一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百七十八話 かき氷

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 店の前は結構、うちの学生が通る。そしてなぜか、カップル率が高いんだよなあ。
 人目があまりない、というのがあるのだろうな。しかし、歩くスピードが遅いし、横に広がるし、だいぶ邪魔だ。
「げ、朝から……」
 今日は店の方から登校したのだが、運悪く二組のカップルの後ろを行くことになってしまった。ちっ、こんなことならもうちょっと早く家を出るんだった。
 リュックサックにはそろいのキーホルダー、片方は自転車通学か。それなら乗れよ。押して行くとか、自転車の意味ねーじゃんよ。もー、これだから夏休みの課外は面倒なんだ。普段だと部活か何か知らないが、時間が合わなくて一緒に登校しないやつらが、夏休みは示し合わせてくるんだ。
 校門をくぐったら一瞬のすきを狙って、やつらの前に出る。
「ふーぅ……」
「朝から疲れてんな。どうした、一条」
「ああ、宮野か……」
 ちょうど靴箱のところにいた宮野が声をかけてきた。
「実はな……」
 教室に向かいながら先ほどまでのことを話せば、宮野は同情するように笑った。
「いるいる、そういうやつ。うちの部活にも彼女いるやついるんだけど、毎回彼女が迎えに来てんの。でさ、体育館のとこの廊下って狭いじゃん? あいつらの後ろになるとまあ、進まない進まない」
「やっぱりそんなもんだよなあ」
「いちゃつくのは勝手だけど、周りに迷惑かかるのはやめてほしいんだよな」
「何の話してんの?」
 暇を持て余していたらしい勇樹がワクワクした様子で声をかけてくる。
 宮野が簡潔に事の顛末を説明すると、勇樹は楽しそうな様子で相槌を打つ。こいつ、こういう話になると生き生きするんだなあ。
「あーそれたぶん、バスケ部のマネージャーとサッカー部だな。あいつら、有名なカップルだよ」
 背もたれを前にして座り、下敷きで首元を仰ぎながら勇樹は言った。
「今年から付き合い始めたんだっけ? 美男美女カップルだーって言われてる。お互い、モテるからなー、相当の人数が玉砕してんじゃないの?」
「詳しいな」
「聞かされてるだけだよ。そいつらの共通の友人がいてな、しょっちゅうのろけ話聞かされて参ってんの」
「ああ……」
 それは災難なことで。
 ただでさえ前をゆっくりのんびり歩かれるだけでも厄介だというのに、話まで聞かされちゃ、たまらない。
「んで、もう一組の方は、なんでも中学からの付き合いらしい。もう五年になるんじゃないか?」
「長いな」
「お互いに結構貢いでるらしいぜー。ネックレスとか、指輪とか、靴とか」
「うーわ」
 宮野は聞いて、あからさまに顔をしかめた。
「そんなん、別れたら黒歴史じゃん」
「別れることまで考えてねーんだろ。そいつらと同じ中学のやつらも結婚するんじゃないかって言ってんだし」
「気が早いな」
 なんというか、自分とはずいぶんかけ離れた世界の話のようだ。どうやらそう思っているのは宮野も同じらしかった。ブックカバーを付けた文庫本を取り出し、しおりを挟んでいるところを開きながら言ったものだ。
「そんなことしてたら、新作ゲーム買う金も、新刊買う金もなくなるじゃん。無理だな、俺には」
 それを聞いて勇樹は笑った。
「言うねー。ま、でも、いいんじゃない? 人それぞれだし。俺も興味ないわ」
「世の中にはいろんなやつらがいるもんだなあ……」
 俺としても、今のところ飯を食うことが何よりも楽しいし、宮野の言うようにゲームや漫画も欲しいし。
「あ、新刊で思い出した。今度あれ出るってよ、十年ぶりに」
 漫画のタイトルを言えば話題は一気に、漫画のことに切り替わった。宮野はパッと表情を明るくした。
「去年出るかもって話題になってたやつだろ? やっと出んのか~」
「えっ、十年ぶりの漫画って何」
「ああ、それがだな……」
 うん、やっぱりこういう話の方が、楽しいかな。

 放課後のコンビニではあるが、部活動も行われているので結構空いていた。
「何食おっかなー」
 アイスの商品棚を眺めながら、咲良が呟く。
「俺かき氷にする」
「やっぱ暑い夏はそうだよな」
 袋入りのかき氷。味はイチゴ一択だが、それでいい。
 買ったら店先で食うことにする。
「いただきます」
 袋をちぎって開け、そこから押し出すようにして食うのがいい。家で食う時は皿に出すこともあるけど、このまま食うと洗い物出ないし、便利だ。
 荒めに砕かれた氷に、シロップの甘味がしっかりした感じ。生のイチゴというより、香料らしいイチゴの風味だが、これ食うとかき氷って感じがする。ジャキジャキした食感もいい。
「冷たいなあ」
「うまい」
 口の中で溶けてもひんやりしている。乾いた体が潤っていくのを感じる。シロップだけ吸うように食べるのも、なんか好きだ。
「早瀬は部活だってさ」
 半分ほど食べたところで咲良が言う。
「大変だよなあ」
「朝比奈も甥っ子帰って来てるって、死んだ目してた」
 そう言えば咲良は苦笑した。
「はは、それも大変そうだ」
 と、氷が溶けないように早く、頭がキーンとならないようにのんびりと食べていたら、一組の男女がコンビニに入っていった。横目で見れば、リュックサックにそろいのキーホルダーをつけていた。
「付き合ってんのかね」
「だろうな」
 そのつぶやきの後、咲良に今朝のことを話せば、咲良は笑った。
「災難だったな~」
「まったくだ」
「あ、でもおそろいってなんかいいよな」
 またこいつ、妙なことを考えているのではなかろうか。楽し気な笑みを浮かべる咲良の言葉を溶けかけた氷を食べながら待つ。
 咲良は実にすがすがしい笑みで言ったものだ。
「俺たちもおそろいしちゃう?」
「なんでだよ」
「えー、なんとなく? 楽しそうじゃん」
 うちになんかあったかなー、とすっかり咲良は乗り気のようだ。
 結局、かき氷は暑さで最後の方はすっかり溶けてしまった。ジュースみたいにして飲む。生暖かいシロップ味が、猛暑を物語る。
 今度は、涼しい部屋で食いたいなあ。

「ごちそうさまでした」
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