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日常
第四百十一話 コロッケ
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競技の練習に参加しなくていい体育祭練習、めっちゃ楽しいな。
「本当によかった、三人が来てくれて」
咲良や朝比奈と一緒に機材の運び出しをしていたら、顧問の矢口先生が言った。国語の先生で、結構長いことこの学校にいるらしい。確か、百瀬のクラスの担任だったか。
「ありがとうね」
「いえ」
こちらこそありがとうございます、競技に出なくて心底嬉しいです。
先生はとても上機嫌に言った。
「早瀬に頼んでおいて正解だったわ~」
「えっ? 俺っすか?」
放送席から戻って来て、水分補給をしていた早瀬が振り返る。先生は頷いた。
「実はね、あなたたち三人の声、いいなあと思ってたのよ。放送部に入ってくれないかなあって」
「えっ、でも放送はしないんですよね?」
朝比奈の問いが聞こえたうえで聞いていないふりをしたのか、あるいは本当に聞こえていないのかは分からないが、先生は話を続けた。
「早瀬が三人と仲いいのは知ってたから、あわよくば三人を誘ってくれないかなと思ってたのよ」
「うそでしょそんな魂胆あったの」
誘ってきた本人である早瀬が一番驚いている。
「百瀬も誘ったんだけどねえ。あの子、運動する方が好きみたいだから」
「ああ……」
「でもよかった、これからよろしくね。部活は来られるときだけでいいからね。ああでも、大会の前はできるだけ来てもらえるといいな」
「大会って……機材運びだすだけなんじゃないんすか、俺たち」
咲良がはっきりと聞けば、先生はにこにこ笑いながら答えたものだ。
「放送してこそ、放送部でしょう」
話が違う、と、正面切ってこの先生に言えるような度胸は俺たちにはないので、早瀬に視線を向ける。早瀬はぎこちない動きで視線をそらした。
「それじゃあ、朗読がいいかアナウンスがいいか決めておいてね。早瀬、説明よろしく」
「はい、わかりました」
先生は、放送部の一年生たちのところへ向かい、その場には俺たち四人だけが残された。
遠くで、応援練習をしている声が聞こえる。しかし、なぜかこの空間だけは沈黙しているような気がしてならなかった。
「なあ、早瀬」
朝比奈の言葉に、早瀬がやっとこちらに視線を向けた。
「うん」
「話が、違わないか?」
「違うな」
きっぱりと認めた早瀬に咲良が勢いよく言った。
「なんだよー! なんであの時言ってくれなかったんだ! ずるだろ!」
「俺だってそうするつもりだった! 頑張ったんだよ! お前らは大会に出るつもりないみたいだって、さんざん説明したから!」
「だったら何で大会出ることになってんだよ~、話が違う~」
「……どうしても断れないのか?」
一縷の望みをかけて早瀬に聞いてみる。
「自分が大会に出るつもりなけりゃ、出なくていいんじゃないか?」
「そう! そうだよ! 大会出るっつったって、俺らの同意無きゃだめだろ!」
「……一理ある」
早瀬は遠い目をして、虚空を見つめながら言った。
「今日は暑いな」
「は?」
「涼しくなる話をしよう」
早瀬は手招きをし、人通りのない体育館の階段に連れて行った。この階段は結構急で、今じゃ休憩ぐらいにしか使われていない。
「……去年のことなんだがな、お前らみたいに、二年の途中から入部した先輩がいたんだ。声がよくて、先生が目をつけていた先輩なんだがな」
怪談の類ではないのだろうが、実に雰囲気のある口調と声で話すものだから、固唾を飲んで聞き入る。早瀬は淡々と続けた。
「その人も、大会に出るつもりはなかったんだ。何の部活にも所属していないなら入ってみないかと先生に言われ、軽い気持ちで入部した。そしたら……」
早瀬はふっと力なく笑い、どこを見つめているのか分からない瞳で言った。
「二週間後の大会に、エントリーされていたんだ。参加者の名簿には、確かに先輩の名前があった。先輩は驚愕していたよ。覚えがない、ってね」
つまり、俺たちの意思など関係ないということである。早瀬は暗に「諦めろ」と言っているらしい。
セミの鳴き声がなくなり、木々のざわめきがより一層感じられるようになった九月。
