一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百九話 ハンバーグ定食

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 体育祭練習、といいながら、やっていることといえば校庭の片付けだ。
 台風一過、すがすがしい青空にさわやかな風、木々から滴る水がキラキラときれいで、つい、ぼんやりしてしまう。あー、水で張り付いた葉っぱ、取れねえ。舗装された通り道にたくさんの葉っぱが張り付いているが、ほうきでは取れないので手で取るほかない。
「なーんか、ずっと片付けばっかしてる気ぃがするなあ……」
 練習ももちろんやってはいるが、今年は何かと天候が安定しないので、練習の前にまず片付け、ということばかりだ。今日は特にひどい。練習時間が短くなるといいなあ。
 濡れた木の葉は独特の匂いがする。ツンとするような、むわっとするような、嫌なにおいではないけど、独特の香りだ。梅雨っぽいというべきだろうか。いや、ちょっと違うな。なんだろう。
 まあいいや。どんな匂いだろうと、張り付いた木の葉の回収は面倒極まりない。ほうきで何とかできないかとやってみたけど、水が飛び散るだけだし、うまく葉をとることができても、回収しようとしたら粉々になって逆に面倒だった。
 やっぱりこうやってちまちま取っていくしかないんだろうなあ。
「おお、結構取れたな」
 そろそろごみ捨てに行くか。水を含んでいるからか、見た目の割に重い。
「よいしょっ」
 引きずらないように気を付けて運ぶ。袋が破れて散らばるのは絶対に避けたいところである。
 ゴミ捨て場周辺は結構静かだ。特に散らかっているのは校庭周辺で、ゴミ捨て場は校庭から一番離れた場所にあるから、それもそうか。雨除けもあるし、風通しもいい。すっかりごみが回収されたあとなんかは結構きれいだから、初めて見たときは飼育小屋か何かかと思ったほどだ。ガムテープやビニールひもなんかの備品もおいてあるので便利だ。
 さて、次はどうしようかなあ。
 ゴミ捨て場から出たところで、クラスの女子たちがパンパンのごみ袋を持ってきた。
「あっ、一条君、これ、これもお願い!」
「えっ、ああ、ハイ」
 これまたずいぶん重いなあ。うわ、木の枝突き出してる。慎重に抱え、次に来た人がケガしないように奥の方に置いておく。
「ありがとー!」
「ああ、うん」
 女子たちが去った後、どうしても木の枝が気になったので、ぐっと押し込み、ガムテープをぎちぎちに張り付けておいた。何度かバウンドさせる。うん、大丈夫そうだ。
「おーい、春都~」
 校庭へ戻ろうとぽつりぽつり歩いていたら、勇樹が手を振りながらやってくる。
「ちょうどよかった。お前を探してたんだ」
「俺を?」
「まあ、着いてきてくれ」
 勇樹に着いて行った先は弓道場だった。
「……弓道場?」
「いやそれがさあ、子犬がいるらしいんだよ」
「子犬?」
 聞けばどうやら、弓道場の縁の下に子犬がいるらしい。
「で、なんで俺」
「春都さ、犬飼ってんだろ? 扱いには慣れてるかなーと」
 あれ、勇樹に話したっけ、犬飼ってるって。
「誰から聞いた」
「咲良」
 またあいつか。
 人の個人情報を漏洩する友人に呆れながらも、子犬は気になるので今は置いておくとする。
「ここなんだけど」
 勇樹が示した場所をのぞき込めば、確かに、いた。黒々とした瞳は、差し込む光で少しきらきらとしていて、小さな体はおびえるようにさらに小さく縮こまっている。弱々しい声で鳴いて、それはまるで泣き声のようでもあった。
「ちょっと失礼」
 地面に這いつくばり、縁の下に入り込む。子犬は結構手前の方にいて、大人しくしていてくれたので、すんなり捕まえられた。毛並みはしっとりとしていて、かすかにふるえる体はほのかに温かいが、ひんやりもしている。
「ほい、確保~」
 黒みがかった焦げ茶の毛並み、足先や目の下は薄いキャラメル色。耳はぴんと立っていて、先はへしゃっとしおれている。シェパードっぽい見た目だなあ。首輪もなく、毛並みもあまり整っていない。
「飼い犬じゃないのか?」
「どうだろうなあ」
 とりあえず先生に相談するとして……そのあとはどうなるんだろうなあ。

「えっ、子犬?」
 昼休み、食堂で食券の列に並んでいるときである。咲良になんとなくその話をすれば、がぜん、興味を示した。
「ああ。今、先生が保護してる。あとで警察に届け出るっつってたけど……」
「実はさ、ずっと家族と話してたんだよな。犬飼うかって」
「あ、そうなん」
「そうそう。だから譲渡会とか行ってみような、って言ってて」
 順番が回ってきたので、一旦、会話を切り上げる。日替わり定食、今日は……ハンバーグか。デミグラスのハンバーグ、うまそうだ。それにしよう。
 どうも、長期間料理しないと、ちょっと億劫になってしまう。
「いただきます」
 大きめのハンバーグに濃い色のデミグラスソースがたっぷりかかっている。添えられているのはフライドポテトで、セットのスープはコンソメだ。フライドポテトは大きめ。食べ応えがありそうだ。
 ハンバーグを箸で切り分け、ご飯にバウンドさせる。肉汁があふれる、というわけではないが、うまそうだ。がぶりと食いつけば、肉のうま味があふれ出す。デミグラスソースもうまいなあ。コク深く、ハンバーグによく合う。
 少しほぐしてご飯と食うのもいい。ハンバーグはパンもよく合うが、ご飯もいい。デミグラスソースと肉の香ばしさが際立つんだ。このハンバーグは、食べ応えがあっていい。
「警察に届け出た後って、どうなるんだろ」
 半分ほど食べたところで、咲良がつぶやくように聞く。
「詳しくはよく分かんねえけど、拾った人が預かって、本来の飼い主が見つかったか連絡待つとか? 飼い主が現れなかったら引き取ることもできるって聞いたことあるな」
「そっかあ……なあ、子犬って、今、学校にいるんだよな?」
「ん? ああ、そうだな。元気なさそうだったけど、ちょっとしたら結構動き回ってたし。職員室にいると思うけど」
 そう言えば咲良は意を決したように表情を引き締めた。おお、こんな真剣な表情、初めて見た気がする。
「俺、後で職員室行ってみる!」
「えっ、あ、そう」
 突然の宣言に動揺してポテトを取り損ねる。気を取り直して一つ。しんなりしつつも、香ばしい。塩気も程よく、かたい食感のところもうまい。デミグラスソースをつけると香ばしさが増し、ねっちりした食感と、ジャガイモ本来の甘さがよく分かる。皮つきか、それもよし。
「犬飼うかって話をして、子犬が現れたとなれば、これはもう運命だ!」
 咲良はササッと食事を終えると、いつになく手早く片付けを済ませた。
「善は急げ、ってな。行ってきます!」
「おー……」
 ズズッとコンソメスープをすする。玉ねぎだけの具だが、潔くていい。薄いような、それでいてうま味は濃く、ハンバーグの付け合わせにちょうどいい。
 あいつ、飼うつもりだろうか。まあ、家族と話をしているあたり、生半可な気持ちではないだろうけど……
 縁の下から連れ出され、手入れされ、ふかふかのタオルが敷かれた大きめの段ボールに入って、物怖じせずのんきなあくびをしていた子犬を思い出す。
 まあ、咲良との相性は、よさそうだな。

「ごちそうさまでした」
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