一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百九十話 おにぎり

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 しっかり朝飯まで食って、咲良は帰った。
「忘れもんはねぇな?」
「うん、たぶんない」
「たぶん……」
 バス停まで見送りに来たが、面白いくらいに人がいない。この町、こんなに人が少なかったか。
 咲良は大荷物を抱えなおすと笑った。
「ま、なんかあったら持って来て。家分かるっしょ?」
「いや。取りに来いよ」
 あ、待てよ。取りに来たら来たでその後が忙しくなりそうだな。
 咲良は「それでもいいぜ」と言った。
「そしたらその後、モールに連行する」
「なんでだよ」
「忘れ物取りに来るだけってのも味気ないじゃん」
 別に構わないが、お盆のショッピングモールは人が多いだろう。映画も確か人気作の続編とか、有名な監督の作品とかの上映が開始するともテレビで騒いでいた。映画館もあり、ゲーセンもあり、ショッピング施設もあり、空調も整い、飯を食う場所もあるあの場所は、人でごった返すこと間違いなしだろう。
「人が少ないところがいい」
「じゃあ、まさしくこの町だな。それか俺んちの近く」
 しばらく話をし、ぴょこぴょこ跳ねるスズメを眺めたり、だらだらと時間をつぶしていたらバスが来た。咲良は立ち上がる。
「そんじゃ、世話になったな」
「おー」
 咲良は笑って言った。
「また来るからな。今度はもっと大人数で」
 とんでもないことを言うやつだ。しかし、含みのないその笑みを見ると、こちらも毒気を抜かれて苦笑するほかない。
「ほどほどにしてくれ」
「あはは。ま、花火大会もあるし。絶対、夏休み中にまた来るぜ」
 咲良はバスに乗り込むと、窓際の席に座ってこちらに手を振った。
 高い位置から笑みを浮かべる咲良に手を振り返す。やがてバスはゆっくりと発進しだした。一応、見えなくなるまで見送って、周囲に静寂が戻ったところで帰路に着く。
 人は少ないが、車の通りはある。どでかいトラックが何台も通り過ぎていく。
 生活が始まりだした気配のする町の静寂の中、海辺の喧騒をぼんやりと思い出していた。

「はい、これ、お土産」
 家に帰りついてから、昨日渡し損ねたお土産を出す。まあ、土産といっても何か買うような余裕はなかったので、砂浜の貝殻を拾ってきただけだ。結構きれいなのが落ちてたんだよなあ。瓶は、海の家でもらった。というか、ご自由にどうぞみたいに置いてあった。
 思ったより父さんも母さんも喜んでくれた。
「あら、きれい~。シーグラスもあるじゃないの」
「あー。落ちてたから」
 ガラスが波にもまれ、すっかり丸くなったやつだな。雲った感じで、淡い水色や緑色がきれいだ。まるで曇りガラスにあちこちの海を閉じ込めたようにも見える。透明なガラスに海の色が移っていると言われても信じてしまいそうだ。
「仕事で海の近くに行っても、貝殻拾う時間なんてないからなあ」
 父さんも興味深そうに瓶の中を見ている。
「ありがとうね、春都」
「ん」
 喜んでもらえたようで何よりだ。
 それにしたって今日は朝から眠くてしょうがない。いつもだったら目が覚めている頃だが、やっぱり、疲れているのだろうか。盛大にあくびをすると、母さんが笑った。
「今日は何も予定はないし、ゆっくりしてなさい」
「うん。そうする」
 居間でゴロンと横になると、うめずが傍らにやってきた。程よい温度に、安心する。
 窓から見える空の青さはまぶしく、セミの鳴き声も聞こえてきていた。暦の上では秋、残暑が厳しいですね、とテレビで言っていたが、見える景色は夏である。まあ、暑さが厳しいことは間違いないが。
 いやもうほんと、クーラーは偉大だ。ありがたく冷風を受け、まどろみながらそう思った。

 すっかり眠ってしまったようだ。ぼんやりと目を覚ます。
「ん?」
 なんか暗い。そんなに寝ていたかと少し体を起こせば、タオルケットがかけられていることに気が付いた。ああ、なんだ。カーテンが閉め切ってあるからこの暗さなのか。
「あ、起きた?」
 ソファを見れば、父さんがいた。
「起きた」
「すっきりしたみたいだね」
 確かに。すんなり起きることができた。昼寝って一か八かなところがある。めっちゃきつくなることもあるもんなあ。
「なんかいいにおいする」
「ああ。母さんが味噌汁作ってくれてるよ」
 母さんは部屋で仕事をしているらしい。テーブルにはおにぎりも用意されていた。
「食べる? 温めようか」
「うん」
 漬物もある。高菜炒めとたくあんだ。
 みそ汁の具はなめことネギ。うまそうだ。
「いただきます」
 炊き立てご飯のおにぎりもうまいが、こういう、時間が経って少し冷たくなった米も好きだ。噛むほどに甘みを感じ、少し濃い目の塩が米の風味を引き立てる。
 なめこのみそ汁は、ご飯によく合うと思う。プチプチはじけるような食感に、にじみ出るなめこのうま味。とろみのついたみそ汁がご飯と合わさって口当たりがよくなるんだ。うま味も増すようである。
 高菜炒めは茎の部分が好きだな。みずみずしい感じと、高菜の風味、香ばしい味付けがいっぺんに味わえるから。もちろん、葉も好きだ。ご飯に合うのは葉の方かなあ。
 たくあんは甘め。ポリッといい食感だが、やわらかい気もする。
「寝起きでよく入るねえ」
 父さんが向かいに座って、たくあんを一枚食べて笑った。
「腹減ってるから」
「すごいすごい」
 漬物あると、無限に米が入っていくな。
 お茶漬けにしてもうまいんだよなあ、高菜。あとでまた食おう。

「ごちそうさまでした」
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