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日常
第四百十二話 冷凍ナポリタン
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体育祭の予行練習である。天気が心配されたが、実にすがすがしい晴天だ。
「ふぁ……」
視聴覚室の機材室。そこが実質、放送部の部室だ。椅子が並び、スピーカーやマイクが置かれ、原稿が散らばっている。空気の入れ替えのために開けられた窓からは、涼しい風が吹き込んでいた。古い扇風機は首を振るたび、ギギギギ、と苦しそうな音を鳴らす。
硬い座り心地の椅子に座り、時計を見れば午前六時前。練習は八時から始まるが、各チームのリハーサルが七時からあるので、その前に準備を済ませなければいけないのである。
「井上は?」
朝比奈が隣に座って尋ねる。
「多分そろそろ来る。あいつ、集合時間の一、二分前に来るから」
「まじか。俺、五分前行動が染みついてんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
早瀬は視聴覚室で練習をしている。視聴覚室にはほかの部員もいて結構にぎやかだ。今回の体育祭では機材運びがメインである俺はひっそりと引きこもっておく。
分針がかちりと音を立てた時、勢い良く、廊下と機材室をつなぐ扉が開いた。
「おっはよーございまーす! ……って、二人しかいねーじゃん。おはよー」
「おう、おはよう。集合時間一分前だぞ」
「ちょうどじゃん、上出来」
「お、揃ったなー。そろそろこっち来てくれ。先生来ると思う」
早瀬が呼びに来たので、気は進まないが視聴覚室へ向かう。
放送部って女子率高いよなあ。まあ、俺は女子だろうが男子だろうが、複数人の中に入っていくのは苦手だ。友人が数人いるだけでも救いだな。
「はい、おはよー。みんな揃ってるね」
入ってきて早々、先生は流れるように人数を確認する。そして全員がそろっていることを確認すると指示を出した。
「それじゃあ、一条、井上、朝比奈は機材よろしく」
「はい、分かりました」
「大会原稿仕上がってなかったの、どうなった?」
矢継ぎ早に飛んでくる指示に、部員たちは着実に反応していく。
「できてます」
「あとで見せにおいで。予行演習で放送する人は一回、ここでリハするよ」
「分かりました」
「それと応援合戦担当。変更あるから、メインとサブ、リハの時に修正するよ」
「はい」
行事の放送は、メインで放送する人とその補助をする人とがいる。それをメイン、サブとそれぞれ呼んでいるらしいというのは、昨日の練習を見ていて気付いたことである。
「原稿の確認が終わった人から順に、準備に当たって。じゃ、解散。六時半までには設営完了させるよ」
「はい、失礼します」
解散するときの号令は運動部とかと変わんないんだなあ、と思いながら設営に向かった。
放送に関しては完全素人ではあるが、矢口先生はだからといって容赦してくれる人ではない。おかげで、入部初日にして「一年の頃からいるみたいになじんでるね!」と先輩方に言われるほどにはなった。
校庭に人はおらず、本部テント周辺も静かなものである。ひんやりとした空間で作業をするのはとても気分がいい。
「ビニールひもちょうだい」
「おう」
咲良に言われ、青色のビニールひもを衣装ケースから取り出す。こまごまとした機材や道具は、衣装ケースにしまわれているのだ。
コードをテントの足に添わせるようにしてくくっていく。コードは踏むな、というのが絶対の掟だ。それでも地面に這うコードは出てくるので、通りすがる人たちに「踏まないでください」というのが結構骨が折れる。わざと踏んでいこうとするやつには、矢口先生の怒声が飛んでいた。
咲良は器用にコードを縛り付けていく。朝比奈は延長コードを引っ張って、スピーカーの準備を進めている。
さて、こっちもやるか。
まずは無線マイクの準備。持ち運びができるように作られたものではあるが、結構重い。これは朝礼台で使うものだ。
「お疲れー」
「おう、早瀬」
「準備ありがとうな。マイクテストはこっちでやるよ」
早瀬たちがマイクテストをしている間、有線マイクの準備をする。こっちは放送席で使用するもので、最近買い替えたらしい。新しく、高価そうな機材を触るのは少し緊張する。コードの準備が終わったらしい咲良がやってきた。
