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日常
第三百九十六話 そうめんのみそ汁
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後期課外が始まった。始まって早々悪天候なのは、短い夏休みを惜しむ学生たちの気持ちが空に伝わっているからだろうか。
そして、今日の天気に負けず劣らず湿っぽい奴が俺の席に座っている。
「おい、そこは俺の席のはずなんだが」
「春都ぉ~、後期課外始まったよ~」
でろんと机に溶けるのは咲良だ。こないだまでの元気はどこにいったんだか。海に置いて来たか。波にもまれ、流され、小さくなって帰ってきたか。あるいは、遠く海を越えたどこかへ流れ着いたか。
まあ、そんなことは俺には関係ない。
「始まったのは仕方ない。座らせろ」
根気よく急かせば、五分ほどしてやっとどいてくれた。
咲良は緩慢な動きでパイプ椅子を持ってくると、不器用な手つきでそれを広げ、なだれ込むように座った。
「後期課外始まったら体育祭の練習も本格化するし、秋が来るし、寒くなってくるし」
「気が早い。まだ暑い盛りじゃねえか」
「うかうかしてたらなあ、季節なんてあっという間に過ぎていくんだぞ!」
その理屈は分からんでもないがなあ。
「まあでも、その分楽しみなこともあるけど」
と、咲良は少しだけうきうきした様子で言った。
「花火大会、今年は晴れるといいなあ」
なるほど。こいつのやる気は流されたわけでも小さくなったわけでもないらしい。あるにはあるが、それが楽しいことにだけ全振りされている、といったところか。
「そうだな」
今日提出のプリント類を確認しながら咲良の話に相槌を打つ。咲良は嬉々として話を続けた。
「前の花火大会は冬だったし、夏の花火大会が恋しいんだよな~」
「分かる」
「な? やっぱ花火大会は夏にあってこそだろ」
「冬の花火もきれいだけどな」
「そりゃそうかもしんなきけど、やっぱ、気分ってのがあるじゃん」
咲良はそこまで言うと「あっ」と何か思い出したらしい。
「も一つ、楽しみあった」
「なんだ」
「料理教室~」
わざとらしく明るく言う咲良の言葉に顔を上げる。言葉に見合った浮かれた表情が目に入り、少し考えこむ。料理教室……あ、ああ。
「あ~、そうだった。それがあった……」
今度は俺が机にうなだれる番である。
レシピは母さんに聞いて準備していたが、海に行ったり誕生日だったりですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
咲良はからかうような口調で言った。
「頼むぜ~、春都先生」
「うるせえ」
ああ、こんなことなら受けなきゃよかった。そんなことを今更言ってもしょうがないか。腹をくくるとしよう。
からあげだぞ、からあげ。元気出せ、俺。
後期課外は面倒とはいえ、午前中で終わるのはいい。
「いただきます」
今日の昼飯はそうめんだ。夏の定番で、飽きたと言われがちだが、俺としては何度出てきても飽きないものである。
冷たい麺つゆにはネギが散らされ、そこに刻みショウガを入れればふわりと花開くように見えるのだ。
そうめんを麺つゆにくぐらせ、薬味も一緒にすする。
ネギの風味もさることながら刻みショウガのさわやかさが一気にやってくる。すり下ろしたショウガもいいが、最近は、刻みショウガにはまっている。シャキシャキ食感と、すりおろしたものでは味わえない爽やかさ、丸のままでは味わえないうま味というものがある。
それを味わっていたら、そうめんなんてあっという間に食べ終わってしまうのだ。
「ごちそうさまでした」
おかわりもちゃっかりして、食べ終わる。
「ちょっと茹ですぎたかな」
台所に食器を持って行く。母さんは茹でたそうめんを袋に詰め、冷蔵庫に入れていた。
