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日常
第四百十五話 朝ごはん
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どうしてうめずは、店に来ると朝の目覚めが異様によく、そして、起床時間が早いのか。
「わふっ、わう!」
「マジかようめず……まだ六時だぜ……」
そして散歩の催促をしてくる。ここまでがお泊まり翌日のお約束である。散歩に連れて行ってくれる人がどんなに疲れていようが、熟睡していようが、叩き起こしにかかる。いや、これは叩くというより、のしかかるといえる。
「わーうっ」
「えー? 俺、寝たいんだけど~」
「わう、わうぅ~」
昨日は運動会で疲れてるし、今日は寝るぞーと思っていたのだが、うめずも食い下がる。タオルケットをかぶりなおして寝なおそうとするが、うめずはさらにその上からのしかかってくる。
「あーっ、苦しい!」
あまりの息苦しさと熱気に飛び起きれば、うめずは尻尾を振り回しながら俺の左右を跳ねるように行ったり来たりしている。
「わーうっ、わうっ!」
「分かった、行こう」
「わふっ」
布団を片付けてさっさと身支度を済ませる。
「おはよー」
「おはよう」
じいちゃんとばあちゃんは起きていて、居間でテレビを見ていた。俺に続いてやってきたうめずを見つけると、ばあちゃんは笑った。
「散歩?」
「うん。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
うめずは急かすように、表と台所をつなぐ扉の前で振り返った。はいはい、焦らなくても、ちゃんと来るから。
「おっ、涼しいな」
まだ日が昇ったばかりの薄青い空気はひんやりとしている。暑さはずっと続くようにも思えたが、ちゃんと秋は来るんだなあ。しかし、まだまだ残暑も厳しいみたいだし、油断はできないな。
「よし、行こうか」
「わふっ」
元気が有り余っているようだし、ちょっと遠くまで行かないと夕方もまた散歩をねだられるかもしれない。
「いてて……」
全身が筋肉痛のようである。一歩進むたびに、どこかしらに刺激が走る。
痛む足を引きずりながら、レンタルショップがある十字路まで何とかたどり着いた。この先にちょっとした路地があって、そこから折り返すとまあ、ちょうどいい距離である。一時間近くの散歩コースだ。普段はなんてことないが、今日はなんだか遠く感じる。
歩いて行くうちに車の通りが少し増えていき、空気が明るくなり、色がはっきりとし始める。どこかのお寺で鐘が鳴った。
「はー、あいたた。おし、折り返すぞー」
「わうっ」
裏道に入ると途端に静寂が戻ってくる。この辺は古い家が多い印象だ。どこかしらに人の気配があり、息遣いが聞こえるようである。古びた雑居ビルは固くシャッターが閉ざされ、暗い二階へと続く細い階段がなんだかさみしげだ。
その向かいには学生服の店がある。中学の時はここで採寸したな。高校の時は学校で採寸して、ここに取りに来たっけ。新品の制服ってテンション上がるんだよなぁ。学校そのものが好きかどうかは置いておくとしてな。
児童公園の裏に出れば、店はもうすぐそこだ。この辺りも古い家が多い反面、新しい建売の家やアパートなんかができてもいる。コミュニティセンターも改築されているし、なにより、児童公園がずいぶん開けたんだよな。前は飲み屋街のど真ん中にあって、隠れるところも暗闇もたくさんあったものだ。児童公園だが、子どもが寄り付いてはいけない、そんな公園だった。
ずいぶん明るくなったもんだよなあ。冬になれば立派なイルミネーションがあちこちに設置されるし、休日は子どもであふれかえる。今の時間はさすがに、数人の大人が体操やウォーキングをするばかりだ。
アーケードを抜け、車も人通りも多くなり始めた道を行き、十字路を右に行けば店にたどり着く。
うめずの足を洗ってやり、一緒に家に上がる。
「ただいまー」
「おかえり」
扉をくぐると、ふわりと温かな湯気とともに味噌の香ばしい香りが漂ってきた。朝飯の匂いだ。
