一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百七十五話 アボカドとえびのサンドイッチ

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「おぉ~!」
 後部座席の窓を開け、咲良が外を見て歓声を上げた。
「海だー!」
「ちょ、井上、俺にも見せろ!」
 早瀬もテンション高めに身を乗り出す。運転している漆原先生が「危ないぞぉ」とゆったり注意をする。まあ、普段見ない海を前にして、テンションが上がる気持ちもなんとなく分かる。
「でっけぇ船。テレビで見たことあるわ、あれ」
 自分が座っている席の窓は開かないが、それでも海はよく見えた。海水浴場っぽいところもあるけど、どっちかっていうと停泊する場所、って感じだな。
「あの船、乗ったことある」
 隣に座る朝比奈が何でもないように言うと、先生は「そりゃすごいな」と笑った。俺たちの一個前の席に座り、はしゃいでいる咲良と早瀬の耳には届いていないようだ。
 先生はハンドルを切りながらしみじみと言った。
「一度は乗ってみたいものだなあ」
「親と祖父母に連れられて……俺は家でゲームしてたかった」
「贅沢だなあ」
 ため息をつく朝比奈に、先生は朗らかに言った。
 夏休み序盤ということもあってか、車が多い。平日だからこの程度で済んでいるのだろうか。
「そろそろ着くぞ。準備しとけー」
 気分は報告会より、その後の自由時間に向いている。
 それはこの車に乗る誰もが、同じのようであった。

 報告会も無事に終わり、さっそく、ショッピングモールへ向かった。
 立体駐車場にはたくさんの車が停まっていて、さっき会場で見た制服を着ている人たちも見受けられた。
「結構寒いな」
 ショッピングモールの中は結構冷房が効いていた。上着、持ってきといて正解だったな。
「さー、まずはどこ行く?」
 早々に店内マップを手に入れた咲良が楽し気に言う。先生は時計を見て言った。
「今の時間は一番、フードコートも混んでいるだろうなあ。君たちがよければ、少し店を見て回って、それから昼食にした方がいいと思うのだが」
 先生の言葉に、そろって賛成する。
 白を基調とした店内は広く、天井は高く、すべてがまぶしく見える。かといって高級感満載かといえばそうではなく、むしろ、明るいBGMと客のざわめきで、近寄りやすい印象だ。
「やっぱプレジャスとは違うなあ」
 咲良が周辺の店を見ながら言う。
「そりゃそうだろ」
「ゲーセンあんのかな? 映画館はあるみたいだし」
「あー、あるんじゃね?」
 正直、飯のことしか考えていなかったのでその辺はよく分からない。
「なんかおしゃれな匂いしねえ?」
 そう言って笑うのは早瀬だ。
「なんか、都会の匂い」
「何それ」
 朝比奈に聞かれ、早瀬は一生懸命になって説明する。
「ほら、あるじゃん! 都会を歩いてるとき、ふと店から漂ってくる匂いっつーか、香水とかとは違う、おしゃれな匂い!」
「なんか分かるー」
「うん、分かる」
「な? な?」
 朝比奈はあまりピンと来ていないらしく、首をかしげていた。
 確かに、あの匂いの正体ってなんなんだろう。香水とか洗剤とか、そんな感じの匂いのようでいて、そうじゃない感じの匂い。
「それじゃあ、一時間後にフードコート集合でいいか?」
 先生に言われ、そろって頷く。
「迷子になるなよ」
「なりませんって」
「探す気力ないし、集合時間十分過ぎて連絡付かないようなら、放送かけてもらうからな」
「あっ、それは勘弁して」
 この年で、迷子センターで呼び出されるのは勘弁したいものだ。

 ゲーセンに行ったりいろいろな店を回ったりしたが、思ったよりやりたいこともなかったので、集合時間の二十分前にはフードコートに向かった。
「おや、もういいのかい」
「なんか歩き疲れました」
 先生は近くの店でアイスティーを買って、持参していた本を読んでいた。俺もなんか買おう。お、イチゴジュースある。うまそうだ。
「お、それ買ったのか。うまいか?」
「びっくりするぐらいうまいです」
 甘くて、少し酸味もある。イチゴの香りも強く、果肉も少し残っていてうまい。
 それから、三人がやってきたところで昼飯にすることにした。その頃にはもうフードコートもだいぶ空いていた。
 さっきジュースを飲みながら店を眺めて決めた。こういうショッピングモールにしかないサンドイッチの店。その店のアボカドとえびのサンドイッチがうまそうでなあ。セットメニューでも安いし、これにしよう。
「いただきます」
 ゴマがたっぷりまぶされたパンは、実に香ばしい。水分少なめのパンにはたっぷりのみずみずしいレタスがよく合う。
 えびのプリプリ食感に、アボカドのまったりとした舌触り。醤油ベースらしいソースでちょっと和風な感じがするのだ。玉ねぎのさわやかさもいい。
 アボカドって、最初食べたとき衝撃だったんだよなあ。わさび醤油で刺身みたいに食ってうまかったんだ。ほのかに香る青さがまたおいしい。
 えび、いい味出てる。えびとアボカドって、どうしてこんなに合うんだろう。
「で、井上は何をとってきた」
 そう聞くのは朝比奈だ。ふわふわバンズのハンバーガーにたっぷりのポテトのセットを頼んでいる。それはそれでうまそうだ。
「なんかでけえぬいぐるみあったから、欲しくなって」
 緩い顔をしたサメのぬいぐるみを隣に座らせる咲良は、ラーメンを食べていた。豚骨ラーメンって店によって全然違うから、それも気になる。にしてもそのサメ、なんかいいな。
「俺はいいデザインのシャツ見つけたんだ~」
 楽しそうに言う早瀬は、天丼を食べている。揚げたてのサクサクで、濃い色のたれがかかっていてうまそうである。
「すっごい独特のデザインだったな」
「朝比奈あ、あの良さを分からないとは、おこちゃまだな!」
「うーん……?」
 朝比奈が微妙な顔をしている。いったいどんな柄だったんだ。
 さて、セットのポテトをいただこう。太めで、サクサク、ふわっとしている。塩が甘めで、芋によく合う。
 ジュースはオレンジにした。この爽やかさがいいんだ。この店のは酸味が強めで果肉が少し残っているんだ。
「楽しんでいるようで何よりだ」
 先生は笑って、カルツォーネを食べた。さっきアイスティーを買った店で買ってきたらしい。シーフードの具材と、チーズがたっぷりなんだとか。
 なんかもう、片っ端から食べていきたいな、フードコートの食いもん。
 まあ、それを実現しようにも、お腹も財布も無理なので、せめて食後のデザートでも食おう。
 あ、なんかここ限定のお菓子とか売ってないかな。買って帰りたい。あとで探してみようかな。

「ごちそうさまでした」
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