「結構重労働だよなー、放送部」
「そうだな」
「おーい、そっち電池ある~?」
早瀬に声をかけられ、立ち上がる。無線マイクは、電池が必要なのである。話している途中に切れようものなら、放送事故というものだ。あとでこっぴどく叱られると聞いた。
「あるぞー」
「りょーかいー」
怒られこそすれ、なかなか、滅多に感謝はされない。
ブラックな部活もあったもんだなあ。
競技に出場するよりもくたびれた気がする。
設営、片付けはもちろん、音響の確認、トラブル、文句。放送だけしてりゃいいわけでもないし、設営だけすりゃいいってもんでもない。それに、周りからすれば所属期間など見分けがつくものでもないので、どんなに経験が浅かろうが「放送部」としてくくられる。
こりゃ大変なことになったもんだ。しかし意外と、嫌ではない。思いのほか楽しめている。
まあだからといって疲労がないかといえばそうでもない。ものすごく疲れた。今日は料理する元気もないので、冷凍のスパゲッティをチンしよう。ナポリタンがいいな。パンもあるし、挟んだらうまそうだ。
「いただきます」
ソースたっぷりのナポリタンは、うちで作るのとはやはり違う。具材はピーマン、ウインナー、玉ねぎか。
コクのあるソースはバターの風味がする。うちで作るとどことなくぱさっとした感じがするが、これはしっとりしている。あのぱさぱさ感も大好きだけどな、これはこれでいいものだ。しっかりソースを絡めて食べる。麺は柔らかめで、ふやふやとした食感だ。
ピーマンは細めだなあ。苦みは抑えられ、玉ねぎの甘味が際立つ。トマトの味がしっかりしたナポリタンである。
それを食パンにはさんで食べてみる。ああ、やっぱり。ソースが多い分、パンによく合う。ソースがパンになじんで、もっちり感が増すんだ。
パンの耳も噛み応えがあってうまい。うま味が染み出してくる気分がするのは気のせいか。
ソースがたっぷり余るので、これをパンで拭って食べるもよしである。
粉チーズとタバスコをかけて味変すれば、また違ったおいしさを楽しめる。まったりとした味わいにタバスコのピリッと爽やかな刺激。トマト味によく合う。
満足のいく体の動かし方をした後の飯は、なんとなく腹にたまる心地も違う。気分がよく、満足感もひとしおだ。
明日の本番も、頑張るとしますかね。
「ごちそうさまでした」
「ふぁ……」
視聴覚室の機材室。そこが実質、放送部の部室だ。椅子が並び、スピーカーやマイクが置かれ、原稿が散らばっている。空気の入れ替えのために開けられた窓からは、涼しい風が吹き込んでいた。古い扇風機は首を振るたび、ギギギギ、と苦しそうな音を鳴らす。
硬い座り心地の椅子に座り、時計を見れば午前六時前。練習は八時から始まるが、各チームのリハーサルが七時からあるので、その前に準備を済ませなければいけないのである。
「井上は?」
朝比奈が隣に座って尋ねる。
「多分そろそろ来る。あいつ、集合時間の一、二分前に来るから」
「まじか。俺、五分前行動が染みついてんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
早瀬は視聴覚室で練習をしている。視聴覚室にはほかの部員もいて結構にぎやかだ。今回の体育祭では機材運びがメインである俺はひっそりと引きこもっておく。
分針がかちりと音を立てた時、勢い良く、廊下と機材室をつなぐ扉が開いた。
「おっはよーございまーす! ……って、二人しかいねーじゃん。おはよー」
「おう、おはよう。集合時間一分前だぞ」
「ちょうどじゃん、上出来」
「お、揃ったなー。そろそろこっち来てくれ。先生来ると思う」
早瀬が呼びに来たので、気は進まないが視聴覚室へ向かう。
放送部って女子率高いよなあ。まあ、俺は女子だろうが男子だろうが、複数人の中に入っていくのは苦手だ。友人が数人いるだけでも救いだな。
「はい、おはよー。みんな揃ってるね」
入ってきて早々、先生は流れるように人数を確認する。そして全員がそろっていることを確認すると指示を出した。
「それじゃあ、一条、井上、朝比奈は機材よろしく」
「はい、分かりました」
「大会原稿仕上がってなかったの、どうなった?」
矢継ぎ早に飛んでくる指示に、部員たちは着実に反応していく。
「できてます」
「あとで見せにおいで。予行演習で放送する人は一回、ここでリハするよ」
「分かりました」
「それと応援合戦担当。変更あるから、メインとサブ、リハの時に修正するよ」
