一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百八十六話 かつ丼

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 今日で前期課外は終了だ。開放感に満ちた心によく似合う、さわやかな青空が広がっている。暑いのは暑いが、それもまあいいやと思えるような気分だ。
「よーっす、おはよ~」
「おう、おはよう……うわ、なんだその荷物」
 校門近くで声をかけられ、振り返って見れば、大荷物を持った咲良がはじけるような笑みを浮かべて立っていた。
 咲良は隣に来ながら、さも当然のごとく言った。
「え? だって今日泊まり行くじゃん、春都んち。その荷物だよ」
「何泊するつもりだ、お前は」
「予定じゃ一泊」
 いったい何を持って来てんだか。聞いてみたけど「学校じゃちょっと……」とはぐらかされてしまった。なんなんだ。
「本当はキャリーバッグでも持ってこようかと思ったんだけど」
「やめてくれ」
 ボストンバッグだけでも目立っているというのに、キャリーバッグはさすがに、ちょっと、やめていただきたい。
「宿題は」
「終わらせた!」
「すごいな」
 これは予想外だ。咲良は自信満々に笑って言った。
「俺、ご褒美あると頑張れるタイプなんだよね」
 なるほどなあ。確か前も、同じようなことがあったような。
「心置きなく海を楽しみたいだろー」
 咲良の朗らかな言葉には、同意するほかない。
「それは、分かる」
 気がかりなことなく何かを楽しめるのは、いいことだ。

「何その大荷物」
 放課後、教室に俺を迎えに来た咲良に宮野が思わず聞く。あ、ちゃんとアップルちゃんつけてるな。緑か……青リンゴだな。
 咲良は嬉々として答えた。
「春都んち泊まりに行くんだ」
「何泊」
「予定じゃ一泊」
 朝の俺の会話とほぼ同じ内容だ。宮野はボストンバックをじっと見つめて「……一泊?」と首をかしげている。
「何を持ってきたんだ?」
「えー? やっぱそれ聞く~?」
 と、言いつつも、咲良は楽しそうに笑っている。サプライズを隠しておきたい半面、早く言ってしまいたい、と、そんな感じか。放課後になって、その気持ちに拍車がかかったようである。
 咲良は教室に、自分たちの他に誰もいないことを確認して、それから、廊下に先生がいないことも確認して、ボストンバッグを開けた。
「えーっと、まあ、ほとんどゲームだな」
「ゲーム」
 その単語に宮野と揃って反応する。ボストンバッグから出てきたのは、ずいぶん昔にリリースされて、今も新作が次々と発表されているゲームソフトの数々だった。落ち物ゲーム、横スクロールゲーム、バトルゲーム。新旧揃ってるし、すごいな。
「うわ、なにこれ」
 宮野が少し興奮したようにパッケージを手に取る。ボロボロだが、カセットはきれいだ。
「春都の家に昔のゲーム機あるって聞いたからさー。せっかくだし」
「自分ちもあるんじゃないのか。こんだけソフトあるんだし」
「壊れてんだよ。やりたくてもできねーの」
 ああ、先にゲーム機が限界を迎えたわけか。
 咲良はそわそわしながら言った。
「だからすげー楽しみなんだよ」
 海に行くんだよな? 海に行くから、うちに泊まるんだよな?
 ゲームやりに来るわけじゃないんだよな?
 思わず確認したくなったが、楽しそうな咲良の様子に、何も言えなかった。

 家に帰りつき、昼食をとったらさっそくゲームをすることになった。
「このゲーム。昔やった覚えあるなあ」
 ソファに並んで座る俺たちの後ろで、父さんが言った。「どれどれ~?」と母さんもやってくる。
「あ、知ってる。最近新作出てるでしょ? うわー、懐かしい~」
「よかったら一緒にやります?」
 咲良が愛想よく笑って聞く。と、父さんも母さんも俄然やる気に満ちた様子で笑った。
「お、楽しそうだね。でもそれ二人プレイまでだろう? あとでやらせてもらおうかな」
「はい、ぜひ! 対戦したいです」
 無邪気に笑う咲良に同情しながらキャラクターを選ぶ。
 うちの両親、誰が相手だろうと容赦しないし、それなりに強いんだよ。コツをつかむとめきめき上達するから、攻略本とか渡したくない。
「……今のうちに、勝てる戦いには勝っとけよ」
「え、なにそれ」
 咲良はのんきに笑っているが、それも今のうちだけだということは、俺だけが知っていた。

 散々遊んだ後、気が付けば晩飯の時間になっていた。
「強かったな……春都の父ちゃんと母ちゃん……」
 晩飯ができるのを待つ間、風呂を終えてソファに座ってほのぼのとした開拓ゲームをピコピコやりながら、咲良が呆然とつぶやく。そうだろうそうだろう。俺は黙って頷くほかなかった。
「はーい、できたよー」
「あざっす!」
 いったんセーブをして電源を切り、食卓に向かう。
 咲良の好物はとんかつだと言っていたので、今日の晩飯はかつ丼である。咲良は目を輝かせた。
「うまそー!」
「温かいうちに食べましょう」
「いただきます!」
 揚げたての豚ロースカツがトロトロの卵でとじられている。これはうまそうだ。
 やっぱり最初はカツを一口。とげとげしさは少ないものの、サクサクの衣。甘辛い味付けがよく染みている。香ばしい中から、豚肉のうま味があふれ出す。
 ジューシーな脂は甘く、肉は柔らかい。ハフハフとご飯も一緒にかきこむと……うん、これこれ。親子丼っぽい味付けだけど、親子丼より濃い感じ。これぞうちのかつ丼だ。うちのかつ丼は、肉の存在感がすごいのである。
「ん~、うまい!」
 咲良もお気に召したようで、バクバク食っている。
「いい食べっぷりだ」
「ねー。やっぱ若い子たちの食べっぷりって、気持ちいいわ」
 父さんと母さんは向かいでほのぼのと笑っている。
 カツの衣が少ししんなりしてきたのもいい。ジュワジュワとした口当たりに、口の中で広がるうま味は増していくばかりだ。肉と衣のしっかりとした合わさり具合に、つゆだくのご飯。おいしいに決まってる。
 最後のご飯一粒まで残さず、しっかり食べる。なにせ、味が染みててうまいからな。
 いやあ、食った食った。さて、この後はどうするつもりなのだろう。明日の朝は早いので、早めに寝たいものだが……そうすんなりいくだろうか。いかないだろうなあ。
 ま、少しくらい夜更かしするのも、悪くないかな。

「ごちそうさまでした」
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