407 / 854
日常
第三百八十九話 カレーライス
しおりを挟む
普段暑いのは嫌だけど、海辺にいるとなんとなくまあいいかと思えるのは何だろう。再び海に繰り出した咲良をパラソルの下からぼんやりと眺める。背中や首筋を汗が伝っていくのを感じる。
「楽しんでる~?」
「あ、お疲れ様です」
一番急がしいお昼時を過ぎ、田中さんと山下さんがやってきた。山下さんは明るい色の水着を着ていて、田中さんは落ち着いた色合いの水着にラッシュガードを身にまとっていた。
「もう遊んでいいって~」
「バイト、終わったんですね」
「ああ。これからの時間は、客が少ないらしいからな」
田中さんは俺の隣に座り、山下さんは置いてあったビーチボールを手に取った。咲良もこちらを見て、海から上がってくる。
「終わったんすねー。お疲れっす!」
「楽しそうだねぇ。そりゃっ」
「おわー!」
山下さんは勢いよくビーチボールを咲良に投げつける。咲良は驚きつつも笑って受け止めた。
「ちょ、急に何するんすか!」
「あはは。ほれ、投げ返してこい」
「よっしゃ」
「元気だなあ」
田中さんは目を細めて二人を見ている。浮き輪にもたれかかり、すっかりくつろいだ様子だった。
しばらく二人はボールを投げつけあっていたが、山下さんがボールを受け取ったところで振り返り、こちらに手を振った。
「おーい。せっかくだし、ビーチバレーしようよ~」
山下さんの言葉に、咲良もにこにこ笑っている。ビーチバレーって……ルールも何も知らないし、そもそもコートもないのだが。
「お、そりゃいい」
「えっ」
田中さんはノリノリで立ち上がる。そうだった。この人、運動神経抜群だった。スーパーで会うイメージが強すぎて、忘れていた。
「ほれ、一条君も」
「俺ルール知らないですよ」
「そんなん、適当でいい。行こう」
「あぁ~」
田中さんに引きずられるようにして太陽の下に出る。うわあ、暑い。
コートは線を引くだけ、ネットはなく、詳しいルールもない。おおよそバレーボールと同じルールでやるらしい。
チームは、咲良と山下さん、俺と田中さんという分け方になった。
「俺へたくそですからね。期待しないでくださいね」
しっかりと念を押すと、田中さんは豪快に笑って背中を叩いてきた。
「そんな心配しなくても大丈夫だ」
「げほっ……力強いですね、頼りになります」
サーブは田中さんからだ。ふーっと集中し、相手コートに向けるその視線は、遊びのそれではない。ポーンッとボールを上げ、ジャンプをし、打ち込む。
「うっわ」
なんかボールがすげえ勢いで顔の横を通り過ぎていった。えっ、何、何が起きたの。
「ちょ、幸輔! 手加減しろ!」
少し砂浜にめり込んだボールを持ち上げ、山下さんが田中さんを指さして言うが、田中さんは、堂々と胸を張り、ふんと笑った。
「手加減なんて、失礼だろう」
「一方的な試合になるのも楽しくないだろぉ!」
結局、田中さんが手加減することで折り合いはついたが、山下さんに向かってだけは容赦なくスパイクを打ち込んでいた。そのたびに山下さんの絶叫が響き、咲良がゲラゲラと笑っていたのだった。
夕暮れ前に、帰路に着く。
帰りは山下さんが運転していた。なんかいろいろ話して滝がするけど、途中から記憶がない。すっかり疲れて、眠ってしまったのだ。
目が覚めたのは見慣れた景色がオレンジ色に染まる頃だった。
「ん……もうこんなところか」
「おお。そろそろ着くぞ」
田中さんに言われ、いまだ爆睡している咲良を起こす。ずいぶん疲れたみたいだ。日に当たり、海で泳ぎ、遊び倒し……そりゃ、疲れるか。なんか、楽しかったなあ。
車はアパートの前に止まった。
「そんじゃ、今日はお疲れ。また、機会があったらどこか行こう」
「ありがとうございました」
フワフワする頭のまま、田中さんと山下さんを見送る。この後、どっかご飯を食べに行くんだとか。
