396 / 854
日常
第三百七十九話 そうめん
しおりを挟む
「おっはよー春都!」
朝一で教室にやってきたのは咲良だ。にこにこ笑って、手には何かを持っている。こいつがこういう表情をしているときは、たいてい、ろくなことがない。
「……おはよう」
「見ろよ、これ。ほら!」
咲良が持って来たのは小さなキーホルダーだった。赤い被り物をしたこれは……なんだ。人か?
「なにこれ」
「アップルちゃん」
「アップルちゃん?」
これ、リンゴだったのか。
「いやなんで」
「えー、昨日言ったじゃん。おそろいのキーホルダーつけようぜって。あの後、家帰って探したら、これ、いいなーと思って」
と、咲良はどこからか小さな箱を取り出した。
そして「じゃーん!」と言って箱の蓋を開ける。箱の中には、その、アップルちゃんなるもののキーホルダーが大量に入っていた。アップルという割にはやけにカラフルだな。りんご飴かよ。
「うわ、めっちゃある」
「ドラックストアの景品で、大量にもらったんだよ」
そういうことか。
色むらもあるし、ひとつひとつ全然表情が違うし、なんかちょっと歪んでいるが、ずっと見ているとなんだか愛着がわいてくるようである。
咲良は笑って言った。
「せっかくこんだけあるんだしさ、みんなにも配ろーと思って」
「みんなって?」
「朝比奈、百瀬、早瀬……あっ」
指折り数えていたところに、勇樹と宮野がやってきた。
「勇樹~、これやるよ!」
「えっ、何急に」
唐突にアップルちゃんを握らされ、勇樹は困惑していたが、咲良から説明を受けると納得したように笑った。
「もらっていいのか? ありがとな」
「おう! あ、お前にもやるよ」
「え、あ、どうも」
初対面の咲良にぐいぐい押され、宮野は引き気味にキーホルダーを受け取った。
「よし、それじゃあ春都。行くぞ」
「はいはい」
みんなに配ると聞いて、たぶん、道連れにされるんだろうなとは思っていた。
まあ、なんか楽しそうだし、ついてってやるとしよう。
「あ、これ知ってるー。ドラックストアのキャラクターでしょ」
百瀬はキーホルダーを見るなり、笑って言った。
「なんかかわいいよねー。もらっていいの? ありがとう」
まあ、百瀬は何の抵抗もなく受け取ると思っていた。百瀬は早速、リュックサックにキーホルダーをつけた。
朝比奈と早瀬は同じクラスなので、いっぺんに渡せた。朝比奈は困惑していたが、早瀬は豪快に笑っていた。
「おーいいな! みんなでおそろい! 面白いな!」
「な? な?」
咲良と早瀬が盛り上がっている横で、朝比奈はアップルちゃんと見つめあっている。なんだ、この光景は。
早瀬はひとしきり笑ってキーホルダーをリュックサックに着けると面白そうに言った。
「おそろいのキーホルダーつけた男子高校生数人、って、どんな関係だよってなるよなー、絶対」
確かに。はたから見れば、なんだあれ、ってなりそう。
「面白くていいじゃん」
「な!」
「うん、まあ、いいんじゃないか」
何とか納得した様子の朝比奈に、思わず笑ってしまったのだった。
放課後には図書館にも行った。
漆原先生はキーホルダーを受け取るなり、朗らかに笑った。
「はは、これはいい。ありがとう」
「みんなでおそろいなんすよ、これ」
「ほう」
興味深そうに先生はつぶやくと、いたずらっぽく笑って言った。
「もう一つくれないか? 石上にも渡したい」
「あ、いっすね! どーぞどーぞ、好きなのとっちゃってください!」
咲良もノリノリで箱を差し出した。
箱の中にはまだたくさんのキーホルダーがある。
あと何人、おそろいが増えるんだろうなあ。
あれだけ配ってもまだ大量に残ったキーホルダーの行方は、また後日、決められることになった。
さて、散々付き合わされたので腹が減った。
「おー、そうめん」
「色付きよ」
母さんの言う通り、白いそうめんの中にはちらほらと、ピンクや緑のそうめんが紛れ込んでいる。
「いただきます」
麺つゆにネギだけを入れてまずはひとすすり。
つるんとすすれば、ひんやりとした口当たりが心地いい。ラーメンやうどんのように噛み応えはないが、程よいやわらかさで、暑さで疲れた体でも食べられる。麺つゆのほのかに甘い、うま味たっぷりの味と、ネギのさわやかさが夏らしい。
ショウガを刻んだものも入れてみる。
おっ、ちょっと辛いが、風味が立っていていい。しっかりそうめんに絡めて食べると……シャキシャキ食感に、ひりりとした後味、爽やかな香りが鼻に抜けて涼しげだなあ。
「色付きだけのそうめんもあるらしいよ」
ソファでテレビを見ていた父さんが言う。
「へーそうなんだ」
「白いのに入っているのがいいんじゃないの?」
母さんが言えば、父さんは「はは、いえてる」と笑った。
特別味が違うわけじゃないけど、色付きのそうめんって心躍るんだよなあ。
全部色付き、っていうのもちょっと気になる。いろんな色のそうめんを入れたら、カラフルで楽しいんじゃないだろうか。
「あら、これどうしたの?」
向かいに座った母さんが、テーブルに置いていたアップルちゃんを見つけた。
事の顛末を説明すれば、父さんも母さんも笑った。
「いいじゃないの、みんなでおそろい」
「楽しそうでいいなあ」
そういやあの箱の中も、ずいぶんカラフルだったなあ。
ピンクと緑のそうめんをすすり、ふと、そんなことを思ったのだった。
「ごちそうさまでした」
朝一で教室にやってきたのは咲良だ。にこにこ笑って、手には何かを持っている。こいつがこういう表情をしているときは、たいてい、ろくなことがない。
「……おはよう」
「見ろよ、これ。ほら!」
咲良が持って来たのは小さなキーホルダーだった。赤い被り物をしたこれは……なんだ。人か?