朝は朝ごはんの香りで起きたい、という願いはよく聞くが、それってものすごい贅沢だよなあと思う。だって、自分が寝ている間に誰かがご飯を作ってくれていて、自分は食べるだけって状態だろう。ささやかどころか、なかなか味わえないぜいたくだ。
「あー、俺めっちゃいま幸せ」
「急にどうしたの?」
「何でもない」
ちゃぶ台にはもう漬物が準備されていた。ばあちゃん手製のぬか漬けだ。キュウリに大根、ニンジン、なす。これがうまいんだなあ。
「春都~、みそ汁持って行って~」
「はーい」
みそ汁は豆腐と揚げ、おかずには鮭の塩焼きもある。炊き立てのご飯もあるし……いいなあ、やっぱ好きだなあ、この光景。
「いただきます」
まずは鮭の塩焼きから。ほくっとした身からほわわぁと湯気が立ち上る。程よい塩加減、にじみ出るうま味と甘み。これはやはり、白米が合う。ジュワジュワとしていながらほろほろとほどけるような口当たりが、たまらないなあ。表面はパリっとしているのがいい。
皮もうまい。マヨネーズをつけてパリッと食べる。噛み応えと、染み出す香りは嫌いな人もいるだろうけど、俺は大好きだなあ。
ぬか漬けはみずみずしく、特徴的な香りが箸を進ませる。でもその香りは強すぎず、わずかにピリリとした刺激を出す唐辛子がいい感じだ。キュウリの水分を最大限に生かし、大根はサクサクと歯切れよく、やわらかくもある。ニンジンの青さと甘みもいい。ナスは食感が面白い。
みそ汁、ほっとするなあ。揚げに含まれた出汁のうま味があふれ出し、豆腐もつるんとした食感がたまらない。よく考えたらこれ、大豆製品ばっかりだ。大豆様様だよなあ。
「お昼は何にしようね」
「んー」
朝飯を食べながら昼ご飯の話ができる。これも幸せなことだ。
「なんか卵食べたい」
「いいよ。じゃあ、卵で何か作ろうね」
「俺はナポリタンだな」
じいちゃんも味噌汁をすすって、少し笑って言った。あっ、じゃあ、ナポリタンの上に目玉焼きのせるとかいいんじゃないか?
早々に朝食を食べ終えたうめずは、ゆったりとくつろいでいる。
こういう穏やかな休みの日、なんかいいなあ。早起きしてよかった。いろんな巡り合わせに、感謝だな。
「ごちそうさまでした」
「わふっ、わう!」
「マジかようめず……まだ六時だぜ……」
そして散歩の催促をしてくる。ここまでがお泊まり翌日のお約束である。散歩に連れて行ってくれる人がどんなに疲れていようが、熟睡していようが、叩き起こしにかかる。いや、これは叩くというより、のしかかるといえる。
「わーうっ」
「えー? 俺、寝たいんだけど~」
「わう、わうぅ~」
昨日は運動会で疲れてるし、今日は寝るぞーと思っていたのだが、うめずも食い下がる。タオルケットをかぶりなおして寝なおそうとするが、うめずはさらにその上からのしかかってくる。
「あーっ、苦しい!」
あまりの息苦しさと熱気に飛び起きれば、うめずは尻尾を振り回しながら俺の左右を跳ねるように行ったり来たりしている。
「わーうっ、わうっ!」
「分かった、行こう」
「わふっ」
布団を片付けてさっさと身支度を済ませる。
「おはよー」
「おはよう」
じいちゃんとばあちゃんは起きていて、居間でテレビを見ていた。俺に続いてやってきたうめずを見つけると、ばあちゃんは笑った。
「散歩?」
「うん。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
うめずは急かすように、表と台所をつなぐ扉の前で振り返った。はいはい、焦らなくても、ちゃんと来るから。
「おっ、涼しいな」
まだ日が昇ったばかりの薄青い空気はひんやりとしている。暑さはずっと続くようにも思えたが、ちゃんと秋は来るんだなあ。しかし、まだまだ残暑も厳しいみたいだし、油断はできないな。
「よし、行こうか」
「わふっ」
元気が有り余っているようだし、ちょっと遠くまで行かないと夕方もまた散歩をねだられるかもしれない。
「いてて……」
全身が筋肉痛のようである。一歩進むたびに、どこかしらに刺激が走る。
