一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 田中幸輔のつまみ食い②

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『暇、どっか行こうぜ』
「あいにく俺は暇じゃないんだ」
 家で課題をこなしていたら、突然晃から電話がかかってきた。何事かと思えば、これである。
『えー? なんで』
「なんでって……課題、お前もあるだろ」
『そんなんまた別の日にすりゃいいっしょ~、せっかくのお出かけ日和なんだぞ~』
「お出かけ日和だろうが何だろうが、やらなきゃいけないものはあるだろう」
 そこまで言うと、晃は少し黙った。電話の向こうですねているのが目に見えるようだ。
 実際、あいつどれだけ課題が終わっているのだろう、と思う。テスト受けられるぐらいだから、停滞しているということはないのだろうが……
『あっ、それじゃあさ』
 晃は実に明るい声で言ったものだ。
『どっかで一緒に課題しようぜ!』
「お前、一緒にやったら速攻で脱線するだろ」
『大丈夫だって! 一人でやってても気が滅入るじゃん』
 いや、まあ、気が滅入ることはないのだが。
 どう返そうかと考えていると、晃は勝手に話を進める。
『喫茶店でもいいけど、金かかるよな~。今月出費多いし、極力金使いたくねー』
「じゃあもう家にいる方が……」
『あっ、図書館! 図書館どう? 調べものもできるし、よくね?』
 晃は勝手に納得して、約束を取り付けてきた。
『それじゃ、一時間後。図書館集合な!』
「あ、おい、また勝手に……」
 言い返す前に通話は切れてしまった。
 まったく、こっちの事情も考えないで……まあ、それが晃だということは身に染みてよく分かっている。
 まあいい。リニューアルしたらしいし、最近は行ってないから、ちょっと楽しみではある。
 さて、何を持って行けばいいかな。

 自分で誘っておいて、晃は遅れてやってきた。
「わり! 途中で忘れ物してたのに気付いてさ~」
「何を忘れたんだ」
 今更遅刻の一つや二つに怒っていても身が持たない。
 そう聞けば「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりの表情で晃は話し始める。
「スマホ! いや、でも、それがさ。取りに帰ってもないわけ」
「見つかったのか」
「それがねえ、探してたら、明らかに遅刻する時間だったわけよ。幸輔に連絡しなきゃーって思って、自然とポケットに手ぇ突っ込んだら、スマホあった」
 と、晃はポケットからスマホを取り出して笑った。なんだそれは。
「なんだそれは」
「やー、うっかりうっかり。こないだなんて、スマホ見ながらスマホ探してたもんね」
「危ないな……」
 図書館の中は心地よい。
 勉強に使っていいスペースは奥の方にある。内装はあまり変わっていないようだが、どことなく小ぎれいになっている気もする。
「お?」
 晃が何かを見つけたらしい。パタパタと小走りして向かった先には、少年が一人。
 真剣に読んでいるのは何だろうか。ちょっと中身を見てみようと開いたら、思いのほか面白くてつい読みこんでしまった、と、そんな感じか。
 一条君も、図書館とか来るんだな。
 晃は声をかけるでもなく、じっと一条君の隣に立つ。一条君は気づかない。なぜかわからないが自分もしゃべってはいけない気がして、じっとしてしまう。
 何だこの時間は。
 五分ほどして、晃の方が根負けした。
「一条君、すごい集中力だね」
「わっ、びっくりしたあ……」
 晃が声を発した途端、持っていた本を取り落としそうになるほどびっくりしている。申し訳ない。
「あ、山下さん、田中さん。こんにちは……」
「こんにちは」
「やっほ~」
 一条君は普通に本を借りに来たらしい。表紙には色々な甘味がのっていて、どうやら小説ではなく詩集の様だった。食事関連の詩集なのだろうか。しかし、それにしても、表紙のアイス、いい具合に溶けてうまそうだ。
「アイスがおいしい季節になってきたよねえ。一条君、なんかおすすめある?」
 晃の唐突な問いに、一条君は何でもないように答えた。
「最近そこに設置された自販機のアイスはおいしいですよ。プリンがおすすめです」
「すぐ答えられるって、すごいな」
 そう言えば一条君は年相応の幼い笑みを浮かべた。
「たまに買ってるんです」
「そっか。それじゃあ、帰りに買っていくかな」
「はい、ぜひ」

「どれにしようかなあ~」
 勉強が一段落して図書館を出る。
 当然、向かう先はアイスの自販機だ。一つ百円程度で買える、あちこちでよく見るやつだ。
「俺はプリンにしようかな」
「あ、じゃあ俺も~」
 小銭を入れて、ボタンを押す。
 小さめなサイズのアイスだが、ちょうどいい大きさだ。
「いただきます」
 お、確かにプリン色。カラメルソースが入っているのか。ワッフルコーンなのがいいなあ。ちょっと得した気分になる。
 ひんやりとした口当たりと、程よい甘さが、暑さと勉強で疲労した体に心地よく染みわたる。
「うまいね」
「ああ、うまい」
 カラメル部分はほろ苦いな。いいアクセントだ。
 あー……明日バイトかあ。そろそろテストの申し込みもしないといけないなあ。
 本格的に暑くなる前に、夏バテしてしまいそうだ。
「ワッフルうまい」
「そうだな」
 小さなアイスなので、あっという間に食べてしまった。
 ま、こういう小さな楽しみ見つけながら、頑張るとしますかね。

「ごちそうさま」
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