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日常
第三百六十六話 豆腐ステーキ
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図書館に行くと、詰所で先生が机にうなだれていた。
「……こんにちは」
控えめに声をかければ、先生はうつぶせになったまま右手を上げた。
「やあ、一条君。元気かい?」
「俺は元気ですけど。先生はどうしたんです?」
「見ての通りさ」
ようやく上げた顔は、笑いを浮かべているもののひどく疲れているように見えた。
「見ての通りとは」
「いやあ、調子に乗って食い過ぎた」
ふらふらと立ち上がった先生はカウンターの方へ来て、力なく椅子に座った。机の上には、胃薬が見受けられる。
「ほら、ラーメン屋で会っただろう? あの時、久しぶりに食いに来てたもんでなあ、あれこれ頼みすぎたのさ」
「あー、あの時。何食べたんです」
カウンターに寄りかかり、返却された本を眺めながら聞く。先生は頬杖をついて答えた。
「ラーメンにきくらげトッピング、チャーシューも追加。で、ホルモンと餃子とご飯と中華風チャーシュー。替え玉もしたなあ。あ、餃子は六個だぞ?」
ふむ、それぐらいなら食べられないこともない。そこまで思う存分食えたなら、幸せだろうなあ。何なら餃子十二個いける。
「中華風チャーシュー、俺も頼めばよかったです。おいしいですよね」
「おいしいが、食べ過ぎた」
「煮卵トッピングとかありましたよね。あれも気になったなあ。甘いものも欲しくなるんですよ。帰りにかき氷買ってもらいました、袋のやつ」
「やっぱり若いなあ、君」
先生は言うと、力なく笑った。
中華風チャーシューは、きくらげとチャーシューにピリ辛な味付けのたれがかかっているものである。あれ、ご飯が進む味してんだよなあ。あれをラーメンにトッピングするのもいいだろう。
「でも食べたの、三日前くらいですよね」
「一度体調が悪くなると、長引くものでね……ま、そうも言ってられんがな」
先生はカウンターの隅に山積みになっていた本を一冊手に取る。市立図書館とかから借りた本で、こういう本は貸し出し、返却をバーコードで管理できない。手書きの貸出返却表だから、カウンター業務と並行してやるのは結構大変だ。
だから先生の手が空いているときは、先生がやってくれる。今日は確かに手が空いているが、はかどらない様子である。
「一条君、やってくれないか。実は他にも仕事があってだな……」
「……いいですよ、暇ですし」
しかしずいぶんため込んでるなあ。今にも崩れてしまいそうだ。
とりあえず崩れないように半分に分けよう。
「えーっと、これは……」
貸出返却表には借りた人の名前の横に本のタイトルが記入されている。それと、ここにある本のタイトルを照らし合わせて、返却日を記入する。
「よーっす、一条。何やってんの~?」
陽気にやってきたのは早瀬だ。手には本が握られている。
「漆原先生がため込んだ仕事の手伝い」
「偉いなー。あ、それって市立図書館の本? じゃ、これもよろしく~」
と、早瀬は持っていた本を差し出した。ずいぶん分厚い本だ。
早瀬は明るく笑って、カウンターに寄りかかった。
「それ読むの大変だったわ。顧問の先生に勧められて読んだんだけど、途中で断念しそうになった」
確かに、自分にとっては好きな本でも、それが万人に受けるとは限らないもんな。
しかしこの本のタイトル、どっかで見たことあるなあ。読んだことあったっけ。ぺらぺらとページをめくってみる。短編集のようだ。そのうちの一つの話を見て、思い出す。
「ああ、これ、国語の問題集に載ってたやつだ」
「えっ何それ」
「高校試験対策の問題でさ、これあったなあって。いやー、覚えてるもんだなあ」
設問まで覚えているくらいだ。国語の問題とかに出てくる話って、何気におもしろいのが多い。たまにとんでもないネタぶち込んでくることあるけど、それもまた趣があるというものだ。へー、これだったんだなあ、あの問題。
返却日を書きこんでいたら、早瀬が詰所にいる先生に気が付いたようだった。
「なに、先生どしたの」
「食い過ぎだってさ」
「食い過ぎ? 何を?」
「ラーメンとか、その他もろもろ」
先ほど聞いた話を早瀬にも話すと、早瀬は豪快に笑った。
「そりゃ久々なら余計に悪いわ!」
「な、ホントに」
そう話していると、笑い声を聞いたらしい先生がのそりと詰め所から現れた。
「笑っていられるのも、今のうちだけだぞ……いずれたどる道だからな。気を付けておけ」
ありがたいやら、恐ろしいやら、そう忠告を残して、先生は閉架書庫の整理に行ってしまった。
まあ、気を付けるに早いことはない、のかな?