鳴らし損ねたらしい、間抜けなホイッスルの音が、天高く響き渡った。
「大会かあ……」
コロッケを揚げながら、今日のことを反芻する。このコロッケは、ばあちゃんが準備してくれたものだ。あとは揚げるだけという状態で冷蔵庫に入れておいてくれた。
朗読は課題本から一節を選んで、アナウンスは自分で原稿を作って、それぞれ決まった制限時間内に読むらしい。細かいことはおいおい説明すると言っていたが、ざっくりいえばそんな感じなのだとか。
今回は他の部員が没にした原稿を読むから朗読しか選べないが、次回からはどちらに出るか、自分で考えないといけないらしい。
「ホントに出るのかよ……」
まだ信じられないがまあ、とにかく飯だ。
キャベツの千切りを盛っていた皿に、揚げたてのコロッケをのせたら完成だ。みそ汁はみそ玉を溶こう。
「いただきます」
麩とネギだけのシンプルなみそ汁をすすりながら、コロッケをどうやって食べようか考える。
まずはそのまま。半分に割って……っと。
サクサクの表面は香ばしい。塩こしょうの効いたジャガイモはほくほくで、一緒に混ぜ込まれているベーコンのうま味も相まっていい。これ、ソースかけなくてもうまいんだよなあ。玉ねぎのほのかな甘みが疲れをほぐしてくれる。
そういえば、コロッケそばとかあるんだよなあ。みそ汁に浸してみようか。……うーん、それはなんか違う気がする。今度麺を買ってきて、そばと一緒に食べてみよう。
さて、お次はソースをかけてっと。
これこれ、この味。やっぱりコロッケはソースだなあ。ソースがかかった衣は少し柔らかく、じゅわっとソースの酸味とコク、衣そのもののうま味が染み出してくる。これが白米と合うんだなあ。
キャベツにはマヨネーズをかけて、コロッケと一緒に食ってみる。あっ、これはパンも絶対に合うぞ。今度コロッケサンド作ろう。
ほくほくのジャガイモはそれだけでうまいが、塩コショウの味付けが加わればまた違った刺激を感じ、そこにソースが合わされば、さらに違う味を楽しめる。衣がなくてもコロッケ感がある。
でもやっぱ衣あってこそのコロッケだろう。このサクサクとジュワジュワがたまらない。
腹が満たされていくと、ちょっと頑張ってみようかなという気になってくる。
なるようになれ、だな。
「ごちそうさまでした」
「本当によかった、三人が来てくれて」
咲良や朝比奈と一緒に機材の運び出しをしていたら、顧問の矢口先生が言った。国語の先生で、結構長いことこの学校にいるらしい。確か、百瀬のクラスの担任だったか。
「ありがとうね」
「いえ」
こちらこそありがとうございます、競技に出なくて心底嬉しいです。
先生はとても上機嫌に言った。
「早瀬に頼んでおいて正解だったわ~」
「えっ? 俺っすか?」
放送席から戻って来て、水分補給をしていた早瀬が振り返る。先生は頷いた。
「実はね、あなたたち三人の声、いいなあと思ってたのよ。放送部に入ってくれないかなあって」
「えっ、でも放送はしないんですよね?」
朝比奈の問いが聞こえたうえで聞いていないふりをしたのか、あるいは本当に聞こえていないのかは分からないが、先生は話を続けた。
「早瀬が三人と仲いいのは知ってたから、あわよくば三人を誘ってくれないかなと思ってたのよ」
「うそでしょそんな魂胆あったの」
誘ってきた本人である早瀬が一番驚いている。
「百瀬も誘ったんだけどねえ。あの子、運動する方が好きみたいだから」
「ああ……」
「でもよかった、これからよろしくね。部活は来られるときだけでいいからね。ああでも、大会の前はできるだけ来てもらえるといいな」
「大会って……機材運びだすだけなんじゃないんすか、俺たち」
咲良がはっきりと聞けば、先生はにこにこ笑いながら答えたものだ。
「放送してこそ、放送部でしょう」
話が違う、と、正面切ってこの先生に言えるような度胸は俺たちにはないので、早瀬に視線を向ける。早瀬はぎこちない動きで視線をそらした。
「それじゃあ、朗読がいいかアナウンスがいいか決めておいてね。早瀬、説明よろしく」
「はい、わかりました」
先生は、放送部の一年生たちのところへ向かい、その場には俺たち四人だけが残された。
遠くで、応援練習をしている声が聞こえる。しかし、なぜかこの空間だけは沈黙しているような気がしてならなかった。
「なあ、早瀬」
