一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 守本菜々世のつまみ食い②

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 両手に買い物袋、脇に箱。前を行くのは手ぶらの咲良。まるでどこぞの王子様のようである。まあ、支払いは自分でするだけまだましか。いや、それにしたって友人を荷物持ちに駆り出すとは。
 夏休みに入り、数日。久しぶりに友人から誘われたと思えば、これである。俺は荷物持ちの星の下に生まれてしまったのだろうか。
 やってきたのは人でごった返すショッピングモール。どこもかしこも人、人、人。見ているだけでうんざりするようだ。
 本来であれば今頃は、クーラーの効いた部屋で漫画本でも読みながら、ぼんやりと過ごしているはずなのだが、どうしてこうなったのだろうか。
 時は数時間前に遡る。

「おし、終わりっと」
 夏休みの宿題を早々に終え、課外も残り数日と浮かれていた。
 まだ午前中で、今から何をやるにしたって時間は有り余っている。とりあえずスマホを見て、今後の展望を……いやいや、スマホは見たが最後、時間を食らう悪魔と化する。まあ、楽しいならいいか。たまには悪魔に身をゆだねるのも悪くない。
 しかし、読みかけの本もあったはずだ。料理の練習もしたいし、ゲームもしたい。暑いので外出はためらわれるが……ふらっと自転車で近くの道の駅に行くのも悪くない。
「どうすっかなー」
 と、ひんやりしたベッドにスマホを持ってダイブしたときだった。スマホが震え、画面に「咲良」の文字と、あいつが今好きなのだというアニメの推しキャラのイラストが映る。
 ……なんだか嫌な予感がする。できれば、無視したい。
 しかしそれもなんだかあれなので、少し渋ってから、出ることにした。
「もしもし?」
『あっ、もしもしー菜々世? 今、暇?』
 いやな聞き方をしてくる。内容を聞いてから判断したい。どうにかさりげなく聞き出そうか……いや、こいつにそんな小細工は通用しない。
「用件による」
『あはは、春都みたい。春都も似たようなこと言ってたな~』
 春都、とは一条のことか。ああ、あいつも咲良の被害者なのか。かわいそうに。
「かわいそうに」
『えっ? なんか言った?』
「何でもないよ。それより、用件は?」
『あっ、そうそう。それがさあ』
 なんでも、今度一条と、それと知り合いの大学生二人と海に行くらしい。なんだその組み合わせは。深く問いただそうとすると長くなるので、聞かないことにする。
『そんでさー。水着の準備してたんだけど、サイズが入んねーのよ。学校以外で水着使うのなんて久しぶりでさあ』
「そりゃそうだ」
『でな、新しい水着買うのに、ついてきてほしいわけ』
「学校で使ってる水着でいいだろう」
 言えば咲良はすねたような口調になった。
『だってぇ、楽しくねーじゃん』
 ああ、きっと電話の向こうで頬を膨らませ、不満げな目をしているのだろう。それがありありと想像できる声だった。
「お前は、そういうやつだったな」
『ただでとは言わねーからぁ。な? いいだろ?』
 つくづく、俺も甘い。
 食いたいものを何でもおごると言われ、それで了承してしまうのだから。

 しかしこんなに買うとは聞いていないぞ。なんだ、この量は。
 通路の途中に設けられているソファで休みながら、買い物をする咲良を見る。咲良は店で、生き生きと歩き回っていた。その両手には道中で買った大荷物があるのだが……元気だなあ。
 ふと周囲に視線を巡らせば、疲れたようにうなだれる父親らしき人や、頭を抱えながらも子どもの世話をする母親らしき人、幼子に翻弄される老齢の方々、きょうだいの世話をする者たち、と、様々な顔ぶれが視界に入る。皆さん、お疲れ様です。
「お待たせー」
「おう……」
 咲良は小物を荷物に押し込める。
「なんでそんなに買い物が多いんだ。水着だけじゃなかったのか?」
「いや、それがさあ」
 咲良も隣に座りながら笑った。
「モール行くっつったら、妹を筆頭に、泊りに来てるいとこ連中があれこれ買って来いって言ってくんの。軍資金貰ったし、断るわけにも行かなくてさー」
「その人たちを誘えばよかったんじゃないか」
「暑い中出かけたくないんだってさ」
 俺だってそうなのだが。
 咲良はすっくと立ちあがる。そして気合を入れるように鼻を鳴らすと、こちらを振り返った。
「さ、次行くぞ!」
「まだあるのかよ……」
「次は……げえ、一番端じゃん! 端から端まで移動すんのかよ~」
 これは生半可なおごりでは気が済まない。
 何をおごってもらおうか。

 結局、疲労に次ぐ疲労で、大した考えも思い浮かばず、せめて糖分補給をということで、地元の町にはない、お高いコーヒーショップのキャラメルフラペチーノをおごらせることにした。
「いただきます」
 たっぷり盛り付けてもらったホイップクリームが身に染みる。アクセントのナッツが香ばしい。
 細かい氷は濃厚なミルクとキャラメル味の液体になじみ、冷房があるとはいえ、動き回って火照った体にはちょうどいいのだ。
「うわ、飲み物だけで千円越え」
 咲良がレシートを見ながら、イチゴフラッペをすする。
「大量トッピング、増量したからな」
「やり過ぎだ」
「これでも足りないくらいだ」
 この後もどっか行くらしいし、昼飯もろくに食えやしないだろう。
 そう考えると妥当な駄賃である。
「……一条にもこんな事させてんのか?」
 ふと聞けば、咲良はきょとんとし、そして、にっこりと笑うだけだった。
 あいつも大変だなあ。今度、じっくり話したいものである。

「ごちそうさまでした」
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