今日の晩飯はステーキらしい。豆腐のステーキ。
程よい厚さに切って焼いた豆腐の上には、塩こしょうで焼いた、焼き肉用にカットされた牛肉がのっている。そして、添えられているのはアスパラをオーブンで焼いて、塩を振っただけのもの。
「いただきます」
肉を食いたいところだが、本日の主役、豆腐を食べてみる。木綿豆腐らしい。
「うまっ」
「でしょ?」
と、母さんが得意げに言う。
「お肉を焼いた後のフライパンで焼いたから、味が染みてると思う」
「うん、うん」
醤油の味と塩コショウの香りもさることながら、肉から滲み出したであろううま味を豆腐はしっかり受け止めている。肉が触れているところはもっと濃い。がぶりと思いっきり食べてもいいが、少しずつ崩して、醤油をしっかりつけて食べるのもいい。
崩した豆腐をご飯にのせて、醤油を垂らしてかきこむ。これはうまいぞ。
肉も食べてみる。潔いシンプルな味付け、際立つ肉のうま味、噛みしめるほどに染み出す味、噛み応えがありつつもやわらかい肉質。やっぱ肉ってうまいなあ。
肉と豆腐を一緒に食べると、食感が面白い。豆腐のまろやかな香りと牛肉の濃い味がうまいこと合わさっていい。
そしてアスパラ。
メインが結構がっつりだから、オーブンで焼いただけのアスパラはあっさり食べられていい。塩だけというのも、アスパラのうま味とみずみずしさを邪魔しない。甘みもあっておいしい。歯ごたえ、結構あるなあ。
「そういえば今日、学校でさ……」
漆原先生の話をすると、父さんはしみじみと頷いた。
「分かる、分かるよ。若い頃は平気で消化してたものが、消化できない感じ」
「あ、やっぱそうなんだ」
「まあ、だからといって食べないってわけじゃないけど」
と、母さんは笑いながら肉をほおばった。
そういや思いっきりラーメン食ったその日も次の日も、平気でいつも通り飯食ってたな、父さんも母さんも。
うーん、やっぱ人それぞれなんだなあ。
「ごちそうさまでした」
「……こんにちは」
控えめに声をかければ、先生はうつぶせになったまま右手を上げた。
「やあ、一条君。元気かい?」
「俺は元気ですけど。先生はどうしたんです?」
「見ての通りさ」
ようやく上げた顔は、笑いを浮かべているもののひどく疲れているように見えた。
「見ての通りとは」
「いやあ、調子に乗って食い過ぎた」
ふらふらと立ち上がった先生はカウンターの方へ来て、力なく椅子に座った。机の上には、胃薬が見受けられる。
「ほら、ラーメン屋で会っただろう? あの時、久しぶりに食いに来てたもんでなあ、あれこれ頼みすぎたのさ」
「あー、あの時。何食べたんです」
カウンターに寄りかかり、返却された本を眺めながら聞く。先生は頬杖をついて答えた。
「ラーメンにきくらげトッピング、チャーシューも追加。で、ホルモンと餃子とご飯と中華風チャーシュー。替え玉もしたなあ。あ、餃子は六個だぞ?」
ふむ、それぐらいなら食べられないこともない。そこまで思う存分食えたなら、幸せだろうなあ。何なら餃子十二個いける。
「中華風チャーシュー、俺も頼めばよかったです。おいしいですよね」
「おいしいが、食べ過ぎた」
「煮卵トッピングとかありましたよね。あれも気になったなあ。甘いものも欲しくなるんですよ。帰りにかき氷買ってもらいました、袋のやつ」
「やっぱり若いなあ、君」
先生は言うと、力なく笑った。
中華風チャーシューは、きくらげとチャーシューにピリ辛な味付けのたれがかかっているものである。あれ、ご飯が進む味してんだよなあ。あれをラーメンにトッピングするのもいいだろう。
「でも食べたの、三日前くらいですよね」
「一度体調が悪くなると、長引くものでね……ま、そうも言ってられんがな」
先生はカウンターの隅に山積みになっていた本を一冊手に取る。市立図書館とかから借りた本で、こういう本は貸し出し、返却をバーコードで管理できない。手書きの貸出返却表だから、カウンター業務と並行してやるのは結構大変だ。
だから先生の手が空いているときは、先生がやってくれる。今日は確かに手が空いているが、はかどらない様子である。
「一条君、やってくれないか。実は他にも仕事があってだな……」
「……いいですよ、暇ですし」
