一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百話 屋台飯

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「はい、これでよし」
 まだ日が沈み切らない時間。ばあちゃんに浴衣の着付けをしてもらう。おお、なんか背筋が伸びるなあ。
「ああ、よく似合ってる」
「やっぱりこの柄でよかったわ」
 父さんと母さんがそう言って、じいちゃんも黙って頷いている。ばあちゃんは俺の背を叩くと、朗らかに笑った。
「さあ、楽しんでいらっしゃい」
「ありがとう。行ってきます」
 ばあちゃん手製の、浴衣の柄によく似合う巾着袋に財布とスマホを入れ、会場の方へ向かう。途中で咲良と守本の二人と合流して、観月の家に、という計画だ。行く途中にコンビニがあるので、そこでジュースでも買って行こう。
「お、いた」
 バス停近くで、二人を見つけた。いつも学生でごった返すバスセンターの一つ前というべきか、確実に座席に座りたい生徒がいつも待っているバス停だ。学校から少し遠いが、少しのめんどくささを我慢すればいいのだから、こちらに来る生徒もまあまあ多い。
 咲良は紺青色の生地に白抜きで大ぶりの柄が描かれた浴衣を着ており、帯は灰色だ。菜々世のは、モノトーンに濃い茶色が差し色のタータンチェック柄か。帯は黒。ほんと、浴衣の柄って色々あるんだなあ。
「よう。なかなか様になってんな」
「おー春都。お前もよく似合ってるぞ~」
「うん、いいねぇ」
 連れ立って行く道はいつもより人が多く、黄昏時の空気にはそわそわとした気配が漂っている。生ぬるい風が頬に当たる。ああ、祭りの匂いだ。具体的にどんな匂いがするのかといわれればなんとも答えにくいが、人の熱気と夏の暑さに浮かされたような匂いだ。
「あっ、来た来た。おーい」
 観月は橋の近くで待っていた。山吹色の生地に白で麻の葉の柄が描かれている。帯はくすんだ紫色。
「おぉ、またこれは違った感じの浴衣だな。よく似合ってる」
 守本が言うと、観月は「へへ、ありがとー」と無邪気に笑った。飲み物を観月の家に置かせてもらって、再び道に出る。
「じゃ、さっそく屋台に行くぞー!」
 咲良の号令を合図に、屋台が並ぶ場所へ向かう。
 屋台にはとうに開いていた。派手な色のテントはとてもまぶしく、そして道は賑やかだ。うちの町、こんなに人いたのか。いや、よそからも来てるか。
「俺、射的やりたい! 行ってくる!」
「あ、おい。待てって」
 さっそく咲良がテンション上がって、早足で店に向かう。菜々世がそれを追いかけた。
「おーおー、慌ただしいやつだ」
「あはは。元気だね~」
 観月と並んで、二人の後を追う。咲良はもう屋台のおじさんに金を渡し、鉄砲を受け取っていた。
「いくぜー」
 構えはいっちょ前だが、果たしてその腕はどうだか。
 おっ、当たった。でもまあ、簡単には倒れない。
「重いのばっか狙ってんな」
 そう隣で言えば、咲良は弾をこめながら言った。
「だって豪華賞品欲しいじゃん」
「まあ、それはそうだ」
 結局、大物は途中であきらめて、小さな的を倒していた。景品は、お菓子の詰め合わせらしい。その傍らでは、狩人よろしく鋭い視線で獲物を射抜き、実際、いくつも景品を獲得する守本がいた。
「うわ、お前何なの」
 思わず言えば、守本は何でもないように笑って言った。
「こういうの、好きなんだよね。今日は運がよかった」
「あ、そう……」
 大量の景品をほくほく顔で受け取る守本に、それ以上何も言えなかった。
「さーて、次はどこ行くよ?」
 店を見ながら人が多い中を行くのは結構大変だ。でも、この足場の悪さも、熱気も、楽しいと思えるのだから祭りの空気ってやつはすごい。お、橋に提灯が並んでいる。カラフルできれいだ。そこだけ、ファンタジーの世界に見えてくる。
 ヨーヨー釣りは四人でやった。結構難易度高いんだ、これが。
「おっ、黄色ゲット」
 水が中に入ったヨーヨーは、跳ねるとパシャパシャいう。咲良はピンク、観月はオレンジと緑を二個取り、菜々世は黒を手にしていた。
「お前、二個って」
「案外取れるもんだねー」
「なんでピンクなの?」
「桜色だろ。桜と咲良、かけてみた」