痛む足を引きずりながら、レンタルショップがある十字路まで何とかたどり着いた。この先にちょっとした路地があって、そこから折り返すとまあ、ちょうどいい距離である。一時間近くの散歩コースだ。普段はなんてことないが、今日はなんだか遠く感じる。
歩いて行くうちに車の通りが少し増えていき、空気が明るくなり、色がはっきりとし始める。どこかのお寺で鐘が鳴った。
「はー、あいたた。おし、折り返すぞー」
「わうっ」
裏道に入ると途端に静寂が戻ってくる。この辺は古い家が多い印象だ。どこかしらに人の気配があり、息遣いが聞こえるようである。古びた雑居ビルは固くシャッターが閉ざされ、暗い二階へと続く細い階段がなんだかさみしげだ。
その向かいには学生服の店がある。中学の時はここで採寸したな。高校の時は学校で採寸して、ここに取りに来たっけ。新品の制服ってテンション上がるんだよなぁ。学校そのものが好きかどうかは置いておくとしてな。
児童公園の裏に出れば、店はもうすぐそこだ。この辺りも古い家が多い反面、新しい建売の家やアパートなんかができてもいる。コミュニティセンターも改築されているし、なにより、児童公園がずいぶん開けたんだよな。前は飲み屋街のど真ん中にあって、隠れるところも暗闇もたくさんあったものだ。児童公園だが、子どもが寄り付いてはいけない、そんな公園だった。
ずいぶん明るくなったもんだよなあ。冬になれば立派なイルミネーションがあちこちに設置されるし、休日は子どもであふれかえる。今の時間はさすがに、数人の大人が体操やウォーキングをするばかりだ。
アーケードを抜け、車も人通りも多くなり始めた道を行き、十字路を右に行けば店にたどり着く。
うめずの足を洗ってやり、一緒に家に上がる。
「ただいまー」
「おかえり」
扉をくぐると、ふわりと温かな湯気とともに味噌の香ばしい香りが漂ってきた。朝飯の匂いだ。
朝は朝ごはんの香りで起きたい、という願いはよく聞くが、それってものすごい贅沢だよなあと思う。だって、自分が寝ている間に誰かがご飯を作ってくれていて、自分は食べるだけって状態だろう。ささやかどころか、なかなか味わえないぜいたくだ。
「あー、俺めっちゃいま幸せ」
「急にどうしたの?」
「何でもない」
ちゃぶ台にはもう漬物が準備されていた。ばあちゃん手製のぬか漬けだ。キュウリに大根、ニンジン、なす。これがうまいんだなあ。
「春都~、みそ汁持って行って~」
「はーい」
みそ汁は豆腐と揚げ、おかずには鮭の塩焼きもある。炊き立てのご飯もあるし……いいなあ、やっぱ好きだなあ、この光景。
「いただきます」
まずは鮭の塩焼きから。ほくっとした身からほわわぁと湯気が立ち上る。程よい塩加減、にじみ出るうま味と甘み。これはやはり、白米が合う。ジュワジュワとしていながらほろほろとほどけるような口当たりが、たまらないなあ。表面はパリっとしているのがいい。
皮もうまい。マヨネーズをつけてパリッと食べる。噛み応えと、染み出す香りは嫌いな人もいるだろうけど、俺は大好きだなあ。
ぬか漬けはみずみずしく、特徴的な香りが箸を進ませる。でもその香りは強すぎず、わずかにピリリとした刺激を出す唐辛子がいい感じだ。キュウリの水分を最大限に生かし、大根はサクサクと歯切れよく、やわらかくもある。ニンジンの青さと甘みもいい。ナスは食感が面白い。
みそ汁、ほっとするなあ。揚げに含まれた出汁のうま味があふれ出し、豆腐もつるんとした食感がたまらない。よく考えたらこれ、大豆製品ばっかりだ。大豆様様だよなあ。
「お昼は何にしようね」
「んー」
朝飯を食べながら昼ご飯の話ができる。これも幸せなことだ。
「なんか卵食べたい」
「いいよ。じゃあ、卵で何か作ろうね」
「俺はナポリタンだな」
じいちゃんも味噌汁をすすって、少し笑って言った。あっ、じゃあ、ナポリタンの上に目玉焼きのせるとかいいんじゃないか?
早々に朝食を食べ終えたうめずは、ゆったりとくつろいでいる。
こういう穏やかな休みの日、なんかいいなあ。早起きしてよかった。いろんな巡り合わせに、感謝だな。
「ごちそうさまでした」
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