「ただいま」
「おかえり、お風呂入っておいで」
母さんが準備してくれていた風呂は程よい温度で、すっかり体が緩んでしまった。咲良はすっかりくたびれ果てて帰れる様子ではなかったので、結局、もう一泊することになった。
風呂から上がると、いい香りが漂っていた。スパイシーで、食欲をそそるこの香りは……
「カレーだ!」
風呂に入って少し復活した咲良が顔を輝かせる。
「帰ってくるの遅いなら、疲れてもう一泊すると思ってたの。勘が当たってよかったわ」
母さんは笑い、後でちゃんとおうちに連絡しなさいね、と咲良に言った。咲良は素直に頷いた。
「いただきます」
今日はトッピングもある。夏野菜の素揚げととうもろこしのかき揚げだ。ドライカレーではなく、トロトロのカレーなのが今日はうれしい。
辛すぎず、甘すぎない、ご飯によく合うカレーの味だ。スパイスの癖はほどほどで、肉と野菜のうま味が染み出したカレーにほっとする。
かぼちゃの素揚げは、ほくほく、ねっちりとした口当たりで、程よい甘みがカレーのささやかな辛さに合う。あっ、ピーマンだ。これは好きだ。ほろ苦さが、すっきりする。シャキトロッとした食感は、揚げたピーマンならではだよな。
「海は楽しかったか?」
父さんに聞かれ、頷く。
「暑かったけど、人少なくてよかった」
「プールは行ったか?」
「あっ」
思わず咲良と声が合わさる。すると、父さんも母さんも笑った。
「よっぽど海が楽しかったみたいだな」
「いいじゃない。楽しかったなら」
うん、まあ、そうだな。プールはこないだも行ったし、家の近くにあるし。海、楽しかったし。
もう一口カレーを食べる。豚肉のやわらかい口当たりにジャガイモのとろとろがうまい。とうもろこしのかき揚げもいいなあ。プチッとはじけるとうもろこしの甘さに、もちもちの衣。
カレーって、どんなに疲れた時でも食べられる。元気になる。
しかし今日はたいそう動いた。明日は、ぐったりだろうなあ……
「ごちそうさまでした」
「楽しんでる~?」
「あ、お疲れ様です」
一番急がしいお昼時を過ぎ、田中さんと山下さんがやってきた。山下さんは明るい色の水着を着ていて、田中さんは落ち着いた色合いの水着にラッシュガードを身にまとっていた。
「もう遊んでいいって~」
「バイト、終わったんですね」
「ああ。これからの時間は、客が少ないらしいからな」
田中さんは俺の隣に座り、山下さんは置いてあったビーチボールを手に取った。咲良もこちらを見て、海から上がってくる。
「終わったんすねー。お疲れっす!」
「楽しそうだねぇ。そりゃっ」
「おわー!」
山下さんは勢いよくビーチボールを咲良に投げつける。咲良は驚きつつも笑って受け止めた。
「ちょ、急に何するんすか!」
「あはは。ほれ、投げ返してこい」
「よっしゃ」
「元気だなあ」
田中さんは目を細めて二人を見ている。浮き輪にもたれかかり、すっかりくつろいだ様子だった。
しばらく二人はボールを投げつけあっていたが、山下さんがボールを受け取ったところで振り返り、こちらに手を振った。
「おーい。せっかくだし、ビーチバレーしようよ~」
山下さんの言葉に、咲良もにこにこ笑っている。ビーチバレーって……ルールも何も知らないし、そもそもコートもないのだが。
「お、そりゃいい」
「えっ」
田中さんはノリノリで立ち上がる。そうだった。この人、運動神経抜群だった。スーパーで会うイメージが強すぎて、忘れていた。
「ほれ、一条君も」
「俺ルール知らないですよ」
「そんなん、適当でいい。行こう」
「あぁ~」
田中さんに引きずられるようにして太陽の下に出る。うわあ、暑い。
コートは線を引くだけ、ネットはなく、詳しいルールもない。おおよそバレーボールと同じルールでやるらしい。
チームは、咲良と山下さん、俺と田中さんという分け方になった。
