一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百二話 ちくわのいそべ揚げとチーズ天

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 夏休みの間に借りられた本はなかなか返ってこない。というのも、返却できるタイミングが始業式の日以降なので、ただでさえ授業も再開し教科書類が重いというのに、加えて体育祭の練習で疲れているというのに、本を何冊も持ってくるというのは骨が折れるのだ。
 夏休み中、あるいは夏休み直前に、すっからかんの鞄の時に借りるのとは、訳が違うのである。
 そこで漆原先生は、夏休みの最終日近くに図書館を開放し、返却できるようにしたらしい。
「新学期始まって、大量の督促状を準備するよりよっぽどいい」
 とのことらしい。
 そんで、そのカウンター当番として、俺たちが徴集されたわけだ。
「なんで俺らなんすかぁ」
 カウンターに突っ伏しながら、咲良が言った。こもった声になっているのは、頬が押しつぶされているからだろう。なんとも間抜けな顔だ、と隣に座り、思う。
「早く帰りたいのに」
 まるで小鳥のように口を動かしながら咲良が言えば、漆原先生は「だってなあ」と返却された本を棚に戻しに行こうと大量の本を抱えて笑った。
「他のやつらは部活があるだろう。頼むなら、君たちぐらいしかいない」
「朝比奈は? あいつもやってないっすよ、部活」
「彼は家のことで忙しいらしい」
 往生際の悪い咲良は、なおも言った。
「じゃあ俺も家の用事がある~」
「はいはい、急に頼んだのは悪いと思っている。それなのに来てくれて、感謝してるよ。ちゃんと礼はするさ」
「うぅ~」
 そこでやっと咲良は折れたようだった。
 先生の読み通り、来館者は大勢いた。部活前に返していこうと押し寄せた生徒の相手を何とかこなしたはいいが、返却された本は、一時的に留め置いておく棚からあふれ、カウンターにまで押し寄せている。
 返却された本にはなかなかの枚数のしおりが忘れ去られていた。一冊一冊確認していくのは面倒だが、夏休み中に借りられた本には特に忘れ物が多いので、念入りに見なければならない。
「ほれ、お前もやれ」
「はぁ~あ、やりますよ、やればいいんでしょ」
 咲良の前に本の山を移動させると、緩慢な動きで咲良は本を手に取った。
 市販品らしいしっかりとしたつくりのしおりに、本屋で小説を買ったときなんかについてくる無料のしおり、押し花や四つ葉のクローバーがラミネートされた手製のしおり、と様々出てくる。お、これは色紙の切れ端を寄せ集めたやつか。アクセントの千代紙がきれいだ。
「そういやさあ、今日、クラスのやつらと話してたんだけど」
 と、ピンクを基調としたいわゆるラブリーと形容されるであろう見た目のしおりを手にしながら、咲良は口を開いた。こいつは、老若男女問わず警戒心をあまり持たれないので、交友関係は結構幅広い。
 咲良はだるそうに話を始めた。
「食堂の話になったわけよ」
「ああ」
「でさ、そん時に女子にめっちゃ怒られた」
「なんで」
 食堂の話で、どうしてそんな物騒なことになるのだろうか。咲良はぺらぺらとページをめくりながら言った。
「食堂開いてるときはかつ丼ばっか食ってる、ほぼ毎日、っつったら、急に眼の色変わってさ」
「うん」
「甘いもんも食うし、飲むし、って付け加えたらめっちゃ、怒られた」
 なんとなく話がつかめた気がする。しかしここは黙って咲良の話を促した。
「そんだけのカロリーを飲み食いしてどうしてその体型なんだーって。そんなん言われてもなあ」
 ああ、やっぱりそうきたか。確かにこいつの飯はカロリー高めなの多いなあ、とは思っていた。それで運動部でもなく、運動好きでもないのに、すらっとした体形なのだからまあ、人によっては心底うらやましいだろうな。
 そりゃまあ確かに、とんでもないカロリーだろうなあと予想のつくものは成分表見るし、それなりに栄養には気を付けている……というか、家族に栄養には気にするよう言い含められているので気にしてはいるが。俺も、あんまカロリーは気にしないな。人のことは言えないか。
 咲良は本当によく分かっていない表情で言ったものだ。
「だってさ、食っても体重増えねーんだもん。むしろもっと食えって言われるくらい。体重なんて、勝手に減るじゃん?」
「……お前、それ、その女子相手に言ったのか?」
「いやさすがに言わねーよ」咲良は身震いした。「さすがの俺も、そこまではない。一回、妹に似たようなこと言って、えらい目に遭ったからな」
 それはよかった。言っていたのならば、今頃無事ではないだろう。数日は夜道に気を付けなければならないことになる。
 カロリーなあ……確かに気にするのは大事だけど、気にしすぎも体に毒だよなあ。気にしなさすぎもあんまりだろうけど。
 ほどほどが一番ってやつだな。それぞれに合った飯を食えれば、一番いいんだろうけど。
 その塩梅がうまくいかないのが、飯ってやつだ。食欲や趣味嗜好、怒涛のように流れ込む情報というのは、簡単に人の思考を狂わせる。
 食いたいもんを好きな時に好きなだけ食えりゃどれだけいいか。カロリーを気にしない俺だって思う。

 食卓で晩飯を待っていると、ほんのり磯の香りがする。確か今日は、いそべ揚げだと言っていたな。
「はい、お待たせ。揚げたてのうちに食べましょう」
「いただきます」
 新緑にも近い色の衣である。ところどころ白い部分もあり、いかにもいそべ揚げという風貌だ。
 さくり、と歯を入れる。うんうん、この香り、衣の感じ。いそべ揚げは、ほのかなのりの風味と衣の甘さを楽しめる。ちくわもぷりっぷりだ。魚肉特有の甘味は噛むほどにうまみとして口に広がっていく。
 いそべ揚げって、際限なく入っていくよなあ。味変もいい。マヨネーズをつけると、ジャンクな風味になるのだ。ご飯が進む。
「これは何だ?」
 と、父さんが箸でつまみ上げたのは、丸ごとちくわを上げたようなシルエットのものだった。衣はいそべ揚げと同じだが……
 何だろうと考えていたら、母さんがふっふっふ、と笑って言った。
「それはね、チーズよ。熱いうちに食べてみて」
「チーズ」
 チーズに衣をつけて揚げたのか。それこそ、カロリーがすごそうだ。
 しかし、カロリーが高いものというのは得てしてうまいのである。サクッとした衣はいそべ揚げと変わらないが、その奥にある塩気のある香りと噛むのをためらってしまいそうなやわらかさは、確かにチーズだ。
 おお、伸びる伸びる。これはいったい、どこまで伸びるんだ。モッツァレラチーズか、これ。あはは、なんか楽しくなってきたぞ。
 舌をうまく使って手繰り寄せ、口に含む。特に何も調味料はつけていないが、これはうまい。チーズそのものの塩気とうま味、そして衣の香ばしさと青のりの香りがうまく合うのだ。
 これはうまいなあ。時間が経つと歯切れがいい。ギュッと味が凝縮するようだ。ギュッギュッという食感がなんだかこそばゆい。
 あっ、これ、アメリカンドッグ作るときにもいいんじゃないか。ソーセージの代わりにとか、ソーセージと一緒にとか。うん、きっとおいしいぞ。
 今度作ってみよう。どうせなら、いろんなチーズを用意したいなあ。

「ごちそうさまでした」
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