一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百十七話 弁当

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 いつも通り、スマホのアラームで目を覚ます。カーテンを開けるが、まだ日差しはない。クーラーもいらないほどの涼しい風に、星が見える空。ちょっと前まで、この時間にはもう青空だったが……日の出る時間が短くなるのは、なんとなくさみしい。
 さて、今日は久しぶりに自分で弁当を作ろう。
 居間に行けば、まだうめずは眠っていた。電気はつけず、洗面所へ向かう。洗面所はうすら寒い。そろそろカーディガンやジャージが必要か。顔を洗いながら、どこにしまい込んだか考える。でもなあ、来週は暑いんだよなあ。
「ふー……っ」
 身支度を済ませて居間に戻り、そろっと台所へ向かう。台所の電気だけつけて、静かに調理開始だ。
 とりあえず卵焼きと……野菜はピーマン。ちくわとあとは何を入れようかな。肉っ気も欲しいところだ。あ、そういやあれがあったな、ハンバーグ。湯煎であっためるやつ。これがシンプルで安く、なかなかうまい。
 まずはご飯を冷まさないといけないので、弁当箱に炊き立てご飯を盛る。
 鍋に湯を張り、ハンバーグをパックごと入れて火にかける。その間に、卵焼きを作ろう。目玉焼きを折り曲げたのでもいいけど、今日はなんとなく、巻きたい気分だ。
 卵を四つ割って、カラザとかをある程度取り、かき混ぜる。砂糖は大さじ二杯弱、塩少々。塩を入れすぎないようにしないとな。久しぶりに作ると、塩加減を間違えやすい。砂糖の塊が残らないようにしっかりかき混ぜる。
 フライパンには油をひいて、強火で熱しておく。しっかり温まったら弱火にし、卵液を少し流し込み、巻く。それを何回か繰り返せば完成する。
 やっぱり、四個だと結構でかくなるなあ。朝飯分までありそうだ。
 焼きあがるころ、ハンバーグもいい感じに温まったので、袋から取り出して半分に割って弁当に入れる。卵焼きも詰めておこう。
 次はピーマンを。細すぎず、太過ぎない幅に切る。ちくわも短冊切りにする。それらを塩こしょうで炒めたら完成だ。
 最後に、ご飯にふりかけをかけたら……
「よし、完成」
「わふっ」
 おや、うめずも目が覚めたようである。
「おはよう、うめず」
「わう~」
「今朝は冷えるなあ」
 朝飯は卵焼きと、ピーマンとちくわの炒め物の残りでいいか。それと味噌玉溶かして……それなら、電気ケトルでお湯を沸かさないと。
 一人分のみそ汁って作りづらいんだよな~。まあ、夜の分までと思えばいいんだろうけど、それでも食いきれない。そもそも、一人分の飯って、なんでも作りづらい。
「わふっ、わーう」
「そういやうめず、今度な、咲良が一緒に遊びに行こうって言ってたぞ」
 お湯が沸けるのを待つ間、ソファに座ってうめずに言う。うめずは、ソファの下で行儀よくお座りをしてこちらを見ていた。
「広いところで走り回れるぞ」
「わう!」
「楽しみだなあ」
 カチッ、と音がした。湯が沸けたようだ。
 味噌玉を入れたお椀にお湯を注いで、しっかり溶く。ふわあっとわかめが広がるのが面白い。
「いただきます」
 卵焼き、うまく焼けたようだ。ふわふわで、しっかり火が通っている。甘いのがやっぱり好きだなあ。ジュワッと甘みが染み出し、卵の味わいもある。うんうん、やっぱり卵焼きはうまい。
 ピーマンとちくわの炒め物は、塩気が濃く感じる。ピーマンは苦みというよりよりほのかな甘みがあり、みずみずしい。ちくわは、プリッと甘い。それらをまとめるには、塩気は濃いくらいがいいのだ。ご飯が進むというものである。
 みそ汁もほっとする出汁の味。つるんと、とろりとしたわかめがいい風味を出している。
「ごちそうさまでした」
 茶碗を片付け終わったら、洗濯を干す。
「お、日が出てる」
 日が出ると少しだけ暖かい。
「洗濯物が、よく乾きそうだ」
 風で飛ばないように気を付けないと。はためく洗濯物の影がなんだか爽やかだ。ふわりと香る洗剤の香りが全身を包み込む。
「……今日が休みならなあ」
 ま、そう言っても今日は普通に授業がある。そろそろ準備しなければ。

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室は少しずつざわめきだす。
「もうすぐ中間テストがあるからな。この範囲、しっかり復習するように」
 いいな? と数学の先生が念を押すように言う。しっかり返事する者もいれば、気だるげに、その実手際よく片付けをしながら返事をする者、何も言わない者と様々だ。この点俺は、席替えで後ろの方の席になったので、声を発さずとも口を動かしておけば返事しているように見えるのでとても楽だ。まあ、小さく声を出してはいるけれど。
 まあいい。とにかく飯だ。間食もしたが、腹が減ってしょうがなかったんだよなあ。
 一番後ろの窓際から三番目の席。この席がなかなか都合がよかった。ちょっと席を離れても座られないし、当てられづらいし、目立たないし、習熟度別のクラスなんかでは使われない席だし。
 外に出るのだけは少し不便だが、まあ、なんてことはない。スムーズに飯が食える席は、いい席だ。
「いただきます」
 包みを開け、ふたを開ける。保冷剤でひんやりとした弁当は、朝食ったおかずと内容は変わらないが、また違った趣である。
 やはり最初は卵焼きから食べようか。ふわふわの食感はなくなり、プリッとした食感、という表現が似合いそうな歯ざわりだ。噛めば甘い味が染み出してくるのは同じであるが、少し濃くなったようにも思う。ものすごく硬めで、卵感強めの焼きプリン、って感じだろうか。でも、牛乳っぽい風味はないのでプリンとはいえないかもしれないな。
 やはり、卵焼きは卵焼きとしてのおいしさがあるというものである。
 ご飯を切るようにして食べ、卵風味のふりかけの甘味を堪能したら、次はピーマンとちくわの炒め物。塩気の濃さは、疲れた体にこそちょうどいい。冷えて際立つピーマンの苦み、甘味、しんなりした中にあるシャキシャキ。ちくわも噛み応えがあって、魚のうま味が味わえておいしい。
 ハンバーグはデミグラスでもなければ和風でもない。照り焼きだ。ふわふわとか、ゴロゴロとか、そういう食感ではなく、練り物に近い。これがうまいんだなあ。かまぼこやちくわよりは柔らかく、肉のうま味があり、それでいて食べ応えのある食感。照り焼きの甘辛い感じがまたいい。これに半熟の目玉焼きつけるのもうまいんだよな~。
 卵焼きをこのソースにつけるのもいい。違った甘味がいっぺんに来ておやつ感が増す。しかし、おかずにもなる。不思議な感じだ。ピーマンやちくわも合うんだなあ。
 おかず同士の味が移らないようにするのもいいが、こうやっていろんな味が合わさってこそ、弁当って感じもする。
 どちらにもいいところがあって、どちらかが悪いということはない。楽しみたい方で楽しめばいいのだ。
 飯はこだわりも大事だが、こだわり過ぎると窮屈で楽しくなくなってしまう。
 やはりうまい飯というのは、楽しく食ってこそ、よりうまく感じるというものだよな。

「ごちそうさまでした」
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