「俺へたくそですからね。期待しないでくださいね」
しっかりと念を押すと、田中さんは豪快に笑って背中を叩いてきた。
「そんな心配しなくても大丈夫だ」
「げほっ……力強いですね、頼りになります」
サーブは田中さんからだ。ふーっと集中し、相手コートに向けるその視線は、遊びのそれではない。ポーンッとボールを上げ、ジャンプをし、打ち込む。
「うっわ」
なんかボールがすげえ勢いで顔の横を通り過ぎていった。えっ、何、何が起きたの。
「ちょ、幸輔! 手加減しろ!」
少し砂浜にめり込んだボールを持ち上げ、山下さんが田中さんを指さして言うが、田中さんは、堂々と胸を張り、ふんと笑った。
「手加減なんて、失礼だろう」
「一方的な試合になるのも楽しくないだろぉ!」
結局、田中さんが手加減することで折り合いはついたが、山下さんに向かってだけは容赦なくスパイクを打ち込んでいた。そのたびに山下さんの絶叫が響き、咲良がゲラゲラと笑っていたのだった。
夕暮れ前に、帰路に着く。
帰りは山下さんが運転していた。なんかいろいろ話して滝がするけど、途中から記憶がない。すっかり疲れて、眠ってしまったのだ。
目が覚めたのは見慣れた景色がオレンジ色に染まる頃だった。
「ん……もうこんなところか」
「おお。そろそろ着くぞ」
田中さんに言われ、いまだ爆睡している咲良を起こす。ずいぶん疲れたみたいだ。日に当たり、海で泳ぎ、遊び倒し……そりゃ、疲れるか。なんか、楽しかったなあ。
車はアパートの前に止まった。
「そんじゃ、今日はお疲れ。また、機会があったらどこか行こう」
「ありがとうございました」
フワフワする頭のまま、田中さんと山下さんを見送る。この後、どっかご飯を食べに行くんだとか。
「ただいま」
「おかえり、お風呂入っておいで」
母さんが準備してくれていた風呂は程よい温度で、すっかり体が緩んでしまった。咲良はすっかりくたびれ果てて帰れる様子ではなかったので、結局、もう一泊することになった。
風呂から上がると、いい香りが漂っていた。スパイシーで、食欲をそそるこの香りは……
「カレーだ!」
風呂に入って少し復活した咲良が顔を輝かせる。
「帰ってくるの遅いなら、疲れてもう一泊すると思ってたの。勘が当たってよかったわ」
母さんは笑い、後でちゃんとおうちに連絡しなさいね、と咲良に言った。咲良は素直に頷いた。
「いただきます」
今日はトッピングもある。夏野菜の素揚げととうもろこしのかき揚げだ。ドライカレーではなく、トロトロのカレーなのが今日はうれしい。
辛すぎず、甘すぎない、ご飯によく合うカレーの味だ。スパイスの癖はほどほどで、肉と野菜のうま味が染み出したカレーにほっとする。
かぼちゃの素揚げは、ほくほく、ねっちりとした口当たりで、程よい甘みがカレーのささやかな辛さに合う。あっ、ピーマンだ。これは好きだ。ほろ苦さが、すっきりする。シャキトロッとした食感は、揚げたピーマンならではだよな。
「海は楽しかったか?」
父さんに聞かれ、頷く。
「暑かったけど、人少なくてよかった」
「プールは行ったか?」
「あっ」
思わず咲良と声が合わさる。すると、父さんも母さんも笑った。
「よっぽど海が楽しかったみたいだな」
「いいじゃない。楽しかったなら」
うん、まあ、そうだな。プールはこないだも行ったし、家の近くにあるし。海、楽しかったし。
もう一口カレーを食べる。豚肉のやわらかい口当たりにジャガイモのとろとろがうまい。とうもろこしのかき揚げもいいなあ。プチッとはじけるとうもろこしの甘さに、もちもちの衣。
カレーって、どんなに疲れた時でも食べられる。元気になる。
しかし今日はたいそう動いた。明日は、ぐったりだろうなあ……
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる