一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百八十話 ドライカレー

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 放課後、帰り支度をしていたら、いつものように咲良がやってきた。普段より薄っぺらい鞄にリュックサック。こいつ、ちゃんと勉強してるんだろうな?
「帰ろうぜ~」
「お前なんか荷物少ないな」
「夏休みなんてそんなもんだろ」
 うーん、そうなのだろうか。
 確かに教科書類も少ないし、そもそも授業数が少ないからそうか。空いた時間に宿題進めようと持って来ているから、俺の荷物が多いだけか。
「お前、ちゃんと宿題やっとけよ。終盤に助け求められても、知らんからな」
「ひでえや。大丈夫だって、ちゃんとやってるよ」
 ならいいけど。
 リュックサックを背負い、鞄を抱えて教室を出ようとした時だった。見覚えのあるやつが飛び込んで来た。
「あっ、一条、井上! ちょうどよかった。いや、ちょうどいいかどうかは分かんねえや。今帰り? なんか用事ある?」
 教室に飛び込んできて早々、まくしたてるように言うのは早瀬だ。
 汗だくの早瀬を見、咲良は愛想よく笑って言った。
「俺は別にないけど。春都は?」
「俺もまあ……特には」
 そう答えれば、早瀬は渡りに船といわんばかりの表情を浮かべた。
「ちょっと手伝ってくんねえ? 人手が足りなくてさぁ。お礼はする!」
「部活か?」
 咲良の問いに、早瀬は頷いた。
「機材が届いたんだけど、今日に限って休みが多くてさあ。ただでさえ人数少ないってのに、これじゃ、運ぶのも一苦労なんだ。手伝ってもらえると助かる!」
「おー、いいぞ」
「運ぶくらいなら、まあ」
 早瀬はそれを聞いて、顔の前で両手を合わせた。
「ありがとう! じゃ、さっそく来てくれ!」
 視聴覚室に荷物を置かせてもらい、向かったのは来客用の玄関だ。あ、石上先生もいる。
「こんにちはー」
「おう、君たちか」
 石上先生は言うと、頬を伝う汗を手の甲で拭って笑った。
「手伝いに来てくれたのか?」
「はい。先生もですか?」
「結構な機材だからなあ。生徒だけで運ばせるわけにはいかんだろう」
「そんなに立派なんすか」
 咲良が聞けば、石上先生はにやりと笑って、無言で外を指さした。
 そちらに視線を向ける。そこには、夏の日差しに照らされて黒光りする、実に立派なスピーカーやら何やらが鎮座していた。
「おおー」
「確かにこれは、運ぶのにも骨が折れそうだ」
 早瀬に呼ばれ、表に出る。動作テストをするらしく、いろいろな機能がついているらしい音響機材の一つにCDを入れていた。
「鳴らしまーす」
 早瀬の言葉の後、聞き覚えのある……というか、よく聞く音楽が流れてきた。アニメの主題歌じゃん。
 物がいいからなのか、音が体に直接響いてくるようだ。うわー、なんか、テンション上がるー。ライブって、こんな感じなのかなあ。
 それからいくつか曲を流して、確認は終わった。
「うん、問題なしね。それじゃあ運ぼうか」
 放送部の顧問の先生が言うと、部員たちは手際よく配置に着いた。
「俺らどーすりゃいいの?」
 咲良が早瀬に声をかける。
「こっちこっち。これ、一人一つずつ運んでくれ」
「おー、スピーカーな」
「持てるのか、これ……あ、思ったより軽い」
「あ、壊さないように気を付けてくれよ」
 石上先生が軽く忠告するが、知らされた金額は目ん玉飛び出るほどだった。こんなん、一人一つずつ運ばせんなよ。
「どこまで運ぶんです」
「靴箱のとこの倉庫」
「遠いっ」
 咲良と一緒に叫べば、石上先生は楽しそうに笑ったのだった。

 肉体的に、というより、精神的に疲れた。
 結局あのあともう一往復したが、それはすごく重くて、手を滑らせて落としてしまいそうになった。何とか耐えたが、心臓がヒュッてなった。
「はーすっきりした」
 汗だくだったので、いつも以上に風呂が気持ちよかった。すっきりさっぱり、今日はなんかよく眠れそうだ。
 と、その前に、飯だ。
「はい、これ持ってって!」
「うーす」
 母さんに渡された皿には、野菜たっぷりのドライカレーとご飯が盛られていた。カレーの香りは、疲れた体の腹も鳴らす。
「いただきます」
 汁気の少ないカレーは、ナンも合うがご飯も合う。
 フードプロセッサーで細かくした玉ねぎ、にんじん、ピーマンがたっぷりのルーはうま味もたっぷりだ。口いっぱいにカレーの味と野菜のうま味が満ちていく。鼻に抜ける香辛料の風味が心地いい。
「あー、おいしい」
「春都は、普通のカレーよりこっちのカレーの方が好きだよね」
 父さんに言われ、ふと考える。
「そうかな?」
「うん、まあ、どっちもおいしそうに食べてるけどね」
「それは、そうだ」
 野菜が好きだからな。ドライカレーの方が野菜を目一杯食って感じがしていいんだ。まあ、普通のカレーのジャガイモもニンジンも好きだけど。
 にんにくもフードプロセッサーで細かくしたらしい。風味がいいなあ。
 ご飯とカレーをどういう配分で食うか、っていうのでも味わいが違う。カレーたっぷりにすると辛みがあるし、ご飯多めだと食べ応えがある。
 じわじわくる辛さに汗がにじみだす。ドライカレー、やっぱ好きだなあ。
 カレー食った日って、そういえば寝つきがいいような気がする。今日は途中で起きることなく眠れそうかな。
 あっ、そうだ。今度は温泉卵も買ってもらっとこ。

「ごちそうさまでした」
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