「夜食べましょ」
「みそ汁?」
「そう。唐辛子、炙ろうか」
そうめんのみそ汁かあ、それはいい。温かいそうめんは、それはそれでうまいのだ。白だしでもいいが、みそ汁にはみそ汁のうまさがある。
晩飯も楽しみだな。
唐辛子を炙るのにも慣れたものである。
隣では母さんがせっせと天ぷらを揚げている。そうめんのみそ汁に天ぷら浸して食うの、うまいんだよなあ。一日たった天ぷらを浸すのもいい。もともとしなっとしている衣にみそ汁が染みわたっていいんだ。
「さ、食べましょう」
今日のラインナップは、ピーマンの天ぷら、玉ねぎのかき揚げ、かぼちゃ天、そしてさっぱり要員として焼きナスだ。
「いただきます」
まずはみそ汁から。
香ばしい香りが漂っている。そうめんをひとすすり。ああ、これこれ。なんだかやわらかくて、温かい、麺つゆで食べるときののど越しとは違う口当たりが最高だ。味噌の香りが引き立つようで、これでご飯が進むんだ。
唐辛子を割いて入れてみる。ピリッと味が締まり、よりうま味が増すようである。
ピーマンの天ぷらを浸す。サクジュワァッとした衣が口いっぱいに広がって幸せだ。ピーマンの苦みが、揚げ物ながら口をさっぱりさせる。
かぼちゃは食べ応えが増し、玉ねぎのかき揚げはみそ汁を全部吸ってしまいそうだ。かぼちゃ、甘いなあ。玉ねぎも甘い。みそ汁にも味が移って、食べ進めるほどにみそ汁がうまくなっていく。
ここで焼きナスを食べよう。
「春都、昔は焼きナス食べなかったよね」
父さんがお酒をちびちび飲みながら言った。
「そうかな。まあ、匂いが苦手だったかな」
「今は?」
「大好き」
この焦げたような匂いがだめだったんだよなあ。今じゃ、ナスをひたひたと醤油につけて、かつお節も巻き込んで口いっぱいにほおばるのが好きだ。じゅわーっとナスの水分が染み出してきて、これがうまいんだ。
そうめんをもう一度すする。ん、ちょっと辛かった。でもうまい。
色々面倒ごとは多いが……うまい飯があって、それをたらふく食えたら、まあ、何とかなる。そうだよな。
「ごちそうさまでした」
そして、今日の天気に負けず劣らず湿っぽい奴が俺の席に座っている。
「おい、そこは俺の席のはずなんだが」
「春都ぉ~、後期課外始まったよ~」
でろんと机に溶けるのは咲良だ。こないだまでの元気はどこにいったんだか。海に置いて来たか。波にもまれ、流され、小さくなって帰ってきたか。あるいは、遠く海を越えたどこかへ流れ着いたか。
まあ、そんなことは俺には関係ない。
「始まったのは仕方ない。座らせろ」
根気よく急かせば、五分ほどしてやっとどいてくれた。
咲良は緩慢な動きでパイプ椅子を持ってくると、不器用な手つきでそれを広げ、なだれ込むように座った。
「後期課外始まったら体育祭の練習も本格化するし、秋が来るし、寒くなってくるし」
「気が早い。まだ暑い盛りじゃねえか」
「うかうかしてたらなあ、季節なんてあっという間に過ぎていくんだぞ!」
その理屈は分からんでもないがなあ。
「まあでも、その分楽しみなこともあるけど」
と、咲良は少しだけうきうきした様子で言った。
「花火大会、今年は晴れるといいなあ」
なるほど。こいつのやる気は流されたわけでも小さくなったわけでもないらしい。あるにはあるが、それが楽しいことにだけ全振りされている、といったところか。
「そうだな」
今日提出のプリント類を確認しながら咲良の話に相槌を打つ。咲良は嬉々として話を続けた。
「前の花火大会は冬だったし、夏の花火大会が恋しいんだよな~」
「分かる」
「な? やっぱ花火大会は夏にあってこそだろ」
「冬の花火もきれいだけどな」
「そりゃそうかもしんなきけど、やっぱ、気分ってのがあるじゃん」
咲良はそこまで言うと「あっ」と何か思い出したらしい。
「も一つ、楽しみあった」
「なんだ」
「料理教室~」
