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日常
第四百十話 魚の煮つけ
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今日は朝から咲良の機嫌がいい。昨日、先生たちとか家族とかといろいろ話し合った結果、あの子犬を引き取ることに決まったからだろう。子犬は、飼われていた犬が脱走してきたというより、そこで生まれたか、別の場所で生まれた犬が避難してきた、って感じに見えたから、おそらくは咲良の家に定住することになるだろうな。
「はぁ~、家にアンデスがいるって思っただけで頑張れる~」
体育祭の練習のため校庭に向かう道すがら、咲良がうきうきした様子で言った。
「アンデス?」
「あの子犬の名前だよ」
もう名前をもらったのか、あいつ。
「なんでアンデスなんだ?」
「じいちゃんがつけた。なんか、アンデス山脈が好きだから、だって」
「へぇ……」
名付けの理由というのはいろいろとあるんだなあ。
「うめずは? なんであの名前になったんだ?」
「梅干し作るときに出るうめずって分かるか? あれだよ」
「へー、梅の季節に来たからって感じ?」
「いや……」
渋滞する階段をのろのろ下りながら話をする。
「梅酢ってさ、腹の調子が悪いときにいいんだよな。で、母さんが昔っからあんま腹が強くなくて、よくお世話になってたんだと。で、うめず」
「おぉ……予想外の理由」
「子犬の頃は、よく腹にのせてたよ」
今のせようものなら、とても苦しくて休むどころではない。寄り添うぐらいがちょうどいい。
「色々教えてくれよな」
「ああ」
今度はじっくり、アンデスと遊んでみたいものである。
「あっ、ちょうどよかった。一条、井上、ちょっといいか」
昼休み、食堂で昼食をとった後、お菓子をつまみながら話をしていたら、早瀬がやってきた。
「おー、いいぞ。まあ座れ」
咲良の隣に座り、早瀬は早々に話を切り出した。
「実はな、折り入って頼みがあるんだが……」
「今更遠慮すんなって」
「なんかあったのか」
早瀬に、パーティー開けしたポテチを差し出す。のり塩味だ。早瀬は一つつまみ、食べてから言った。
「放送部ってさ、しゃべるだけじゃなくて機械の運搬とかもしないといけないんだよな。それで、今までは先輩に運搬要員がいたんだけど、今、俺とあと一人くらいしかいないんだよ」
なんでも、今の部員でやれないこともないが、とても効率が悪いのだという。体育祭の練習はもちろん、様々なイベントごとで機械の運搬をするらしいのだが、どうにもうまくいかないのだとか。
それで、顧問の先生から「運搬要員を探してこい」との命を受けたらしい。
「それでさあ、二人にお願いしたいんだけど。運搬要員として放送部に入ってくんねえ?」
早瀬は困ったように笑った。
「体育祭なんかは競技中にもいろいろ頼むことになるから、競技に出ないでいいようにするから、な?」
なんと、願ったり叶ったりではないか。運搬はまあ体力を使うし神経も使うが……競技に参加するより、ずっといい。
「そういうことなら、喜んで」
「本当か? 助かるよ」
「春都がやるなら俺もやる~」
と、咲良も楽しそうに言った。
「大会とか出ないなら、めっちゃいいじゃん。な、春都!」
「そうだな」
その会話を聞いていた早瀬は、ついっと視線をそらしながら小声で言った。
「まあ、うん。大会ね……その辺はまあ、うん。出ない方向性で話を進めていこうとは思ってるよ」
「おう、よろしく頼むぜ」
「競技には出なくていいんだよな? じゃあ、午後からは参加しなくていいってことだな?」
「それはちゃんと話つけとくし、そうしてもらって構わないぜ」
早瀬は立ち上がると、いつもの様にニコニコ笑った。
「実は朝比奈にも声かけてて、喜んで引き受けてくれたんだ。三人もいてくれたら心強い」
ああ、朝比奈もなのか。
早瀬は時計を確認した。
「あ、それじゃ俺、職員室行ってくる! 午後は視聴覚室に集合な! とりあえず今日は運んでもらって、機材についてあれこれ覚えてくれたらいいから!」
さらに詳しい話は明日、とのことらしい。
これは、面白いことになってきた。
