはアレンジもし放題。工夫のし甲斐がありそうだ。今度は何を具にしようかなあ。ご飯をチャーハンにしてもいいかもしれない。
卵をくれたばあちゃんと、レシピをくれた先生に、感謝しないとなあ。
「ごちそうさまでした」
今、冷蔵庫には卵が三パックある。二つは自分が買ってきたやつで、もう一つはばあちゃんが持って来てくれたやつだ、実にありがたい。こんなことなら二パック買わなきゃよかった。だって、安かったんだよ。
「ゆで卵にするか」
しかしそれも長持ちはしない。まあ、卵焼き作れば一気に減るが、毎日作るのもなあ……
どうしよっかなあ……あ、いかん。学校行かないと。
図書館のカウンターで暇を持て余す。料理本をあてにしていたのだが、あいにく貸し出し中だった。食欲の秋特集で目立つところに置いてあったからだろうか。
ふと見れば、忘れられた鉛筆たちの中に、新入りが増えている。これは、紐か?
輪になるように結ばれた紐で、あやとりにちょうどよさそうな長さである。真っ赤な色であるのには何か意味があるのだろうか。
あやとりなんて久しくしていない……というわけでもなく、輪の形になっている紐や伸び切ったゴムを見つけると、つい、いじってしまうので久しぶりという感覚はない。でもこうやって、いかにもあやとりって感じの紐を使うことはなかなかないなあ。
両手の親指と小指に引っかけ、中指で向かいの紐をとって……どうすんだっけ。親指の紐を外して小指のとこの紐を下から親指でとって、小指のひもを外して、今度は上から親指のとこの紐を小指でとって、それからこうして、ああして……
「最後にこうして……っと」
できた。橋。
ほどくときは真ん中の両端から引っ張らないと絡まってしまう。
次は片手の綾指と人差し指に引っかけて、二回、紐を下に引っ張って、反対の親指と小指を……そんで、よし、これはほうき。
「何をやっているんだ、一条君」
「あっ、漆原先生。あやとりですよ。できます?」
「あやとりなあ」
漆原先生は詰所から出てきてカウンターに着くと、俺の手元を見て笑った。
「器用だな」
「嫌いじゃないんですよ、あやとり」
今度は親指と人差し指に引っかけて……よし。
「はい、先生。とってください」
これは確かばあちゃんが、川、と言っていた気がする。これは複数人で遊ぶ時に使うんだとか。こっから先は、人によってとり方が変わってくるので面白い。
「あ、分かります?」
「やったなあ、これ。さて、どうやってとるか……」
「おっ、そうやってとるんですね」
「さあどうだー」
これは結構難しい。一回失敗すると途端にやる気がなくなる遊びなんだ。気楽なようでいて、その実、真剣な遊びなのである。
「さー、これはどうだ」
しかし、さっきから先生は妙に複雑な形にしてくるな。
「先生、こういうのどこで覚えてくるんです」
「ははは」
「笑ってごまかさないでくださいよ」
こうなったらこっちも変わったとり方をしてやろうじゃないか。まあ、やったことないけど。たぶんこうやればうまくいく……
「あっ」
しまった。この形になるともう強制終了だ。どうやっても絡まる。
「俺の勝ちだな?」
先生がにやりと笑う。
「これって、勝ち負けあるんです?」
「あるんじゃないか? よく知らんが」
まあいいや。俺の負けで。
紐は元あった場所に戻して、背もたれに寄りかかる。
「先生、卵料理のレパートリーってなんかあります?」
「卵? そうだなあ、卵焼き、目玉焼き、出汁巻き……」
あ、そういや茶碗蒸しも卵使うな。でも帰ってから作るのはちょっとしんどい。ぼんやりしながら聞いていたら、先生が何かを思い出したように言った。
「卵丼はどうだ?」
「卵丼?」
「天津飯の具無し、って感じかな」
天津飯の具無し。なんかさみしい響きだな。
「その時あるもので合いそうな具をを入れてもいい。俺なんか何もなしで作ることも多いな。ふわふわに焼いた卵をご飯にのっけてな、白だしベースの餡をそれをかけるだけだ」
ふうん、なるほどなあ。
それだったら作れそうだな。よし、やってみるか。
えーっと、まずはご飯をよそっておく。餡をかけるから、広めの皿にしよう。
そしたら卵の準備だ。先生は二つで作っているらしいが、このご飯の量なら、四つでいいな。水と片栗粉、塩を入れてよく混ぜる。片栗粉がだまにならないようにしないと。脂をひいて熱したフライパンに流し込み、かたまった端から中央に寄せていけばいいらしい。
おお、ふわふわだ。
これをご飯にのせて、後は餡だな。白だしに水、少しだけごま油を垂らして、最後にとろみをつける。
冷蔵庫にチャーシューがあったのでそれを添えて、餡をかければ完成だ。
「いただきます」
これはスプーンで食べたいな。
おおお、今までにないほどにフワッフワ。さて、味はどうだろう。
ジュワッと広がる白だしのうま味、鼻に抜けるほのかな香ばしさ、とろんとした餡がふわふわとろとろの卵と絡んで、飲むように食べられる。ご飯にも味がよくなじんで……ああ、体も温まる。
チャーシューがいい味だ。脂身の甘さ、肉の食感と味、甘辛い味付けが、さっぱりとした卵によく合う。
それにこの具無し天津飯……もとい、卵丼、結構がっつり腹にたまる。餡のおかげだろうか。
これはアレンジもし放題。工夫のし甲斐がありそうだ。今度は何を具にしようかなあ。ご飯をチャーハンにしてもいいかもしれない。
卵をくれたばあちゃんと、レシピをくれた先生に、感謝しないとなあ。
「ごちそうさまでした」
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