「なにこれ」
「アップルちゃん」
「アップルちゃん?」
これ、リンゴだったのか。
「いやなんで」
「えー、昨日言ったじゃん。おそろいのキーホルダーつけようぜって。あの後、家帰って探したら、これ、いいなーと思って」
と、咲良はどこからか小さな箱を取り出した。
そして「じゃーん!」と言って箱の蓋を開ける。箱の中には、その、アップルちゃんなるもののキーホルダーが大量に入っていた。アップルという割にはやけにカラフルだな。りんご飴かよ。
「うわ、めっちゃある」
「ドラックストアの景品で、大量にもらったんだよ」
そういうことか。
色むらもあるし、ひとつひとつ全然表情が違うし、なんかちょっと歪んでいるが、ずっと見ているとなんだか愛着がわいてくるようである。
咲良は笑って言った。
「せっかくこんだけあるんだしさ、みんなにも配ろーと思って」
「みんなって?」
「朝比奈、百瀬、早瀬……あっ」
指折り数えていたところに、勇樹と宮野がやってきた。
「勇樹~、これやるよ!」
「えっ、何急に」
唐突にアップルちゃんを握らされ、勇樹は困惑していたが、咲良から説明を受けると納得したように笑った。
「もらっていいのか? ありがとな」
「おう! あ、お前にもやるよ」
「え、あ、どうも」
初対面の咲良にぐいぐい押され、宮野は引き気味にキーホルダーを受け取った。
「よし、それじゃあ春都。行くぞ」
「はいはい」
みんなに配ると聞いて、たぶん、道連れにされるんだろうなとは思っていた。
まあ、なんか楽しそうだし、ついてってやるとしよう。
「あ、これ知ってるー。ドラックストアのキャラクターでしょ」
百瀬はキーホルダーを見るなり、笑って言った。
「なんかかわいいよねー。もらっていいの? ありがとう」
まあ、百瀬は何の抵抗もなく受け取ると思っていた。百瀬は早速、リュックサックにキーホルダーをつけた。
朝比奈と早瀬は同じクラスなので、いっぺんに渡せた。朝比奈は困惑していたが、早瀬は豪快に笑っていた。
「おーいいな! みんなでおそろい! 面白いな!」
「な? な?」
咲良と早瀬が盛り上がっている横で、朝比奈はアップルちゃんと見つめあっている。なんだ、この光景は。
早瀬はひとしきり笑ってキーホルダーをリュックサックに着けると面白そうに言った。
「おそろいのキーホルダーつけた男子高校生数人、って、どんな関係だよってなるよなー、絶対」
確かに。はたから見れば、なんだあれ、ってなりそう。
「面白くていいじゃん」
「な!」
「うん、まあ、いいんじゃないか」
何とか納得した様子の朝比奈に、思わず笑ってしまったのだった。
放課後には図書館にも行った。
漆原先生はキーホルダーを受け取るなり、朗らかに笑った。
「はは、これはいい。ありがとう」
「みんなでおそろいなんすよ、これ」
「ほう」
興味深そうに先生はつぶやくと、いたずらっぽく笑って言った。
「もう一つくれないか? 石上にも渡したい」
「あ、いっすね! どーぞどーぞ、好きなのとっちゃってください!」
咲良もノリノリで箱を差し出した。
箱の中にはまだたくさんのキーホルダーがある。
あと何人、おそろいが増えるんだろうなあ。
あれだけ配ってもまだ大量に残ったキーホルダーの行方は、また後日、決められることになった。
さて、散々付き合わされたので腹が減った。
「おー、そうめん」
「色付きよ」
母さんの言う通り、白いそうめんの中にはちらほらと、ピンクや緑のそうめんが紛れ込んでいる。
「いただきます」
麺つゆにネギだけを入れてまずはひとすすり。
つるんとすすれば、ひんやりとした口当たりが心地いい。ラーメンやうどんのように噛み応えはないが、程よいやわらかさで、暑さで疲れた体でも食べられる。麺つゆのほのかに甘い、うま味たっぷりの味と、ネギのさわやかさが夏らしい。
ショウガを刻んだものも入れてみる。
おっ、ちょっと辛いが、風味が立っていていい。しっかりそうめんに絡めて食べると……シャキシャキ食感に、ひりりとした後味、爽やかな香りが鼻に抜けて涼しげだなあ。
「色付きだけのそうめんもあるらしいよ」
ソファでテレビを見ていた父さんが言う。
「へーそうなんだ」
「白いのに入っているのがいいんじゃないの?」
母さんが言えば、父さんは「はは、いえてる」と笑った。
特別味が違うわけじゃないけど、色付きのそうめんって心躍るんだよなあ。
全部色付き、っていうのもちょっと気になる。いろんな色のそうめんを入れたら、カラフルで楽しいんじゃないだろうか。
「あら、これどうしたの?」
向かいに座った母さんが、テーブルに置いていたアップルちゃんを見つけた。
事の顛末を説明すれば、父さんも母さんも笑った。
「いいじゃないの、みんなでおそろい」
「楽しそうでいいなあ」
そういやあの箱の中も、ずいぶんカラフルだったなあ。
ピンクと緑のそうめんをすすり、ふと、そんなことを思ったのだった。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる