一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百七十九話 そうめん

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「おっはよー春都!」
 朝一で教室にやってきたのは咲良だ。にこにこ笑って、手には何かを持っている。こいつがこういう表情をしているときは、たいてい、ろくなことがない。
「……おはよう」
「見ろよ、これ。ほら!」
 咲良が持って来たのは小さなキーホルダーだった。赤い被り物をしたこれは……なんだ。人か?
「なにこれ」
「アップルちゃん」
「アップルちゃん?」
 これ、リンゴだったのか。
「いやなんで」
「えー、昨日言ったじゃん。おそろいのキーホルダーつけようぜって。あの後、家帰って探したら、これ、いいなーと思って」
 と、咲良はどこからか小さな箱を取り出した。
 そして「じゃーん!」と言って箱の蓋を開ける。箱の中には、その、アップルちゃんなるもののキーホルダーが大量に入っていた。アップルという割にはやけにカラフルだな。りんご飴かよ。
「うわ、めっちゃある」
「ドラックストアの景品で、大量にもらったんだよ」
 そういうことか。
 色むらもあるし、ひとつひとつ全然表情が違うし、なんかちょっと歪んでいるが、ずっと見ているとなんだか愛着がわいてくるようである。
 咲良は笑って言った。
「せっかくこんだけあるんだしさ、みんなにも配ろーと思って」
「みんなって?」
「朝比奈、百瀬、早瀬……あっ」
 指折り数えていたところに、勇樹と宮野がやってきた。
「勇樹~、これやるよ!」
「えっ、何急に」
 唐突にアップルちゃんを握らされ、勇樹は困惑していたが、咲良から説明を受けると納得したように笑った。
「もらっていいのか? ありがとな」
「おう! あ、お前にもやるよ」
「え、あ、どうも」
 初対面の咲良にぐいぐい押され、宮野は引き気味にキーホルダーを受け取った。
「よし、それじゃあ春都。行くぞ」
「はいはい」
 みんなに配ると聞いて、たぶん、道連れにされるんだろうなとは思っていた。
 まあ、なんか楽しそうだし、ついてってやるとしよう。

「あ、これ知ってるー。ドラックストアのキャラクターでしょ」
 百瀬はキーホルダーを見るなり、笑って言った。
「なんかかわいいよねー。もらっていいの? ありがとう」
 まあ、百瀬は何の抵抗もなく受け取ると思っていた。百瀬は早速、リュックサックにキーホルダーをつけた。
 朝比奈と早瀬は同じクラスなので、いっぺんに渡せた。朝比奈は困惑していたが、早瀬は豪快に笑っていた。
「おーいいな! みんなでおそろい! 面白いな!」
「な? な?」
 咲良と早瀬が盛り上がっている横で、朝比奈はアップルちゃんと見つめあっている。なんだ、この光景は。
 早瀬はひとしきり笑ってキーホルダーをリュックサックに着けると面白そうに言った。
「おそろいのキーホルダーつけた男子高校生数人、って、どんな関係だよってなるよなー、絶対」
 確かに。はたから見れば、なんだあれ、ってなりそう。
「面白くていいじゃん」
「な!」
「うん、まあ、いいんじゃないか」
 何とか納得した様子の朝比奈に、思わず笑ってしまったのだった。

 放課後には図書館にも行った。
 漆原先生はキーホルダーを受け取るなり、朗らかに笑った。
「はは、これはいい。ありがとう」
「みんなでおそろいなんすよ、これ」
「ほう」
 興味深そうに先生はつぶやくと、いたずらっぽく笑って言った。
「もう一つくれないか? 石上にも渡したい」
「あ、いっすね! どーぞどーぞ、好きなのとっちゃってください!」
 咲良もノリノリで箱を差し出した。
 箱の中にはまだたくさんのキーホルダーがある。
 あと何人、おそろいが増えるんだろうなあ。

 あれだけ配ってもまだ大量に残ったキーホルダーの行方は、また後日、決められることになった。
 さて、散々付き合わされたので腹が減った。
「おー、そうめん」
「色付きよ」
 母さんの言う通り、白いそうめんの中にはちらほらと、ピンクや緑のそうめんが紛れ込んでいる。
「いただきます」
 麺つゆにネギだけを入れてまずはひとすすり。
 つるんとすすれば、ひんやりとした口当たりが心地いい。ラーメンやうどんのように噛み応えはないが、程よいやわらかさで、暑さで疲れた体でも食べられる。麺つゆのほのかに甘い、うま味たっぷりの味と、ネギのさわやかさが夏らしい。
 ショウガを刻んだものも入れてみる。
 おっ、ちょっと辛いが、風味が立っていていい。しっかりそうめんに絡めて食べると……シャキシャキ食感に、ひりりとした後味、爽やかな香りが鼻に抜けて涼しげだなあ。
「色付きだけのそうめんもあるらしいよ」
 ソファでテレビを見ていた父さんが言う。
「へーそうなんだ」
「白いのに入っているのがいいんじゃないの?」
 母さんが言えば、父さんは「はは、いえてる」と笑った。
 特別味が違うわけじゃないけど、色付きのそうめんって心躍るんだよなあ。
 全部色付き、っていうのもちょっと気になる。いろんな色のそうめんを入れたら、カラフルで楽しいんじゃないだろうか。
「あら、これどうしたの?」
 向かいに座った母さんが、テーブルに置いていたアップルちゃんを見つけた。
 事の顛末を説明すれば、父さんも母さんも笑った。
「いいじゃないの、みんなでおそろい」
「楽しそうでいいなあ」
 そういやあの箱の中も、ずいぶんカラフルだったなあ。
 ピンクと緑のそうめんをすすり、ふと、そんなことを思ったのだった。

「ごちそうさまでした」
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