朝比奈の言葉に、早瀬がやっとこちらに視線を向けた。
「うん」
「話が、違わないか?」
「違うな」
きっぱりと認めた早瀬に咲良が勢いよく言った。
「なんだよー! なんであの時言ってくれなかったんだ! ずるだろ!」
「俺だってそうするつもりだった! 頑張ったんだよ! お前らは大会に出るつもりないみたいだって、さんざん説明したから!」
「だったら何で大会出ることになってんだよ~、話が違う~」
「……どうしても断れないのか?」
一縷の望みをかけて早瀬に聞いてみる。
「自分が大会に出るつもりなけりゃ、出なくていいんじゃないか?」
「そう! そうだよ! 大会出るっつったって、俺らの同意無きゃだめだろ!」
「……一理ある」
早瀬は遠い目をして、虚空を見つめながら言った。
「今日は暑いな」
「は?」
「涼しくなる話をしよう」
早瀬は手招きをし、人通りのない体育館の階段に連れて行った。この階段は結構急で、今じゃ休憩ぐらいにしか使われていない。
「……去年のことなんだがな、お前らみたいに、二年の途中から入部した先輩がいたんだ。声がよくて、先生が目をつけていた先輩なんだがな」
怪談の類ではないのだろうが、実に雰囲気のある口調と声で話すものだから、固唾を飲んで聞き入る。早瀬は淡々と続けた。
「その人も、大会に出るつもりはなかったんだ。何の部活にも所属していないなら入ってみないかと先生に言われ、軽い気持ちで入部した。そしたら……」
早瀬はふっと力なく笑い、どこを見つめているのか分からない瞳で言った。
「二週間後の大会に、エントリーされていたんだ。参加者の名簿には、確かに先輩の名前があった。先輩は驚愕していたよ。覚えがない、ってね」
つまり、俺たちの意思など関係ないということである。早瀬は暗に「諦めろ」と言っているらしい。
セミの鳴き声がなくなり、木々のざわめきがより一層感じられるようになった九月。
鳴らし損ねたらしい、間抜けなホイッスルの音が、天高く響き渡った。
「大会かあ……」
コロッケを揚げながら、今日のことを反芻する。このコロッケは、ばあちゃんが準備してくれたものだ。あとは揚げるだけという状態で冷蔵庫に入れておいてくれた。
朗読は課題本から一節を選んで、アナウンスは自分で原稿を作って、それぞれ決まった制限時間内に読むらしい。細かいことはおいおい説明すると言っていたが、ざっくりいえばそんな感じなのだとか。
今回は他の部員が没にした原稿を読むから朗読しか選べないが、次回からはどちらに出るか、自分で考えないといけないらしい。
「ホントに出るのかよ……」
まだ信じられないがまあ、とにかく飯だ。
キャベツの千切りを盛っていた皿に、揚げたてのコロッケをのせたら完成だ。みそ汁はみそ玉を溶こう。
「いただきます」
麩とネギだけのシンプルなみそ汁をすすりながら、コロッケをどうやって食べようか考える。
まずはそのまま。半分に割って……っと。
サクサクの表面は香ばしい。塩こしょうの効いたジャガイモはほくほくで、一緒に混ぜ込まれているベーコンのうま味も相まっていい。これ、ソースかけなくてもうまいんだよなあ。玉ねぎのほのかな甘みが疲れをほぐしてくれる。
そういえば、コロッケそばとかあるんだよなあ。みそ汁に浸してみようか。……うーん、それはなんか違う気がする。今度麺を買ってきて、そばと一緒に食べてみよう。
さて、お次はソースをかけてっと。
これこれ、この味。やっぱりコロッケはソースだなあ。ソースがかかった衣は少し柔らかく、じゅわっとソースの酸味とコク、衣そのもののうま味が染み出してくる。これが白米と合うんだなあ。
キャベツにはマヨネーズをかけて、コロッケと一緒に食ってみる。あっ、これはパンも絶対に合うぞ。今度コロッケサンド作ろう。
ほくほくのジャガイモはそれだけでうまいが、塩コショウの味付けが加わればまた違った刺激を感じ、そこにソースが合わされば、さらに違う味を楽しめる。衣がなくてもコロッケ感がある。
でもやっぱ衣あってこそのコロッケだろう。このサクサクとジュワジュワがたまらない。
腹が満たされていくと、ちょっと頑張ってみようかなという気になってくる。
なるようになれ、だな。
「ごちそうさまでした」
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