一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
432 / 854
日常

第四百十一話 コロッケ

しおりを挟む
 競技の練習に参加しなくていい体育祭練習、めっちゃ楽しいな。
「本当によかった、三人が来てくれて」
 咲良や朝比奈と一緒に機材の運び出しをしていたら、顧問の矢口先生が言った。国語の先生で、結構長いことこの学校にいるらしい。確か、百瀬のクラスの担任だったか。
「ありがとうね」
「いえ」
 こちらこそありがとうございます、競技に出なくて心底嬉しいです。
 先生はとても上機嫌に言った。
「早瀬に頼んでおいて正解だったわ~」
「えっ? 俺っすか?」
 放送席から戻って来て、水分補給をしていた早瀬が振り返る。先生は頷いた。
「実はね、あなたたち三人の声、いいなあと思ってたのよ。放送部に入ってくれないかなあって」
「えっ、でも放送はしないんですよね?」
 朝比奈の問いが聞こえたうえで聞いていないふりをしたのか、あるいは本当に聞こえていないのかは分からないが、先生は話を続けた。
「早瀬が三人と仲いいのは知ってたから、あわよくば三人を誘ってくれないかなと思ってたのよ」
「うそでしょそんな魂胆あったの」
 誘ってきた本人である早瀬が一番驚いている。
「百瀬も誘ったんだけどねえ。あの子、運動する方が好きみたいだから」
「ああ……」
「でもよかった、これからよろしくね。部活は来られるときだけでいいからね。ああでも、大会の前はできるだけ来てもらえるといいな」
「大会って……機材運びだすだけなんじゃないんすか、俺たち」
 咲良がはっきりと聞けば、先生はにこにこ笑いながら答えたものだ。
「放送してこそ、放送部でしょう」
 話が違う、と、正面切ってこの先生に言えるような度胸は俺たちにはないので、早瀬に視線を向ける。早瀬はぎこちない動きで視線をそらした。
「それじゃあ、朗読がいいかアナウンスがいいか決めておいてね。早瀬、説明よろしく」
「はい、わかりました」
 先生は、放送部の一年生たちのところへ向かい、その場には俺たち四人だけが残された。
 遠くで、応援練習をしている声が聞こえる。しかし、なぜかこの空間だけは沈黙しているような気がしてならなかった。
「なあ、早瀬」
 朝比奈の言葉に、早瀬がやっとこちらに視線を向けた。
「うん」
「話が、違わないか?」
「違うな」
 きっぱりと認めた早瀬に咲良が勢いよく言った。
「なんだよー! なんであの時言ってくれなかったんだ! ずるだろ!」
「俺だってそうするつもりだった! 頑張ったんだよ! お前らは大会に出るつもりないみたいだって、さんざん説明したから!」
「だったら何で大会出ることになってんだよ~、話が違う~」
「……どうしても断れないのか?」
 一縷の望みをかけて早瀬に聞いてみる。
「自分が大会に出るつもりなけりゃ、出なくていいんじゃないか?」
「そう! そうだよ! 大会出るっつったって、俺らの同意無きゃだめだろ!」
「……一理ある」
 早瀬は遠い目をして、虚空を見つめながら言った。
「今日は暑いな」
「は?」
「涼しくなる話をしよう」
 早瀬は手招きをし、人通りのない体育館の階段に連れて行った。この階段は結構急で、今じゃ休憩ぐらいにしか使われていない。
「……去年のことなんだがな、お前らみたいに、二年の途中から入部した先輩がいたんだ。声がよくて、先生が目をつけていた先輩なんだがな」
 怪談の類ではないのだろうが、実に雰囲気のある口調と声で話すものだから、固唾を飲んで聞き入る。早瀬は淡々と続けた。
「その人も、大会に出るつもりはなかったんだ。何の部活にも所属していないなら入ってみないかと先生に言われ、軽い気持ちで入部した。そしたら……」
 早瀬はふっと力なく笑い、どこを見つめているのか分からない瞳で言った。
「二週間後の大会に、エントリーされていたんだ。参加者の名簿には、確かに先輩の名前があった。先輩は驚愕していたよ。覚えがない、ってね」
 つまり、俺たちの意思など関係ないということである。早瀬は暗に「諦めろ」と言っているらしい。
 セミの鳴き声がなくなり、木々のざわめきがより一層感じられるようになった九月。
 鳴らし損ねたらしい、間抜けなホイッスルの音が、天高く響き渡った。

「大会かあ……」
 コロッケを揚げながら、今日のことを反芻する。このコロッケは、ばあちゃんが準備してくれたものだ。あとは揚げるだけという状態で冷蔵庫に入れておいてくれた。
 朗読は課題本から一節を選んで、アナウンスは自分で原稿を作って、それぞれ決まった制限時間内に読むらしい。細かいことはおいおい説明すると言っていたが、ざっくりいえばそんな感じなのだとか。
 今回は他の部員が没にした原稿を読むから朗読しか選べないが、次回からはどちらに出るか、自分で考えないといけないらしい。
「ホントに出るのかよ……」
 まだ信じられないがまあ、とにかく飯だ。
 キャベツの千切りを盛っていた皿に、揚げたてのコロッケをのせたら完成だ。みそ汁はみそ玉を溶こう。
「いただきます」
 麩とネギだけのシンプルなみそ汁をすすりながら、コロッケをどうやって食べようか考える。
 まずはそのまま。半分に割って……っと。
 サクサクの表面は香ばしい。塩こしょうの効いたジャガイモはほくほくで、一緒に混ぜ込まれているベーコンのうま味も相まっていい。これ、ソースかけなくてもうまいんだよなあ。玉ねぎのほのかな甘みが疲れをほぐしてくれる。
 そういえば、コロッケそばとかあるんだよなあ。みそ汁に浸してみようか。……うーん、それはなんか違う気がする。今度麺を買ってきて、そばと一緒に食べてみよう。
 さて、お次はソースをかけてっと。
 これこれ、この味。やっぱりコロッケはソースだなあ。ソースがかかった衣は少し柔らかく、じゅわっとソースの酸味とコク、衣そのもののうま味が染み出してくる。これが白米と合うんだなあ。
 キャベツにはマヨネーズをかけて、コロッケと一緒に食ってみる。あっ、これはパンも絶対に合うぞ。今度コロッケサンド作ろう。
 ほくほくのジャガイモはそれだけでうまいが、塩コショウの味付けが加わればまた違った刺激を感じ、そこにソースが合わされば、さらに違う味を楽しめる。衣がなくてもコロッケ感がある。
 でもやっぱ衣あってこそのコロッケだろう。このサクサクとジュワジュワがたまらない。
 腹が満たされていくと、ちょっと頑張ってみようかなという気になってくる。
 なるようになれ、だな。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...