しかしずいぶんため込んでるなあ。今にも崩れてしまいそうだ。
とりあえず崩れないように半分に分けよう。
「えーっと、これは……」
貸出返却表には借りた人の名前の横に本のタイトルが記入されている。それと、ここにある本のタイトルを照らし合わせて、返却日を記入する。
「よーっす、一条。何やってんの~?」
陽気にやってきたのは早瀬だ。手には本が握られている。
「漆原先生がため込んだ仕事の手伝い」
「偉いなー。あ、それって市立図書館の本? じゃ、これもよろしく~」
と、早瀬は持っていた本を差し出した。ずいぶん分厚い本だ。
早瀬は明るく笑って、カウンターに寄りかかった。
「それ読むの大変だったわ。顧問の先生に勧められて読んだんだけど、途中で断念しそうになった」
確かに、自分にとっては好きな本でも、それが万人に受けるとは限らないもんな。
しかしこの本のタイトル、どっかで見たことあるなあ。読んだことあったっけ。ぺらぺらとページをめくってみる。短編集のようだ。そのうちの一つの話を見て、思い出す。
「ああ、これ、国語の問題集に載ってたやつだ」
「えっ何それ」
「高校試験対策の問題でさ、これあったなあって。いやー、覚えてるもんだなあ」
設問まで覚えているくらいだ。国語の問題とかに出てくる話って、何気におもしろいのが多い。たまにとんでもないネタぶち込んでくることあるけど、それもまた趣があるというものだ。へー、これだったんだなあ、あの問題。
返却日を書きこんでいたら、早瀬が詰所にいる先生に気が付いたようだった。
「なに、先生どしたの」
「食い過ぎだってさ」
「食い過ぎ? 何を?」
「ラーメンとか、その他もろもろ」
先ほど聞いた話を早瀬にも話すと、早瀬は豪快に笑った。
「そりゃ久々なら余計に悪いわ!」
「な、ホントに」
そう話していると、笑い声を聞いたらしい先生がのそりと詰め所から現れた。
「笑っていられるのも、今のうちだけだぞ……いずれたどる道だからな。気を付けておけ」
ありがたいやら、恐ろしいやら、そう忠告を残して、先生は閉架書庫の整理に行ってしまった。
まあ、気を付けるに早いことはない、のかな?
今日の晩飯はステーキらしい。豆腐のステーキ。
程よい厚さに切って焼いた豆腐の上には、塩こしょうで焼いた、焼き肉用にカットされた牛肉がのっている。そして、添えられているのはアスパラをオーブンで焼いて、塩を振っただけのもの。
「いただきます」
肉を食いたいところだが、本日の主役、豆腐を食べてみる。木綿豆腐らしい。
「うまっ」
「でしょ?」
と、母さんが得意げに言う。
「お肉を焼いた後のフライパンで焼いたから、味が染みてると思う」
「うん、うん」
醤油の味と塩コショウの香りもさることながら、肉から滲み出したであろううま味を豆腐はしっかり受け止めている。肉が触れているところはもっと濃い。がぶりと思いっきり食べてもいいが、少しずつ崩して、醤油をしっかりつけて食べるのもいい。
崩した豆腐をご飯にのせて、醤油を垂らしてかきこむ。これはうまいぞ。
肉も食べてみる。潔いシンプルな味付け、際立つ肉のうま味、噛みしめるほどに染み出す味、噛み応えがありつつもやわらかい肉質。やっぱ肉ってうまいなあ。
肉と豆腐を一緒に食べると、食感が面白い。豆腐のまろやかな香りと牛肉の濃い味がうまいこと合わさっていい。
そしてアスパラ。
メインが結構がっつりだから、オーブンで焼いただけのアスパラはあっさり食べられていい。塩だけというのも、アスパラのうま味とみずみずしさを邪魔しない。甘みもあっておいしい。歯ごたえ、結構あるなあ。
「そういえば今日、学校でさ……」
漆原先生の話をすると、父さんはしみじみと頷いた。
「分かる、分かるよ。若い頃は平気で消化してたものが、消化できない感じ」
「あ、やっぱそうなんだ」
「まあ、だからといって食べないってわけじゃないけど」
と、母さんは笑いながら肉をほおばった。
そういや思いっきりラーメン食ったその日も次の日も、平気でいつも通り飯食ってたな、父さんも母さんも。
うーん、やっぱ人それぞれなんだなあ。
「ごちそうさまでした」
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