一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
425 / 843
日常

第四百五話 アジフライ

しおりを挟む
「あ、ちょっと涼しい」
 窓を開け、吹きこんできた風が少し冷たい。なんなら、クーラーが少し寒いと思うくらいだ。
「来週はまた暑いみたいよ」
 弁当をテーブルに置いて、母さんが言った。
「ありがとう」
「うん。昼も晴れるみたいだから、つかの間の涼しさね」
「あー、そうなんだ」
 父さんが見ている天気予報では「まだまだしばらく、暑さが続くでしょう」と言っている。
「そろそろ行ってくる」
 今日は始業式、朝課外はないが二学期が始まると思っただけで気分が萎える。
「気を付けてね」
「うん、行ってきます」
「わふっ」
「うめず、お前は留守番だ」
 ついて来ようとするうめずをなだめ、通路に出る。
 猛暑の気配は確かにあるが、やはり今朝は涼しい。突然秋が来たみたいだ。もうちょっと、のんびり来てくれてもいいのだがなあ。

 夏休み中の課外と今日の教室、何かが決定的に変わったわけでもないのになんとなく雰囲気が違うのは何だろう。やっぱり、通常授業が始まるとなると心なしか、教室の空気が重いように感じる。
「おはよー、春都」
「ああ、勇樹。おはよう」
 さっそく大荷物を抱えた勇樹が、隣の席に座る。荷物を下ろし、息をつくと、机にもたれかかった。
「なんかさー、こないだまで会ってたのに、久しぶりーって言いたくなる」
「それ分かる」
「な? 何だろうな、これ」
 それから間もなくして宮野もやってきた。
「健太はそーでもないかな」
「なんだ、よく分からんが失敬な」
 自分の席に向かう道すがら、勇樹の頭をはたく宮野。「あいてっ」とは言っているが、大して痛くはないのだろう、勇樹は笑っていた。
「別に悪い意味じゃねーよ。久しぶりに会った気がしないってだけで」
「それを言うなら、みんなそうじゃないのか」
「いや、そーなんだけど、なんか違うじゃん」
 懇切丁寧に勇樹は宮野に説明を始めた。
「ふぁ……」
 課外中はそうでもなかったのに、今日はなんか眠い。付きまとう睡魔にゆらゆらしていたら、咲良が来た。
「おーっす、春都。眠そうだな」
「俺の場合は、お前だな」
「え、何が?」
 咲良はそう尋ねながら、すぐに話題を変えた。
「それよりさー、こないだ春都からもらった飴なんだけど、あれうまかったなあ」
「あー、綿あめとかの」
 そうそう、と咲良は俺の筆箱を漁りながら話を続けた。
「チョコバナナが一番うまかった」
「えっ、めっちゃ甘くなかったか?」
「それがいいんだよ」
 やっぱりこいつはかなりの甘党だ。どこまでの甘さなら大丈夫なのか、気になってくる。俺が一口で精一杯のものでも、甘いけどうまいよ、とでも言って笑いそうだ。
「あれ、どこで売ってんの?」
「花丸スーパーのワゴンセール」
「えー、じゃあもう売ってないかもしんないってこと?」
「夏祭り仕様だったし、期間限定かもな」
 不満げな表情をしていた咲良だったが、それもつかの間、すぐに楽しげな表情になる。
「そういや花火大会、楽しかったなー。これから他に、祭り何かないかなあ」
 この切り替えの早さを勉強にも生かしていただきたいものである。
 しかしそんなことを言っても大して意味をなさないので、思いながらも別のことを聞く。
「どうだろうな。よその花火大会とか、調べたことない」
「祭りじゃなくても、どっか遊びに行きたいよな。体育祭の打ち上げとかで」
「げぇ、体育祭があったか」
 すっかり忘れていた。ああ、この憂鬱の正体は体育祭だったか。嫌すぎて記憶の外にやってしまっていた。咲良は面白そうに笑うと言った。
「いざとなったら一緒に見学してやるよ。あ、放送部の手伝いとかいいかもな」
 人のボールペンを無邪気に分解しながら言うな。
「頼まれもしないどころか、部員ですらないのにできんのか?」
「そこはいっそ、入部するとか。お手伝い限定で」
「……それも悪くないな」
 そん時は俺も入ろ~、と軽く咲良は言い、落としたばねを拾って、ボールペンを組み立て直した。
 あとで、壊れた文房具がないか、確認しとかないと。

 晩飯の準備を手伝いながら今日の話をすれば、母さんは楽しそうに言った。
「いいじゃない、放送部。いっそ大会とか出たら?」
「練習しんどい」
「春都、いい声してるからぴったりだと思うんだがなあ」
 父さんまでノリノリだ。手伝うだけならまだしも、大会となれば練習もしなきゃいけないだろうし、そしたら、飯食う時間が減ってしまうじゃないか。
「ま、とりあえず食べようか」
「いただきます」
 今日の晩飯はアジフライだ。アジフライにはキャベツの千切り。これ、黄金コンビだよなあ。
 まずは醤油で食べる。魚の味がよく分かるなあ。サクッとした衣にほろほろっと崩れるようなアジの口当たり。噛むとうま味が染み出して、魚らしさを味わえる。
 キャベツにはマヨネーズを。
 シャキシャキと青い香り。魚の風味の後に嬉しいみずみずしさだ。アジフライも一緒に食べると、さっぱりいただける。フィッシュバーガーとかの中身だけ、って感じだ。
 次はウスターソースにからしをつけて。おっ、これは魚の臭みが目立たなくなるんだな。魚のうま味は、行き過ぎるとちょっとした臭みになってしまう。でもこれで食ったら、程よくうまみとして味わえながらも、しつこくなく、アジフライを楽しめる。
 からしがまた効くなあ。ひりりとして、味が引き締まる。
 ウスターソース、なんか入れ物が苦手で食わなかった時期もあるけど、うまいんだよなあ。
 調味料や薬味の組み合わせってホント面白い。またいろいろ試してみよう。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...