慣れない力仕事と情報のオンパレードに疲れて家に帰れば、いい香りが漂ってきた。
「おかえり。お疲れ様」
「ばあちゃん。ただいま」
台所ではばあちゃんがご飯を作ってくれていた。
「お母さんから電話があったのよ。体育祭の練習とかで疲れてるだろうから、ご飯を作ってくれると助かる、って」
それはもう、とてもうれしいことである。疲れ果てて家に帰ったら、おいしいご飯が待っている。それだけでどんなに喜ばしいか。
汗だくだったので先に風呂に入ってさっぱりする。
食卓には、小松菜の炒め物と魚の煮つけ、みそ汁に炊き立てご飯が並んでいた。
「いただきます」
「たくさん食べてね」
「うん」
やっぱりまずは魚の煮つけだろう。これは……サバだ! サバの醤油煮。脂がのったところとほくほくの身のところ。どちらから食べるか悩ましいが……今日はほくほくの身からいこう。
箸から伝わる身のふっくらした感じ。醤油の味付けはこっくりとしていながらどこかさっぱりとしている。ショウガと、梅干しの風味がそうさせているのだろう。ギュッと噛めばじゅわりとうま味が染み出す。
脂がのっているところはとろりとしている。甘みが強く、まったりしていてまた違ったおいしさがある。この煮汁をかけてかきこむ白米のうまいことよ。
「はぁ~、おいしい~」
「ふふ、よかった」
小松菜の炒め物は、その塩分が体に染みわたるようだ。かといってしょっぱいだけではない。小松菜のシャキシャキとした食感に、にじみ出るほのかな苦みとうま味。一緒に炒められているちくわもいい味だ。
みそ汁の具はなめこか。このプチプチ食感がたまらないんだよなあ。きのこの味はささやかながらもちゃんとあって、とろみのついた汁がまたご飯に合う。
「学校はどう?」
片づけを終えたばあちゃんが向かいに座って聞いてくる。
「機材運ぶ要員として、放送部に入ることになった」
「あら、いいじゃないの。せっかくなら放送もすればいいのに」
「それは……練習の時間がいるし、ご飯食べる時間もいるし……」
「ちゃんと作りに来てあげるよ」
なんだか、ばあちゃんの方がノリノリだ。
そういやあ、早瀬、大会の話を出したら妙に歯切れが悪かったなあ。なんかあるんかな。
……まあいい、ともかく今は、飯がうまい。気がかりなことはいったん忘れて、楽しむことにしよう。
「ごちそうさまでした」
「はぁ~、家にアンデスがいるって思っただけで頑張れる~」
体育祭の練習のため校庭に向かう道すがら、咲良がうきうきした様子で言った。
「アンデス?」
「あの子犬の名前だよ」
もう名前をもらったのか、あいつ。
「なんでアンデスなんだ?」
「じいちゃんがつけた。なんか、アンデス山脈が好きだから、だって」
「へぇ……」
名付けの理由というのはいろいろとあるんだなあ。
「うめずは? なんであの名前になったんだ?」
「梅干し作るときに出るうめずって分かるか? あれだよ」
「へー、梅の季節に来たからって感じ?」
「いや……」
渋滞する階段をのろのろ下りながら話をする。
「梅酢ってさ、腹の調子が悪いときにいいんだよな。で、母さんが昔っからあんま腹が強くなくて、よくお世話になってたんだと。で、うめず」
「おぉ……予想外の理由」
「子犬の頃は、よく腹にのせてたよ」
今のせようものなら、とても苦しくて休むどころではない。寄り添うぐらいがちょうどいい。
「色々教えてくれよな」
「ああ」
今度はじっくり、アンデスと遊んでみたいものである。
「あっ、ちょうどよかった。一条、井上、ちょっといいか」
昼休み、食堂で昼食をとった後、お菓子をつまみながら話をしていたら、早瀬がやってきた。
「おー、いいぞ。まあ座れ」
咲良の隣に座り、早瀬は早々に話を切り出した。
「実はな、折り入って頼みがあるんだが……」
「今更遠慮すんなって」
「なんかあったのか」
早瀬に、パーティー開けしたポテチを差し出す。のり塩味だ。早瀬は一つつまみ、食べてから言った。
「放送部ってさ、しゃべるだけじゃなくて機械の運搬とかもしないといけないんだよな。それで、今までは先輩に運搬要員がいたんだけど、今、俺とあと一人くらいしかいないんだよ」