わざとらしく明るく言う咲良の言葉に顔を上げる。言葉に見合った浮かれた表情が目に入り、少し考えこむ。料理教室……あ、ああ。
「あ~、そうだった。それがあった……」
今度は俺が机にうなだれる番である。
レシピは母さんに聞いて準備していたが、海に行ったり誕生日だったりですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
咲良はからかうような口調で言った。
「頼むぜ~、春都先生」
「うるせえ」
ああ、こんなことなら受けなきゃよかった。そんなことを今更言ってもしょうがないか。腹をくくるとしよう。
からあげだぞ、からあげ。元気出せ、俺。
後期課外は面倒とはいえ、午前中で終わるのはいい。
「いただきます」
今日の昼飯はそうめんだ。夏の定番で、飽きたと言われがちだが、俺としては何度出てきても飽きないものである。
冷たい麺つゆにはネギが散らされ、そこに刻みショウガを入れればふわりと花開くように見えるのだ。
そうめんを麺つゆにくぐらせ、薬味も一緒にすする。
ネギの風味もさることながら刻みショウガのさわやかさが一気にやってくる。すり下ろしたショウガもいいが、最近は、刻みショウガにはまっている。シャキシャキ食感と、すりおろしたものでは味わえない爽やかさ、丸のままでは味わえないうま味というものがある。
それを味わっていたら、そうめんなんてあっという間に食べ終わってしまうのだ。
「ごちそうさまでした」
おかわりもちゃっかりして、食べ終わる。
「ちょっと茹ですぎたかな」
台所に食器を持って行く。母さんは茹でたそうめんを袋に詰め、冷蔵庫に入れていた。
「夜食べましょ」
「みそ汁?」
「そう。唐辛子、炙ろうか」
そうめんのみそ汁かあ、それはいい。温かいそうめんは、それはそれでうまいのだ。白だしでもいいが、みそ汁にはみそ汁のうまさがある。
晩飯も楽しみだな。
唐辛子を炙るのにも慣れたものである。
隣では母さんがせっせと天ぷらを揚げている。そうめんのみそ汁に天ぷら浸して食うの、うまいんだよなあ。一日たった天ぷらを浸すのもいい。もともとしなっとしている衣にみそ汁が染みわたっていいんだ。
「さ、食べましょう」
今日のラインナップは、ピーマンの天ぷら、玉ねぎのかき揚げ、かぼちゃ天、そしてさっぱり要員として焼きナスだ。
「いただきます」
まずはみそ汁から。
香ばしい香りが漂っている。そうめんをひとすすり。ああ、これこれ。なんだかやわらかくて、温かい、麺つゆで食べるときののど越しとは違う口当たりが最高だ。味噌の香りが引き立つようで、これでご飯が進むんだ。
唐辛子を割いて入れてみる。ピリッと味が締まり、よりうま味が増すようである。
ピーマンの天ぷらを浸す。サクジュワァッとした衣が口いっぱいに広がって幸せだ。ピーマンの苦みが、揚げ物ながら口をさっぱりさせる。
かぼちゃは食べ応えが増し、玉ねぎのかき揚げはみそ汁を全部吸ってしまいそうだ。かぼちゃ、甘いなあ。玉ねぎも甘い。みそ汁にも味が移って、食べ進めるほどにみそ汁がうまくなっていく。
ここで焼きナスを食べよう。
「春都、昔は焼きナス食べなかったよね」
父さんがお酒をちびちび飲みながら言った。
「そうかな。まあ、匂いが苦手だったかな」
「今は?」
「大好き」
この焦げたような匂いがだめだったんだよなあ。今じゃ、ナスをひたひたと醤油につけて、かつお節も巻き込んで口いっぱいにほおばるのが好きだ。じゅわーっとナスの水分が染み出してきて、これがうまいんだ。
そうめんをもう一度すする。ん、ちょっと辛かった。でもうまい。
色々面倒ごとは多いが……うまい飯があって、それをたらふく食えたら、まあ、何とかなる。そうだよな。
「ごちそうさまでした」
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