 橋の下では型抜きなんかもやっていた。これ一回やったことあるけど、かなり難しいんだよなあ。うまくできたらなんか貰えんのかな。型抜きそのものも食べられるがまあ……俺は、ちょっとでいいかな。
 河川敷から道路に上がる。河川敷よりも幅広な道路には、片側だけ屋台が出ていた。
「あー、これこれ」
 観月が何か見つけたようで、手招きをする。
「なに……ああ、これな」
 愉快な音を立てながらカラフルに光を放つおもちゃだ。花型とか、刀型とか、いろいろある。虫の触角みたいなカチューシャもあるな。周辺を見れば、小さな子どもたちがカチューシャをはめ、にこにこと花を振り回している。
「これさ、妙に欲しくなるんだよね。分かる?」
「分かる分かる。でも、買ったところで、家に帰ると放り出すんだ」
「そうそう。そこまでがセットだよねー」
 おや、そういえば咲良と菜々世が見当たらない。どこ行った。
 観月と並んで、二人を探しながら歩く。二人はどうやら、飯を買いに行っていたらしい。
 二人がいたのはたこ焼きの屋台らしかった。いや、よく見ると、箸巻きや焼きそばも売ってある。ここだけで食べたいものが全部揃うじゃないか。咲良は俺と観月が来たことに気が付くと、にこにこ笑って言った。
「ほら、春都。こないだ昼飯で食っただろ、あの店だ」
「あれか。朝比奈と早瀬と一緒に食った」
「そうそう!」
 観月と菜々世はこの店を知らないらしかった。かなりうまいということを教えれば、がぜん、興味が沸いてきたらしい。
「じゃあ、買うか」
 そう言えば咲良は威勢良く相槌を打った。
「だな! えーっと……」
 たこ焼きは十二個入りだったので二パック、焼きそばと箸巻きは人数分、買った。観月の家に戻る途中、りんご飴の屋台もあったので、りんご飴も四つ買った。
 観月の家の前は、屋台も何もないので人通りはほぼない。なので、そこにはキャンプ用らしいテーブルと椅子が出ていた。そこで食う。飲み物は行きがけにコンビニで買ったコーラだ。
「いただきます」
 まずはたこ焼きだろう。
 ぷわんぷわんの生地はどこかふわふわともしている。たこがごろりとしていて噛み応えがあり、紅しょうがの風味がいい。ソースの香ばしさがお祭りっぽいなあ。こないだ買ったのよりソースがひたひたな気がする。それがまたうまいんだ。
「ん、うまいな」
 菜々世が言うと、観月も満足そうに笑って頷いた。
「花火まだかなー」
 そう言いながら、咲良は各々に箸巻きと焼きそばを渡す。ほんのりぬくいのが、なんかうれしい。
「もうちょっとしたら上がるんじゃないか」
「早く見たいなあ」
 焼きそばもがっつりソース味で、野菜がたっぷりだ。大ぶりのキャベツ、たっぷりのもやし、みずみずしい口当たりで、麺もするする入っていく。これにも紅しょうががのっている。たこ焼きより、爽やかだ。アクセントの青のりがいい風味。おっ、肉。豚肉だ。うま味があっていい。
 箸巻きはもちもちしている。キャベツたっぷりで、これもソース味。どれもこれも似たような味だが、飽きることはない。むしろわくわくが増すばかりで、夢中で食べてしまう。
 りんご飴に手を付けた時だった。
「おっ、そろそろじゃない?」
 腕時計を確認した観月が言い、そろって空を見上げる。と、間もなくして花火が打ちあがった。
「おおーっ」
 赤に緑、黄色、白、青。どぉんっと大きな音を立てて咲き、きらきら、パラパラと散る。ああ、きれいだ。やっぱり、夏の熱気の中で見る花火はいい。冬場は目で楽しむ感じだったが、夏は、空気の振動がより伝わる気がする。全身で花火を楽しむ、そんな感じだ。
 仕掛け花火が近くで見られるのは、やっぱりこの場所ならではだなあ。案外はっきり文字が見えるもんだな。
 でもやっぱ空に打ちあがる大輪の花火はきれいだ。ドンッ、と豪快に花開くものや、薄のようにシャラシャラと金色に光るもの、大きく打ちあがったかと思うと、細かい火花が散るもの。どれもきれいだ。変な形に見えたのは、ハート型や星型のようだった。
 うわ、楽しいなあ。花火ってこんなに楽しかったっけ。そして、りんご飴の甘さと酸味が、この楽しさを増長させる。
「たーまやー!」
 咲良の声は花火の音にかき消されたが、確かに聞こえた。
 あとはちびちびジュース飲みながら、花火鑑賞といきますか。

「ごちそうさまでした」
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