なんでも、今の部員でやれないこともないが、とても効率が悪いのだという。体育祭の練習はもちろん、様々なイベントごとで機械の運搬をするらしいのだが、どうにもうまくいかないのだとか。
それで、顧問の先生から「運搬要員を探してこい」との命を受けたらしい。
「それでさあ、二人にお願いしたいんだけど。運搬要員として放送部に入ってくんねえ?」
早瀬は困ったように笑った。
「体育祭なんかは競技中にもいろいろ頼むことになるから、競技に出ないでいいようにするから、な?」
なんと、願ったり叶ったりではないか。運搬はまあ体力を使うし神経も使うが……競技に参加するより、ずっといい。
「そういうことなら、喜んで」
「本当か? 助かるよ」
「春都がやるなら俺もやる~」
と、咲良も楽しそうに言った。
「大会とか出ないなら、めっちゃいいじゃん。な、春都!」
「そうだな」
その会話を聞いていた早瀬は、ついっと視線をそらしながら小声で言った。
「まあ、うん。大会ね……その辺はまあ、うん。出ない方向性で話を進めていこうとは思ってるよ」
「おう、よろしく頼むぜ」
「競技には出なくていいんだよな? じゃあ、午後からは参加しなくていいってことだな?」
「それはちゃんと話つけとくし、そうしてもらって構わないぜ」
早瀬は立ち上がると、いつもの様にニコニコ笑った。
「実は朝比奈にも声かけてて、喜んで引き受けてくれたんだ。三人もいてくれたら心強い」
ああ、朝比奈もなのか。
早瀬は時計を確認した。
「あ、それじゃ俺、職員室行ってくる! 午後は視聴覚室に集合な! とりあえず今日は運んでもらって、機材についてあれこれ覚えてくれたらいいから!」
さらに詳しい話は明日、とのことらしい。
これは、面白いことになってきた。
慣れない力仕事と情報のオンパレードに疲れて家に帰れば、いい香りが漂ってきた。
「おかえり。お疲れ様」
「ばあちゃん。ただいま」
台所ではばあちゃんがご飯を作ってくれていた。
「お母さんから電話があったのよ。体育祭の練習とかで疲れてるだろうから、ご飯を作ってくれると助かる、って」
それはもう、とてもうれしいことである。疲れ果てて家に帰ったら、おいしいご飯が待っている。それだけでどんなに喜ばしいか。
汗だくだったので先に風呂に入ってさっぱりする。
食卓には、小松菜の炒め物と魚の煮つけ、みそ汁に炊き立てご飯が並んでいた。
「いただきます」
「たくさん食べてね」
「うん」
やっぱりまずは魚の煮つけだろう。これは……サバだ! サバの醤油煮。脂がのったところとほくほくの身のところ。どちらから食べるか悩ましいが……今日はほくほくの身からいこう。
箸から伝わる身のふっくらした感じ。醤油の味付けはこっくりとしていながらどこかさっぱりとしている。ショウガと、梅干しの風味がそうさせているのだろう。ギュッと噛めばじゅわりとうま味が染み出す。
脂がのっているところはとろりとしている。甘みが強く、まったりしていてまた違ったおいしさがある。この煮汁をかけてかきこむ白米のうまいことよ。
「はぁ~、おいしい~」
「ふふ、よかった」
小松菜の炒め物は、その塩分が体に染みわたるようだ。かといってしょっぱいだけではない。小松菜のシャキシャキとした食感に、にじみ出るほのかな苦みとうま味。一緒に炒められているちくわもいい味だ。
みそ汁の具はなめこか。このプチプチ食感がたまらないんだよなあ。きのこの味はささやかながらもちゃんとあって、とろみのついた汁がまたご飯に合う。
「学校はどう?」
片づけを終えたばあちゃんが向かいに座って聞いてくる。
「機材運ぶ要員として、放送部に入ることになった」
「あら、いいじゃないの。せっかくなら放送もすればいいのに」
「それは……練習の時間がいるし、ご飯食べる時間もいるし……」
「ちゃんと作りに来てあげるよ」
なんだか、ばあちゃんの方がノリノリだ。
そういやあ、早瀬、大会の話を出したら妙に歯切れが悪かったなあ。なんかあるんかな。
……まあいい、ともかく今は、飯がうまい。気がかりなことはいったん忘れて、楽しむことにしよう。
「ごちそうさまでした」
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