「はい」
行事の放送は、メインで放送する人とその補助をする人とがいる。それをメイン、サブとそれぞれ呼んでいるらしいというのは、昨日の練習を見ていて気付いたことである。
「原稿の確認が終わった人から順に、準備に当たって。じゃ、解散。六時半までには設営完了させるよ」
「はい、失礼します」
解散するときの号令は運動部とかと変わんないんだなあ、と思いながら設営に向かった。
放送に関しては完全素人ではあるが、矢口先生はだからといって容赦してくれる人ではない。おかげで、入部初日にして「一年の頃からいるみたいになじんでるね!」と先輩方に言われるほどにはなった。
校庭に人はおらず、本部テント周辺も静かなものである。ひんやりとした空間で作業をするのはとても気分がいい。
「ビニールひもちょうだい」
「おう」
咲良に言われ、青色のビニールひもを衣装ケースから取り出す。こまごまとした機材や道具は、衣装ケースにしまわれているのだ。
コードをテントの足に添わせるようにしてくくっていく。コードは踏むな、というのが絶対の掟だ。それでも地面に這うコードは出てくるので、通りすがる人たちに「踏まないでください」というのが結構骨が折れる。わざと踏んでいこうとするやつには、矢口先生の怒声が飛んでいた。
咲良は器用にコードを縛り付けていく。朝比奈は延長コードを引っ張って、スピーカーの準備を進めている。
さて、こっちもやるか。
まずは無線マイクの準備。持ち運びができるように作られたものではあるが、結構重い。これは朝礼台で使うものだ。
「お疲れー」
「おう、早瀬」
「準備ありがとうな。マイクテストはこっちでやるよ」
早瀬たちがマイクテストをしている間、有線マイクの準備をする。こっちは放送席で使用するもので、最近買い替えたらしい。新しく、高価そうな機材を触るのは少し緊張する。コードの準備が終わったらしい咲良がやってきた。
「結構重労働だよなー、放送部」
「そうだな」
「おーい、そっち電池ある~?」
早瀬に声をかけられ、立ち上がる。無線マイクは、電池が必要なのである。話している途中に切れようものなら、放送事故というものだ。あとでこっぴどく叱られると聞いた。
「あるぞー」
「りょーかいー」
怒られこそすれ、なかなか、滅多に感謝はされない。
ブラックな部活もあったもんだなあ。
競技に出場するよりもくたびれた気がする。
設営、片付けはもちろん、音響の確認、トラブル、文句。放送だけしてりゃいいわけでもないし、設営だけすりゃいいってもんでもない。それに、周りからすれば所属期間など見分けがつくものでもないので、どんなに経験が浅かろうが「放送部」としてくくられる。
こりゃ大変なことになったもんだ。しかし意外と、嫌ではない。思いのほか楽しめている。
まあだからといって疲労がないかといえばそうでもない。ものすごく疲れた。今日は料理する元気もないので、冷凍のスパゲッティをチンしよう。ナポリタンがいいな。パンもあるし、挟んだらうまそうだ。
「いただきます」
ソースたっぷりのナポリタンは、うちで作るのとはやはり違う。具材はピーマン、ウインナー、玉ねぎか。
コクのあるソースはバターの風味がする。うちで作るとどことなくぱさっとした感じがするが、これはしっとりしている。あのぱさぱさ感も大好きだけどな、これはこれでいいものだ。しっかりソースを絡めて食べる。麺は柔らかめで、ふやふやとした食感だ。
ピーマンは細めだなあ。苦みは抑えられ、玉ねぎの甘味が際立つ。トマトの味がしっかりしたナポリタンである。
それを食パンにはさんで食べてみる。ああ、やっぱり。ソースが多い分、パンによく合う。ソースがパンになじんで、もっちり感が増すんだ。
パンの耳も噛み応えがあってうまい。うま味が染み出してくる気分がするのは気のせいか。
ソースがたっぷり余るので、これをパンで拭って食べるもよしである。
粉チーズとタバスコをかけて味変すれば、また違ったおいしさを楽しめる。まったりとした味わいにタバスコのピリッと爽やかな刺激。トマト味によく合う。
満足のいく体の動かし方をした後の飯は、なんとなく腹にたまる心地も違う。気分がよく、満足感もひとしおだ。
明日の本番も、頑張るとしますかね。
「ごちそうさまでした」
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